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2009年6月

2009/06/30

■イランの大統領選挙は特殊なのか

イランの大統領選挙は、結局、最初の集計結果のままになったようです。
おそらく不正があったことは間違いないと思いますが、一度、公表されたことを見直すのは、そう簡単なことではありません。
それし、そもそも「選挙」とは多くの場合、手続きでしかありませんから、不正などいくらでも入り込ませられます。

アメリカでも前回のブッシュとゴアの大統領選挙では、集計疑惑が問題になりました。
それに関連して、選挙制度の幻想について少し書いたことがあります
いまでも本当はゴアが勝っていたと思っている人は少なくないでしょう。
今回のオバマに関しても、民主党の予備選挙に関して、疑念を出している人もいます。
すでにゴアとブッシュの時点で不正が疑われる状況だったことを考えれば、今回もまた同じような不正があったと考えてもおかしくありません。

この点に関して言えば、おそらく日本の選挙の集計の仕組みほど、信頼性の高い国はないように思います。
北欧諸国のように、人口が少ない成熟した市民社会国家を別とすれば、集計プロセスにおいて日本は例外的に信頼性の高い国だと思います。

しかし、だからといって選挙の信頼性が高いわけではありません。
全く別の手法で、選挙結果を操作することが可能になってきているからです。
郵政民営化選挙は、その一つだと思います。
選挙という儀式の背後で、すでに結果は決められている、というのが、もしかしたら情報社会における選挙かもしれません。
つまり選挙は「選ぶ」ことが目的ではなく、「選んだ人」に正統性を与える儀式というわけです。
では「誰が」選ぶのかと言うことですが、ここにこそ問題の本質があるような気がします。
コモンズ書店では、以前、さりげなく紹介しておいたのですが、「オバマ 危険な正体」という本があります。
よかったら読んでください。
世界の見え方が少し変わってきます。

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■節子への挽歌667:夫婦が仲良しならば社会は平安になります

節子
最近またちょっと自己嫌悪に陥っています。
相変わらず精神的に不安定なのかもしれません。
それにしても、毎日、どうしてこんなにいろんなことがあるのでしょうか。
自分ではあまり気づかないのですが、それがストレスになって溜まっていることが最近少しわかってきました。

私は、自分はストレスのたまらないタイプの人間だとずっと思いこんでいましたし、事実、あまりストレスを感じたことがなかったのですが、この頃、どうもだれかに「八つ当たり」している自分に気づくことがあるのです。
八つ当たりされた相手が、それに気づいていないことがほとんどだと思いますが、八つ当たりした後の自分がとても嫌になります。

今日もそうしたことがあり、今も何だか気分がすぐれません。
70歳になろうとしているのに、なんという「未熟さ」でしょうか。
恥ずかしい限りです。

私が、ストレスを溜めないですんだのは、間違いなく、節子のおかげです。
私は、心のすべてをいつも節子に開いていました。
いろんなことがあっても、自宅に帰って節子に話すと、すべてが解消されました。
だから、誰とでも、結構、深く付き合っても大丈夫だったのです。
人は、付き合いが深くなるにつれて、良い面ばかりではなく嫌な面も見えてきますし、それ以上に、お互いにわがままになって不満が発生しやすくなります。
しかし、わかってくれている人がいると思うと、どんな辛さにも屈辱にも不満にも耐えられます。
感情的な私が、人を嫌いにならないですんだのは、たぶん節子のおかげです。
そのことは、節子がいなくなってから、改めて痛感しています。

と言うことは、今では私が「人を嫌いになる」ことがあるように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。
基本的に、私は人が好きなのです。
だから、ある人の嫌いな面が見えてしまうと辛くなります。
そのことを節子に話すと、それで嫌な気持ちが解消し、嫌いな面を忘れることができていたのです。
それができなくなると、つまりは「ストレス」となって、いつかどこかに発散させてしまうわけです。
そして自己嫌悪に陥ってしまうのです。
さらに、注意しないと、本当に人嫌いになってしまわないとも限りません。

仲のよい夫婦は、ストレスを解消しあいながら、他者と仲良く付き合っていくための「仕組み」なのかもしれません。
夫婦というものの社会的効用。
最近、改めてそんな視点で、昨今の社会を見るようになってきています。
節子が元気だったころに、こういうことに気づいていたら、と思うことが最近よくあるのです。

もし伴侶と仲の良くない読者がいたら、ぜひ思い直してください。
壊れてから、あるいは失ってから、いくら後悔しても、役に立ちません。
夫婦は仲良くないといけません。
仲が良ければ、どんな苦難も超えられるはずです。
それに、他者への八つ当たりなど、なくなるでしょう。
そして、人生は豊かになっていくでしょう。
私には、叶わぬ夢になってしまいましたが。

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2009/06/29

■友敵戦略と友愛戦略

政治では多くの場合、有名な「友敵理論」にしたがって、相手を批判することで自らのアイデンティティを高めていく手法がとられます。
敵がいればこそ、みんなを一体化させられ、支配されやすくできることはいうまでもありません。
ブッシュは自らの求心力のなさを、9.11事件で克服しました。
実にわかりやすい「敵」が発生したからです。
あまりのタイミングのよさに、9.11事件はブッシュの演出ではないかという説まで生まれました。

日本の民主党のリーダーの発言を聞いていて、いつも残念に思うのは、友愛を掲げながら、友敵理論で発言していることです。
民主党としては、今の状況では、あえて自民党を非難するのではなく、同情するほうが効果的です。
もう相手を批判することはありません。
勝負は決まったのですから。
今こそ、余裕を持って敵さえ愛する「友愛精神」を高らかに歌い上げる時期なのです。
弱いものをいじめたり非難したりするのは、見ていてあまり気持ちのいいことではありません。

オバマが、なぜあれほどの人気を得たのか。
その一つの理由は、オバマの演説には「敵」がいないことです。
ヒラリーと争っていた時には、オバマも「友敵理論」を踏まえていましたが、その優位性が揺るぎなくなるにつれて、次第に批判するメッセージは消えていきます。
そして、大統領就任演説では、まさに「友愛」が基調をなします。
彼は、敵を想定しなくても、アイデンティティを確立できたのです。
そのアイデンティティとは、すべてを包摂するアイデンティティです。
Yes, you can.というメッセージは、みんな「友」なのです。

民主党のリーダーは、もっとオバマのスピーチから学ぶべきでしょう。
「友愛」を口にしながら、相手を非難しては、いけません。

しかし、政治の世界で、「友敵」が「友愛」に変わることは手ばなしでは喜べません。
私は、オバマ大統領に大きな「胡散臭さ」を感じていますが、それは彼から感ずる「創られたカリスマ性」への違和感です。
彼は、時代の「悪」や「不善」に対置される存在です。
私は「胡散臭さ」を感じますが、ほとんどの人は、かれに「善」や「正義」を感ずるでしょう。
「愛」を感ずる人もいるかもしれません。
しかしそこにこそ大きな歴史の落とし穴があります。

ドイツをファシズム国家にしてしまったヒトラーのデビューも、もしかしたらオバマと同じだったのかもしれません。
私は、いまこそ「友愛」だと思っていますが、明らかな「友愛」でなければ、そこには大きな危険性が含まれていることも否定できません。

民主党のリーダーでは、岡田幹事長が一番信頼できますが、しかし、まだ岡田さんの目には、「愛」がありません。
岡田さんの表情は変わってきていますが、早く「愛の眼差し」を感じさせてほしいと思っています。
民主党に欠けているのは、「友愛」の心かもしれません。

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■節子への挽歌666:姿は見えないけれどサワガニがきっといるのです

節子
私の還暦祝いに、家族みんなでつくってくれた小さなビオトープがなかなか言い雰囲気になってきました。
自然らしくなってきたという意味です。
私は、どちらかというと手入れされた庭よりも、自然のままの雰囲気が好きなのですが、今の状況はとても気にいっているのです。
とても小さな池がふたつあり、めだかや金魚、エビが棲息しています。
タナゴもいます。
一時、ゲンゴロウやミズスマシなどもやってきていましたが、最近は見かけません。
草が覆い茂ったせいかもしれません。
写真では単なる雑草の塊にしか見えないかもしれませんが、私にはとても思いのある空間です。
Bio092

ここに、実はサワガニが棲息している可能性があります。
昨年秋に放したのですが、残念ながらその後、姿を見かけませんが、いまのうっそうとした雰囲気であれば、仮に棲息していたとしても、たぶん見つからないでしょう。
昨年までは石をどけたりして時々サワガニ探しをしていましたが、今年からやめました。
なぜならば、見つけるかどうかよりも、そこに私の好きなサワガニが棲んでいると思っていることのほうがいいと思い出したのです。
今年はまだサワガニを放してはいないのですが、夏にまたどこかで探してきたいと思っています。
節子がいたら付き合ってくれるのですが、現実主義者の娘たちには頼めませんし、一人で行くのは私のスタイルではないのです。
ショップで購入するのもいいのですが、最近、あまり見かけません。
まあショップには滅多に行かないのですが。

サワガニの姿は見えなくても、そこにいると思えばうれしくなる。
節子の姿は見えなくても、隣にいると思えば幸せになる。
こじつけのようですが、そんなことなのかもしれません。

さて、今日も節子が一緒だと思ってオフィスに出かけましょう。
今日は、3年以上会っていなかった人が2人、会いたいと言ってきたのです。
一人はビジネスの世界の人、一人はまちづくりの世界の人です。
長いこと音信がなかった人が、なぜか会いたいとこの頃、言ってくることが多いのです。
不思議です。

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2009/06/28

■国を変えるための地方の乱の目指すところ

地方から国を変えようという取り組みをしてきた宮崎の東国原知事は、どうも本気でそうは考えていなかったような気がします。
自民党の総裁になって国を変えるのであれば、これまでの手法と全く同じです。
ただ、国を変える権力と権限がほしいといっているだけで、そこには「国家」のパラダイム転換はありません。
これまでの地方分権主義者は、例外なく、所詮は中央集権国家を前提としていたのです。
これは「お上国家」で育ってきた人たちには無理からぬことかもしれません。
東国原知事は、話題にはなっていますが、おそらく政治的には何の成果もあげていないでしょう。
彼のような政治家が評価されるような政治には、未来はないと私は思っています。
もう少し真面目に県政に取り組むべきです。

しかし、最近、アレッと思う発言がいろいろと聞かれるようになりました。
たとえば、横浜の中田市長が、税金を基礎自治体が徴収していかないと自治はできないというような話をされていました。
私の聞き違いかもしれませんが、国税を中心とした租税制度は中央集権の象徴です。
これについては、大昔、ソフト化経済センターでの研究会でまとめた「自治体解体新書95」に私も書いたことです。
内容はいささか粗雑ですが、そこでこう書きました。

「自治」の原点に立って今後の自治体行政のあり方を考えるためには、まず発想のベクトルを「統治」から「自治」へと反転させなければならない。発想の起点は国家ではなく、個人の生活ということになる。行政は個人生活を管理するものではなく、支援するものであるという本来の役割が改めて確認される。
権限の流れも反転し、個人から自治体経由で国家に向かうことになる。生活の基本は個人の自己責任と相互扶助であり、それでは対応が難しい問題が自治体組織に委ねられ、さらにそこでも難しい問題が機関委任事務として国家へと委託される。税金もそれに応じて流れることになる(中央交付金)。
地方交付税ではなく、中央交付税と言う発想に象徴されているように、発想のベクトルを反転させるということですが、これは中田さんの発言と同じ主旨です。

もう一つは、民主党の岡田幹事長の発言です。
橋下大阪府知事の、「民主党の地方分権論には道州制が組み込まれていない」という批判に対して、岡田さんは「基礎自治体を起点にして国を再構築していくなかで、下からの道州制を具体的に考えていく」という主旨の話を今日のテレビ番組でしています。
岡田さんもまた、ベクトルの反転を想定しています。
もっとも、岡田さんのいう基礎自治体は規模が大きすぎて、基礎自治体としてはほとんど意味がないと私は思っていますが。

国(世界)のつくり方が、いま大きく変わろうとしている。
そんな気がします。
当然ながら、国家のパラダイムが変わるということです。
近代主権国家は、そろそろ役割を終えつつあるような気がします。

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■節子への挽歌665:「ともに白髪のはえるまで」

私たちは、いわゆる「職場結婚」でした。
職場の仲間たちが色紙を書いてくれました。
そこに、私と同年齢の山本さんが、「ともに白髪のはえるまで」と書いてくれました。
イラストまでついています。
それは、私たちの合い言葉になりましたが、私がいささか早く白髪になってしまったので、もしかしたら節子が勘違いして、もう目標は達成できたと思ってしまったのかもしれません。
Siraga_3

昨日、人生の長さについて書いていて、この色紙を思い出しました。
もう45年ほども前のものなので、色紙の色が変色していますが、久しぶりのそれぞれのメッセージを読んでみました。
すでに亡くなってしまった人が3人もいますが、その一人ひとりにたくさんの思い出があります。
思い出は語り合える人がいれば楽しいでしょうが、一人ではいささかの辛さがあります。
健在の方とは幸いなことにすべて今もお付き合いがあります。
一人を除いてはみんな滋賀県にお住まいですので、会う機会は少ないのですが、みんな私たちの結婚を祝福してくれた仲間です。
節子がいたら、この人たちを訪ね歩く旅もできたでしょうが、残念です。

私は滋賀の工場で4年ほど過ごしました。
私にはすべてが新鮮で、そこでの体験が私の人生に与えた影響はとても大きいです。
労務関係の職場に配属されましたが、「おまえは思想的に問題がある」と言われて、お客様扱いされていたこともあります。
当時の私は少し「跳んでいました」ので、上司にとっては扱いにくくて頼りない存在だったでしょう。
多くの人に迷惑をかけましたし、お世話になりました。
当時の課長は、今でも私のことを「おさむちゃん」と呼びますが、きっと頼りない新人だったのです。

その「おさむちゃん」も、今では白髪の老人です。
しかし、その色紙を見ていると、当時のことが鮮明に思い出されます。
あの頃の私は、「頭」で生きていたのでしょう。
そんな時に出会ったのが、節子でした。
まさか私と節子が結婚するとは誰も思ってもいなかったでしょう。
節子は生真面目で、現実的な人でしたから、私には合うはずもなかったのです。
とらえどころのない私に、節子はきっと振りまわれ、気がついたら結婚していたのではないかと思います。

節子は幸せだっただろうか。
色紙を見ながら、そんなことを考えていたら、また涙が出てきてしまいました。
いつになっても、節子の呪縛から解放されません。
困ったものです。

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2009/06/27

■行政の不作為犯

現場で汗している人の言動を私はほぼ無条件に信頼します。
なぜなら現場から見えてくる世界は、確かだからです。

今日は、自殺のない社会づくりネットワーク準備会の交流会でした。
テレビなどで最近良く紹介されている、東尋坊の茂さんと川越さんが参加してくれて、とても示唆に富むお話をしてくれました。
また交流会には若い世代の医療関係医者もたくさん参加してくれました。
いつも感ずるのは、まさに自殺が増えている層の参加が少ないことです。
実はそこにこそ問題の本質があるのだろうと思いますが、まあそれはまたいつか書かせてもらいます。

茂さんや川越さんの話は何回聞いても、その都度、いろいろな示唆を受けます。
しかしそれ以上にいつも私が共感できるのは、茂さんが指摘する「不作為犯」の話です。
茂さんが自殺防止活動に入ったきっかけは、まさにそこにあります。
その話は有名ですので、ご存知の方も多いでしょう。
詳しくは既にいろいろと報道されていますので、それを読んで欲しいですが、簡単に言えば、こういうことです。

警察官だった茂さんは、自殺を図ろうとしていた年配の男女を保護し、自殺を思い留めさせて、その後を行政の福祉部門に託しました。
警察は自殺の恐れのある人を思い留めさせられますが、規則により、その人をしかるべき行政部門に引き渡し、あとはそこに任せるというのが責務です。
しかし、残念ながら福祉行政は2人を救えなかったのです。
警察官だった茂さんは、それまでも問題が起これば、警察官としての責務を果たし、その後の問題解決はそれぞれの役割を担うところにお願いしていたのです。
ところが、信頼していたはずの他の行政部門は、形だけの対応しかしてくれなかったのです。
茂さんは、そこで、「行政の不作為」の現実を思い知らされます。
役割分担しながら、国民を守っているとばかり思っていた行政への不信が高まったのです。

茂さんは、こういうのです。

過度のストレス障害をもった人が東尋坊の岩場にやってくる。
そうした「自殺多発場所」であっても、何の対策も講じずに放置されている現状は、まさに「保護責任者遺棄罪」の不作為犯そのものであって、地方自治体は、殺人犯の行為を組織的・構造的に敢行している被疑者ではないか。

私もかなり過激な発言をしてしまう人間ですが、茂さんの過激さは私の比ではありません。
しかし、茂さんは批判するだけでなく、自らがその不作為の補償に取り組んでいるのです。
あまりうまく書けませんでしたが、茂さんの本や茂さんの講演などには、そうした茂さんの思いがよく出ていますので、ぜひ読んでください。

今日、あえてこのことを書いたのは、茂さんが指摘している「不作為犯」は、行政だけではありませんし、自殺問題だけでもありません。
そのことを書きたかったのです。
私も含めて、今の社会は不作為犯が多すぎます。
作為犯と不作為犯。
果たしてどちらが罪深いものか、考えてみる必要がありそうです。

茂さんはいつもとても明るいです。
それは、彼が不作為犯ではなく、いつも心が晴れているからではないかと、私は思っています。

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■地方の反乱と国家のかたち

いまから30年ほど前に書いた「21世紀は真心の時代」という小論の書き出しは、「反乱の時代」でした。
1960~80年代は、各地でさまざまな「反乱現象」が起きていたのです。
つまりそれまでの仕組みのひずみが、露呈し始めていたということです。
しかし、その矛盾への異議申し立ての波は、見事なまでの金銭経済主義の「アメとムチ」の仕組みによって、いずれも牙を抜かれたようにおとなしくなっていきました。

この数日、国政に対する「地方の反乱」が取りざたされています。
国政の仕組みが壊れだしていることの現われでもありますが、そうした動きをマスコミも世論も歓迎しているように思います。
しかし、果たして歓迎すべきことなのかどうか、いささか気になります。

20世紀後半の「反乱」が挫折した理由は、「反乱」側に総論としてのビジョンが弱かったからではないかと思います。
反乱は「各論的問題解決」から始まりますから、プロローグでしかありません。
本編が用意されていないプロローグほど、無意味なものはありません。
小泉政権に始まる「構造改革」も、ビジョンなき改革ですから所詮は反乱の一種でしかなく、その行きつく先は現体制の延命策でしかありません。
ちなみに、企業の世界でも「企業変革」とか「経営改革」がよく叫ばれますが、ビジョンがなければ一過性のお祭りで終わり、成果などあがるはずがありません。

地方分権を掲げる、橋下大阪知事、中田横浜市長の国政政党への働きかけは、各論としては評価できますが、肝心の国家のビジョン、社会のビジョンが曖昧です。
それでは「権力闘争」でしかありません。
そこに「志」を見出すことは難しいような気がします。
「地方分権」は現体制の中の小さな「改善運動」でしかないと考えている私には、「地方分権」という言葉を聞いただけで、ビジョンの欠落を感じてしまうのですが、まあそれはそれとしても、問題は「地方分権」ではなく「全体のビジョン」でなければいけません。

政治の世界は、往々にして、課題が単純化されます。
不幸なことに、国民がそれを望むからです。
郵政民営化の是非で選挙を争うなどという馬鹿げた衆愚政治が行われたのは、つい最近のことです。
「地方分権」を選挙の中心テーマにしてしまうことは、そうした愚行の繰り返しでしかありません。
郵政民営化がそうであったように、地方分権が含意する内容はあまりに多義多様で、そのどこに焦点を合わせるかで、その意味合いは全く変わるでしょう。

橋下さんや中田さんの思いが、おかしな方向にいかなければいいのですが。

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■節子への挽歌664:人生の長さ

昨日、ちょうど50歳を迎えた人が、こう言いました。

私の父母はいずれも50代でなくなりました。だから私も、ともかく50代を悔いのないように過ごすように、できること、やりたいことは、先に延ばさずにやろうと思います。
その言葉を聞いて、思い出したのが、マレーシァ出身のチョンさんの言葉です。
マレーシァでは日本と違って平均寿命が短いんです。
だから日本人ほど人生はゆっくりできないのです。
そのチョンさんも、もう40代です。
今年の初めに日本に来た時に会ったことは書きましたが、この言葉を聴いたのは節子がまだ元気なころでした。
その時から、心にずっと引っかかっていた言葉です。

人の人生の長さには限りがあります。
しかし、それを意識して生きることは、なかなかできることではありません。
最近、私は少しだけ意識するようになりましたが、その意識と日々の行動は必ずしもつながっていません。
本当につながっていたら、今のような時間の使い方はしないでしょう。

そう思う一方で、意識していればこそ、今のような時間の使い方になっているのかもしれないとも思います。
限られた時間を、急いで生きるよりも、限られた時間を無限にゆっくりと生きるほうがいいような気もします。

節子が彼岸に行ったのは62歳でした。
若すぎる、と多くの人は言ってくれました。
節子も、もう少し此岸にいたいと思っていました。
もちろん、私にとってもあまりに早すぎて、その事実が理解できないほどでした。

しかし、考えようでは、人生は「時間の長さ」ではないのかもしれません。
適切な表現が思い浮かばないのですが、「生きた意味の深さ」と言ってもいいかもしれません。
短い人生で、大きなことを成し遂げた人もいますが、そういう意味ではありません。
あくまでも、その人にとっての「人生の意味」です。
人は必ず、ある意味をもって、この世に生まれてきます。
どんな人にも、どんな人生にも、意味があります。
その意味に気づかずに、生きている人が少なくないように思いますが、
節子はその意味を見つけていたような気がします。
なぜそう思うかというと、節子は厳しい闘病の時ですら、基本的にはとても肯定的に生きていたからです。
そして、「とてもいい人生だった」と言ってくれていたからです。

いまの人生を、肯定的に、素直に生きる。
私は、残念ながら、まだその心境には達せずにいますが、意識だけはそう思って生きています。
節子が教えてくれた、一番大きなことかもしれません。

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2009/06/26

■節子への挽歌663:自分らしい老い方

節子
最近、元気が吸い取られてしまいそうな話がいろいろと耳に入ってきます。
そのうちの半分は、社会状況や本人の行動に原因を求められるのですが、半分は老いに関連しています。
人は「老い」と共に、さまざまな問題を抱え込んでいくことがよくわかります。
しかし、その老いをしっかりと自覚して人生設計を立てることは意外と難しいようです。
社会的に華やかに生きている人ほど、難しいのかもしれません。

人の生き方は、当然、歳とともに変化しますが、ある段階に到達して、それなりの生き方が実現すると、それがずっと持続していくような錯覚に陥りがちです。
だれも、自らの老いや衰えは認めたくないのです。
しかし、老いは例外なくやってきますし、それに伴って世間からの見方も変わっていきます。
自ずと生き方も仕事も変わらざるを得ません。
同じ仕事を続けていたいと思っても、それはよほどの場合以外は難しいでしょう。
いまなお現役を続けている森光子さんは、例外中の例外ですが、しかし、私には森さんのような生き方は、全く共感できません。

いずれにしろ、歳とともに、人は生き方を変えざるを得ないのです。
それを考えずに、これまでの延長で生きているといろいろと不都合が起こりかねません。
こんなことを書いたのは、今日、友人から、節子も知っている、私たちよりも年上のご夫妻が最近、いろいろと大変だという電話をもらったからです。
まさかそんなと思うような話ですが、冷静に考えると、むしろ当然とさえ思えます。

こういう電話は、今日に限ったことではありません。
実は最近よくこうした話が耳に入ってくるのです。
その都度、改めて自らの老いとともに、人の「老い方」の難しさを感じます。

老いは自分だけではなく、当然に周辺の老いも伴っています。
親の介護のために人生を変えた友人は何人かいますし、私のように伴侶を失って生き方が変わることもあります。
老いは、誰にもやってきますから、同じように生き続けることは無理なのです。
しかし、その当然のことを、人はなかなか気づきません。
私は、全くと言っていいほど、そんなことは考えていませんでした。
私の人生設計は、常に前に向かって進む、発展系だったのです。
今にして思えば、なんと馬鹿げた生き方だったでしょうか。

昨日と同じような生き方ができることが、どれほど幸せなことなのか、私は節子に教えてもらいましたが、同時に、それは決して続かない夢なのだということも教えられました。
しかし、そうしたことに気づかない人は、決して少なくありません。
そこから始まる不幸が、私の周りにも少なくないのです。

老いを意識しながら、自分らしい老い方ができれば、豊かな人生になるのでしょう。
節子と一緒なら、楽しい老い方ができたのでしょうが、一人になってしまった今は、賢い老い方しかできないのが、少し残念です。
賢い老い方ができるかどうかも、いささかの不安はありますが。

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2009/06/25

■節子への挽歌662:愛する人を失うことで試される自分の人間性

節子
昨日はいろんな人から電話がありました。
私が自宅にいるということが伝わったのでしょうか。
前にもこんなことがあったような気がします。

深刻な相談もありましたが、うれしい電話もありました。
Kさんからの電話で、心配していた大腸がんは内視鏡でうまく摘出できたという報告でした。
Kさんは節子のことも、そして私のこともとても気にしてくださっていた方です。
元気そのものだったKさんから、がんの話を聞いた時は驚きましたが、うまく摘出できてホッとしました。
退院してすぐ電話してきてくださったのです。
朗報は人を元気にしてくれます。
今日、Kさんに会うつもりですが、ほんとうによかったです。

Kさんは、節子が闘病中、ずっと祈っていてくださった方です。
そのお返しに、毎朝の節子への読経の後、Kさんの安寧を祈りました。
節子も祈ってくれていたでしょう。
自分がどんなに辛い時でも、節子は他者への思いやりを失わない人でした。
私が節子に惚れきっているのは、そうした節子を知っているからです。

Kさんの祈りには報えられませんでしたが、Kさんへの祈りは報われました。
感謝しなければいけません。

もっとも、祈りは、祈ることそれ自体が目的ですから、報われるとか報われないとか、ということはありません。
祈りはいつも報われているのです。
節子への、たくさんの人たちの祈りは、必ずや節子に伝わっているはずです。
節子は、そうしたたくさんの「祈り」に支えられて、彼岸へと旅立ったのです。

Kさんの節子への祈りが報われなかったという表現は撤回します。
Kさんだけではなく、たくさんの人たちが、それも思いもかけぬ人が、節子のために祈ってくれたことを私は知っています。
もちろん、すべての人が祈ってくれたわけでもありません。
不思議なことに、そうしたことは当事者になると、何となくわかるのです。
言い換えれば、言葉の後ろが見えてくるということです。
それは、とてもいやなことです。
被害妄想は、そういう形で始まっていくのでしょう。
そういう自己嫌悪に陥るようなことを何回か味わっています。

愛する人を失うことは、まさに自分の人間性が試されることでもあるのです。
それに耐えていくことは、それなりに辛いことでもあります。
そんなわけで、私は時々、落ち込んでしまうわけです。
困ったものです。

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2009/06/24

■節子への挽歌661:節子との対面が1日のはじまり

先日、パソコンを修理してくれた坂谷さんがメールをくれました。

パソコンのデスクトップの奥様を拝見して、むしろ、私のためにご自宅に奥様が誘われたような気がしています。
私のパソコンの壁紙には、千畳敷カールに行った時の、節子の写真を使っているのです。
これが最後のハイキングでしたが、節子は元気に千畳敷カールを歩いて一巡したのです。
かなり体力は落ちていたと思いますが、とても元気に、歩きました。
空が見事な青さで、遠くに富士山まで見えたのです。
あの空の青さは、今でもはっきりと覚えています。

その日からちょうど1年目が、節子の命日になりました。
思ってもいなかったことでした。
あの時も、予兆はあったのですが、私はそれよりも目の前にいる節子の元気さしか見ていなかったのです。
人間は、自分に都合のいいものしか見ないものです。
つくづくそう思います。
もっと私に誠意があれば、そして賢さがあったならば、節子はパソコンにではなくて、隣の部屋に今でもいたかもしれません。
私も節子も、あまり賢くはなかったのです。

いつもパソコンを開けると、その時の節子が笑いかけてきます。
私は起きると先ず、パソコンを開き、メールチェックをします。
ですから、私の1日はその節子に話しかけることから始まります。

坂谷さんには、私のパソコン画面を見られてしまったわけです。
きっとパソコン周りにあった節子のほかの写真も見られたことでしょう。
私には、家族の写真をデスクに置く習慣はありませんでした。
節子がいなくなってからは、しかし、そういう文化が芽生えました。
枕元にも、デスクにも、笑顔の節子がいるようになりました。

節子は、決して私の愚かさをなじるようなことはしませんが、私自身は慙愧の念から抜けられません。

今日は雨です。
大雨のようなので、出かけるのをやめて、今日は自宅で仕事をすることにしました。

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■衰退途上国

昨日、匿名の方から、このブログに「なぜ、改革をするのか?構造改革の裏の主旨を疑います」というタイトルの長いコメントが投稿されました。
お読みになっていただけたでしょうか。
次の記事へのコメントです。
ワーキングプア、あるいは働くことの意味に対するコメントです。

コメントとしては、いささか異質なのですが、そこにはさまざまなデータが満載されていますので、できれば多くの方に読んでもらいたいと思い、投稿された方に、お願いして、私のホームページの方にも掲載させてもらう予定です。
読みようによってはかなり過激ですし、本人も認めているように「糾弾的な論調」です。
それに匿名ですから、私の「実名主義」のルールには反します。
ネットで調べてみたところ、投稿者はさまざまなところに投稿しているようで、いささか危ういところがありますが、まあそれはこのブログもたいして違わないので、今回はルールを超えることにしました。

当然ながら、この論調と私の意見は同じではありませんが、同感できるところが少なくありません。
最初の投稿記事の冒頭に、「所得再配分という名の搾取がまかり通っている」という、竹中平蔵さんの言葉が書かれていますが、昨今の構造改革の本質が、この言葉に表わされています。
投稿者は、こう書いています。

戦後、ながきに渡って作られてきた『一億総中流社会』を破壊した為に、一部の者達の所だけにお金と仕事が集中してしまって異常に豊かになり、そのせいで残りの者達が失業貧困に至り、総体としての国家は途上国化して衰退しています。

大筋、同感です。
この文の「途上国化して衰退しています」というのが、最近の日本社会の実態かもしれません。
発展途上国ならぬ、衰退途上国というわけです。
ジャック・アタリも、逆行しだした日本の経済を指摘していますが、みんなが汗して構築してきた日本の社会は壊されつつあるように思います。
社会が壊れれば、当然ながら、経済指標は下がりますが、社会を育てながら経済活動を縮小していくシナリオもあるはずです。

偶然なのですが、一昨日、技術者倫理に関わる集まりに参加していましたが、そこで久しぶりにお会いした技術士の方から、ポジティブな意味での「社会縮小」という言葉を聴きました。
本気で持続可能な世界を構想するのであれば、いまの経済を根本から見直さなければいけません。
時代は大きな変わり目にあります。
発想を変えなければ、私たちの未来は立ち行かなくなるのではないか。
そんな気がしています。

いささか煩雑な記事で、読みにくいとは思いますが、大きなメッセージを受け止めてもらえればうれしいです。
もちろん異論もあるでしょうが、時代の変わり目には、さまざまな視点や意見をしっかりと見回していくことが大事だと思います。

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2009/06/23

■節子への挽歌660:生きることと生きる意志

カナダの極北に住むヘヤー・インディアンと一緒に生活をしたことのある文化人類学者の原ひろ子さんは、その書「子どもの文化人類学」のなかで、その地域の病院の医師の言葉を紹介しています。

「ヘヤー・インディアソは、ちょっとしたことで、すぐ生きる意欲とか執着心とかを失ってしまいます。白人なら絶対死なないような軽度のやけどや肺炎でも、コロリといくんですからね」。
今から20年ほど前に読んだのですが、そのことがずっと気になっていました。
何の本で読んだのか思い出せなかったのですが、今日、その本を書棚から見つけて、この文章を探し当てました。
私は、「ヘヤー・インディアンは生きる意欲を失ったら、自ら生命の灯を消すことができる」と記憶していましたので、かなり意味合いは違いますが、生きるということは生きる意欲に支えられているという点ではつながっています。

この文章が気になりだしたのは、節子の闘病の最後の頃です。
もし、私や娘たちがいなかったら、節子はたぶん1か月早く旅立っていたはずです。
後から思うと、そのことがよくわかります。
もしかしたら、2年前の8月の節子は、彼岸と此岸を往来していたのかもしれません。
そのことに関しては、かなり心当たりがあるのです。

先日、テレビを見ていたら、生活保護を受けながら3人の子どもを育てている母子家庭の母親が出てきました。
彼女は、「もし子どもたちがいなければ生きてはいないだろう」というようなことを話していました。
言葉はちょっと違ったと思いますが、私にはそう聞こえました。
その言葉が、20年前に読んだ本のことを思い出させ、書棚を探し出したのです。

私も、もし2人の娘がいなかったら、ヘヤー・インディアンのように、きっと生命の灯が消えていたような気がします。
それができるかどうかには、あまり自信はありませんが、それもまた豊かな人生だったはずです。

68歳という年齢のせいでしょうか、節子との40年間がとても豊かだったせいでしょうか。あるいは今の社会に、そしてそこに生きている人たちに、心底辟易しているからでしょうか。
私自身は今生き続けることにはほとんど執着はありませんが、2人の娘のことを考えると、そう勝手に、自分の人生を止めるわけにもいきません。
彼らはまだ結婚していないので、親としての責務を果たしていないという思いがあります。
娘にとって、母親であればともかく、父親はあんまりプラスの存在価値はないような気もしますが、それでもいたほうが彼女たちも心強いだろうと思っているわけです。

節子が元気だったころ、人は何かのためではなく、誰かのために生きていると書いたことがあります
私の拠り所だった節子がいなくなったのに、いまなお、生き続けている自分が、とても不思議に思えることがあるのです。
特に、今日のように、とてもさわやかな気持ちのいい日には。

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■白浜バプテスト基督教会

一昨日、アメリカのアポストル教会のことを書きましたが、今日は日本の教会の話です。
たまたか今朝のテレビ番組で、和歌山県にある白浜バプテスト基督教会の活動が紹介されていました。
この教会があるのは、自殺多発場所でもある白浜の三段壁です。
牧師の藤藪さんは、そこで自殺防止活動に取り組んでいます。
藤藪さんに会って、自殺を思いとどまった人は少なくありません。
藤藪さんは、自殺を思いとどまったものの行き場のない人たちに、自分の教会を提供し、そこでみんなで共同生活をしているのです。
藤藪さんの活動はホームページブログで公開されています。
ぜひ読んでみてください。

日本では宗教があまり肯定的に受け取られていない文化がありますが、宗教界ができることはたくさんあります。
そして、やっていることもたくさんあります。
自殺防止活動に取り組んでいるお寺も少なくありません。
そうした活動がなかなか広がっていかないという面はありますが、教会や寺社は社会のコモンズ空間として、大きな意味を持っているはずです。

藤藪さんは、「自殺のない社会づくりネットワーク」準備会のコアメンバーのお一人でもあります。
東尋坊の茂さんもそうですが、各地で行われている、こうした活動がもっとつながっていくことで、問題の本質が見えてくるように思います。
もし皆さんの周りで、そうした「自殺多発場所」があれば、ぜひご連絡いただけないでしょうか。
また、そこで活動している人たちがいたら、ぜひ教えてください。
お伺いしたいと考えています。

ちなみに、6月27日の1時から3時の予定で、ネットワーク準備会の交流会があります。
自殺防止に取り組んでいる寺社の方も参加してくださっています。
もしよかったらご参加ください。
そしてこの活動に参加してください。

自殺問題は、個人の問題ではなく、社会の問題であり、私たちの生き方の問題です。

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2009/06/22

■節子への挽歌659:「花よりきれいなマリア」

一昨日、庭の花のことを書き:ましたが、節子のおかげで、わが家の庭にはいつも花が咲いています。
とてもきれいで、気持ちを和ませてくれるのですが、今日は「花よりきれいなマリア」の話です。

私が節子に出会ったのは1964年でした。
今から45年ほど前のことです。
当時、流行ってはいませんでしたが、時々ラジオから流れていた歌に「花よりきれいなマリア」という歌詞で始まる歌がありました。
たしか海外の歌で、しかし日本語に訳されて、日本人の歌手が歌っていました。
私が節子に恋をしだした頃の話です。

なぜか私はこの歌がとても好きでした。
当時は独身寮に入居していましたが、よく歌っていたような気がします。
今の私はカラオケが大の苦手ですが、子どもの頃はクラスを代表して、それなりにみんなの前でも歌ったこともあるのです。
大学時代にはコーラスグループにも入部したことがあります。
もっともいつもながらたぶん1か月くらいで辞めたと思いますが。
何事も続かないのが私の性格なのです。
ですから、この挽歌は例外中の例外です。
なにしろ節子に約束したのですから、やめるわけにはいきません。

さて「花よりきれいなマリア」です。
なぜか節子がいなくなってから、時々、歌っているのです。
もっとも、歌詞も曲も正確に思い出せません。
たしか、「花よりきれいなマリア 花よりやさしいマリア でもそんなことなど気がつきもせず 今日も街を歩いている」とまあ、そんな感じの歌なのですが。
最近、気になりだして、この歌に関する情報をネットで調べてみましたが、見つかりません。
読者の方で、この歌をご存知の方はいないでしょうか。
それがわかったからといって、どうということはないのですが、わからないとなると知りたくなるのは、人の常です。
ご存知の方がいたら教えてください。
コーヒーをご馳走します。

マリアはともかく、節子は花よりもきれいで、やさしいでしょうか。
幸いのことに、あまりきれいでない花もありますし、やさしくない花もありますから、この問いかけには誰であろうといかようにも答えられます。
要は、その人の主観の問題なのです。
いいかえれば、花はそれほど多様で多彩なのです。

女性も同じです。
たくさん女性がいるのに、なんで私にそんなに一途なの、と節子は時々、私に訊きました。
私にさえわからない難問ですが、人の関係とはとても深遠で、難解なものです。
なぜ、これほどに節子なのか。
節子よりもきれいでやさしい花がたくさんあるように、節子よりも魅力的な女性もたくさんいました。
他に好きになった女性がいなかったわけではありません。
しかし、私には、なぜか節子でした。

私には、「花よりきれいなマリア」と節子が重なっていたのです。
この歌は、本当に実在したのでしょうか。
節子がよく言っていました。
修は現実と夢の世界がつながっているので、どこまで信じていいかわからない、と。

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2009/06/21

■節子への挽歌658:両親の法事

今日は私の両親の13回忌と23回忌でした。
私の両親は、いずれも節子が看病し、見送ってくれました。
両親との同居は、節子が申し出てくれたのです。
途中からの同居だったので、節子は苦労したのではないかと思いますが、節子は一言も愚痴をこぼしたことはありませんでした。
両親も、節子との関係はとてもよく、第三者が見たら節子の実の親のように感じたかもしれません。
むしろ私と両親の関係は、いささか「他人行儀」だったと節子も私たちの娘たちも感じていたようです。
おばあちゃんはお父さんに敬語を使っていたよ、と娘たちは今でも冷やかしますが、私も両親には、それなりの敬語を使っていました。

しかし、その反動でしょうか、私は自分の娘たちには友達付き合いを呼びかけたのです。
なぜそうした矛盾した行動をとったのか、自分でもわからないのですが、今から考えるととても不思議です。

両親は、私以上に、節子に心から感謝していました。
特に私の母親にとっては、節子は自慢の「嫁」だったのです。

両親と同居した時に、私が決めたことがあります。
それは、もし両親と節子の意見が分かれた時、私は無条件に節子の側に立つ、ということです。
幸いに大きな問題ではそういう状況は起こりませんでしたが、いつも節子の側で言動していたことだけは自信があります。
両親は少し不満だったかもしれませんが、そのおかげで、節子は誠心誠意、私の両親に尽くしてくれたのですから、結局は満足していたはずです。

節子は、自分から望んで、私の両親と同じ墓に入ることを希望しました。
ですから今日の供養にも、節子は向こう側で参加していたはずです。
ご住職のお経を聴いていて、それを感じました。
生前の節子は、法事ではこうしたことの不得手な私を支えてくれていたのです。
隣にいないのが嘘のようです。

今年は節子も3回忌です。
3回忌は、命日当日の9月3日にやろうと思います。
これまで法事は親族だけでお寺でやっていましたが、3回忌は気楽なかたちで、ホームパーティ的に楽しくやろうかと思い出しています。
まあ、節子ともう少し相談するつもりですが。

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■ホーリー・アポストル教会

先週、イスラエルのネタニヤフ首相が、条件付きながらも初めてパレスチナ国家樹立を容認する考えを示しました。
オバマ大統領は「重要な一歩前進」であると評価しましたが、条件が厳しすぎることからパレスチナ自治政府はむしろ発言を非難していますから、中東和平協議の再開にすぐに結びつくことにはならないでしょうが、ネタニヤフ首相が本心で語っているのであれば、一歩前進に向かう可能性はゼロではありません。

昔、「栄光への脱出」という映画がありました。
プロパガンダ映画ですが、その映画ですら、イスラエル建国前には、アラブとユダヤが仲良く一緒に暮らしていたことを思わせる様子が描かれています。

アメリカのコミュニタリアンのエツィオーニが、その著書「ネクスト」の中で紹介しているマンハッタンのホーリー・アポストル教会の話はとてもホッとします。
そこでは、毎週、金曜日にはキリスト教を象徴するようなあらゆる事物はきれいに取り払われ、その日は礼拝所を持たない地元ユダヤ教の信徒たちに教会を提供するのだそうです。
ユダヤ教徒たちは、その日は、そこで安息日の礼拝を来ない、礼拝が終わると、借りたときのままの状態に戻してキリスト教徒に返すのだそうです。
キリスト教とユダヤ教でそれができるのであれば、イスラム教とも可能でしょう。

イギリスの社会起業家の先駆者の一人として有名なアンドリュー・モーソンは、自らが預かった教会を地域に提供することで、貧しいブロムレイ・バイ・ボウを、豊かな地域にしました。
教会を地域みんなのコモンズ空間として活用したのです。

私は、ゲルマン法理の「総有」に共感しています。
すべてのものは、所詮は社会からの預かりものであり、預かったものは社会のために効果的にそれを活かしていく権利と責任があるのです。

地球はみんなのものという認識の下に、いま環境問題が語られていますが、その発想に立てば、土地もまたみんなのものです。
土地を囲い込むような、「国土」発想はそろそろ捨てられないものでしょうか。

パレスチナに限った話ではありません。
日本もいまなお領地問題を抱えていますが、発想を換えなければいけないような気がします。

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2009/06/20

■節子への挽歌657:ヤマホロシ

庭のヤマホロシがよく咲いています。
ヤマホロシについては、一度書いたことがあります

元気な花です。
節子も私も好きな花です。
そのヤマホロシがどんどん広がって、元気に咲いています。
この花は元気もよく挿木も簡単ですので、いろいろの方に差し上げました。
きっと今頃、いろんなところで咲いていることと思います。
Yamahorosi_2

ヤマホロシは、山を一面に覆ってしまうほどに元気なつる草ですが、花はとても静かでやさしいです。
節子が一時期、この花と同じ色調のニットシャツを着ていたせいか、この花を見ると何となく節子を思いだすのです。

ヤマホロシが満開になるのを待っていたように、今朝、ムクゲが咲きました。
これも私たちが好きな花です。
とても素直な花で、しかも1日しか咲いていません。
私は白いムクゲが好きでしたが、節子はピンクのムクゲが好きでした。
いま咲いているのは、節子がこだわっていたちょっとピンクのムクゲです。

花の色といえば、昨日、娘が節子に供えてくれたのが、アロエの花です。
節子がどこかでさんご色のアロエの花を見つけて、それと同じものを買ってきたのだそうですが、翌年、咲いたのはさんご色ではなく普通の色のアロエだったようです。
私はさんご色のアロエを見たことはりませんが、ヤマホロシやムクゲと違って、私好みではありません。

節子はいろいろなところから、いろいろな花を呼びよせてくれていました。
おかげで、私もその恩恵をたくさん受けています。


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■「敵は民主党」のプロパガンダ裁判

西松建設の前社長の政治資金規正法違反の初公判が行われました。
その裁判のあり方と報道を観ていて、感ずるのは、コミュニティの裁判がプロパガンダ裁判ではないかと言うことです。
相変わらず検察と権力とマスコミが連携して、政治に関わる世論操作をしているという感じがします。
一方的な検察の話が報道され、それを吟味する反対意見はなく、しかも「敵は民主党」と言う感じです。
それに迎合した有識者の動きには不快さが残ります。

政治と金の問題で言えば、もっと大掛かりのことがまさに現政権によって行われていますが、それは不問にされています。
そこにも大きな不快感をもちます。
なにがエコポイントでしょうか。
単なる消費奨励策であり、それが環境負荷を高めるのは明らかです。
アンチエコポイントと称してほしいものです。

世間の目は、大きな本質的な事件にはなかなか向きません。
わかりやすい事件を単純化してしまうのが、プロパガンダのポイントです。
しかし、大切なのは、そうしたプロパガンダが壊していくものです。
裁判員制度も、司法改革というスローガンのプロパガンダの一翼を担ったものだと思いますが、よく考えればそれは、改革のベクトルは議論されていません。
国民に開かれたとか透明性が歌われていますが、私は全く反対方向を向いていると思います。
そろそろ権力のための司法制度は見直してほしいものです。

菅谷さん事件にしろ、横浜事件にしろ、これだけおかしなことが露呈されだしているのに、いまだ司法の世界には「責任」の概念が導入されていません。
もうプロパガンダは辞めて、司法の実体に「改革」の目を向ける時期ではないかと思います。

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2009/06/19

■節子への挽歌656:お医者さんの友達がいたらなあ

節子
今日もパソコン修復に追われた1日でした。
この騒動は、あっけない幕切れになってしまいました。
この挽歌の読者でもある坂谷さんが、救いの手を差し伸べてくれたのです。
ホームページのほうに書くつもりですが、わざわざわが家まで来て直してくれたのです。
今日1日、部品を買いに走り回っていたのが全く無意味でした。
むすめたちにも迷惑をかけてしまいました。

ほとんど何も分からずに、壊れたパソコン(電気製品)を直そうとして分解してしまうのが、私のやりかたです。
こうしてこれまで壊してきたものは少なくありません。
今回もパソコンを分解してしまいました。
危なく壊すところでしたが、パソコンの構造をよく知っている坂谷さんは、そんな無駄なことはせずに、要所を押さえながら見事に修復したのです。

お医者さんの友達がいたらなあ、と節子が言っていたのを思い出しました。
私もそう思いました。
医師の知人はいますが、医師の友人はいなかったのです。

パソコンのことをよく知らずに、直そうとしてしまう私の行動と、
病気や医学のことをよく知らずに、治そうとした私の行動が、重なってしまいました。
そうしたら疲れがドッと出てきてしまったのです。
節子への不憫さが募ってしまい、いささか滅入ってしまいました。

パソコンが無事修復できて、一瞬、とても元気が出たのですが、
坂谷さんが帰ったら、元気がうせてしまいました。

節子
医者でなくてわるかったね。
来世では医師になって、同じ過ちは繰り返さないようにします。
でも私にはたぶん無理な職業でしょう。
なにしろ血を見ただけで動けなくなるほど気が弱いですから。
来世では、この性格は変わるのでしょうか。

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2009/06/18

■節子への挽歌655:ヘシコと栗むしきんつば

節子
パソコンはやはり直りませんでした。
今年になってパソコンを2台ダメにしてしまいました。
くよくよしていても仕方がないので、今日はまったく別の話題です。

昨日、岐阜の佐々木さんがやってきました。
お土産に「栗むしきんつば」を持ってきてくれました。
私は苦手ですが、節子は好きでした。
今日は東尋坊の茂さんと川越さんが来たのですが、お土産が「へしこ」でした。
これまた、私は苦手ですが、節子は好きでした。

まあそれだけの話なのですが、私には苦手の、しかし節子の好物が、偶然にも続いたのです。
もちろんみなさん、節子を意識したわけでは全くありません。
まさに偶然なのです。

とても不思議なのは、節子がいた時に節子の好物をもらってもさほどうれしくありませんでした。
何しろ私はダメなのですから。
しかし、節子がいなくなってからは、私の好物をもらうよりも、節子の好物をもらったほうがなんだかうれしいのです。
食べられないので、結局はどこかに回ってしまうこともあるのですが、それでも一晩、節子の位牌の前が賑わうのがうれしいわけです。
愛する人を失った者は、そんなものなのです。

明日は少し落ち着けそうですので、ヘシコときんつばにチャレンジしてみましょうか。
節子のためにがんばってみます。
まあ、それ以上にパソコンの修復にがんばらないといけないのですが。

挽歌に穴をあけたくないので、今日もまた少し無理をして書きました。
メインのパソコンは壊れたままです。
おかげでいつもの倍の時間がかかります。
困ったものです。

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2009/06/17

■どうも気になること

不正確なDNA判定で有罪と結審されていた菅谷さんの無罪がほぼ決定されました。
事実確認もないままの無罪判決が予想されていますが、なんだかとても気になります。
きちんとした事実審議もなく有罪にした判決と、同じではないかと思います。
裁判官の恣意的な判断で、人を有罪にできるということの現われです。

栃木県の県警の責任者が菅谷さんに謝罪しました。
テレビで見ましたが、やはり違和感があります。
菅谷さんたちからの申し出とはいえ、謝罪するのに呼びつける姿勢は、どう考えても常識的ではないです。
形だけの謝罪であることは、実際に事件に関係した人たちの発言から明らかだと思いますが、形だけの謝罪は社会の規範を壊します。
菅谷さんは「許す」といいましたが、とても違和感が残ります。
警察の基本はなんら変わっていないように思います。

国会での党首討論で、麻生さんは民主党の財源について切り込みました。
マスコミの識者も、財源不足をいつも繰り返します。
しかし、財源がなくなれば、赤字国債を出し、増税し、というのが果たして財源論として正しいのでしょうか。
民主党と自民党と比較したら、財言論を考えているのは民主党のほうだと、私はこの1年ずっと思っていますが、これはどうも非常識な考えのようです。
しかし気になって仕方ありません。
赤字になったら五等をするというのとは違うかもしれませんが、なんだか私には同じに見えます。

日本郵政の社長人事に政府は口を出すべきでないと麻生首相は反論しました。
各論としてはいいかもしれませんが、税金をこれだけ不明朗に使い込んだ人を批判できないほうがおかしいです。
国家は市場と無縁ではありません。
まあしかし、それはそれとして、私が気になるのは西川社長です。
普通の民間企業であれば、とっくの昔に辞任し、いまごろは背任罪で告発されているかもしれません。
普通の常識があれば、自分で辞任すべきでしょう。
なぜ辞任しないのか気になります。

とまあ、最近は気になることがたくさんあります。
でもまあ、こんなことはいずれも瑣末のことなのかもしれません。
何しろ社会が壊れだしているのですから。
社会を再構築する理念が議論されるべき時期に来ているように思いますが、その有力な候補である「友愛」理念はどうしてこうもみんな冷ややかなのでしょうか。
友愛は理想であって現実ではないと、昨日の報道ステーションでは語られていました。
そうでしょうか。
どうも気になります。
報道ステーションは、以前は共感していましたが、いまはもう見るに耐えません。
まさに視点が大きくぶれてきているように思います。


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■節子への挽歌654:パソコンを壊した節子、パソコンを直した節子

節子
大事件です。
私が使っているメインのパソコンがフリーズしてしまいました。
最近、作成したデータはもしかしたら、救出不能です。
こういう時に限って、バックアップをこの半年近くしていなかったのです。
メーカーの人と電話で1時間以上話しながら、いろいろとトライし、メーカーの人がデータは諦めて修理に出してくださいとさじを投げたのですが。
幸いに大きな仕事には、いま取り組んでいないので、誰かに迷惑をかけることはありませんが、いささかショックではあります。

幸いにパソコンは複数台使っていますので、インターネットやメールは使えるのですが、すべてのデータを保管していたパソコンのダウンは被害甚大です。
そんなわけで今日は、その修復に追われ、挽歌どころではありません。
パソコンと私とどっちが大事なのと、節子に言われそうですね。

そういえば節子が元気だった時にも同じようなことがありました。
そして、そんな皮肉を言われたことがあったような気がします。
節子は、私がパソコンに向かう時間が多すぎるといつも嘆いていました。
もしかすると、今回のフリーズ事件は節子の呪いかもしれません。
外出から戻っても、パソコンは動こうとしないので、そんなことを思いながら、フリーズしたパソコンのキーボードを強くたたいてしまいました。
そうしたら、なんとパソコンが動き出したのです。
おかげで、データをすぐにメモリーで他のパソコンに移すことができました。
メール関係は救えないかもしれませんが、まあそれは仕方がありません。
パソコンはとても不安定で、使えそうもありませんが、リカバリー処理すれば大丈夫かもしれません。
ホッとしました。

節子に祈ったおかげでかもしれません。
節子の呪いだとか節子のおかげだとか、いかにも勝手な話ですが、
まあそんなわけで、今もって、私の喜怒哀楽には節子が影響しているのです。
神様、仏様、節子様なのです。

ありがとう、節子さん。

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2009/06/16

■「個人を破壊しようとする政治は、政治そのものを崩壊させてしまう」

民主党の鳩山代表の政治資金管理団体の政治資金収支報告書に、すでに亡くなった人が献金者として記載されていることがわかった、という記事が新聞に出ていました。
小沢さんの次は、鳩山さんかと嫌な気分がよぎりました。
まあ、そんなことにはならないでしょうが、日本の新聞は政治家への個人攻撃が大好きです。

郵便割引制度不正使用事件で、厚生労働省の村木局長が逮捕されました。
事務次官候補とさえ言われていた「女性官僚の星」だったそうですが、その背後にも政治家の影が見え隠れしています。
目標が村木さんなのか政治家なのか、いささか疑念を感じますが、村木さんが明確に事実否認しているというのも気になります。

かつて閣僚人事で、身の潔白さを確認する「身体検査」が話題になりましたが、同じような動きは1990年代のアメリカでも横行しました。
政治家への個人攻撃が広がり、失脚者が相次いだのです。
その背景には、企業の資金が政治の世界になだれ込んできたという事情があります。
少し遅れて、日本も全く同じような状況になってしまったのです。
新型インフリエンザではないですが、アメリカは自国の病気をほぼ確実に日本に伝播させる力を持っているようです。

年金保険料の未納を批判されて、民主党の管さんは職を辞して、西国霊場めぐりに出かけました。
この事件でも、検察が活躍しましたが、そのおかげで年金問題の解決は大きく遅れ、政治状況は更なる混迷を余儀なくされました。
結局、そのつけは国民が負うことになります。
検察は一向に批判されません。
それは今回の西松事件でも同じことです。

政治家は潔白であらねばならないということには反論はできません。
しかし、潔白の人など、ほとんどいませんし、そんな人はそもそも政治の世界には入ってきません。
その気になれば、おそらくどんな人も批判する材料を持っているでしょう。
もし自分にはそんなものはないという人がいたら、お会いしたいものです。
自慢ではありませんが、私にはいくらでも批判される材料があります。

「個人を破壊しようとする政治は、政治そのものを崩壊させてしまう」とコミュニタリアンのエツィオーニは「ネクスト」という著書で述べています。
彼は、こう書いています。

あらゆるルールや規則を完全に守れなかったからといって-例えば公的に支給された切手代の管理を誤ったとか、オフィスから私用電話をかけたなど-そのことから、何年間にもわたる捜査や公聴会、納税者のカネの莫大な浪費、その後の政治生命の抹殺が正当化されるのはおかしい。公衆および政党の指導者たちは、そのように細かく詮索されたならば、ほぼすべての人が有罪となりかねないことを考えなくてはならない。公職の安定性を守り、法の尊重を維持するための、よりよい方法があるにちがいない。
政治を混乱させることで、誰が利益を得るでしょうか。
それは難しい問題ですが、明らかなことは損失を受けるのは国民だということです。
マスコミの悪質な個人攻撃にのせられないようにしなければいけません。

蛇足ですが、この時評ブログも個人攻撃が少なくないといわれないように弁解しておきます。
注意してもらえればわかるのですが、私が酷評しているのは、基本的に権力を実行できる場にある個人の言動を対象としています。
しかも公の立場における言動です。
こんな弁解は書きたくないのですが、ブログのサーファーの心ないコメントはあまり受けたくないものですから。

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■節子への挽歌653:見送るよりも見送られる方になりたかった

節子
画家のMさんからのメールです。
訃報でした。

先週大阪の叔母が亡くなりました。
脳溢血でしたが、同居家族がいなかったため、発見が2日後でした。
大阪の個展のときは常宿にさせていただき、とても仲良かったので、大変なショックでした。
人生はいつ終わりが来るかわからないから、なるべく悔いのないように周りの人と仲良くやりたいことはやるようにしようと思いました。

一人で死んでいった叔母を思うと、佐藤さんの奥様はお若かったとはいえ、ご家族に囲まれお幸せでした。
私の最後はどうだろうかと、ふと思いました。
はっきりわかっていることは、見送ってくれる人がもしいたとしても、その中に節子はいないことです。
節子がいなければ、たとえ世界中の人に囲まれていたとしても、幸せではありません。
運よく娘たちがいるかもしれませんが、私が見送ってもらいたいのは節子でした。
どんなに愛していようとも、娘たちには節子の代わりは果たせないのです。
それを思うと、少しだけ死が憂鬱になります。

しかし、ものは考えようです。
見送る側には節子はいませんが、迎えてくれる側には節子はいるかもしれません。
そう思うと、死はそれほど悪いものでもないような気がしてきます。
昨今の仏教の教えには反しますが、人は一人で生きているのではない、と私は思っています。
もしそうであれば、人は一人では死ねないのです。
いつも誰かに見守られているはずです。
いつも誰かと共にある、と言ってもいいかもしれません。

これは、私の場合は、節子を見送った後から大きくなってきた考え、いや、感覚です。
しかし、実際には、家族に見守られたいと思うのは、人の常です。
私の母は孫である私の娘が病床にたどりついた途端に息を引き取りました。
その経験から、人は自分の最後の時間を自分で決められるのだと知りました。
節子は、私たち3人が現実を受け容れられるまで、がんばって生き続けてくれました。
節子がどれほど家族思いだったか、よくわかります。

人生はいつ終わりが来るかわかりません。
しかし、本人にははっきりとわかるのかもしれません。
節子のことを思い出すと、そう思えてなりません。

節子が、家族に囲まれて幸せだったかどうか確信はありませんが、少なくとも私は節子をしっかりと見送れて幸せでした。
しかし、見送るよりも見送られる方になりたかったと、今でも心底思っています。

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2009/06/15

■節子への挽歌652:3人の人からの電話

節子
昨日はのんびりしていたのですが、それが相手に伝わったかのように、何人かの人から電話をもらいました。
新潟のKさんは、先月、奥様が緊急入院され大変だったのですが、少し落ち着かれたようです。
Kさんは、佐藤さんの気持ちが少しわかったような気がします、と言っていましたが、伴侶に何かあると男性は予想以上におたおたしてしまうものです。
Kさんの場合は、しかし奥様は元気に向かっていますので、もう大丈夫でしょう。
夫婦には、時にはちょっとした難事が押し寄せてくるのがいいかもしれません。
そうすれば、お互いの大切さに気づくはずですから。

やはり節子がよく知っているTさんからも電話がありました。
Tさんもいろいろと身体に爆弾を抱えている状況なのですが、いまは元気です。
Tさんはこの挽歌を読んでくれていますが、
このブログを読むと、どうも私が貧乏のように思えるようで、私に会うと、お金に困ったら言ってくれといつもいうのです。
ありがたいお言葉ですが、実は私はお金には困っていないのです。
人生をきちんと生きてくれば、必要になればお金はどこかから回ってくるものなのです。
それが本当かどうか、節子は少し疑っていましたが、Tさんの言葉を聞かせたいものです。
Tさんには、私に回すお金があるんだったら、奥さんに指輪でも買ってやったらと逆提案しましたが、Tさんももっと奥さんを素直に大事にしなければいけません。
その気になっても、それができなくなった立場からすると、もっともっとみんな伴侶を大事にしなければいけません。

Nさんからの電話はちょっとした相談でした。
私に相談しても、答が出てくるとはNさんも思っていないでしょうが、まあ話をしているうちにいつもNさんは自分で答を見つけるのです。
その代わり時間は、それなりにかかります。
しかし、一番の相談相手は、いつも伴侶なのです。
友人ではありません。
そのことをいつか教えなければいけません。

電話ではないですが、Iさんからは久しぶりに彼が書いた文章が届きました。
久しくご無沙汰でしたが、活動は順調のようでうれしいです。
Iさんも、決して体調はよくないのです。
Iさんも仕事をほどほどに奥さんとの時間をもっと大事にすべきですが、大きなミッションに突き動かされているので、今は何を言っても聞き届けられないでしょう。
困ったものです。

とまあ、そんなこんなで、手持ち無沙汰ではない1日を過ごしました。
節子のお墓参りにも、ちゃんと庭の花を持って行ってきました。

今日はいろんな人が湯島にやってくるので、湯島で1日を過ごそうと思います。

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■過剰反応する事情の背景

昨日更新したCWSコモンズの「武田さんの理想国家論」で、武田さんは最近核開発で騒いでいる北朝鮮への最善の対応策は「無視」ではないかと主張しています。
私も全くの同感です。
北朝鮮は、私たちが考えている以上に小さな国です。
人口は多いですが、国家予算規模は日本の県レベルではないかというデータもあります。
中国もアメリカも、まあちょっとしたノイズを起こす程度の、いかようにもコントロールできる存在と考えているのではないかと思います。
イラクやイランとは全く違うでしょう。
日本人が、パチンコを一切やらなくなったら、その利益の仕送りを受けている北朝鮮の財政はパンクするという意見さえあります。
だから国家として偽札ドルを印刷したり、麻薬ビジネスに手を出したりせざるを得ないわけです。
そうした、国家基盤も確立していない国が、少しぐらい騒ごうがどうでもいい話ではないかと思います。
軽くいなせばいいだけの話です。
行動論理が全く違うのですから、同じ論理で対応していたら、彼らの不正義を支援するのが関の山でしょう。

しかし、日本の報道はいつも加熱します。
なぜでしょうか。
それにはおそらく意味があるはずです。

新型インフルエンザ事件も過熱報道でした。
最初に騒がれだした時に、私は「もう一つのパンデミック」を予感しましたが、この過熱報道にもおそらく意味があったのです。

小さな事件が、小さな不安が、マスコミによって増幅される場合には、おそらくその裏に何かの事情があるように思います。
新聞各紙が一斉に同じ情報を流しだす時には、注意しなければいけないと言うのが、私の体験則です。

核開発の話など無視して、拉致問題こそ、真剣に取り組むべきではないかと思います。
核開発問題と拉致問題は、問題の本質が全く違うのです。
政治家や財界人は前者を重視するでしょうが、生活者にとって意味のあるのは後者です。

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2009/06/14

■節子への挽歌651:手持ち無沙汰の1日を過ごそうと思います

節子
先週はちょっとばたばたしてしまいました。
来週もまたいろいろと予定が込んでいるのですが、今日はのんびりと1日を過ごそうかと思います。

節子がいなくなってからの1年は、何かをするでもなく、しないでもなくの1年でした。
私にはほとんど記憶のない1年です。
昨年末から活動を持続的に再開しましたが、精神的に軌道に乗ってきたのは4月くらいからでしょうか。
4月は少し活動をしすぎてしまいましたが。

節子がいなくなってから、私がやることといえば、自分の活動だけです。
ですから、実は時間はタップリあります。
短期的には「時間破産」状況に陥りますが、まあ間に合わなければ、明日にのばせばいいだけの話です。
時間の取立てはありませんし、それほど大きな約束はしていませんので、どうにでもなります。
せいぜいが、間に合わなければ一晩徹夜すればいいだけの話です。

私のホームページを読んだ人が、私はきっと「多忙」なのだろうなと考えてくれますが、実のところは時間はタップリあるのです。
節子と一緒に過ごす時間がなくなったのが、その理由です。
ということは、節子が一緒にいた頃には、節子との時間がいかに多かったかということでもあります。
月に数回は、節子と一緒に旅行などに出かけていましたし、節子と一緒にお茶を飲んだり、夫婦喧嘩をしたり、いろいろとありました。
それが全くなくなったいま、私の時間はタップリあるわけです。

手持ち無沙汰の時さえ、あるのです。
節子がいたら、そんな時には声をかけて必ずどこかに出かけました。
私の人生の時間には、暇や退屈さは皆無だったのです。
節子も、いつも動いている人でしたから、暇や退屈さとは無縁の人でした。
私たちは、いつも何かをしていました。

節子がいなくなってから、はじめて私は「手持ち無沙汰」を体験しました。
そんな時には、庭の花を見たり、空の雲を見たりすればいいと思うのですが、それさえができないのです。
なにか無性に空虚な時間の前にさらされているようで、その時にはたとえ何をやっても「手持ち無沙汰」感は消えません。
奇妙に不安で、罪悪感さえあります。

今日はどんよりした曇り空です。
考えてみれば、やるべきことは山のように積まれています。
でもまあ、今日はそれを忘れて、「手持ち無沙汰」を嘆きながら1日を過ごそうと思っています。
半身を削がれた者にとっては、暇さえも堪能できる時間ではありません。

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■怒りが鬱積している時代

鳩山総務大臣の辞任は、予想していたとはいえ、いささか失望しました。
郵政民営化路線はなかなか揺るぎません。
民営化とは私益化のことであり、税金を特定の個人もしくはグループに勝手に分け与えることであることが(つまり税金の恣意的な割り振りです)、なかなか認識されないようです。
かんぽの宿を1万円で購入して、福祉施設に6000万円で転売したという事例がありましたが、これはすべてに当てはまることなのです。
年金保険料を勝手に私的に浪費した構造と同じです。

それを許すのは、寛容な国民の知恵かもしれませんので、最近はまあいいかと思うようにしていますが、いまなおあまりいい気持ちがしないのが、こうした事件が起こるとみんな寄ってたかって悪口のいい合いをすることです。
このブログも、そんな側面があると指摘されそうですが、そしてされたことも何回もありますが、私としては一応節操を持って批判しているつもりです。
時々、勢いあまって口汚く個人をののしってしまいますが、反省しなければいけません。

いくつかのメーリングリストで、鳩山批判が飛び交っています。
現状の体制を批判している人たちのメーリングリストでも、です。
同じメーリングリストで、麻生首相が批判され、小沢元民主党代表が批判され、まあ批判の風が噴出すると、恐ろしいほどに批判は増幅していきます。
批判の内容は、実にさまざまです。
昔のことが批判されることも少なくありません。
対象は誰でも何でもいいのかもしれません。
その時に、目立つ行動をした人が、ともかく批判されることが多いです。
みんなきっと「怒り」を鬱積させているのです。
相手は誰でもいいのでしょうか。
しかし、そこには大きな危険性が潜んでいます。
つまり、批判は批判を削ぎあって、結局、現状を維持するようになっていくということです。

権力が自らの権力を持続させるためには、社会の外部に大きな批判の対象をつくることです。
ブッシュ政権はまさにその戦略をとりました。
体制維持のために、あるいは体制壊しのために、権力志向者が使う手法です。

もう一つの権力維持策は、批判を封じるのではなく、批判を巻き起こすことです。
これはむしろ不満を持つ側の人たちが、自らの暴発を回避する手段として、広げていく自衛策のような気がします。
四方八方に批判の嵐が起これば、社会に内在する不満は横の関係でエネルギーを解消していきますから、時に権力者も使いますが、持続はできません。
むしろ体制に不満を持っている人たちが、この手法を取りがちです。
そして、それぞれの怒りや不満を、相対化させ、自己納得してしまうわけです。
誰もが批判しあうことを許しあう文化。
一種の「寛容の文化」と言ってもいいでしょう。
これは、中途半端に豊かさを得た、いじましい人たちの知恵なのかもしれません。

どこか自虐的で、元気の出ない見方ですが、いろんなメーリングリストでのさまざまな批判メールを読んでいると、何だかそんな気がしてきます。
これもまた情報社会の落とし穴の一つかもしれません。

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2009/06/13

■節子への挽歌650:夫育てがうまかった節子

節子
ようやく地元の我孫子での活動仲間の組織が実現しそうです。
節子がいたら、いろいろと一緒にできたはずなのですが、そのシナリオは全く違うものになってしまいそうです。

新しい組織の名前は「コモンズ手賀沼」です。
「コモンズ」は、この20年来、私が取り組んできたテーマです。
しかし、私がむりやりつけた名称ではなく、ほかの方が付けてくれた名前です。
時代は、まさに「コモンズ」が流行語にさえなりだしています。
もっとも、その言葉に期待する意味は人によってかなり違ってはいますが。

私の「コモンズ」発想を、たぶん最初に理解してくれたのも節子でした。
20年以上前に私が「真心の時代」などと言い出して、みんなからひんしゅくをかっていた時も、節子は一番の理解者でした。
そこに実体を与えてくれる上でも、節子は力強い同志でした。
私がなにか新しいことを始めようとする時、いつも節子に相談しました。
相談と言うよりも、節子に話すことで、私の考えが整理され、そして何だか実現できるような気になれるのでした。
そして、どんな小さなことでも、私の思いが実現すると、節子は私と一緒に喜んでくれました。
それが私には最大のモチベーションになりました。
だから、私は新しいことに取り組むのがとても楽しかったのです。
節子は、子育てはうまくなかったかもしれませんが、夫育てはうまかったのかもしれません。

節子がいなくなった今、そのモチベーションがなくなってしまいました。
そのせいか、最近は何をやっても充実感がありません。
それどころか、こんなことをやっていていいんだろうかなどと思ってしまうことさえあります。
私がやっていることは、世間的に見れば、いずれもとても小さなことです。
それに、自分から何かをやるという生き方は、もうだいぶ前にやめてしまいましたので、ほとんどは誰かの話を聞いて、余計なお世話をするのがせいぜいです。
それもたいしたことはできません。
私と話しているうちに、元気がなかった人がちょっと元気になるというようなことが、私の最大の喜びなのです。
節子は、そのことをよく知っていました。
そして私と同じように、それを喜んでくれました。

地元の我孫子の活動はこれからどう展開するかわかりませんが、節子がいたらいろいろと楽しいことができたはずです。
でも、私一人ではあまりやろうという気にはなれないのです。
組織がほぼ立ち上がったので、興味は急速に冷えだしてしまっています。
困ったものです。

地元での活動は、それ以外の活動とは全く違い、節子の不在を思い出させます。
どこかで、節子との接点が必ず出てくるからです。
それに、メンバーにご夫妻で参加してくださっている人もいます。
その人たちと話していると、どうしても節子のことを思い出してしまいます。

地元の活動は、やめればよかったと思うことさえあるのです。
続けられるでしょうか。
最近ちょっと不安になってきています。
節子には笑われそうですが、それが正直な最近の気持ちです。
節子がいればこその、私の地域活動だったのかもしれません。

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■「お上」依存意識からの脱却

いま、地元の仲間たちと新しいLLP(有限責任事業組合)を立ちあげようと準備を進めているのですが、その設登記書類を作っていて感じていることがあります。
規則通りにやろうと実に几帳面な人が少なくないということです。
私は、規則とか法規は、「善意を支援し、悪意を防ぐ」ためにあると考えている人間ですので、規則に書かれた文字の一字一句にはほとんど興味がありません。
たとえば、住所表示の仕方で、私の住所は「我孫子市白山1-27-6」ですが、ある人が「1丁目27番6号」と書かないとだめだと指摘してくれました。
たしかにその通りで、略式表記は契約書などでは嫌われます。
ですから住所表記を全部書き換えたのですが、そうした議論を通じて、日本人は徹底的に「統治される民意識」埋め込まれていることを実感しています。
民がきちんと忠実に従っていても、年金で見られるように、「お上」は全くいい加減に処理していることをこれだけ見せられても、国民の意識は変わらないのです。

私は21年前、自分の会社の設立登記を自分でやりましたが、登記所の人から書き直しや捨て印を押すことを強制されました。
書き直しは拒否しましたが、捨て印は結局、受けてしまいました。
捨て印を押すということは、「お上」に勝手にやってもいいという恭順の意の表明だと当時は考えたのですが、面倒になって受けてしまいました。
今から思えば、恥ずかしい話です。

最近、つくづくと思うのですが、資格をもった専門職というのは、お上に寄生する職業です。
その人たちの仕事を保証するのが法規(行政手続法)なのかもしれません。
昨年から、収入がないので、私の個人会社の決算作業や税務申告手続きを自分でやるようにしました。
それまでは税理士に頼んで月額5万円と決算手続き費用を負担してきました。
ところが自分でやってみたら、2日もあれば出来ることが分かりました。
但し、減価償却とかいろいろとややこしいことをやろうとするとわかりません。
幸いに最近は会社の売り上げがほとんどないため、まあ簡単にやれるのですが、いかにも難しい様式になっています。
大企業であればともかく、売上高の小さな企業であれば、もっと簡単に税務申告できる仕組みはいくらでもできそうです。
複雑にしているのは、税務署の権威を高め、税理士や会計士の仕事を創出するためではないかとさえ、思うほどです。
何でこんなことまで専門職に費用を払って頼まなければいけないのかと思うことは決して少なくありません。

私の友人知人にも、税理士や会計士や行政書士などもいますので、いささか言いよどみますが、本当にそうした職業は必要なのでしょうか。

そう考えると、私が会社時代にやっていた仕事は価値があったのだろうかという反省も起こってきます。
私は入社後6年くらいして、企画部門に配属されました。
そこで全社的な経営計画を立てたり、事業戦略のための調査活動をしたりする仕事に取り組んでいました。
いわゆる「戦略参謀業務」ですが、これって果たして会社に必要だったのだろうかという気がしています。
その疑問が当時から少しあって、ボスには現場に出してくれといっていたこともありますが、お前には無理だといわれて出してもらえませんでした。
つまり私にはお金を稼ぐ能力がないと評価されていたのかもしれません。

私が当時やっていた仕事は、いまの言葉を使えば「知識労働」です。
ところが最近は、その「知識労働」が主役になっていく時代なのだそうです。
「知識社会」なる言葉もあります。
これからは創造性をもった知識労働者が新しい事業を起こしていくとも言われています。
しかし、「知識労働」って何だか分かりにくい言葉ですね。
汗して生きている人が、ますます報われない社会にならなければいいのですが。
そのためには、私たちもそろそろ「お上」依存意識から抜け出さないといけません。
それは、結構むずかいいことなのですが。

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2009/06/12

■節子への挽歌649:ルソーの不安

節子
今日はルソーの話です。
画家のルソーではなく、ジャン・ジャック・ルソーです。
といっても、社会契約などといった話ではありません。
ルソーが言語や文字を恐れていたという話です。
なぜ恐れていたかといえば、文字や言語は、生きている現実の死せる残骸だからだというのです。
これは今村仁司さんの本からの、ちょっと不正確な受け売りなのですが。

ルソーは、『言語起源論』という著者の中で次のように述べているそうです。

「欲望が大きくなり、商売が複雑になり、理性が拡大するにつれて、言語は性格を変える。それは一層正確になるが、情熱を失う。それは感情を観念に置き換える。それはもう心では語らず、理性で語る。まさにそのゆえにアクセントは消え去り、分節化が広がる。言語は正確で明瞭になるが、それだけ長たらしく、重く、冷たくなる」

ルソーのこの指摘に、私は全面的に賛成します。
全くその通りです。
節子は私よりも強くこの考えに共感するでしょう。
私が節子から批判されてきたのは、まさにこのことに通じています。
節子はいつも言っていました。
「言葉では必ず修に言い負かされる」
この言葉が含意しているのは、言葉の世界では修が正しいが、現実の世界では私が正しい、
そして、言葉の世界では生きられないよ、と言うことです。
私たちが、共にそう思えるようになったのは、たぶんお互いが50歳代になってからでしょう。
もっとも、その後も私は「言葉の世界」で節子を言い負かしていましたが。

この挽歌に関しては、娘たちはフィクションが含まれているといいます。
私にはそうした意図は全くありませんが、文字はすべてフィクションなのです。
文字や言葉にしてしまうと、現実とは違う物語になってしまうのです。
そのことは書いている私自身が時々そう感じます。
節子はもっと素敵な人だったとか、もっとダメな人だったとか、そういう気がすることは多いのですが、どうしてもそれは文字にならないのです。
真実にどのくらい迫れるかは文章力の問題ですが、そういう話ではありません。
文字にしてしまうと、どこかで私の中に生きている現実と離れていってしまうということです。
文字が一人歩きするといってもいいでしょう。

そのことは話していても起こります。
節子のことを話していると、いつの間にか私の感覚と違った節子を語っていることに気づくことがあるのです。
後で後悔することもあります。
後悔するのなら話さなければいいのですが、その時はなぜか心の中の節子と言葉で語ってしまう節子とが、私の中ではそれぞれに生きているのです。

文字で書かれた節子、言葉で語られた節子、そして私の心身に今尚生きている節子。
それらは微妙にずれているのですが、どれが本当の節子なのか、判断はできません。
だからルソーは文字や言葉を恐れたのです。
自分の心身を離れて、思考は一人歩きしだすのです。

私は、しかしたくさんの節子に出会えることを選びます。
だから、文字や言葉を恐れることなく、不安など一切無く、この挽歌を書き続けているのです。
私の心身を離れて、一人歩きする節子が育っていったら、どんなにうれしいことでしょう。
その節子に、もしかしたらいつか会えるかもしれないと思っただけで、心がわくわくしてきます。
きっとルソーほど私は賢くないのでしょう。
まあ、あんまり賢いとは思えない節子とお似合いだったのですから。

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■遊ぶ人が働く人を邪魔する時代

福島でタクシーに乗りました。
その運転手さんから聞いたのですが、タクシー運転手の収入はこの半年で3割前後減ったそうです。
この数年、収入は減り続けているそうですが、いまでは手取り月額が10万円に達するのが難しいようです。
それで運転手はお金の困っていない人か年金をもらっている高齢者でないとやっていけないというのです。

日本全国不景気なので、まあそれは仕方がないとしても、許せないのは高速道路の1000円制度だというのです。
なんで遊びに行く人だけが1000円で、仕事で高速道路を利用する人は高い料金を取られるのか。
反対ではないか。
おかげで飯坂温泉には観光バスが来なくなり、二本松の老舗温泉宿も倒産したし、と怒っていました。

そういえば、先月軽井沢でも同じような話をタクシーの運転手さんから聞きました。
高速道路が1000円になったおかげで、マイカーでの観光客が激増し、休日は仕事にならないと怒っていました。

いずれも、働く人よりも遊ぶ人のほうが優遇されることへの怒りです。
その怒りはよくわかりますが、それが消費主導の経済の本質なのです。
このブログで繰り返し書いてきたように、市場を創ること、つまり顧客の創造こそが経済の原動力になっているのです。
そのことが私自身は全く納得できないわけですが、ほとんどの人は納得してきたはずです。
福島の運転手さんには、自民党を応援してきたあなたたちが、そういう社会をつくってきたんじゃないのと言ってしまいました。
ちなみにまた、各地で建設業者が少しずつ仕事を増やしているようです。
昨日の運転手も、政治家につながっている土建業は最近元気になってきたようだと言っていました。

こうした経済文化は社会を壊す危険性を秘めています。
先進国の中でいまや最も働く意欲が低いのが日本だという調査結果もありますが、遊ぶ意欲を煽られてきた結果かもしれません。

遊ぶ面白さと働く面白さと比べたら、どちらが面白いでしょうか。
あるいは持続し発展していくでしょうか。
いうまでもなく、働く面白さだと思います。
しかし、働く面白さが奪われてしまい、遊ぶ面白さを強制されてきているのが昨今の日本かもしれません。
働くことも遊ぶことも、ともに強制されているような気がします。
まもなく、遊ぶことの面白さも失われていくでしょう。
それは、生きることの面白さや感動を失うことなのかもしれません。

地方に行って、タクシーに乗ると、いろんなことを感じます。
社会は相変わらず壊れ続けているようです。

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2009/06/11

■節子への挽歌648:世界に寄りかかって生きること

某研究所の研究員から子育て主夫に転じた若い友人が、松田道雄さんの「われらいかに死すべきか」という本を読んで考えさせられたというメールをもらいました。
研究者から主夫への転身はたぶん刺激的でしょう。
世界政治や国際経済などは、子育てや生活現場で起こっていることに比べたら、知識さえあれば対応できる退屈な話でしかありませんから。

松田道雄さんとは懐かしい名前です。
節子が子育ての指南書として読んでいたのが、松田さんの「育児の百科」でした。
核家族の中で、節子は子育てには苦労したと思います。
普通は、家元に帰って最初の子どもは産むのでしょうが、私がそれに反対したので、節子はほぼ一人で娘を育てたのです。
頼りは、松田さんのこの本でしたが、読書が好きではなかった節子が果たして読んでいたかどうかは疑問です。
私も読んだ記憶があまりありません。
私たちの娘たちが普通に育たなかったのは、そのせいかもしれません。
いやはや困ったものです。

今回紹介された本を、私も読んでみました。
年齢のせいでしょうか、私にはあんまり新鮮ではありませんでした。
知的な世界で活躍してきた研究者にとっては、新鮮なのかもしれません。
しかし、人間も70年近く生きていると、生活世界の実相はだいたい見えてくるものです。
そうした実感が文字になっていると、逆にとても空虚に感じてしまいます。
同世代が書いた人生論などは読むものではありません。

共感できるところはたくさんありましたが、面白かったのは言葉の端々から見えてくる松田さんの人生でした。
こうした文章からは、その人の生き様と心情が見えてきます。
たぶん、この挽歌にも私の人生が露出されているのでしょう。

本書を読んで、松田さんは私とは違う世界の人のように感じました。
自殺の自由を認めていることに、それは象徴されています。
最後の章は「晩年について」ですが、そこにもこんな文章がでてきます。
「自分以外の人間によりかかって生きることを、なるべく少なくすることが第一である」
私とは正反対の意見です。

そのことを一番よく知っていたのは、節子でした。
だれかに寄りかかっていないと生きていけないのが、私の本性であることを節子は見抜いていました。
それが節子の大きな心残りだったのです。
しかし、節子がいなくなった今、私は生き続けられているのはなぜでしょうか。
気がついてみたら、私が寄りかかっていたのは節子ではなく、すべての人たち、すべての生命だったのです。
もしかしたら、節子がそう仕向けていたのかもしれません。
私を支えてくれる世界の入り口に、節子がいただけなのです。
いいかえれば、節子が私を世界につなげてくれていたのです。
いえ、過去形ではなく、今もなお節子は私を世界につなげてくれているように思います。
生命は個々に完結していないことを、節子は身をもって教えてくれたのです。
だから個人には、自殺をする権利などあるはずもないこともです。

松田さんとは全く違う世界を、私はどうも生きているようです。

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■日本の温室効果ガス排出量の中期目標が発表されました

昨日、麻生首相は、2020年までに日本の温室効果ガスの排出量を「2005年比で15%減」とする中期目標を発表しました。
その実現のための具体的な方策についても触れています。
それを批判するつもりはありませんが、こういう話にはいつもどうも違和感があります。

基準年を変えることで、削減数値を大きく見せるといった方策は、権力維持のために働いてきた統計学者たちの常套手段ですから、それについても批判するつもりはないですが、こうした方策はあまりにも見えすぎるので、社会に与える影響の大きさは心配です。
しかし、それに関しても今回は目をつぶります。

問題は削減のための方策です。
クールビズに関してコメントしたように、エコビジネスはどう考えても環境負荷を高めます。
これに関しては、昔、「脱構築する企業経営」でも書きました。
よほどお暇な方は、その連載記事の「消費機関としての企業」の章をお読みください。
私のホームページに掲載されています。
太陽エネルギーの活用は悪いことではないでしょうし、そうした分野で世界に役立つ技術を開発することもいいでしょう。
しかし、相変わらずその根底にあるのは、産業の発展のような気がします。
そのことが、いま問われているのではないかと思います。

持続可能な発展という概念が出された時に、持続可能性と発展とは矛盾するという議論がありました。
あるいは、中国やインドの国民が、いまの日本人のような生活をしだしたら、地球環境は危機に陥るというような議論もありました。
そうした議論に示されるように、ことの本質は「産業の活動量」のような気がします。

日本の産業量を2割削減すれば、つまりいわゆるGDPを2割削減すれば、コミュニティの中期目標は実現できるでしょう。
2割削減すれば、いまでさえ大変な産業界は壊滅的な打撃を受けるだろうといわれそうですが、地球環境が壊滅的な打撃を受けている時に、何を馬鹿なことを言っているのだと私には思えます。
もちろんすぐに2割削減するということではありません。
そういう発想で、取り組まなければ、実質的な環境問題にはつながらないのではないかと言うことです。
30年かけて、日本の経済のパラダイムを変えていけば、問題はそうは起きないはずです。

幸いに、日本は少子化時代を迎えました。
世界の経済状況も、間違いなく、そうした経済のパラダイム転換に向けて追い風です。
陳腐な発想ではなく、長期のビジョンで、経済を変えていくチャンスかもしれません。
しかし、複雑に絡み合ってしまった今の経済のパラダイムを変えることなど簡単にはできません。
だとしたら、まずは私自身ができることからやるのが現実的です。

産業への依存度を低め、GDP発想の経済に寄与しないような生き方に向けての努力をしていくようにしたいと思っています。
もちろんあまり無理をしない程度に、です。

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■近代は自らを終焉させる仕組みを内在させていた

日本農村情報システム協会の不正支出と自己破産申請がマスコミをにぎわせています。
こういう話は、それこそ山のようにありますし、おそらく霞ヶ関あるいは自治体と付き合いのある人なら、似た話を一つ二つはすぐ思い出せるのではないかと思います。
にもかかわらず、なかなかそういうものはなくなりません。
いや、もしかしたら増えているかもしれません。
私が知っている少ない情報でも、この数年、霞ヶ関が嘘のように「助成金」と称して税金をいろんなところにばら撒いている話はよく聞きます。
そうした文化のうえに、定額給付金は立案されたとしか思えません。
少しは全国民にもばら撒いて、自分たちの罪の意識を軽減しようという話です。
とまあ、こんな邪推をしたくなってしまいます。

それにしても、こうした天下り組織の実態は一向に明らかになってきません。
今頃こんな話が話題になるのは、その証拠です。
テレビのキャスターやコメンテーターたちも、もっとあるのではないかといつも言います。
1000万円もあれば、全国の天下り組織の実態調査はできるでしょうから、もしそう思ったら調査をしてほしいです。
それができる立場にいる人も少なくないはずです
しかし、具体的に全体を調査するという動きは聞こえてきません。
年金の時も薬害の時もそうでした。
責任者も報道者も、具体的には誰も動こうとしないのです。
なぜなのでしょうか。
それが明らかになったら困るので、残しておいたほうがいいと思っている人が多いのでしょうか。
批判者は、批判の対象がなくなることが一番怖いことなのですから、批判の対象をなくすようなことはしないでしょうし。

マスコミは、さまざまな不正や犯罪的行為を暴いてくれます。
しかし、そこから先はなにもしません。
不正行為がなくなれば、マスコミは報道する材料が減るからではないかなどと思ってしまいます。
まあ、そんなことはおそらくないでしょう。

と、ここまで書いてきて、ハッと気づきました。
産業と同じく、問題解決したら市場がなくなるというジレンマは、マスコミにもあるはずですから、こうした疑いはまんざらありえない話ではないのかもしれません。
そういえば、最近の報道ステーションは、ただ同じ批判を繰り返すだけの退屈な番組になってしまいました。
マスコミも、やはり「産業のジレンマ」「近代のジレンマ」の渦中にあるのです。
週刊誌がセブンイレブンを批判できないのと同じ構図が至るところに張り巡らされているのでしょうか。
批判が封じられれば、残るのは滅びの道です。

近代は、自らを終焉させる仕組みを内在させていたのです。
私にとっては、久しぶりの大発見です。
世界観が変わりそうです。

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2009/06/10

■節子への挽歌647:「家族は自己を滅する場」

節子
昨日、家族に言及したので、今日は家族にことを少し書いてみます。
節子がいなくなってから、わが家の家族にもいろいろなことがありましたが、節子のいた頃と基本的には同じです。
少しさびしさはありますが、それぞれにまあ元気です。
そして、今もなお、節子は私たちにとってはとても大きな存在です。

私たちの家族は、常識的に考えると少し変わった家族だったような気がします。
私にとっては理想的な家族環境でしたが、娘たちや節子にとっては、必ずしもそうではなかったかもしれません。
むすめたちには、ちょっと申し訳ない気がしており、最近は反省しています。
私の家族観が少し、いやかなりおかしいのかもしれません。

いささか右翼の福音主義者のスティーヴン・カーターという人は、「家族とはわれわれが自己を滅する場」だといっていますが、彼の思想的な立場はともかく、この言葉には私は納得できます。
もっとも、この言葉からいわゆるドメスティック・バイオレンスのような危険なにおいがしてこないわけでもありません。

彼とは違ってバランス感覚があると思われる市民社会論者のマイケル・エドワーズは、著書「市民社会とは何か」の中で、次のように書いています。

家族とは、もっとも深いレベルで、他者のための犠牲とケアといった特徴をもつ最初の「市民社会」であり、またそうあるべきだといっても差し支えないだろう。信頼、協力、その他のより明確な政治的態度は皆、家庭内でのさまざまな関係の中で形成される。
そして、彼は、「愛情に満ち、互いに支えあう家族関係を形成し育むことは、礼儀正しい社会の建設に不可欠である」とも書いています。
こうした考えは、私の考えとほぼ同じです。
しかし、人は成長する存在ですから、「愛情に満ち、互いに支えあう家族関係」を固定化させることはできません。
娘たちの愛情は親にではなく、外の他者に向かわなければいけないのですが、どうもわが家ではそうならず、今もって2人の娘は結婚もせずに自宅にいます。
だからといって、親をとりわけ愛しているわけではなく、うざったい存在という思いが、年々高まっているように感じます。
にもかかわらず、なぜ結婚もせずにいるのか。
これは私たちが一番気にしていていたことですが、こればかりは親といえども何ともしがたい問題です。
私たちは決してむすめたちを溺愛していたわけではなく、むしろ夫婦の関係が強すぎて、娘たちへの配慮が行き届かなかった面のほうが強いように思います。
もしわが家に問題があるとすれば、娘を溺愛したのではなく、私が節子を愛しすぎたことかもしれません。
もっとも娘たちに言わせると、彼らが子どもの頃は、私は子育てを、したがって家庭のことをすべて節子にまかせっきりだったという思いを持っています。
そんなことは全くないように思いますし、節子が元気だったころ、節子もそうした娘たちの印象を否定していたのですが、子どもの記憶は正しいことが多いので、たぶん彼女たちの言い分が正しいのでしょう。
つまり、私が良き夫になったのは、そして節子に深く惚れ込みだしたのは、私が会社を辞めてからなのかもしれません。
それ以後の私たち夫婦は、おそらく誰にも負けずに愛し合う夫婦になっていたように思います。
いつも一心同体で、そこでは、間違いなく私は「自己を滅して」いました。
そういう場に支えられていたが故に、いまの私の生き方が育ってきているような気がします。
最近は、社会そのものが、私にとっては「自己を滅する場」になってきています。
こうした生き方を目指したいと、21年前に勤めていた会社を辞めた時に、みんなに手紙を書いたのですが、それが実現できてきているわけです。

私の今の生き方は、節子のおかげで実現できたのです。
最近、そのことが実感できるようになってきています。
節子に感謝しなければいけません。
その礼を、直接、言葉で節子に聞かせられないのがとても残念です。

節子、私の思いは届いていますか。

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■鳩山総務大臣へのエール

日本郵政の西川社長人事をめぐって、鳩山総務大臣と他の閣僚との間での不調和音が話題になっています。
与謝野大臣は、小さな問題などと言っていましたが、この人はどこまでも無責任な対応しかしないようです。

私は、これは決して小さな問題ではないと思っています。
民営化というものが意味する本質的な問題(それもありますが)が含意されているからではありません。
日本の国のかたちに関わる問題だからです。

官僚国家状況を脱するために、官僚の力をどう弱めるか、政治がどう主導性を取り戻すかが議論されていますが、官僚国家は官僚だけで完結しているわけではありません。
防衛省の守屋元事務次官の犯罪が明らかにしているように、あるいはC型肝炎事件での厚生労働省の職員たちのおぞましい犯罪が明らかにしているように、官僚の背後には企業がいます。
官僚は、その手先でしかありません。
せいぜいが数億円程度の小銭しか分けてもらえないでしょう。

しかし産業界の得る利益は、そんな小銭ではありません。
もちろんすべての企業というわけではありませんが、財界や産業界の大きな枠組みを悪用している経済人こそが、もしかしたら官僚政治の黒幕なのかもしれません。
その意味で、この事件は政治が主導性を回復できるかどうかに深く関わっている問題ではないかと思います。

私は、企業の経営者にも知人がいますし、素晴らしい経営者にも出会うことは少なくありません。
大企業の社長でも、素晴らしい人物はいないわけではありません。
しかし、昨今の財界を動かしている経営者には全くと言っていいほど信頼はもてないでいます。
まあ、最近はそんなに知っているわけではありませんが、常識的に考えて、公正さや誠実さを感じられないことが多すぎます。

問題は仕組みであり、責任の取り方だろうと思いますが、
しかし西川さんの対応振りを見ていると、こういう人が日本の財界のキャストとして利用されているのだなと少し哀れささえ感じてしまいます。
少し読みすぎかもしれませんが、この事件に、ことの本質が現われてきているように思えてなりません。
真の悪人は、いつも見えないところにいるものです。

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2009/06/09

■節子への挽歌646:「人間は夫婦に後悔がなければ死ねる」

もう一度だけ、中野さんの話について書かせてください。
実はまだ中野さんの本は読んでいないので、テレビで聞いた話です。

中野さんはがんで死に直面したことがあります。
その時に、いろいろと考えたそうですが、一番の気になったのは奥さんのことだったそうです。
誤解されそうな言い方ですが、そこで中野さんの辿りついた結論を聞けば、その意味がわかってもらえると思います。
中野さんはこういいました。
「人間は夫婦に後悔がなければ死ねる」

この言葉は、とても共感できるのですが、同時にとてもそんなことなどありえないとも思いました。
私の場合で考えてみましょう。
とても後悔がないとはいえませんが、それでもたしかに節子と愛し合えてきたことを考えるといつ終わっても「悔い」は残らない人生で、たぶん静かに自らの死を迎え入れられたような気がします。
もちろんやり残したことはたくさんありますし、私にとっては節子と会えなくなることは寂しいことですが、たぶん辛いという気持ちはさほど起きないかもしれません。
節子はどうだったでしょうか。
私との関係には後悔はなかったように思いますから、その点に関しては心安らかだったかもしれませんが、私の節子への思い入れの深さを知っていましたので、自分がいなくなった後の私のことは気にしていました。
さらにいえば、まだ結婚していない娘たちへの心配は大きかったと思います。

中野さんは「夫婦」と言っていますが、ここは「家族」と言ってもいいでしょう。
たしかに「家族に後悔がなければ」、人は心安らかに人生を終えられるはずです。
このことの意味は、とても大きいような気がします。

中野さんは「亡き人を覚えているのは家族の役割」と言いましたが、それは、「家族に後悔がなければ人は死ねる」という言葉とセットになっています。

最近、家族が壊れだしているように思いますが、それは心安らかに人生を終えられなくなるということかもしれません。
終えられない人生は、おそらく始められない人生でもあります。
家族とは何なのか、節子のおかげで、その意味をいろいろと考えさせてもらっています。
今となっては、もうあまり意味のないことかもしれないのですが。

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■ラビエンヌスの信義

「友愛」の話を何回か書きましたが、NHKの大河ドラマ「天地人」では、「義」と「愛」がテーマのようですので、「義」の話も書いておきます。
「愛」とともに「義」が失われてきているのが、いまの私たちの社会だという気がするからです。

私はそれなりに「義」を大事にしています。
「不義理」もたくさんしていますが、一応、意識的には「義」に生きたいと思っています。
「友愛」を語っているジャック・アタリは「義」(フィデス)に関してはあまり語っていませんが、彼の「21世紀事典」には「信頼」(confiance)の項はあります。
そこには、信頼こそがすべての分明の支柱だが、市場や契約の文化は信頼の倫理の価値を低下させ、信頼は徐々に権利と裁判制度に置き変わっていくだろうと書かれています。
「義」と「信頼」は別物ですが、義が失われていけば、自ずと信頼関係は成り立ちにくくなります。

塩野七生さんの「ローマ人の物語」によれば、ローマ人は義を大切にしたようです。
契約よりも法よりも、人間同士の義が優先されたようです。
しかし、これは何もローマ人に限ったことではありません。
日本でもしばらく前まで存在していた文化です。
武士道の話ではなく、庶民の世界の話です。
10年ほど前ですが、山梨に転居した人から聞いた話ですが、講のような組織があって、そこの行事が何よりも優先されるので、会社を休まなければいけないこともあるのだそうです。
その根底には、たぶん「義」につながるものがありそうです。

「ローマ人の物語」には、カエサルとラビエンヌスの話が出てきます。
カエサルがルビコンを渡ろうとした時、彼がもっとも信頼していた副官のラビエンヌスが、渡河の前夜、カエサルのもとから去ったのです。
ラビエンヌスは、カエサルの敵になるであろうボンベイウスと義を交わしていた関係柄だったのです。
ラビエンヌスがカエサルの許を去ったのは、ポンペイウスへの義からでした。
それを知っていたカエサルは、自分を裏切ったラビエンヌスを非難するどころか、彼の荷物をわざわざ送り届けさせたそうです。
私が大好きな種類の話なのですが、個人間の義よりももっと大きな儀があるはずだという意見もあるでしょう。
理屈では、私もそう思います。
小さな義のために自死する政治事件や経済事件の報道に接すると、私はいつもそう思って、死者は犬死ではないかなどと思ってしまいます。
しかし、もしかしたら、瑣末に思える個人間の「義」こそが、人のつながりの根源であり、社会の基本なのかもしれないと、いう気もするのです。
大きな義よりも小さな義のほうが大切だということです。

この話を書き出すとそれこそ、社会とは何かという大命題にまで至ってしまうのですが、義のない社会は存続できません。
つまり壊れるしかないのです。

大きな義が失われだしてからもうだいぶ経ちますが、私の周りでは、小さな義も急速になくなってきています。
おそらく自分では気づいていないのですが、私もまた「義」を欠いた生き方にどんどんなってきているのでしょうね。
今日はどうも自己反省、自己時評になってしまいました。

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2009/06/08

■節子への挽歌645:死者の眼差しを引き継ぐ

昨日の挽歌を読んで、娘さんを見送った大浦さんからメールが来ました。
大浦さんも、同じ思いで娘さんの本(「あなたにあえてよかった」)を書き上げたのです。
以前、大浦さんから、あの本は娘が私に書かせたのだと書いてきてくれたことがあります。
それはよくわかったのですが、私自身の挽歌は、節子ではなく私が書いていると私は思ったのですが、今から思うと大浦さんの思いのほうがどうも正しかったようです。
大浦さんは、私よりも長く、愛する人との別れを体験していますから、きっと私よりも真実が見えるのでしょう。

大浦さんは、私が書いた昨日の挽歌を「節子さんをそっくり郁代に置き換えて読ませて頂いてよろしいでしょうか」と書いてきました。
この気持ちもよくわかります。
私も誰かの文章を読んでいて、いつの間にか登場する人を節子や自分に置き換えて読んでいることがあります。
自分ではない人の書いたものに、自分に気持ちが素直になじんでしまうことがあるのです。
生死は、個々の人間の思いを越えて、広がっていることの現われかもしれません。

ところで、昨日紹介した中野東禅さんは、「死者の眼差しを引き継ぐ」ことが大切だとお話になりました。
節子がいなくなってから、私も節子の眼差しをいつも思っていました。
節子の眼差しを感ずるのではなく、節子が発していた眼差しを心身に取り込むということです。
友人や知人が来たときにも、「節子だったらどうもてなすだろうか」を意識しました。
それだけでなく、私のすべての生き方において、節子の眼差しを私の眼差しに重ねようと思っています。
おそらくこの4年ほどの間に、私の生き方は微妙に変わったはずです。
それはもしかしたら、この眼差しのおかげかもしれません。
眼差しが変わると世界の風景は変わってきます。
どう変ったのかと問われると、明確には答えられないのですが、間違いなく私の世界観や人生観、とりわけ人を見る目は変わりました。
もちろん自分ではっきりと説明できるほどの変わり方ではありませんが、眼差しに戻ってくる世界が微妙に変わっているような気がするのです。

考えてみると、これはなにも節子を見送ってから始まったことではありません。
節子と生活を共にすると決めた時に、そして節子との生活を育て上げる中で、私たちの眼差しはお互いに交差し合ってきたのです。
眼差しを重ねることこそが、愛なのかもしれません。

昨日、時評編で「友愛の社会」について書きました。
私が「愛」を抽象論ではなく、実践論にできたのは、節子のおかげかもしれません。

話が拡散してしまいましたが、
私は今でも「節子の眼差し」を意識しながら、行動しています。
しかし、節子がやりたかったであろうことには、まだ着手できていませんが。

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2009/06/07

■友愛の社会

最近の社会の壊れ方に、私自身それなりに危機感を持っています。
もっともそうした意識を持ったのは中学生の頃からですから、この半世紀、一体何をしてきたのかと反省しなければいけません。
何もしなかったわけではなく、それなりにやってきたこともありますが、物事、成果が出なければ意味がないと最近は感ずるようになって来ました。
そうであれば、もっと活動しなければいけないのですが、根が怠惰なのとどこかに覚めた自分がいるのです。
困ったものです。

今日、地元の仲間たちとの集まりがありました。
地元に新しい風を起こしたいと、もう半年くらいやっているのですが、毎回のように少しずつ仲間が増えてきます。
みんな「何かをしなくては」という思いがあるようです。
怠惰な私は、本当はあまりやりたくなく、ある人から相談を受けたので断れずに参加しているので、本当はどこかで抜けたいのですが、新たに参加してくる人の話を聞いていると、抜けるわけにもいかなくなってしまうのです。
みんな地域を愛しています。

ホームページに書きましたが、元大企業の経営者だった友人と話していて、あまりにも私と同じ考えを持っているのに驚きました。
大企業の経営者も、もしかしたらまだ捨てたものではないかもしれません。
希望を感じました。
企業経営幹部の集まりにもコーディネーター役で関わっているのですが、これも最近は退屈でやめたいのですが、やはり続けようかと思いなおしてしまいました。
実は、そこでも最近、「愛」が語られることが増えているのです。

自殺のない社会づくりネットワークを立ち上げるために準備会を発足させました。
新聞やネットで知った方から参加の申し出があります。
若い人も決して少なくありません。
みんな、今の社会に違和感を持っているようで、何かしたいと思っているのです。
そういえば、これもホームページに書きましたが、先週は、60代から70代の数名の人にお会いしましたが、みんなそれぞれのテーマで無私の思いで、おかしくなってきた社会をどうにかしたいとがんばっています。
その根底には、隣人への愛を感じます。
怠惰な私としては、どれもこれも関わりたくないのですが、気がつくと勝手にコミットしている自分がいます。
どうしようもなく、困ったことなのですが。

テレビや新聞で報道される事件を見ていると社会はどんどん壊れるだけだと思ってしまいますが、そうした動きの一方で、さまざまな「希望の動き」も広がっているのです。
そんな動きには関わりたくないのですが、不思議なもので、希望は私のような怠惰な人間も引き込んでいくのです。

今日の「天地人」では、直江兼続が自らの「義」を表わすものとして「愛」を選んだ話でした。
この「天地人」はシナリオがめちゃくちゃで毎回イライラしてしまいますが、まあそれはそれとして、「義」と「愛」はつながっています。
勝手な解釈かもしれませんが、それらは「友愛」と置き換えてもいいように思います。

友愛の政治、友愛の経済、について書きましが、社会の根底にあるのも「友愛」です。
怠惰な私にさえ、それが見えるのですが、怠惰だからこそ見えるのかもしれません。
みんな忙しくなりすぎました。
友愛と忙しさは、両立しないのかもしれません。

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■節子への挽歌644:亡き人を覚えていることが家族の役割

いつものように早朝に目が覚めました。
見るでもなくいつもの習慣で、寝室にあるテレビのスイッチを入れました。
節子がいなくなってから、テレビを寝室に持ち込み、眠れない時にかけています。
必ずしも見るわけではないのですが、人の声がすると落ち着くのです。

「こころの時代」で、中野東禅さんという方がお話されていました。
心に響くお話で、ついつい聴き入ってしまいました。

中野さんは、竜宝寺というお寺のご住職で、仏教の立場から死生学を究めてきた方だそうです。
私が聴き入ったのは、中野さんご本人が死の淵に立たされた経験を語ったことと、その後、奥さんを見送ったお話があったからです。
そのせいか、お話の一つひとつが、とても共感できました。
節子を見送って以来、頭で考えたような「死生学」といわれるものに、どうも距離をおきたくなっていたのですが、中野さんの死生学の本なら読めそうだと思いました。

中野さんが話したなかで、一番、心に響いたのが、
「亡き人を覚えていることが家族の役割」
という言葉です。
なんでもない言葉なのですが、私には心の奥底まで響きます。
私がこの挽歌を書き続けようと思ったのも、まさにそうした思いからです。
誰かが覚えている限り、その人は生きつづけている、という思いがあります。
私にとっては、節子は今もなお生き続けていてほしいのです。
それが私の生きる拠り所だからです。

私が節子のことを忘れないで毎日思い続けていることは、
実は自分が生き続けていく支えがほしいからでもありますが、
節子にもずっと生き続けてほしいからでもあります。
同時に、娘たちにも友人知人にも、節子のことを覚えていてほしいという気持ちがあります。
それが自分たち本位の勝手な思いであることはわかってはいるのですが、
ついつい過剰に期待してしまうのです。
ですから思わぬ人から節子の名前を聞くと内心とてもうれしくなります。

生きている証を残したいと思う人は少なくありません。
後世に残るような作品や仕事をしたいという人は私の周りにも少なくありません。
しかし、私にはそうしたことは全く興味のないことでした。
むしろ、自分が生きていたことの証を残すというような思いには否定的でした。
人は、その生命と共に、忘れられるのがいいという思いがありました。
しかし、節子を見送った後、そう思っていない自分に気づいたわけです。
節子を忘れたくないということは、私も忘れてほしくないということにつながっているからです。

「亡き人を覚えていることが家族の役割」
この言葉の意味はとても大きいです。
家族の代わりに、友人や仲間という言葉を置いてもいいでしょう。
人の支え合いは、現世だけの話ではなく、生死を超えてあるものだとようやく気づきました。
きっと彼岸の節子も、現世の私を忘れることなく、覚えていてくれるでしょう。
そう思うと、心がやすまります。

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2009/06/06

■節子への挽歌643:朝顔のタネを蒔きました

節子
今日は朝顔を蒔きました。
私の部屋の窓の下のプランターに、です。
この挽歌の読者でもある根本さんが、自分の部屋の窓の下に蒔いた朝顔のタネの残りを送ってきてくれたのです。
根本さんは、咲いた朝顔の写真をたくさん送ってきてくれたので、節子の位牌壇の横にずっとかざっていました。
気づいた人は、なぜ朝顔なのか不思議に思ったでしょうね。
季節が来たらタネを蒔くのを忘れないようにと、写真を置いていたのですが、ずっと置いておくと意識の世界から外れてしまい、存在すらも見えなくなるものです。
完全に、朝顔のことを忘れていました。

今朝、なぜか急に根本さんのことを思い出しました。
根本さんから、最近メールも手紙も全く来ないことに気づいたのです。
そして、朝顔のタネのことも思い出したのです。

2つのプランターにタネを蒔きました。
節子の応援もなく私一人で朝顔を咲かせられるでしょうか。
いささかの心配はありますが、まあがんばってみます。

そういえば、明日から我孫子はあやめまつりです。
節子がいたら、一緒に出かけたでしょうが、ここにも深い思い出があり、今年も結局は行けないでしょう。
今年は、植木祭りにもさつき祭りにも行きませんでした。
どうも私がいろいろと地域の行事に参加していたのは、節子のおかげだったようです。
節子がいなくなってから、我孫子の市内のさまざまなところには、足が遠のいてしまっています。

いま我孫子の友人知人たちと新しいネットワーク組織を立ち上げようとしており、明日もその集まりをするのですが、そうした動きの支えになっているのは、節子の思いかもしれません。
節子は、我孫子を花のたくさんある、みんなが気持ちよく暮らせるまちにしたいと、願っていました。
その一歩は、自分の家の周りに花を咲かせることでした。
朝顔の花が、私の花そだてデビューの第1歩です。

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■図書館民営化の2つの問題

図書館の民営化が進んでいるようです。
しかしどうも私には違和感があります。
何回も書いていますが、「民営化」とは「私企業化」ではないかと、私は思っているからです。
図書館の民営化には2つの問題があります。

ひとつはいうまでもなく、行政がやっていた事業を民営化する場合のすべてに当てはまる問題です。
民営化を、もし企業に任せるというのであれば、論理的には必ずコストアップになります。
なぜなら企業の場合、出資者への利益配分が必要ですから、儲けなければいけません。
ですから当然ながら、図書館の本体業務に向けられる資金は減少します。
ややこしい言い方をしていますが、誰かが図書館経営を通して誰かが儲けることになりますから、その分が外部流出するわけです。
企業に経営を任せるという意味での民営化は、必ず誰かが得をするという仕組みになります。
そうなれば当然誰かが損をします。
言うまでもありませんが、損をするのは住民であり、国民です。
言い方を変えれば、行政事業の民営化は必ず質が低下するということです。
これは世間で言われていることと反対ですが、論理的には間違いないはずです。
間違っていたら指摘してください。
ちなみに、民営化したら無駄が無くなるというのは反証にはなりません。
民営化せずとも無駄をなくすことは可能です。
最近の実例では福島県の矢祭町の図書館の事例を挙げればいいでしょう。
次元が違う話を混同してはいけません。
またミッションの中から優先度の低いものを削除したということも別の話です。
これは次の問題につながります。

民営化するとミッションが見直されることになるはずです。
最近の事例では郵政民営化です。
ミッションが変わる理由は、発想の起点が変わるということです。
それまでは、全体の統治、あるいは住民たちの効用が発想の起点でしたが、民営化すると事業主体の効用に発想の起点が移ります。
住民のためが、顧客のためになるわけです。
ここで問題になるのは、「顧客」とは誰かです。
図書館にとって「顧客」とは誰か、これは悩ましい問題です。
多くの人は「図書館利用者」ではないかと思うでしょう。
そうでしょうか。
まさにその発想は、私企業が経営する図書館事業の場合の発想です。
そこでは受益者負担という発想が出てきますが、これもまた悩ましい問題です。
あまり深入りはやめましょう。
長くなりますので。

さて図書館を行政が各地につくった理由は何でしょうか。
あるいは、その社会的意義はなんだったのでしょうか。
なぜ民間の貸し本屋ではなく図書館だったのでしょうか。
つまり図書館を民営化するということは、ミッションが変わるということです。
この意味は、とても大きいですが、書き出すと長くなるので、今回はここで終わります。

いま必要なのは、図書館の民営化ではなく、図書館のミッションを佐藤修幾人し、それが果たせるように図書館のかたちやあり方を考えることのように思います。

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2009/06/05

■節子への挽歌642:パウサニアス・ジャパン

節子
今日、湯島にパウサニアス・ジャパンの店網さんと庵さんがやってきました。
2人とも大学時代の友人ですが、私が抜けたのと前後して、パウサニアス・ジャパンに入会したのです。

パウサニアス・ジャパンは、古代ギリシアをテーマにした集まりですが、この発足にはささやかながら節子が関係していることを思い出しました。
ギリシアのスニオン岬に行った時に、そのしばらく前の火災で植生が乱れていました。
その時に節子がここに日本のサクラを移植したらいいのにね、と言ったのです。
帰国後、たしかギリシア大使館に節子は手紙を書いたはずです。
何らかの理由でそれが無理だという返事が来たような記憶がありますが、あんまり覚えていません。
しかし、その話を友人に話したら、それが回りまわって、ギリシアの会を創りたい人がいるので会ってくれないかとある人からいわれたのです。
それでお会いしたのが、吉田さんと金田さんでした。
吉田さんは高校時代からの古代ギリシアファンでした。
会の名前は決まっていました。
パウサニアス・ジャパンです。
パウサニアスは古代ギリシアにはよくある人名で、「ギリシア案内記」を書き残した人の名前もパウサニアスです。
数日後に湯島で発起人会を開催し、パウサニアス・ジャパンが発足、気がついたら私が事務局長になっていました。
節子の関心は花なので、古代ギリシアの遺跡に行っても、そこに咲いている花のほうが遺跡よりも興味がありました。
ですから節子はパウサニアス・ジャパンには入会しませんでした。
そのため、スニオン岬にサクラの花を移植する話は全く途絶えてしまいました。

パウサニアス・ジャパンは古代ギリシア研究に取り組む人を応援するパトロネージに取り組んでいますが、その最初の派遣フェローは、「イリアス」を古代ギリシア語で朗誦する明神さんでした。
明神さんは、一度、パウサニアスの集まりで、イリアスを朗誦してくれたことがあります。
たしかその時には節子も参加したような気がします。
不思議な時間でした。

節子が発病したために、私は事務局長を辞めさせてもらいましたが、この会にはいろいろと思いがあります。
私のさまざまな活動には、こんなわけでいつも節子がどこかでつながっています。

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■人を信ずるところからこそ人は裁ける

足利事件で服役中だった菅家受刑者が再審開始を前に釈放されました。
その記者会見をテレビで見ましたが、17年の彼の人生は戻ってくることはありません。
彼の父親の死にも、警察や検察、あるいは裁判官は責任を感ずるべきでしょう。
その覚悟がなくて、人を裁くことなど引き受けてはいけません。
裁判とはそれほどのものであると、私は思いますので、裁判員制度にはついていけないのです。

この報道に対しては、さまざまなところで既に議論されていますので、付け加えることもないのですが、ひとつだけ書いておきたいことがあります。
それは、「疑わしきは罰せず」の法理を、日本の裁判官は思い出せということです。

多くの冤罪事件は、警察や検察の中には、それが冤罪であることを知っているか、または疑っている人は少なくないと思います。
なぜならば、冤罪をつくりあげるのは、まさに警察や検察の人だからです。
もしそうであれば、裁判官はその気になればそれに気づくことは不可能ではありません。
それが見抜けないような裁判官は、誠実さにおいても能力的にも、裁判官になってほしくないものです。
しかし多くの裁判官に、そうしたことを期待するのは無理かもしれません。
そこにこそ、日本の裁判制度の問題があります。

「疑わしきは罰せず」の法理をもっと大事にするべきです。
そこから司法改革は始まるはずです。
人を信ずるところからこそ、人は裁けるのです。
司法界の文化を変えなければいけません。

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2009/06/04

■薬事法改正に思うこと

薬事法が改正され。大衆薬市場も新たな競争段階に入ったようです。通信販売での購入が難しくなる一方、薬剤師の代わりに新資格「登録販売者」を置けば、店頭販売で大半の商品を扱えるようになりました。
早速、大手スーパーでもドラッグストアでも値引き競争が始まり、イトーヨーカ堂では大衆薬売上高が前年に比べ3割増えたという報道もあります。
なんでも反対と言うわけではないのですが、薬も値引き競争でどんどん安くなり、売り上げが伸びるというのがどうも気になります。

食材もそうですが、安ければいいというわけではありません。
ものには適正な価格があり、需要にも適正な量があります。
日本の経営者が好きな経営学者ドラッカーは、顧客創造こそ経営だという主張で評価を得ましたが、私からみれば、全くの間違いです。
まあ、しかしそんな意見はだれも耳を貸さないでしょうから、繰り返すのはやめます。
今回は「登録販売者」なるものへの違和感を書きます。

これも前に書いたような気がしますが、どうしてみんな「資格」を作りたがるのでしょうか。
資格があれば、安心できるのでしょうか。
「資格」のある人にだけ、権限を与えるという発想は、私には違和感があります。

話は違いますが、介護保険制度ができてから介護の現場はどうなったでしょうか。
資格がなければ介護さえできない社会って、おかしいと思いませんか。
「資格」を設定して、その資格のある人に生活のある部分を一任してしまう。
結局、生活力も生活の知恵もない、生きる力のない存在を増やしていくことにならないでしょうか。

「資格」ができることで、それまでは無償だった行為が有償になることも忘れてはなりません。
新たな市場ができますから、GDPには貢献しますし、お金儲けしたい人には歓迎されるでしょう。
でも、それによって生まれる膨大な無駄のことも忘れてはなりません。
貨幣経済量と実物経済量は、決して比例はしていません。

薬事法改正は、誰のためのものなのでしょうか。
なにか発想の起点が違っているような気がしてなりません。

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■節子への挽歌641:「命の保証はない」

節子
節子もよく知っているNさんの娘さんが先月脳卒中で倒れ、駆けつけたNさんは、医師から「命の保証はない」と言われたそうです。
幸いに娘さんは、医師も驚くほどの回復ぶりで、Nさんから安堵のメールが届きました。
そのメールの最後に、
「ごめんなさい。
一人では、抱えるのがきつくって…。」
と書かれていました。

私も、一人で抱えるのがきつくて、この挽歌を書き続けています。

私たちも、娘のことで医師から同じようなことを言われた経験があります。
ジュンがまだ誕生日が来なかった時に、急性肺炎になったのです。
かかりつけの医師から大丈夫だといわれて帰宅したのですが、節子がやはりおかしいと救急車を呼んだおかげで、最悪の事態を避けることができました。
医師よりも、母親の目が正しかったのです。
それでも休日だったため、緊急病院に内科の医師がいなくて、医師が来るまではまさに地獄のような時間でした。
ようやくやってきた医師からは手遅れで命は保証できないと言われました。
そして、後はこの子の生命力に期待するしかないと言われたのです。
酸素吸入してもらいながらも、次第に生命の灯が弱くなっていくのが、目の前で実感できるのです。
私たちにできたのは、祈ることだけでした。
3日ほどしてからでしょうか、奇跡的に回復に向かいだしました。
私たちの祈りが通じたのです。

Nさんからのメールを読んで、その時のことを思い出しました。
そして、最近、ちょっと気になっていることも思い出しました。
それは、その時に、医師の言葉ではなく、人間の生命力を信じようという奇妙な信念が生まれてしまっていたことです。
節子と病院通いしていた頃、私は医師よりも節子の生命力と私たちの祈りの力のほうを信じていたような気がします。
節子は治る、節子を治す、そういう思いがどこかで私の視野を狭くしていた可能性があります。
その結果、今から思えば、病気への対応も、誠実さに欠けていたような気がします。
もっともっと真剣に節子を守るための努力をするべきでした。

それにしても、「命の保証はできない」という言葉は聞きたくない言葉です。
医師も、たぶん発したくない言葉でしょうね。
保証などできないのは当然なのです。
生命力も、祈りも、医療と同じで、万能ではありません。
それを前提にして、みんなが誠実に取り組むようになれば、医療の世界も少し変わるかもしれないような気がします。

思い出すたびに、反省点が浮かんできて、少しやりきれない気持ちになってしまいます。

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2009/06/03

■節子への挽歌640:医療と私情

これは、医療時評で取り上げるべき話なのですが、ことの成り行き上、挽歌として書くことにします。

先日、引用させてもらった節子の主治医だった先生からのメールに、「医師と患者さんの関係は微妙であり、時に私情が過ぎるとうまくいきませんよ」という言葉が出てきます。
私も同じような言葉を、このブログでもかいています。

節子と一緒に、病気と付き合いながら、次第にこの考え方は私の意識の中からは消えていきました。
いまでは、むしろ「医療とは私情に裏付けられるべきではないか」という思いさえあります。
この場合の「私情」とは、「利己的な気持ち」ではなく「公の立場を離れた表情のある人間的な感情」という意味です。
いいかえれば、医師という肩書きではなく、その根底にある人間の気持ちということです。
病気を診ずに患者を診るということは、そういうことなのだろうと考えるようになりました。

医療と医学、医術は違います。
医療の「療」とは、いうまでもなく「いやす」ということです。
「いやす」ためには、人間的な要素が不可欠です。
こう考えていくと、医師と患者の間に一番大切なのは、ある種の「私情」ではないかと思います。
薬よりも、医師の心のこもった一言が、患者を元気にするのです。

病院におけるコミュニケーションの問題に関心を持っている人が、私の周りには少なくありません。
コミュニケーションを「論理」の世界で考えるか、「感性」の世界で考えるかは、重要な視点だと思いますが、人間が生命をかけて出会っている病院においては、後者の次元におけるコミュニケーションこそが大切ではないかと思います。

ちなみに、メールを下さった節子の主治医の先生は、節子にも私にも、とても人間的に接してくれました。
私たちも、人間として自然に付き合ったつもりです。
節子が元気になったら、患者と医師としてではなく、家族づきあいもできたような気がします。
それが実現できなかったのが、節子にはとても残念だったでしょう。

先生からのメールは、節子には届いているでしょうか。
一応、位牌には報告しておきましたが。

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■御殿場事件と裁判官の犯罪

御殿場事件に関しては、数年前に話題になったのでご存知の方も多いと思います。

ウィキペディアには次のように書かれています。

静岡県御殿場市の御殿場駅近くで2001年9月に発生したとされる集団強姦未遂事件。被害者の証言に数々の不可解な点があり、犯行がおこなわれた日時が裁判途中で被害者の供述のみにより変更され、検察側により「訴因変更」が行われるなど世間の耳目を集めた。被告人側は、強姦事件そのものが存在しない架空の事件であり冤罪であると主張している。
この問題は長野智子さんがご自分のブログも含めて、ずっと追跡取材していますが、一昨日(2009年6月1日)、テレビのドキュメンタリ宣言でまた取り上げていました。
番組サイトに動画も出ていますので、お時間があればご覧ください。
私にはこの事件の真相はもちろんわかりませんが、最高裁がまさかの上告棄却としたのには驚きました。
明らかに警察の捏造事実があり、また被害者の証言変更〈被害のあった日がつじつま合わせのためか後で変わったようですが、そんなことは絶対にありえない話です〉があったのですが、最高裁は事実の審理を拒否したのです。
私には特権を持っている裁判官の犯罪としか思えません。
こうしたことを残したまま、裁判に国民を巻き込むなどと言うことはありえない話なのです。
つまり冤罪隠しと裁判員制度は、深くつながっています。

この事件が冤罪かどうか、はともかく、その可能性は否定できません。
だとしたらもっとしっかりと審議すべきです。
新しい事実も出てきているのですから、審議すべき責任が裁判所にはあるように思いますが、もし法的責任がないとしても、これだけ疑義が突きつけられているのであれば、しっかりと事実を再調査し、その疑義、つまり不信感を解消しなければいけません。
それがあってこそ、裁判制度は持続できるのです。
国民に信頼されない裁判制度は国王(統治者)のものでしかありません。
そうした裁判に、統治される国民を狩り出して冤罪に加担させる仕組みこそが裁判員制度だろうと私は思います。
もし国民に裁かせるのであれば、裁判官は不要です。
裁判官制度や検察制度を変えることなく、裁判制度を変えることの可笑しさに気づくべきです。
前にも書きましたが、日本の裁判制度の基本構造は、民主主義には立脚していません。
明治憲法体制、つまり権力者支配体制に立脚しています。

堀田力元検事が、検察官には説明責任がないと発言したように、検察官は権力者のために事件をでっち上げるための存在なのかもしれません。
裁判官も警察官も、おそらくその国王の検察には立ち向かえないのかもしれません。
おそらくこうした仕組みは、もう30年もしたら瓦解するでしょうが、いまはまだ「権力者の不正義は犯罪にはならない」社会なのです。

いささか書きすぎていますが、
この事件に関しては、すでに刑が確定して、2人の若者はいま刑務所に収監されています。
もしこれが原告の狂言まわしだったとしたら、その2人の若者の人生をどう補償するのでしょうか。
気が遠くなるような話です。
しかし、こうしたことが今なお、決して少なくないのだろうと思います。
そして私たちもまた、そういうことと無縁ではないということです。

みんなが「マスク」をしたくなることがよくわかります。

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2009/06/02

■友愛の経済

昨日、「友愛の政治」について書きましたが、友愛は経済の基本原理にもなりうるものです。
事実、友愛をベースにした経済論は少なくありませんし、最近見直されだしている利他的経済はまさにその核に友愛の理念があります。
しかし、大きな落とし穴があります。
昨日と違って、今日はポジティブにではなく、その落とし穴のほうから少し書いてみます。
いうまでもありませんが、政治においてもそうした半面があります。
概念には必ず裏表があるものです。

私は20年ほど前からささやかに「福祉の世界」に接点を持ち出しました。
そこで驚いたのは、福祉の世界において、「福祉」を儲けの手段にしている人が決して少なくないことでした。
やや大げさに言えば、利得が渦巻いているのです。

その次に、環境の問題にかかわりだしました。
ここでもお金がちらついているのを感じました。
それなりに「若者の青くさい正義感」を僅かばかしですが、心に残していた私としては、衝撃的な話でした。
ですから、たとえば「環境や福祉の分野こそ、これからの企業の成長分野」などと高名なエコノミストや評論家が言うのが腹立たしく、僅かな機会を見てはその批判をしてきました。
その体験から、昨今のCSR論にも信頼が置けないのです。

さて、友愛です。
友愛もまた、市場の犠牲になりやすい概念です。
すでに友愛はビジネスの格好の対象になっています。
友愛を売り物にしたビジネスはすでにいろいろと出てきています。
昨日引用したジャック・アタリもその点を指摘しており、悪化としての友愛と良貨としての友愛を書いています。
もちろん彼は、後者が結局は勝つだろうことを期待しています。

友愛の経済論は、協同労働や共済文化の経済論にもつながります。
共済研究会でも、そうした議論が時に行われています。
6月13日に共済研究会もありますので、よかったら参加してください。

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■節子への挽歌639:花は彼岸と此岸をつなぐもの

節子を見送った直後、弔問に来てくれた友人からメールが来ました。

一昨年、伺ったとき貰った鉢植えのミニ薔薇が今盛んに咲きだしていて、花好きだった奥さんのことも併せて思い起こさせます。
弔問に来てくださった方に、ともかく花や球根をお渡ししていたのですが、そのおかげで、こうしたうれしいメールや手紙が今もまだ届きます。
花の力は大きいですね。

最近、もしかしたら花は彼岸と此岸をつなぐものではないかという思いが強くなりました。
花を見ていると、向こうの世界を感じられるような気がするのです。
節子は、何であんなに花が好きだったのでしょうか。
病気になってから、特に花が好きになって、手入れに入れ込んでいたような気もします。

イラク北部の洞窟で発見されたネアンデルタール人の化石の近くに、数種類の花粉が発見されたことから、「ネアンデルタール人には死者に花を添える習慣があった」という説が広がったことがあります。
最近ではどうも否定されているようですが、私は今もなおそのことを信じています。
花には、不思議な魔力があるような気がしてなりません。
節子を送る時に、もっともっとたくさんの花を添えればよかったと、今頃気づきました。
節子が好きだったカサブランカやバラの花で、もっと賑やかにしてやればよかったですね。
花の精に取り囲まれて、節子はきっと喜んだでしょう。
花を見ていると、そんな思いが次々と浮かんできます。

わが家では、節子が好きだった、ガクアジサイの隅田の花火が咲きだしています。
アジサイも、なんとなく霊界に通じているような雰囲気があります。
節子がいなくなってから、アジサイの季節はちょっと私には不得手な季節になってしまいました。
悲しすぎるのです。
バラの季節とは全く違うのです。
花からのメッセージは、痛いほど心に突き刺さります。

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2009/06/01

■友愛の政治

今朝、何かをしながらテレビから聞こえてきた大島自民党国対委員長の声が記憶に残っているのですが(間違っているかもしれません)、たしか「友愛などと言っている民主党に政権を任せられますか」というようなことを話していました。
私は、友愛といっているからこそ任せられると思いますが、多くの国民はそれを単なる抽象論だと冷笑しがちです。
それでいいのでしょうか。
そういうように考えている人には、格差社会が悪いなどということは全く理解できないはずですが、その認識さえない人が多すぎます。
みなさんは、まさか「友愛」をバカにしていないでしょうね。
いやこんな質問こそ、バカにされそうな質問ですが。

私は、経営コンサルタントがビジネスの本業ですが、私の経営観の基本は「愛と慈しみ」、つまり「友愛」です。
そのせいか、仕事には恵まれずに、まあ年中失業状態です。
しかし、そのおかげで、いろんなことができますので、人生何が幸せかはわかりません。

まあ、そんなことはどうでもいいのですが、私の周りでも「友愛」は評判がよくありません。
なぜでしょうか。
友愛が抽象論?
私には全く理解できないのです。

最近、このブログでも引用したジャック・アタリも、友愛のインテリジェンスが超民主主義を主導すると書いています。
友愛は、なにもマルクスや鳩山一郎さんの言葉だけではないのです。

アタリは「21世紀事典」で、友愛とは、「人間が自ら拒むものは何であろうと他人には許さないことが望ましいということを認識すること」だと説明しています。
そして、もっとも古い昔からの英知の重要なメッセージであるこの原則は、現在、過去、未来の、他の生命あるものと人間との関係にも広げられることになるだろうというのです。
さらに、「友愛は、社会秩序の基本的な原則となり、それを基盤にして新しい権利のシステムと新しい政治の実践が打ち立てられる」とも書いています。

私は30年前に「21世紀は真心の時代」という小論を書きましたが、そこでの「真心」は言うまでもなく「友愛」のことです。
マルクスにかぶれていたわけではなく、さまざまな人生体験の中からたどりついた私の結論です。
私が発見した、自分の生き方を支えてくれている価値観でもあります。

私は、大きな福祉を目指すコムケア活動自殺のない社会づくりネットワークに取り組んでいますが、その原点は簡単な実践信条です。
となりの人に声をかけることを大事にするということです。
それこそが「友愛」ということであり、すべての生命体に埋め込まれている文化だと思います。
友愛政治が抽象論だなどと思わずに、まず自分で実践するようになれば、友愛社会の意味が実感できると共に、それが決して抽象論でないこともわかるような気がします。

友愛を批判する政治家がいることが、私にはとても信じられません。
しかし、それ以上に、そんな政治家たちに自らの生活の統治を任せられる国民が、私には不思議な存在でしかありません。

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■節子への挽歌638:なかなか枯れなかったバラの花

節子
しばらく初夏を感じさせるような毎日だったのですが、この数日、一転して肌寒い日がつづいています。
天気が悪いとやはり気分がふさぎます。

もう3週間前の話ですが、ジュンが大きな赤いバラの鉢植えを買ってきました。
とても元気で見事な一輪だったのですが、次の花が元気にまた咲き出すように、切花にして節子の位牌壇に飾りました。

ところが、その一輪の花がなかなか枯れないのです。
おそらく2週間近く、元気に咲いていました。
節子の好きな真紅のバラです。
なぜこのバラは枯れないのだろうかとジュンが不思議がっていました。
大輪の花で小さな花びんに入れていたのでいつも倒れそうでした。
咲き盛りの時に切り取ったのに、10日ほど見事に咲き続いてくれました。
毎朝、節子に般若心経をあげながら、そのバラの花にも声をかけていたのです。

その咲き続けるバラの花のことを先週書こうと思っていたのですが、なぜか忘れてしまっていました。
今朝、位牌壇にそのバラの花がないことに気づきました。
私が軽井沢に出張した翌日、枯れてしまったのだそうです。
悪いことをしてしまいました。

植物も心を持っていて、声をかけていると長持ちすると言われます。
私もオフィスの花でそれを体験していますので、花にはできるだけ声をかけるようにしています。
もしかしたら、位牌の前のバラの花には、節子が毎日声をかけていたのかもしれません。

花は枯れてしまいましたが、花を切った元のバラの木は新芽が伸びだして、また2輪、花が咲くようです。
枯れてもまた新芽が育ち、花も戻ってくる植物がうらやましいです。

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