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2009/06/16

■「個人を破壊しようとする政治は、政治そのものを崩壊させてしまう」

民主党の鳩山代表の政治資金管理団体の政治資金収支報告書に、すでに亡くなった人が献金者として記載されていることがわかった、という記事が新聞に出ていました。
小沢さんの次は、鳩山さんかと嫌な気分がよぎりました。
まあ、そんなことにはならないでしょうが、日本の新聞は政治家への個人攻撃が大好きです。

郵便割引制度不正使用事件で、厚生労働省の村木局長が逮捕されました。
事務次官候補とさえ言われていた「女性官僚の星」だったそうですが、その背後にも政治家の影が見え隠れしています。
目標が村木さんなのか政治家なのか、いささか疑念を感じますが、村木さんが明確に事実否認しているというのも気になります。

かつて閣僚人事で、身の潔白さを確認する「身体検査」が話題になりましたが、同じような動きは1990年代のアメリカでも横行しました。
政治家への個人攻撃が広がり、失脚者が相次いだのです。
その背景には、企業の資金が政治の世界になだれ込んできたという事情があります。
少し遅れて、日本も全く同じような状況になってしまったのです。
新型インフリエンザではないですが、アメリカは自国の病気をほぼ確実に日本に伝播させる力を持っているようです。

年金保険料の未納を批判されて、民主党の管さんは職を辞して、西国霊場めぐりに出かけました。
この事件でも、検察が活躍しましたが、そのおかげで年金問題の解決は大きく遅れ、政治状況は更なる混迷を余儀なくされました。
結局、そのつけは国民が負うことになります。
検察は一向に批判されません。
それは今回の西松事件でも同じことです。

政治家は潔白であらねばならないということには反論はできません。
しかし、潔白の人など、ほとんどいませんし、そんな人はそもそも政治の世界には入ってきません。
その気になれば、おそらくどんな人も批判する材料を持っているでしょう。
もし自分にはそんなものはないという人がいたら、お会いしたいものです。
自慢ではありませんが、私にはいくらでも批判される材料があります。

「個人を破壊しようとする政治は、政治そのものを崩壊させてしまう」とコミュニタリアンのエツィオーニは「ネクスト」という著書で述べています。
彼は、こう書いています。

あらゆるルールや規則を完全に守れなかったからといって-例えば公的に支給された切手代の管理を誤ったとか、オフィスから私用電話をかけたなど-そのことから、何年間にもわたる捜査や公聴会、納税者のカネの莫大な浪費、その後の政治生命の抹殺が正当化されるのはおかしい。公衆および政党の指導者たちは、そのように細かく詮索されたならば、ほぼすべての人が有罪となりかねないことを考えなくてはならない。公職の安定性を守り、法の尊重を維持するための、よりよい方法があるにちがいない。
政治を混乱させることで、誰が利益を得るでしょうか。
それは難しい問題ですが、明らかなことは損失を受けるのは国民だということです。
マスコミの悪質な個人攻撃にのせられないようにしなければいけません。

蛇足ですが、この時評ブログも個人攻撃が少なくないといわれないように弁解しておきます。
注意してもらえればわかるのですが、私が酷評しているのは、基本的に権力を実行できる場にある個人の言動を対象としています。
しかも公の立場における言動です。
こんな弁解は書きたくないのですが、ブログのサーファーの心ないコメントはあまり受けたくないものですから。

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