■節子への挽歌643:朝顔のタネを蒔きました
節子
今日は朝顔を蒔きました。
私の部屋の窓の下のプランターに、です。
この挽歌の読者でもある根本さんが、自分の部屋の窓の下に蒔いた朝顔のタネの残りを送ってきてくれたのです。
根本さんは、咲いた朝顔の写真をたくさん送ってきてくれたので、節子の位牌壇の横にずっとかざっていました。
気づいた人は、なぜ朝顔なのか不思議に思ったでしょうね。
季節が来たらタネを蒔くのを忘れないようにと、写真を置いていたのですが、ずっと置いておくと意識の世界から外れてしまい、存在すらも見えなくなるものです。
完全に、朝顔のことを忘れていました。
今朝、なぜか急に根本さんのことを思い出しました。
根本さんから、最近メールも手紙も全く来ないことに気づいたのです。
そして、朝顔のタネのことも思い出したのです。
2つのプランターにタネを蒔きました。
節子の応援もなく私一人で朝顔を咲かせられるでしょうか。
いささかの心配はありますが、まあがんばってみます。
そういえば、明日から我孫子はあやめまつりです。
節子がいたら、一緒に出かけたでしょうが、ここにも深い思い出があり、今年も結局は行けないでしょう。
今年は、植木祭りにもさつき祭りにも行きませんでした。
どうも私がいろいろと地域の行事に参加していたのは、節子のおかげだったようです。
節子がいなくなってから、我孫子の市内のさまざまなところには、足が遠のいてしまっています。
いま我孫子の友人知人たちと新しいネットワーク組織を立ち上げようとしており、明日もその集まりをするのですが、そうした動きの支えになっているのは、節子の思いかもしれません。
節子は、我孫子を花のたくさんある、みんなが気持ちよく暮らせるまちにしたいと、願っていました。
その一歩は、自分の家の周りに花を咲かせることでした。
朝顔の花が、私の花そだてデビューの第1歩です。
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