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2009/06/30

■節子への挽歌667:夫婦が仲良しならば社会は平安になります

節子
最近またちょっと自己嫌悪に陥っています。
相変わらず精神的に不安定なのかもしれません。
それにしても、毎日、どうしてこんなにいろんなことがあるのでしょうか。
自分ではあまり気づかないのですが、それがストレスになって溜まっていることが最近少しわかってきました。

私は、自分はストレスのたまらないタイプの人間だとずっと思いこんでいましたし、事実、あまりストレスを感じたことがなかったのですが、この頃、どうもだれかに「八つ当たり」している自分に気づくことがあるのです。
八つ当たりされた相手が、それに気づいていないことがほとんどだと思いますが、八つ当たりした後の自分がとても嫌になります。

今日もそうしたことがあり、今も何だか気分がすぐれません。
70歳になろうとしているのに、なんという「未熟さ」でしょうか。
恥ずかしい限りです。

私が、ストレスを溜めないですんだのは、間違いなく、節子のおかげです。
私は、心のすべてをいつも節子に開いていました。
いろんなことがあっても、自宅に帰って節子に話すと、すべてが解消されました。
だから、誰とでも、結構、深く付き合っても大丈夫だったのです。
人は、付き合いが深くなるにつれて、良い面ばかりではなく嫌な面も見えてきますし、それ以上に、お互いにわがままになって不満が発生しやすくなります。
しかし、わかってくれている人がいると思うと、どんな辛さにも屈辱にも不満にも耐えられます。
感情的な私が、人を嫌いにならないですんだのは、たぶん節子のおかげです。
そのことは、節子がいなくなってから、改めて痛感しています。

と言うことは、今では私が「人を嫌いになる」ことがあるように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。
基本的に、私は人が好きなのです。
だから、ある人の嫌いな面が見えてしまうと辛くなります。
そのことを節子に話すと、それで嫌な気持ちが解消し、嫌いな面を忘れることができていたのです。
それができなくなると、つまりは「ストレス」となって、いつかどこかに発散させてしまうわけです。
そして自己嫌悪に陥ってしまうのです。
さらに、注意しないと、本当に人嫌いになってしまわないとも限りません。

仲のよい夫婦は、ストレスを解消しあいながら、他者と仲良く付き合っていくための「仕組み」なのかもしれません。
夫婦というものの社会的効用。
最近、改めてそんな視点で、昨今の社会を見るようになってきています。
節子が元気だったころに、こういうことに気づいていたら、と思うことが最近よくあるのです。

もし伴侶と仲の良くない読者がいたら、ぜひ思い直してください。
壊れてから、あるいは失ってから、いくら後悔しても、役に立ちません。
夫婦は仲良くないといけません。
仲が良ければ、どんな苦難も超えられるはずです。
それに、他者への八つ当たりなど、なくなるでしょう。
そして、人生は豊かになっていくでしょう。
私には、叶わぬ夢になってしまいましたが。

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