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2009/06/05

■節子への挽歌642:パウサニアス・ジャパン

節子
今日、湯島にパウサニアス・ジャパンの店網さんと庵さんがやってきました。
2人とも大学時代の友人ですが、私が抜けたのと前後して、パウサニアス・ジャパンに入会したのです。

パウサニアス・ジャパンは、古代ギリシアをテーマにした集まりですが、この発足にはささやかながら節子が関係していることを思い出しました。
ギリシアのスニオン岬に行った時に、そのしばらく前の火災で植生が乱れていました。
その時に節子がここに日本のサクラを移植したらいいのにね、と言ったのです。
帰国後、たしかギリシア大使館に節子は手紙を書いたはずです。
何らかの理由でそれが無理だという返事が来たような記憶がありますが、あんまり覚えていません。
しかし、その話を友人に話したら、それが回りまわって、ギリシアの会を創りたい人がいるので会ってくれないかとある人からいわれたのです。
それでお会いしたのが、吉田さんと金田さんでした。
吉田さんは高校時代からの古代ギリシアファンでした。
会の名前は決まっていました。
パウサニアス・ジャパンです。
パウサニアスは古代ギリシアにはよくある人名で、「ギリシア案内記」を書き残した人の名前もパウサニアスです。
数日後に湯島で発起人会を開催し、パウサニアス・ジャパンが発足、気がついたら私が事務局長になっていました。
節子の関心は花なので、古代ギリシアの遺跡に行っても、そこに咲いている花のほうが遺跡よりも興味がありました。
ですから節子はパウサニアス・ジャパンには入会しませんでした。
そのため、スニオン岬にサクラの花を移植する話は全く途絶えてしまいました。

パウサニアス・ジャパンは古代ギリシア研究に取り組む人を応援するパトロネージに取り組んでいますが、その最初の派遣フェローは、「イリアス」を古代ギリシア語で朗誦する明神さんでした。
明神さんは、一度、パウサニアスの集まりで、イリアスを朗誦してくれたことがあります。
たしかその時には節子も参加したような気がします。
不思議な時間でした。

節子が発病したために、私は事務局長を辞めさせてもらいましたが、この会にはいろいろと思いがあります。
私のさまざまな活動には、こんなわけでいつも節子がどこかでつながっています。

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