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2009/06/21

■節子への挽歌658:両親の法事

今日は私の両親の13回忌と23回忌でした。
私の両親は、いずれも節子が看病し、見送ってくれました。
両親との同居は、節子が申し出てくれたのです。
途中からの同居だったので、節子は苦労したのではないかと思いますが、節子は一言も愚痴をこぼしたことはありませんでした。
両親も、節子との関係はとてもよく、第三者が見たら節子の実の親のように感じたかもしれません。
むしろ私と両親の関係は、いささか「他人行儀」だったと節子も私たちの娘たちも感じていたようです。
おばあちゃんはお父さんに敬語を使っていたよ、と娘たちは今でも冷やかしますが、私も両親には、それなりの敬語を使っていました。

しかし、その反動でしょうか、私は自分の娘たちには友達付き合いを呼びかけたのです。
なぜそうした矛盾した行動をとったのか、自分でもわからないのですが、今から考えるととても不思議です。

両親は、私以上に、節子に心から感謝していました。
特に私の母親にとっては、節子は自慢の「嫁」だったのです。

両親と同居した時に、私が決めたことがあります。
それは、もし両親と節子の意見が分かれた時、私は無条件に節子の側に立つ、ということです。
幸いに大きな問題ではそういう状況は起こりませんでしたが、いつも節子の側で言動していたことだけは自信があります。
両親は少し不満だったかもしれませんが、そのおかげで、節子は誠心誠意、私の両親に尽くしてくれたのですから、結局は満足していたはずです。

節子は、自分から望んで、私の両親と同じ墓に入ることを希望しました。
ですから今日の供養にも、節子は向こう側で参加していたはずです。
ご住職のお経を聴いていて、それを感じました。
生前の節子は、法事ではこうしたことの不得手な私を支えてくれていたのです。
隣にいないのが嘘のようです。

今年は節子も3回忌です。
3回忌は、命日当日の9月3日にやろうと思います。
これまで法事は親族だけでお寺でやっていましたが、3回忌は気楽なかたちで、ホームパーティ的に楽しくやろうかと思い出しています。
まあ、節子ともう少し相談するつもりですが。

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