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2009/06/16

■節子への挽歌653:見送るよりも見送られる方になりたかった

節子
画家のMさんからのメールです。
訃報でした。

先週大阪の叔母が亡くなりました。
脳溢血でしたが、同居家族がいなかったため、発見が2日後でした。
大阪の個展のときは常宿にさせていただき、とても仲良かったので、大変なショックでした。
人生はいつ終わりが来るかわからないから、なるべく悔いのないように周りの人と仲良くやりたいことはやるようにしようと思いました。

一人で死んでいった叔母を思うと、佐藤さんの奥様はお若かったとはいえ、ご家族に囲まれお幸せでした。
私の最後はどうだろうかと、ふと思いました。
はっきりわかっていることは、見送ってくれる人がもしいたとしても、その中に節子はいないことです。
節子がいなければ、たとえ世界中の人に囲まれていたとしても、幸せではありません。
運よく娘たちがいるかもしれませんが、私が見送ってもらいたいのは節子でした。
どんなに愛していようとも、娘たちには節子の代わりは果たせないのです。
それを思うと、少しだけ死が憂鬱になります。

しかし、ものは考えようです。
見送る側には節子はいませんが、迎えてくれる側には節子はいるかもしれません。
そう思うと、死はそれほど悪いものでもないような気がしてきます。
昨今の仏教の教えには反しますが、人は一人で生きているのではない、と私は思っています。
もしそうであれば、人は一人では死ねないのです。
いつも誰かに見守られているはずです。
いつも誰かと共にある、と言ってもいいかもしれません。

これは、私の場合は、節子を見送った後から大きくなってきた考え、いや、感覚です。
しかし、実際には、家族に見守られたいと思うのは、人の常です。
私の母は孫である私の娘が病床にたどりついた途端に息を引き取りました。
その経験から、人は自分の最後の時間を自分で決められるのだと知りました。
節子は、私たち3人が現実を受け容れられるまで、がんばって生き続けてくれました。
節子がどれほど家族思いだったか、よくわかります。

人生はいつ終わりが来るかわかりません。
しかし、本人にははっきりとわかるのかもしれません。
節子のことを思い出すと、そう思えてなりません。

節子が、家族に囲まれて幸せだったかどうか確信はありませんが、少なくとも私は節子をしっかりと見送れて幸せでした。
しかし、見送るよりも見送られる方になりたかったと、今でも心底思っています。

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