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2009/06/01

■友愛の政治

今朝、何かをしながらテレビから聞こえてきた大島自民党国対委員長の声が記憶に残っているのですが(間違っているかもしれません)、たしか「友愛などと言っている民主党に政権を任せられますか」というようなことを話していました。
私は、友愛といっているからこそ任せられると思いますが、多くの国民はそれを単なる抽象論だと冷笑しがちです。
それでいいのでしょうか。
そういうように考えている人には、格差社会が悪いなどということは全く理解できないはずですが、その認識さえない人が多すぎます。
みなさんは、まさか「友愛」をバカにしていないでしょうね。
いやこんな質問こそ、バカにされそうな質問ですが。

私は、経営コンサルタントがビジネスの本業ですが、私の経営観の基本は「愛と慈しみ」、つまり「友愛」です。
そのせいか、仕事には恵まれずに、まあ年中失業状態です。
しかし、そのおかげで、いろんなことができますので、人生何が幸せかはわかりません。

まあ、そんなことはどうでもいいのですが、私の周りでも「友愛」は評判がよくありません。
なぜでしょうか。
友愛が抽象論?
私には全く理解できないのです。

最近、このブログでも引用したジャック・アタリも、友愛のインテリジェンスが超民主主義を主導すると書いています。
友愛は、なにもマルクスや鳩山一郎さんの言葉だけではないのです。

アタリは「21世紀事典」で、友愛とは、「人間が自ら拒むものは何であろうと他人には許さないことが望ましいということを認識すること」だと説明しています。
そして、もっとも古い昔からの英知の重要なメッセージであるこの原則は、現在、過去、未来の、他の生命あるものと人間との関係にも広げられることになるだろうというのです。
さらに、「友愛は、社会秩序の基本的な原則となり、それを基盤にして新しい権利のシステムと新しい政治の実践が打ち立てられる」とも書いています。

私は30年前に「21世紀は真心の時代」という小論を書きましたが、そこでの「真心」は言うまでもなく「友愛」のことです。
マルクスにかぶれていたわけではなく、さまざまな人生体験の中からたどりついた私の結論です。
私が発見した、自分の生き方を支えてくれている価値観でもあります。

私は、大きな福祉を目指すコムケア活動自殺のない社会づくりネットワークに取り組んでいますが、その原点は簡単な実践信条です。
となりの人に声をかけることを大事にするということです。
それこそが「友愛」ということであり、すべての生命体に埋め込まれている文化だと思います。
友愛政治が抽象論だなどと思わずに、まず自分で実践するようになれば、友愛社会の意味が実感できると共に、それが決して抽象論でないこともわかるような気がします。

友愛を批判する政治家がいることが、私にはとても信じられません。
しかし、それ以上に、そんな政治家たちに自らの生活の統治を任せられる国民が、私には不思議な存在でしかありません。

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コメント

私も友愛が基本だと思っています。私のブログのタイトルは友達ですが、ロバート・E・シャーウッドは「地上で最高に幸福なケチとは、自分が作りうる友人をみんな蓄えてしまう人だ」と行っています。
私は友愛によって支えられ人生を豊富に生きられたと思っています。
この友愛は世界総てに拡がれば戦争も無くなり、平和な共存が出来ると信じています。「それは女、子供の言う事だ」と一蹴されるかもしれません。 我が家は何となく出入りが多く、日中は落ち着かなくて、夜中にブログを書いたり、書類の整理をしたりします。
相手の側に立って感じ、考えようと思いますがなかなか難しいのです。佐藤様にコメントを送っても、代えって傷つけるような気がしてコメントを止めていました。

投稿: maron | 2009/06/01 16:09

政治家の言う「友愛」ってそんなに信頼していいものなのでしょうか

投稿: あ | 2009/06/02 12:25

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