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2009年7月

2009/07/31

■節子への挽歌698:任侠の世界の人との奇妙な一晩

節子
今日は福井に来ています。
節子との最後の旅になった芦原温泉近くの六呂師高原温泉です。
昨日の時評編に書きましたが。昨夜、このブログにも時々、登場する daxさん(daxさんと書くと何だか彼のイメージと違うので以下「さん」なしにします)の運転する自動車でやってきたのです。
この歳で、夜行の自動車はいささか辛いですが、daxと同行することにはちょっと魅力がありました。
それでdaxの誘いに乗ったわけです。

ところでなぜ福井に来たのか。
しかも任侠の世界の人だったdaxと同道したのか。
これは書き出すと長くなりますが、私たちをつなげたのは東尋坊の茂さんです。
今日と明日、一度は自殺を考えた人たちの集まりをここでやるのです。
私は当事者ではないのですが、会を企画した「自殺のない社会づくりネットワーク準備会」の事務局を引き受けた関係で来ざるを得なくなり、しかも私が行かないと俺は行かないというわがままなdaxの誘いに屈してしまったために、こういうことになったわけです。

節子がいたら話したいことが山ほどあります。
節子ならきっと笑い転げるほど面白がるでしょう。
しかし奇妙な組み合わせです。
ひ弱な私と迫力のある彼とが並んでいるだけでアンバランスです。
しかし、節子なら、そのアンバランスの向こうにある私たちの共通点をきっと見通したことでしょう。
まあ、daxはそんな人なのです。

久しぶりの高原ですが、あまり来たくなかった理由は、節子を思い出すからです。
daxにそんな弱みを見せるわけにはいきません。
彼の言葉を使えば、ここは「男前」を守らなければいけないのです。
しかしまあ、daxはお見通しでしょう。
なにしろさまざまな場を体験し、人生の機微を肌身で知っている人ですから。
daxからはいろいろな気づきをもらえます。

肝心の合宿の話はまたどこかで書くようにします。
これも実にたくさんのことを気づかせてくれました。
誠実に、しっかりと自分の人生を生きてきた人たちからは教えられることがたくさんあります。

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2009/07/30

■人はなぜ集まるのか

昨日、支え合いをテーマにして続けているサロンをやりました。
ある程度のテーマを決めて、予め頼んだ人に最初に話題提供をしてもらいますが、あとは自由に話し合うだけの、気楽なサロンです。
会費も500円もとられてしまいます。
まあ、払える人だけでいいのですが、忘れてしまう人は別にして、みんな払ってくれます。
なかにはビールまで持ってくる人もいます。
昨日は15人も集まりました。

私はサロンが好きですから、この20年、こういう集まりをいろいろやっていますが、時々、ふと思うことがあります。
みんなどうして集まってくるのだろうか、と。

まあ、こんなことを言うと、実も蓋もなくなってしまいますが、これが私の昔からの疑問です。
一時期、サロンをやめていた時期がありますが、いろんな人から再開の希望が伝わってきました。
なぜ人は集まりたがるのか、いや、集まるのか。

ホスト役の私も、時々、思うことがあります。
なんでこんなサロンをわざわざ開くのだろうか、と。
準備もそれなりにしないといけませんし、一応、ホスト役だと気遣いもあります。
果たしてどういう意味があるのかなと思うこともあります。
もうやりたくないなと思うこともしばしばですが、気がついてみると、またサロンを呼びかけているのです。
意味もなく集まって、意味もなく話すのが、もしかしたら人の習性かもしれません。

今日はこれから福井まで、まあサロンの延長ではないかとも思われる集まりに出かけます。
しかも、夜行の自動車で行くのです。
この歳で夜行の自動車は疲れるのでやめたほうがいいとみんなから言われましたが、明日、新幹線で一人で行くよりは、同行者がいるほうが楽しいかなと、ついつい思ってしまったのです。
しかし、同行者は、このブログの読者であれば、知る人ぞ知るミスターdaxです。
彼の運転で行くのです。
福井に辿りつくかどうか心配です。
天気もあまりよくありません。

私は自分の運転でない自動車の長旅は好きではありません。
自分の生命を預けることになるからです。
私自身、運転をやめてから10年以上たちますが、自分の生命を預ける他者の運転の自動車の長旅は好きではありません。
例外は女房と娘で、彼らであれば、自分の生命を預けても何の不安はありません。
今回は、生まれて初めての例外です。
しかし、初めて生命を預けるのがミスターdaxとは、これまた奇妙な話です。
付き合いも長いわけではありません。
なぜミスターdaxの誘いを受けたのか、自分でもわかりません。
わかっているのは、結局は、1人より2人、2人より大勢のほうが楽しい、ということだけです。
ミスターdaxとの旅は楽しいでしょうか。
もしかしたら、これでこのブログは最後かもしれません。
長いこと読んでいただき、ありがとうございました。
このブログが今日で終わっていたら、それはミスターdaxの責任です。
いやはや遺書めいてきましたね。
困ったものです。
そろそろ出かけます。

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■節子への挽歌697:「人は幸せになる権利があるし、みんなを幸せにする権利もある」

数日前に、「人は幸せになる権利はあるが、人を不幸にする権利はない、だから死んではいけない」ということを書きました。

その後、ある人から、「人を不幸にする権利はない」という表現に違和感があるとメールをもらいました。
節子との体験のなかから実感していた、そこに込めた私の思いをお伝えしましたが、そのやりとりの中で、この言葉の持つ「トゲ」に気づきました。
「人を不幸にする権利はない」という表現は、批判の要素を持っています。
ですから、感受性の高い人や当事者に近い人は、ドキッとさせられるのかもしれません。
捉えようによっては、節子を批判することにもなりかねないわけです。
私の先のブログをきちんと読んでもらえれば、そうした誤解は避けられるかもしれませんが、それは書き手の勝手な要望ないしは弁明でしかありません。

こうした間違いを、この挽歌でもこれまで何回も繰り返してきているのでしょう。
まだまだ配慮が足りません。
自分の勝手な「言葉の世界」に安住しているのかもしれません。

ところで、先の言葉ですが、トゲを抜くにはどうしたらいいか。
「人を不幸にする権利はない」ではなく、「人を幸福にする権利もある」というほうがいいですね。
ですから、こういう表現になります。
「人は幸せになる権利があるし、みんなを幸せにする権利もある、だから死んではいけない」。
ちょっとイメージが曖昧になって、意味不明になりそうですが、繰り返しこの言葉を声に出して読んでください。
きっと元気が出てきます。
そして、人は本来周りの人を幸せにしてくれる存在であることを思い出させてくれます。
生まれたての赤ちゃんがみんなを幸せにしてくれたように。

節子はいなくなってしまったけれど、今も死んではいないのです。
私や娘たちに、幸せを送り続けていてくれるのです。
節子が、私を幸せにするために、どんなにがんばったか、私にはよくわかっています。
私もがんばらなくてはいけません。

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2009/07/29

■節子への挽歌696:オフィスとサロンの復活

節子
思い切って湯島のオフィスを片付けだしました。
とりあえず電話を開通させたのですが、そこでストップしていました。
今日、何となく湯島で空の雲の流れを見ていたら、節子だったらきっともう動き出しているだろうなと突然思いました。
今日の雲の動きは、穏やかに、しかし速いのです。
それで複写機の修理を頼むことにしました。
メンテナンス会社の人が来て、複写機を持ち帰りました。
持ち帰った後のがらんとした様子を見ていたら、無性にさびしくなりました。
そういえば、こうしたがらんとした部屋を2人で掃除をして荷物を運び込んだのです。
急に掃除をする気が出てきました。
書類を整理しだしました、
山のような書類を捨てることにしました。

しかし一人でやっていると疲れます。
案の定、途中でダウンしました。
節子がいないと何をやっても続きません。
でもオフィスを復活させる気力が出てきました。

実は今日は「支えあいサロン」をやる予定です。
毎月やっているサロンの一つですが、久しぶりに節子の知っている、昔のオープンサロンの常連が何人か来ます。
昨日までは10人弱の申し込みでしたが、今日になって4人も申し込みがありました。
久しぶりに賑やかなサロンになりそうです。
節子がいたら花を活けてくれ、軽食を用意してくれるのでしょうが、花もなく、軽食も近くのコンビニで買ってきたものです。
節子は、サロンの時には上野から汗をかきながらいろんなものを買ってきてくれました。

そういえば、あの頃は会費もありませんでした。
初めてやってきた人が会費もなくてビールが飲み放題と言うのはおかしいといいました。
私たちはやはりどこかで常識を欠いていたのです。
しかし、提供できる人が提供するのは、理に適った行為です。
最近は貧しくなったので、500円、会費をもらうことにしました。
そのくせ、ビールはなくて、お茶とコーヒーです。
またあの人が来たらおかしいというでしょうか。
私のルールは、払える人が500円置いていくというルールなのですが、これもおかしいという人がいました。

節子と私の常識は、どうも世間の常識から少し外れていたのかもしれません。
一人になると、何だか自分が間違っているような不安に襲われます。
困ったものです。

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■建設的野党―競争から共創へ

この時評編の基本的な視点の一つは、「競争から共創へ」です。
たとえば、「将来に信頼を持てない働き方でいいのか」で書いたように、競争原理の社会から共創原理の社会に変わっていけば、ずっと住みやすい社会になるでしょう。
しかし、ほとんどの人は「競争原理」は人間の本性と考えているようです。
そんなことはないと言い切る生物学者がいないのが、私には不思議です。
生命の本質は「競争」ではなく「共創」でなければ、こんなに長く生命は持続できなかったと思うのですが。
しかし、ダーウィンの淘汰説に惑わされて、弱肉強食や自然淘汰といった意味のない言葉(この言葉は単なるトートロジーで学問的価値のある言葉ではないはずです)に惑わされているわけです。
私は中学生の頃から、この概念は全く理解できませんでした。

なぜこんなことを書いたかといえば、民主党のマニフェストが手厳しく批判されているからです。
批判ではなく、そこから評価すべき点を学びあうことが大切ですが、競争の政治においては、相手をけなすことに勢力が向けられます。
前に書いたように、相手を批判することのほとんどは、自らの自己批判でしかないのです。
麻生首相や細田幹事長の民主党批判は、よく聞いていると自分のことを言っているのがよくわかります。
まあみんな自分のことは見えないもので、相手の中に自分を見出して批判するわけですから、ほとんどの場合が自己反省なのです。

相手をけなすよりも、一緒になって新しい価値を創りだすという、共創の政治に移るのはいつになるのでしょうか。
相手の政党の政策の良い所を認め合う姿勢がなければ、共創の政治は始まりません。
と思っていたら、日本共産党が「建設的野党」と言い出しました。
これに対しても評価はさまざまですが、私は「共創の政治」への希望を感じます。
競争に明け暮れる政治ではなく、共創に取り組む政治に移らなければ、事態は何も変わらないでしょう。

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2009/07/28

■財源論争とばらまき論争

民主党のマニフェストが公表され、それがテレビなどで取り上げられだしています。
しかし相変わらず、その内容ではなく、財源が話題の中心になりがちです。
財源などは瑣末な問題だと考える私には、そうした状況に苛立ちを感じます。

麻生首相は「民主党は財源も説得力を欠くし、まるで打ち出の小づちがあるかのような表現になっている」と批判し、河村官房長官は「定額給付金の上を行くばらまき政策だ」と指摘したそうです。
笑い話のような気がしますが、それは自分たちのことだろうと思えてなりません。
2兆円の定額給付金の財源はどこから出たのでしょうか。
政策を重点化することとばらまきは意味合いが全く違います。

民主党の財源はかなり明確に示されていますが、識者も含めて、それが気に入らないようです。
17兆円程度の財源は、私は無駄の削減で簡単に出てくる額と思いますが、みんなよほど増税にもっていきたいようです。
日本の国民も豊かになったものだと私は思いますが、私のようにつつましく生きている者には、行政の無駄遣いは目にあまります。
身近な我孫子市の無駄遣いも、私には結構気になりますが、千葉県になれば、桁がまた一桁上がります。
国なれば2桁も3桁も上がるでしょう。

行政の費用の実態がもっとみんなに見えるようになったら、17兆円などは簡単に削減できる金額だとみんな思うはずです。
庶民の感覚とは桁が3つも4つも違うのですから。

それに前回の補正予算も、元官僚がテレビで「おおむね半分は無駄だ」と語っていましたが、半分どころかほとんどが無駄のように思います。
私の周りでも腹立たしいほど無駄な助成金プログラムの話が聞こえてきますし、それを取り込もうと動いている知人も少なくありません。
しかもその部分はほんの一部で、大部分は既得権の流れの中で消えていっているという話もあります。
新聞記者たちは多分知っていると思いますが、記事にはできないのでしょう。
なにしろ、麻生首相の道楽で、国民の多くが望んでいなかった給付金で2兆数百億円を無駄遣いできるほど、日本の政府は潤沢な財源を持っているのです。
それを思い出さないといけません。
財源は、政策論議の次に議論すべき課題です。
入りをもって出るを制する政治は、もうとうの昔に終わったのです。
それを知りながら、ことさら財源論に目を向けさせる真意にこそ、問題があるのです。

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■節子への挽歌695:自分をさらけ出すことの効用

節子
根本さんにもらった朝顔が部屋の窓のところまで伸びてきました。
そういえば最近根本さんから連絡がありません。
どうしたのでしょうか。
「便りがないのは元気な証拠」という言葉がありますが、実際には「便りがない」ことは心配の材料です。
元気だといいのですが。

インターネットの普及で、「便り」はコストも時間もかけずに送れるようになりました。
ですから、「便りがないのは元気な証拠」とは必ずしも言えなくなってきたように思います。

私の場合は、このブログやホームページで自らのライブな状況をさらしていますので、個別の便りはほとんどしなくなってしまいました。
自分をさらけ出しておくことで、気分的にはとても生きやすくなります。
いささか自分勝手な発想ですが、みんなが見ていてくれて、いざとなったら支えてくれるだろうと思えるからです。
実際に、そうしたことは時々起こります。
支えられていることを実感できることは、とても幸せなことです。

私の周りには、私と同じように自分の生活をブログに書いている人もいます。
そうした人に関しては、時々、そのブログを読むと状況がわかりますので、便りがなくとも安堵できます。
ということは、自分の生活をさらけ出すということは、周りの友人知人に安心させるという効用があるということになります。

私の大きなテーマは「支え合いの文化の回復」です。
節子はそのことをとても理解してくれていましたから、私が会社を勝手に辞めても、借金が増えても、いつも何も言わずに応援してくれていました。
病気になってからでさえも、修さんのやりたいことの邪魔をして悪いわね、と言うほどでした。
節子は、まさに身をもって私の支え合いづくりを支えてくれていたのです。
それが、私のモデルになっています。
つまり、自らを相手にさらけ出せば、自ずと支え合いの芽が育ちだすというわけです。

根本さんはどうしているでしょうか。
メールを出してみました。
そうしたら、他にも気になる人が出てきました。
今日は用事があって在宅なので時間があります。
たまにはこうやって、気になる人にメールすることも大事ですね。
そういえば、これも節子がよくやっていたことです。
節子はメールではなく、ハガキでしたが。

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2009/07/27

■選挙協力の落とし穴

衆議院は解散されましたが、なにやら政治の世界は静かです。
時評しようにも評すべきことが起こりません。
喜ぶべきことでしょうか。
日本のマスコミは「政局」しか報道してくれないことが少しわかったような気もしますが。

選挙制度こそ問題だと考えている友人がいます。
最近、会っていませんが、メーリングリストで彼の意見はよく回ってきます。
彼は、最近、野党がもう少し効果的に選挙協力すれば、選挙結果は変わると、具体的な数字を用いて政党に呼びかける活動をしています。
とてもわかりやすく説得力があります。
たとえば、こんな記事を書いています。
民主党の比例区勝ち過ぎを修正することで、政権交代が確実になる

権力を持つものはまとまりやすいですが、権力を批判するものはまとまりにくいことは、否定できない事実です。
ここに問題の悩ましさがあります。

しかし、問題を政権打倒と設定すれば問題は簡単です。
反自民票を、複数の野党候補に分散させないように野党で一人だけ立候補を立てればいいのです。
そうすれば、小選挙区制のほとんどが今回は反自民で勝利するでしょう。
その視点で考えれば、野党の選挙協力は効果的な戦略になりますし、政権打倒はそう難しい話ではありません。
要するに、「勝つか負けるか」ですから、問題は簡単です。

政権打倒ではなく、政権交代という視点で考えると問題は複雑になります。
勝敗という二元論ではなく、どのような政権という、もう一つの構造要素が入ってきます。
つまり二次元問題ではなく多次元問題になるわけです。
よく勘違いされるのですが、交代とは「交代した後の実体」に意味があります。
「打倒」は目的概念ですが、「交代」は手段概念です。
たとえば「構想改革」も手段概念であり、みんな「改革」とはよくなることだと考えがちですが、大切なのは「誰にとって良くなるか」です。
小泉構造改革は金持ちと官僚とアメリカ資本にはよくなったでしょうが、多くの貧しい国民には悪くなりました。
つまり、改革や交代は両刃の剣なのです。
大切なのは「交代」ではなく、交代後の政権の「政策理念」なのです。
自民党から民主党に政権交代しても、共産党にとってはほとんど意味のないことです。
ですから選挙協力というのは難しくなります。

国民のほとんどは、しかし「政権交代」を目的概念化しています。
それほど自民党政権がひどいものになってしまっているという事実がそうさせているのかもしれませんが、「交代」の仕方もきちんと考えなければいけません。
そろそろ私たちも「交代」や「改革」という言葉だけで発想することから抜け出ないといけないように思います。

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■物語報道

「強いられる死 自殺者三万人超の実相」という本を読みました。
読もうかどうか迷っていたのですが、自殺防止関係の活動に少しだけ関わっている以上、読んでおくべきかなと思ったのです。
読み始めて、やはり読まなければよかったと思いました。
でも結局は最後まで読んでしまいました。

読まなければ良かったと思ったのは、具体的な自殺者の物語が中心だったからです。
たしかに具体的な事例を知らないと問題の本質は見えてこないかもしれません。
しかし、他者の生活を覗き見しているような居心地の悪さと共に、作られた舞台を見せられているようで、どうも好きになりません。
同じことはテレビでも言えます。
自殺をテーマにした報道番組が最近多いのですが、どうもどこかに覗き見志向を感じてしまうことが少なくありません。
もっと違った報道の姿勢があるのではないかと思うわけです。

これは自殺問題に限りません。
報道に生々しさを出すためでしょうか、ヤミ金融やDV、あるいは振り込め詐欺なども具体的な事例の追跡レポートが増えています。
しかしどこかに「作為」を感じることもありますし、もしこれが本当ならば、報道するよりも警察に通報するべきではないかなどと思うこともあります。
事実、あとで「やらせ」だったことが判明することも、時にあります。

事件はいうまでもなく、それぞれみんな「表情」が違います。
それに事件には必ずドラマがあります。
報道の仕方で、いかようにも面白さはつけられるでしょう。
報道の目的は、そうした具体的な事例の物語を面白く描くことでしょうか。
しかし、そのためにむしろ問題の本質が見えなくなってくることも少なくありません。
事例は、「目的」ではなく「手段」です。
その手段が、あまりに詳細に興味本位でと思われるような取り上げ方が、私には気になります。
大切なのは事件の詳細ではなく、事件から学ぶべき問題の意味です。

こうした報道の姿勢は、テーマ報道に限った話ではありません。
個別の事件報道のニュースも、本来の意味に無関係な詳細すぎる報道姿勢を感じます。
こんなことまで報道しなくていいだろうと思うことが少なくありません。
事実の詳細を報道すればするほど、事実の意味が見えなくなることは、政治報道の分野を思い出せば、すぐわかるはずです。

「物語報道」という言葉は、勝手に私がつくったのですが、どうも報道においても「物語意識」が強すぎるような気がします。
生活が興味の対象になる、生活不在の時代になってきた現れの一つかもしれません。

ちなみに、冒頭の「強いられる死」ですが、だからどうすればいいのか、と言うメッセージが私には残念ながら伝わってきませんでした。
残ったのは、奇妙に後味の悪い気持ちでした。

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■節子への挽歌694:惑うことなく、惑えた幸せ

誰しも心の中には何人かの自分がいます。
心の中にある「思い」のネットワークが、バランスしながら、日々の言動を具現化しているのだろうと思いますが、そのバランスをとる要(かなめ)は多くの場合、自分の心の外にあります。
自己同一性とも訳される「アイデンティティ」という言葉がありますが、これも「社会のなかでのポジショニング」と考えられ、関係性の概念であることはいうまでもありません。
そこを勘違いしてしまうと、アイデンティティはわかりにくい概念になってしまいます。

私の場合、アイデンティティを具現化させる基準は「節子」でした。
節子との距離感や会話(価値観)のやりとりの中から、自分の言動を相対化させ、私の心身に内在する多様な価値観を構造化できていたように思います。
踏み外れるほどに大きく外側に揺れても、戻ってくる目印があったのです。
ですから私は思い切り自分の考えを飛躍させられました。
戻るところは、節子と共有できている世界でした。
節子が許容できる世界と言ってもいいでしょう。
道がなくなったら、そこに戻ってくればよかったのです。
ですから、惑うことなく、惑えたのです。

ところが、その節子がいなくなりました。
とても些細なことでも、自分だけでは判断に迷うことがあることに気づきました。
人生にはさまざまなことがあります。
一つひとつは些細なことなのですが、これまでずっと節子との話し合いの中で決めてきたために、「決める」と意識することもなかったのです。
それに、ただ「決める」だけでは終わりません。
決めたらそれに沿った行動をしなければいけません。
つまり行動が決めることと一致していたのです。
節子がいなくなったために、決めたら自分でやらなければいけません。
そのため決定を延期し、やるべき作業が溜まっていくわけです。
そしてある時、面倒だからもうやめようと言うことになってしまう。
そして自己嫌悪に陥り、滅入ってしまうのです。

日常の暮らしの中で、私たちは周りの人たちとたくさんの問題をシェアしています。
シェアしていればいるほど、私たちの暮らしは安定します。
しかしシェアしにくい問題もあります。
そうしたことが、これまで何気なく(無意識のまま)節子とシェアできていたことが、私の言動を安定させていたことに最近気づきました。
ということは、最近はそれができていないので、あんまり安定していないということです。

最近またどうも精神が安定しません。
これはどうも「暑さ」のせいではなさそうです。

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2009/07/26

■節子への挽歌693:怠惰でもないのですが時間破産です

節子
今日はついに時間破産に陥ってしまいました。
なぜこんなにいろんなことをしなければいけないのだろうかと、つくづく思います。
節子がいつも、修さんは何でそんなに引き受けてきてしまうのと言っていたことを思い出します。
まあ自分の能力以上のことを引き受けてしまうのは私の昔からの悪い癖です。
節子や家族は、そのためにどれほど迷惑を受けたことでしょうか。
この頃、ようやくそのことを反省しだしていますが、最近、またそうした悪癖が出てきてしまっています。

と言っても、節子が元気だったころに比べれば、引き受けている量は桁違いに少ないだろうと思います。
要は私の処理能力が低下したのと、怠惰に過ごす時間が増えただけなのです。

今日はホームページの更新日でもありましたので、なんとか更新しました。
この2年、手抜きの更新になっていますが、更新だけは毎週やっています。
挽歌は毎日です。
さぼるわけにはいきません。
さて今日は何を書きましょうか。
もう少し待てばきっと書くことが浮かんできますが、実は今日中にまだやらなければいけないことがいくつかあります。
それで今日はここまでで挽歌にしてしまいましょう。

こうした状況になった時の私の状況を知っている節子は、許してくれるでしょう。
大変ね、といいながら、相変わらず要領が悪いわね、と笑っている節子の顔を思い出します。
困ったものです。

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2009/07/25

■節子への挽歌692:人は幸せになる権利はあるが、人を不幸にする権利はない

節子
今日は、自殺のない社会づくりネットワークの交流会でした。
今回はテーマなしで、気楽に話し合ったのですが、とても刺激的で本質的な話し合いになったような気がします。
いつものように多彩なメンバーでしたし。

初めて参加した「若い僧侶」(もっとも彼は今は全く違う仕事をしています)が、「なぜ死んではいけないのか」という根本的な問題提起をしたのです。
いろいろと意見が出ましたが、ある人が「人には幸せになる権利がある」と言われて、死んではいけないことに気がついたと話しました。
彼女は、自らもまた自殺を試みたことのある女性です。

その言葉に刺激されて、ついつい私も話してしまいました。
節子のことを、です。
一人の人が亡くなると、周りの人たちがどれほど不幸になることか。
人は幸せになる権利はあるが、人を不幸にする権利はない、だから死んではいけないのだと話してしまったのです。
話しおわった後、話さなければよかったと思いました。
話してしまうとなにか私の実感とは違うものになってしまうのです。

おそらく同じ体験をした人でなければ意味がわかってもらえないでしょう。
私は、コムケアの活動を通してさまざまな福祉活動に関わってきましたが、当事者と支援者との微妙な気持ちの違いが、このころとても強く感じるのです。
いわば、彼岸と此岸の違いですが、最近、私自身が彼岸に来ているのを実感します。
自らの弱さに気づいた時に初めて、人は強くなれるのかもしれません。

初対面の人もいる人たちの前で(節子を知っている人は一人しかいませんでした)、節子の話をしたのは、もしかしたら初めてかもしれません。
もちろん妻を見送ったとしか話しませんでしたが、あやうくまた涙が出そうでした。
やはり人前で節子の話をするのはタブーにしなければいけません。

節子
私を不幸にさせないために、節子がどんなにがんばったか、よくわかっています。
生きるために、節子が壮絶な時間を過ごしてくれたことを私は決して忘れません。
それに、私を不幸にしてしまいましたが、それを数倍上回る幸せを節子は私に与えてくれましたので、相対的にいえば今も私は幸せです。
でも幸せでなくてもいいから、やはり節子がいたほうがいい、というのが本音ではありますが。

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■ネット情報の広がりの恐ろしさ

一昨日から昨日にかけて、ネットでの情報伝達の効用と恐ろしさを体験しました。
4月に仲間たちとあるイベントを企画しました。
その案内文をつくり、メーリングリストやホームページで告知しました。
ところが、そこに1か所、ミスがあったのです。
後援の許可をとっていなかった組織の名前が掲載されていたのです。
その情報は、当日の配布資料にも「後援」として掲載されました。
その人は、終了後、確認が十分ではなかったことに気づいたようなのですが、終わったことなのでいいだろうと思ってしまったようです。

イベント終了後、3か月して、突然、私のところに苦情の電話が届きました。
そのイベントの連絡先に私の携帯電話の番号が掲載されていたのです。
相手の人は「私は許可したことはない、すぐ掲載されているものからすべて削除してほしい」と厳しい口調で要求されました。
怒りはよくわかります。
私は、ほとんどすべてにおいて「まあ良いんじゃない」と受容するタイプですが、名前を勝手に使われることだけは絶対に許せません。
ですから、その方のお怒りはよくわかります。
すぐ対応することにし、私が掲載したネット上のものからはすべて削除しました。

ところが、翌日、また電話です。
消えていない、というのです。
話しているうちにわかったのですが、私が書いた記事が私の管理範囲を超えて、転載されていたのです。
グーグルで調べてみたら、確かにまだいろんなところに残っていました。
気が遠くなる気分でした。
一つずつ調べて、その関係者に電話して事情を話して削除してもらいました。
冷や汗が出つづける1日でした。

この事件で、改めてネット環境での情報の伝達の広がりの凄さに気づかされました。
まさに、リゾーミックな広がりです。
しかも、その広がりの過程で少しずつ変質し、他の要素を取り込みながら創発していくことがよくわかりました。
こんなところにまで引用されているのかという、驚きもありました。
情報社会とは、まさに情報のガバナンスが社会に移行してしまう社会なのだとわかりました。

ネットに掲載する時は、慎重にしなければいけません。
私には一番苦手のことなのですが。

もっとも、この事件でよかったこともあります。
訴えるとまで怒っていたその方と仲良くなれたことです。
その方は、メールでこう書いてきてくれました。

今回のご縁も、何か必然性があるかも、等と勝手に考えてます。
人の出会いは不思議です。

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2009/07/24

■節子への挽歌691:愛する人との別れは世界を一変させます

節子
今日はちょっと重い話です。

昨日からあるトラブルに巻き込まれていたのですが、そのおかげで、ある人と知り合いになりました。
知り合いといっても、電話で何度か話しただけです。
その人、田中さんといいますが、田中さんは、数年前に息子さんを亡くされました。
過労死に近い話かもしれません。
それが契機になって、同じような立場の人たちの集まりを始めたのだそうです。
それが、藍の会(仙台自死遺族の会)です。
そして、さらに全国各地の自死遺族の集まりのつながりとして、全国自死遺族連絡会が生まれたのだそうです。

そのホームページを見てほしいといわれたので、見せてもらいました。
そこに、田中さんがお書きになった「息子への手紙を書いてから」という文章がありました。
そこに書かれている田中さんの思いは、私の思いにつながっていました。
もしよかったら、田中さんの文章を読んでください。
藍の会のホームページの項目の冊子「会いたい」に出ています。
田中さんは、その文章の中で、「二度とあの頃の感覚ではなくなっています」と書いています。
世界は一変したのです、
私もそうです。

昨日も書きましたが、事情はどうであれ、愛する人との別れは世界を一変させます。
おそらく愛する人との出会いもまた、世界を一変させるのでしょうが、それとは全く異質な変わり方のような気がします。
田中さんの文章を繰り返し読みながら、いろいろと思うことがありました。

いつかきっとまた田中さんにも会うことがあるでしょう。

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■ビジョンと現実

民主党の政権公約が現実路線に向けて変化してきています。
これに対して批判も少なくありません。
こうした動きを先導したのはマスコミだと思いますが、注意すべきことは、ビジョンとアクションとは次元が違うということです。

政権公約にはビジョンとアクションの2つが必要です。
前に書いたように、私はビジョンだけでいいと思いますが、それはアクションになった途端に個別論になってしまい、多様な解釈の元に現実的な選択肢ではなくなるからです。
個別論は、個別に国民の意見をきちんと問う仕組みをつくればいいのであって、議員を選ぶ、あるいは政党を選ぶ選挙の判断基準にはすべきではないと、私は思っています。

政治は理念ではなく、現実だという人がいます。
しかし、理念のない現実にどれだけの意味があるのか。
理念の代わりに、金銭や権力を置いて考える生き方から抜け出ないと、現実の意味さえ消失しかねません。
その予兆は、いろいろなところで出始めているような気がします

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2009/07/23

■節子への挽歌690:生と死は対語ではありません

節子

昼食を、10年ぶりに訪ねてきてくれた弁護士の友人とご一緒しました。
死刑制度の話になりました。
彼は死刑制度肯定の立場、私は否定の立場です。
彼に、死刑を執行する立場に立たされたら、私にはボタンが押せないので死刑制度に反対だ、といいました。
彼は押せると言いました。
ほんとうでしょうか。
彼はとても心やさしい人ですし、自分の人生を大切にしている人です。
もしかしたら、まだ大切な人を失ったことがないのかもしれないと思いました。
大切な人を失うことがないと、問題を論理で考えがちなのです。
しかし大切な人との別れを体験すると、論理など瑣末に感じます。
問題を極めて個別に考えられるようになるのです。

実は、今朝、自死遺族関係の組織の方から電話がありました。
「自殺のない社会づくりネットワーク準備会」のホームページに関して、あることでお叱りを受けました。
明らかに非はこちらにあることがわかりました。
すぐに対応させてもらいましたが、その過程で当事者意識への配慮不足を強く感じました。
当事者の感受性に関しては、私も最近それなりにわかってきているつもりでしたが、問題がちょっと違うと見えなくなるのかもしれません。
心しなければいけません。

この2つは、たまたま同じ今日の出来事というだけで、関係のない話です。
しかし、このおかげで今日は改めて、死について少し考えさせられました。
自死、事故死、病死、死刑による死、それらは同じものなのかもしれません。
すべて「不条理」です。
なぜ節子は私よりも早く死に行き着いたのか。
それは私にとっての「条理」を超えています。
しかし、最初から組み込まれている生のサブシステムと考えれば納得できます。

と、考えてきて、生と死は次元の違う言葉(概念)であることに気づきました。
生と死はよく対で語られますが、この2つは対語ではないのです。
なぜ今まで気づかなかったのでしょうか。

死は生の一局面なのです。
「死」を超えていき続ける「生」。
以前、「死は進化のおかげで人間が獲得した能力」ということを書いたことがあります。
まさに、「死」とはもっとも進化した「生」の局面なのです。
だからなんだ、それで愛する人は戻ってくるのか、と言われそうですが、戻ってはこないのです。
なぜかといえば、行っていないのですから戻りようがない。

話がだんだんややこしくなってきました。
でも、死もまた生、と考えると、少し気がやすまります。

節子
君がいたら、もう少しこの考えを消化できるような気がしますが、いまの節子は返事をしないので、だんだん話が固まってきてしまい、発展できません。
ややこしくなってきたので、今日はこれでおしまいです。
はい。

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■人の悪口を言う人に良い人はいない

今回のタイトルは私の生活基準のひとつです。
この奥には、もう一つ大きな基準があります。
それは「人は自分が持っているものしか気がつかない」というものです。
ここから出てくる、いくつかの系(下位命題)があるのですが、タイトルはその一つです。
同じ類のものに、「他者に対する批判はほとんどが自分に対する批判としても当てはまる」というのがあります。
だから、誰かの批判をしている人がいたら、それはその人(批判している本人)のことだと思うとだいたいに納得できるのです。
これらは、私が子どもの頃から感じていたもので、そのおかげで私は誰でも好きになれるようになったように思います。
どんな人にも、自分を見つけられるからです。

とても辛くて残念なのですが、この私の基準からすると、このブログで他者を結構口汚くののしっているのは、実は私自身に対するものということになります。
つまり、私もまた「良い人」ではないということであり、無責任で無道徳で、厚顔無恥で強欲で、無能で犯罪者で、・・・・いやはや嫌になりますね。
しかし、私の60年を超える人生体験からも、これは否定できない事実なのです。

とまあ、断った上で、今日はまた人の悪口を書きます。

日本の政界の話です。
どうしてみんな、こうも悪口ばかり言い合うのでしょうか。
謙信ではないですが、敵に塩を送るような政治家はいないのでしょうか。
私自身が、悪口を言っているのですから、こんなことを言うのはおかしいのですが、成熟社会における政治では「対立」ではなく「相互支援の共創」が望ましいです。
そろそろ「対立の政治」の概念から解放されてもいいような気がします。

日本人の文化から言っても、たぶん敵をけなすのではなく、たたえたほうが共感を得るかもしれませんし、第一、友愛を標榜しているのであれば、相手を許し、応援して当然です。
自信のある人や無私の人は悪口など言わないでしょう。
私がこのブログで悪口を言うのは、自らに自信がないのと私欲が強いからでしょう。
最近つくづくそう思います。

というわけで、このブログではこれからはできるだけ人の悪口を言わないようにしようと決意しました。
さて本当にできるでしょうか。
こえはたぶん「表現力」の問題です。
内容のない相手を褒めることは、最高の悪口に通じますので。

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2009/07/22

■節子への挽歌689:「愛する人の死~あなたはどう乗り越えますか?」

節子
今朝のNHKテレビ生活ホットモーニングで、「愛する人の死~あなたはどう乗り越えますか?」を放映していました。
私はこの種の番組にどうも違和感があり、いつもは見ないのですが、今回はついつい見てしまいました。
番組の中で話があったのですが、東京都の調査では、夫や妻を亡くした人の8割が、不眠や疲労・食欲不振など何らかの症状を訴えているそうです。
8割というのは驚きでした。
その症状の中に、「肩こり」というのが確かかなり高位に出ていました。
実は、私は節子がいなくなってから、尋常でない肩こりを体験しています。
今はだいぶよくなりましたが、夜中に目が覚めるほどの痛さを感ずることもあります。
もしかしたら、節子が肩に乗っているのではないかなどと冗談に思ったことがありますが、もしかしたら冗談ではなく事実なのかもしれません。
医者に行こうと思っているのですが、なぜか行く気にならないのです。
おかしな話ですが、直前になって、行くのをやめてしまっているのです。

番組の中で、生活の変化に伴うストレスの度合いが紹介されていました。
伴侶の死が最高でした。
それに比べて、親密な家族の死は、その三分の2だそうです。

番組では、伴侶との別れをさまざまなかたちで乗り越えてきている人たちの紹介がありました。
すべて納得できましたが、すべてが私とは違いました。
伴侶との関係が人それぞれであるように、その越え方もそれぞれなのでしょう。
しかし、何よりも言葉にしてしまうと、どこかに違和感が生まれるのです。

一番こたえるのが、友人知人からの言葉だという人もいました。
ゲストのペギー葉山さんも、そういっていましたが、善意の無神経な言葉ほど傷つけられることはありません。

実は、私は、「伴侶の死を乗り越える」という言葉にも、その「無神経さ」を感じます。
なぜ乗り越える必要があるのかと思うのです。
乗り越えるとは、そもそもどういうことなのか。
過去ばかり見ていないで、前に向かって進めということでしょうか。
前に進むためには、伴侶の死を乗り越えないといけないのでしょうか。
そんなことはありません。
私は、節子との別れを乗り越えるつもりなど全くありません。
乗り越えてしまった先の人生には、全く興味がないからです。

いささかひねくれていますが、それがこの番組を見ての私の感想でした。
登場していた人たちと、私は、やはり異質の世界にいるのかもしれません。

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■「デュヴェルジェの法則」と「レイプハルトの確信」

政権交代には2つのタイプがあります。
政党間の政権交替と、政権基盤の交代です。
今回の日本の選挙での政権交代は前者であり、二大政党間の権力争いともいえます。
その背後で、もっと大きな政治の変化の潮流が動き出しているように思いますが、ほとんどの人は「二大政党制論」の呪縛の中で、政権基盤の交代の動きにはむしろ棹差すことになるでしょう。
ここが実に悩ましい問題です。

フランスの政治学者モーリス・デュヴェルジェは、政治対立は必ず二者の対立になるものであって、二党が対立することが良いと考えました。
また、小選挙区制が二党制を生み、比例代表制が多党制を生むという「デュヴェルジェの法則」を提唱しています。
日本はこの政治観で政治改革を進めてきたわけです。

こうした二大政党制論に対して、二大政党制を多数決型民主主義とし、多党制を合意形成型民主主義(コンセンサス型モデル)とし、多くの面において合意形成型民主主義が優れているという主張したのが、アメリカの政治学者アーレンド・レイプハルトです。
私は、民主主義の本質は多数決という「量の問題」ではなく、「少数者の尊重」という「質の問題」だと考えていますので、当然、「レイプハルトの確信」に共感しています。
ネグリの「マルチチュード」もまた、その多様性に力を見出しているように思います。

但し、レイプハルトの「合意形成」という言葉には、いささかの注釈が必要かもしれません。
合意というと、「一つの結論」と多くの人は考えますが、そんなことはなく、「複数の結論」での合意もありえます。
それは、時間幅をどう捉えるかという、まさに「生命のリズム」にもつながる問題です。

日本の政権交替選挙は、どう展開していくか、まだわかりませんが、私の希望的観測は「民主党は過半数をとり、自民党は解体する」というものです。
つまり結果的に、二大政党の崩壊です。
しかし重要なのはそのことではなく、共産党、国民新党、社民党が伸びるかどうかということです。
私はいずれの政党も好きではありませんが、論理演算でいえば、伸びるべきです。
しかし、それもまたなかなか難しいかもしれません。
論理はともかく、感性がどこかで間違っているからです。
社民党の福島さんの「物言い」には誠実さが感じられません。
実体もあり誠実なのでしょうが、言葉づかいが的確ではないように思います。
共産党は、実体もあり、誠実さも感じますが、「共産党」という名前の呪縛に負けていますので、コミュニケーションできない体質を持っています。
それに気づかないのは、彼らに知性がない現われでしょう。
未来を託そうと思う人は増えないでしょう。
国民新党は終わった人たちのルサンチマンでしかありません。
しかし、彼らが提起しているメッセージはとても大切で本質的なように思います。

伸びるべきだといいながら酷評してしまいました。
田中さんの新党日本はどうでしょうか。
これは面白いですが、伸びようがありません。

そんなわけで、結局、民主党しか伸びないことになるのですが、自民党を解答して生まれた新しい政党郡が意外と伸びるかもしれません。
そうなれば、二大政党制の流れが変わるかもしれませんし、小選挙区制の見直しの運動(既にあります)が高まるかもしれません。

政治の大きな流れの転機(後者の政権交代の始まり)になる可能性は十分あります。
そうした大きな目で、この選挙を見ていこうと思っています。

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■知的所有権などという小賢しい発想は間もなくなくなるでしょう

上田昌文さんの主宰する市民科学研究室では、『市民科学』という機関誌を毎月発行しています。
以前は、40頁ほどの雑誌で、1部200円だったそうです。
その後、記事や論文の導入部分だけをホームページで公開し、全文は会員がIDとパスワードを使ってダウンロードするというスタイルに変えました。
この方式はいま広がってきており、紙媒体の雑誌を郵送・配達する定期購読システムは減少する傾向にあるようです。
私が参加している団体でも、そうした動きが増えていますが、最初は紙媒体がないのが物足りませんでしたが、慣れてくるとむしろとても便利です。
また、たとえば私が比較的よく読んでいる(最近ちょっと退屈になりましたので、以前ほど精読していませんが)「軍縮問題資料」も、この記事はもっと多くの人に読んでほしいと思う論文があるときなど、ネットで読んでもらえればと思うことも多く、ぜひそうした記事はネットで公開してもらえないかと編集部にお願いしたこともありました。
残念ながら実現しませんでしたが、雑誌販売を事業と考えると無料で読めるようになれば収益性を低下させますので、難しいのかもしれません。
しかし、社会に向けてのメッセージ性の高い論文は、多くの人に読まれることが目的ですので、無料であろうと読者が増えることが書き手のモチベーションにつながるはずです。
たぶん活動資金をメッセージの購読者から得るという発想を変えなければいけないということです。

そうした問題を克服するためでしょうか、市民科学研究室では理事会での検討の結果、記事論文は無料で全文をウェブサイトで公開することに踏み切ったそうです。
私はこれを市民科学研究室のホームページで知りました。
私が思い描いていた方法そのものです。
ただそれを持続させることは簡単ではないでしょう。
ホームページには、なぜそうしたかに関して、「情報自体に対価をいただくのではなく、そうした情報を生み出す活動全体に対して支援をいただく」との考え方に基づいている、と書かれています。
上田昌文さんの活動は以前から関心を持っていましたが、最近忘れていました。
たまたま友人が、そこに掲載されている論文を教えてくれたのですが、そこで思い出してホームページを見て、こうした動きを知ったのです。

私は、以前も書いたと思いますが、知的所有権の発想が理解できずにいる人間です。
どんな素晴らしい知の発見であろうと、一人(1グループ)で発見することなどありえません。
知はすべてつながっていますから、その発見は個人や特定のグループの成果ではなく、人類の成果なのです。
利益配分をめぐって裁判などが時々起こりますが、私にはなかなか理解できない話です。
知は、誰かに属するのではなく、人類すべてに属しているはずです。

市民科学研究室の英断は、情報メディアや情報創造の問題にも大きな示唆を与えてくれます。
とても共感できる動きです。

もしよかったら、みなさんもこの運動を応援してください。
時々、そのサイトを開くだけでも応援することになるはずですので。

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2009/07/21

■マニフェストについての(補足にならない)補足

先日書いた「マニフェストは20世紀型モデル」の話ですが、論理の展開があまりに粗雑でした。
それに、マニフェストが「選挙公約」ではなく「政権公約」として使われていることにも、きちんと言及せずに、個々ばらばらのマニフェストでいいなどと言ってしまうのは、フェアではありません。
私自身が、言葉の多義性を悪用しているきらいがあります。
舌足らずであることはもちろんですが、ちょっとマニフェストについて考えたことのある人からは、フェアではないと指摘されそうです。
政権公約であれば政党として一本化すべきであることは、いうまでもありません。

しかし、繰り返せば、そもそも政権公約を具体的な政策あるいは施策ベースで、さらには制度ベースであらかじめ宣言することに違和感があるのです。
政権をとった場合の基本方針や価値観はあらかじめ出しておくべきですが、最近のマニフェストで要求されるような数値目標や工程表は、政権を取ってから実務的に考えるのが誠実な態度ではないかと思うのです。
財源論などはマニフェストには不要です。
それはまさに政策の全体性の中で議論されればいい話です。
そういうことを言いたかったのですが、なにやら話の矛先が前回は違った方向にすべってしまいました。

これからの政治は、情報を国民に公開し、国民に考えさせながら、理念を具現化していくプロセス、つまりコミュニケーション的行為が政治の本質になっていくという私の展望には、いまのマニフェストはなじめません。
選挙は終わりではなく、始まりにすべきなのです。
それが、20世紀モデルと21世紀モデルの違いです。

なんだか補足につもりが、そうなっていませんね。
しかし、やはり今日は疲れきっているので、これでまた「続き」にします。
あまりにも不正確に書いてしまったので、翌日から実はずっと気になっていたのですが、書き直すのも面倒なことに気づきました。
自己満足と自己弁護のために、この記事を書きました。
すみません。


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■生活者と同じ給与でないと生活者の目線になれない

テレビの取材に応じていた河村たかし名古屋市長に共感しました。
共感したのは、自分の給与を800万円に減給したことです。
それまでの規定では、2000万円を超えていました。
800万円とは河村さんと同世代の名古屋市民の平均給与なのだそうです。
生活者と同じ給与でないと生活者の目線になれないというわけです。
これが、すべての出発点かもしれません。

昨年、隠岐の海士町に行きました。
町長からお聞きしたのですが、町長は、まず自分の給料を半額にしたのだそうです。
そうしたら、町会議員が自分たちは4割減にしようと言い出し、役場の管理職は3割減を言い出したのだそうです。
そして一般職員も残業代などを辞退しだしたといいます。
それを知った住民たちは、行政依存ではなく、自分たちもがんばろうと、自発的なまちづくりに取り組みだしたといいます。
お金万能の時代であればこそ、こうしたお金の効用が生まれてきているのです。

河村さんは、市民税1割減を公約に掲げました。
それは難航しているようですし、批判もあるようです。
しかし、歳入が減っても、歳出を少し減らせば、収支はバランスします。
収入に合わせて家計支出を削減するのは、生活者の日常生活でしょう。
生活者の感覚からいえば、なんでもない話です。

さらに河村さんは、自分が総理になったら消費税を1%削減すると話していました。
財源がない時代に、そんなことができるはずはないとみんな思うでしょう。
今でも、民主党が何かしようとすると財源があるのか、と批判するのが最近の日本の「良識者」たちです。
私には、彼らはすべて守銭奴にしかみえません。
お金がなければ何かができないと思うのは、守銭奴の哲学です。
「まずお金」と考えるような発想に洗脳されているわけです。
その発想を、私たちは先ず捨てなければいけません。

河村さんに総理になってもらいたいと思いました。
与謝野さんとは違って、河村さんには知性を感じます。
鳩山さん兄弟とは違って、河村さんには生活を感じます。
東国原さんや橋下さんとちがって、発想の転換があります。
いまのところの、私の気持ちですが。

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■節子への挽歌688:「神と一緒に過ごす豊かな時間」

節子
昨日、NHKテレビの特集番組で『神と人が出会う日~京都・葵祭一千年の神事』を観ました。
この祭りに埋め込まれている「神を迎え、ともに遊び、供物をささげて敬意を表す」という大きな流れが描かれていました。
観ていて、私自身が最近何か大きな忘れ物をしている気分になりました。
そして、なぜかよくわからないのですが、節子のことを何回も思い出しました。

特に思い出した場面が2か所ありました。
まず、下賀茂神社の御陰祭で、森の中をみんなが歩く場面があったのですが、その時、森から精気を得るというようなナレーションがありました。
こうした場面をみると、いつも罪の意識に襲われます。
なぜ節子と一緒に、この道を歩かなかったのだろうかと。

もう一つは、宮司が警蹕(けいひつ)を発する場面です。
警蹕(けいひつ)とは、辞書には「天皇の出入り、行幸、食事の時などに、人に注意を促し、また邪気を祓うために「おー」と唱えること」とありますが、番組で「言葉が生まれる前の発声」と説明していました。
You-Tubeで、実際にその声も聞けます
その説明がとても納得できました。
その場面でなぜ節子のことを思い出したのかといえば、私と節子を今つなぐものもまた警蹕(けいひつ)なのではないかと思ったのです。
般若心経などよりも、光明真言よりも、警蹕のほうがいいのではないか。
そんな気がしたのです。

私は、言葉の有無が、人(此岸)と神(彼岸)を分けるものだと思っています。
もしそうであれば、そこをつなぐものは警蹕です。
神には小賢しい言葉は不要です。
人は、バベルの塔の神話が物語っているように、言葉を持ったが故に小賢しくなり、死を体験するようになったのです。

番組の最後に、とても心に残る字幕が画面に出ました。
「神様と一緒に過ごせた豊かな時代の記憶」
心に強く響きました。
この字幕をみて、ふと思いました。
節子は、私にとっての「神様」だったのかもしれない。

葵祭の神事の時間の流れは、ゆったりしています。
節子と一緒の時、私たちの時間の流れもゆったりしていました。
無意味のような時間が、一番充実していたのです。
節子は、私にとって生きる意味を与え、生き方を考えさせてくれる存在でした。
それは、いまもなおそうです。
「神と一緒に過ごす豊かな時間」
私がいま、欠いているのは、それなのかもしれません。

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2009/07/20

■21世紀政治モデルの基本は異質の価値観の調和

二大政党政治やマニフェストは20世紀型の、もう終わった政治モデルだと書きました。
さらにいえば、「政党政治」そのものが20世紀型のモデルではないかと思います。

これに関しては、ブログで書くようなテーマではありませんが、
明日からまた政治の茶番劇がにぎやかになるでしょうから、
その前に基本的な私の考えを書いておくことにします。

私の友人の武田文彦さん(私のホームページに国家論を掲載しています)は、代議制は民主主義にあらずと主張します。
そこまで言わなくても、代議制と直接民主制は全くといっていいほど異質なものだと私も思っています。
なぜ異質かといえば、原理が違うからです。
私の言葉で言えば、「個人起点」か「組織起点」かの違いです。
民主主義は実は独裁政治への入り口を用意します。
ナチスも民主主義を標榜する代議制から生まれたものです。
大衆民主主義の恐ろしさは、よく指摘されています。
私たちも、郵政民営化選挙でそれを体験したばかりです。
つまり、民主主義は演出の仕方で、大きな流れを、それも熱狂的な流れを産むことができるのです。
議会は、そうしたことを加速させる、いわば「増幅」機能を持っているのです。
「民主主義のジレンマ」といってもいいでしょう。

しかし、そうしたファシズムへの動きを阻止する役割を担っているのも、議会です。
つまり、議会は、本来は民主主義の暴走をチェックする存在でもあるのです。
しかし、それが可能になるのは、議会でしっかりした「対話(コミュニケーション)的行為」が成り立っている時です。
対話的行為とは、ハーバマスが言い出した概念です。

ハーバマスは、成果を志向した目的合理的な行為一辺倒の近代がもたらした人間悲劇を克服するために、まずはお互いの違いをしっかりと認め合って、相互肯定的な対話によって、了解の世界を広げていくことが大切だというのです。
なんでもないように聞こえるかもしれませんが、これはそれまでの「コミュニケーション」観とは全く違ったものです。
そこには「勝ち負け」などという発想はありませんし、目的達成が第一義的にあるわけでもありません。
世界を、一元的な価値で覆いつくそうなどという発想もありません。
あるのは、異質を相互肯定しあうことで、自らの世界を、したがってお互いの世界を豊かにしようという姿勢です。
急いで「合意形成」する必要もありません。

対話的行為の先にあるのは、新しい社会原理です。
私が考えている21世紀政治モデルもまた、こうした発想に従っています。

この基準から考えれば、今の政治状況の行き先はかなり見えてきます。
組織に従属している議員は、存在価値がないのです。
政党も、全く違った役割を果たすものになるでしょう。
政党政治はもう終わったのです。

8月30日の選挙結果は、私には明らかです。
しかし、これまで私の予想が当たったことがありませんから、また裏切られるかもしれません。
私にとっては、あまりに明らかなことがなかなか現実のものにならないのは、どうしてでしょうか。
その答もまた、よくわかっています。
私の時間軸が間違っているのです。
時間軸の違う世界を生きることは、疲れますが、面白くもあります。

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■節子への挽歌687:「月への送魂」

節子
40年前の今日は、茨城に海水浴に一緒に行っていました。
どこだったか覚えていませんが、その時の節子の真っ白な水着姿ははっきりと覚えています。
節子は丸々と太っていて、とても魅力的でした。
つまり、まだ何の苦労もなく、私たちが若さを謳歌していた時代です。
2人とも、世間の何たるかなどは全く眼中になく、ともかく一緒に暮らす歓びや面白さを満喫していたように思います。
娘が生まれた1年後ですが、その時は娘を母に預けて、2人だけで行ったのです。
子どもたちと一緒に海水浴に行った記憶はたくさんありますが、節子と一緒に海に行った記憶はこれだけです。

なぜその日が、40年前の今日だとわかるかといえば、その日の夜、テレビでアポロの月面着陸の番組を見たからです。
今日は、人類が月面を歩いてから40年目です。
月に人が立つ、というのは、私にはあまり好ましいイメージではありません。
その日、節子とどんな話をしたのでしょうか。

私にとっての月のイメージは、「女性」と「死」です。
ギリシアやエジプトの神話では、月は「善き人たちの死後の住処」でもあります。
ですから、今も夜空の月を見ると節子を思い出します。
もしかしたら、節子はあそこにいるのかもしれません。

九州で冠婚葬祭の事業に取り組んでいる佐久間さん(一条真也さん)は、「月への送魂」を提唱し、実際にも行っています。
佐久間さんの「月」への想い入れはかなりのものです。
佐久間さんのサイトは、月への想いが全編を覆っています。
「月への送魂」について言及している「月を見よ、死を想え! 魂のエコロジーを取り戻せ!」はとても示唆に富んでいます。

月を見ると、いつも節子を思い出すのは、もしかしたら佐久間さんの影響かもしれません。
「月への送魂」の話を聞いたのは、もう10年以上前だと思いますが、聞いた瞬間からすごく納得してしまっていたのです。

明後日は皆既日食です。
節子に出会う2年前に、私は皆既日食を体験しました。
そして節子がいなくなって2年目、また皆既日食です。

追記
佐久間さんから、「月への送魂」の動画がYouTubeにもアップしているとの連絡を受けました。
よろしければ御覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=tV_rcc22Sfk

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2009/07/19

■節子への挽歌686:家事で大忙しの1日でした

節子
今日は疲れました。
私にしてはめずらしくいろいろと家事をしたのです。

朝5時過ぎに起きて、パソコンをチェックし、それから近くの「さとう農園」に雑草刈りに行きました。
ともかく雑草がすごく、手に負えないほどです。
畑とはとてもいえない状況です。
今日で3日目ですが、この作業はめずらしく怠惰な私一人でやっています。
節子が知ったら驚くことでしょう。

30分で切り上げて帰宅、まだ娘たちは寝ていましたので、庭で新聞を読みながらコーヒーを飲みました。
朝食を終えて、近くのお店に買物に行く娘に付き合いました。
飲料水が安いのでカートンで買うというので、運搬役です。

その後、娘たちが出かけましたので、一人で留守番でしたが、今日は久しぶりにちょっと難しい本を読みました。
今田高俊さんの「自己組織性と社会」です。
ちょっと「訳あって」読む羽目になったのですが、とても共感できます。
今田さんは、私に「リゾーム」概念を教えてくれた人です。
本は面白かったですが、頭は少し疲れました。

読み終えて、一休みしようと思っていたら、戻ってきた娘たちが、床のワックスがけを始めました。
参加しないわけにはいきません。
わが家では大きな家事は全員参加なのです。
これは、節子が残した文化です。
かなりのことを節子は家族みんなでやるのが好きでした。
自称「さとう工務店」です。
もちろん、節子が社長です。
ベランダのペンキ塗りから壁紙の張替え、節子の指示で全員が動くのです。
ベランダのペンキ塗りは大変でした。もう2度とやりたくないです。
今回は、その社長役の節子がいないのですが、節子の文化は破るわけにはいきません。
私は、せいぜいが家具の移動や下拭きくらいしかできませんが、久しぶりに汗をかきました。
終わったら、今度は庭の草花に水やりです。

というわけで、今日は早朝から夕方まで、身体も頭脳もそれなりに汗をかいた1日でした。
節子がいた時は、こういうことも実に楽しかったのですが、いない今は、ただ疲れるだけでした。
作業終了後の、ケーキもありませんでしたし。

それにしても、節子がいた時の家族みんなでの家事は、どうしてあんなに楽しかったのでしょうか。

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■2つの民営化

今朝はテレビ各局での政治関係の議論をみてしまいました。
基本的にやはり違和感があります。
たとえば、「民営化」に関する議論を聞いていて、やはり基本にすべき認識の不揃いを感じます。

民営化には2つのタイプがあるといわれます。
私の考えとはちょっと違いますが、それは「営利民営化」と「非営利民営化」です。
前者は、営利企業に資産を売却し、市場原理の中での営利行為に変えていくことです。
平たく言えば、誰かに儲けさせる利権を売るということです。
ですからそこで、儲け主義(代行)者の宮内さんや西川さんのような人が暗躍するわけです。
後者の非営利民営化は、たとえば、NPOや協同組合などに資産経営を任せるということです。
ここでは資本家が主役ではなく、理想的には国民すべてが主役になります。
平たく言えば、国民の財産の経営管理を国民に戻すということです。
両者の最大の違いは、その経営管理の実態を透明にするということです。
そして、もしおかしなことがあれば、だれでもが異議申し立てできるようにするということです。
一時期、流恋した「第3の道」政策がこれに当たります。
小泉郵政民営化は前者の典型です。
つまり政府がみんなの財産を勝手に誰かに格安で提供したということです。
格安で売ることを正当化するのは、彼らにとってはいとも簡単なことです。
この問題こそが、政治と金の核心です。
政治献金など、こうした政商的行動に比べたら、瑣末な話とさえ思われます。

私は、後者のものを「共営化」と呼びますが、それは「共」という概念が、私の基本的な生き方の根底にあるからです。
ですから、名称にはまりこだわりませんが、両者は、その基本において全く異質なものです。
つまり、「誰かのものにするか」「みんなのものにするか」という、対極のものなのです。
国民財産を奪取されるか、守るかの違いなのです。
にもかかわらず、それらが同じ言葉で語られているのが、私には理解できません。

民営化を語るのであれば、もっと概念を明確にして議論してほしいものです。
これは、ほんの一例です。
同じような無意味な議論が多すぎます。
テレビの政治関係の討論は、百害あって一利なしかもしれません。

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■マニフェストもまた20世紀政治モデルです

みなさんは政党のマニフェストを読まれたことはありますか。
私は自民党と民主党だけですが、2回ほど読みました。
政党マニフェストの評価する活動を誠実にやっている友人が何人かいますが、前にも書いたように私は基本的にマニフェストに違和感を持っています。
ですから、昨今のような、「ともかくマニフェスト」というような動きには疑問を感じます。
この話を書き出すと長くなりそうですので、断片的になりますが、最近、気になることだけを書きます。

先ず、マニフェストと選挙公約とはどこが違うのでしょうか。
最近は、それらが同じ意味で使われていることが少なくありません。
政治家自身が、マニフェストといった後に公約と言い換えることが増えてきています。
なぜでしょうか。
言い換えるくらいなら、最初から公約とか信条といえばいいだけの話です。
ごまかされてはいけません。

次に、今回、自民党は複数のマニフェストが出されるといわれています。
個々ばらばらに堕されるものはマニフェストとは言わないのではないかとあるテレビタレントが話していましたが、それを受けたキャスターも同じことを言っていました。
たしかに党としての公式のマニフェストは一つでしょうが、個人が出すのも当然マニフェストです。
私自身は、個人のマニフェストが大切だと思っています。
個人のマニフェストと組織全体のマニフェストは当然次元が変わります。
私が政党のマニフェストを読んで、退屈だったのは、それが混同されているからです。
もし政党のマニフェストに、具体的な政策課題や事業が書き込まれていて、しかもそれが個人の公約に置き換えられるのであれば、選挙は個人を選ぶのではなく、政党を選ぶことになります。
そうであれば、今のような大騒ぎの選挙は不要です。
詳細なマニフェストに従って、評価する作業で十分です。
しかし、そんなことはありえません。
マニフェスト全体を評価して、どちらがいいかどうかを決めることは現実的ではないのです。
○×教育で育った橋下知事は、そう考えるかもしれませんが、現実の生活や社会はそんなに単純ではないのです。
テーマや課題によって、どの政党の政策構想がいいかは変わってくる可能性があります。
それを一括して評価することなどできないはずです。
もし政党を全体として選ぶとしたら、マニフェストの根底にあるビジョンや理念です。
自民党のビジョンは利権国家であり、民主党のビジョンは友愛国家であるとマニフェストに書いてくれれば、とてもわかりやすいでしょう、
ちなみに、利権国家が悪いわけではありません。
国民の多くは利権国家のおかげで物質的豊かさを得てきたのですし、今も利権国家を歓迎する人は少なくないでしょう。
これは決して皮肉ではなく、私の周辺の実状からの意見です。

選挙が、もし個人を選ぶのであれば、党議拘束などといったばかなルールは止めなければいけません。
しかし、残念ながら日本の政治は、個人を選ぶ政治ではなくなってきているのです。
それを進めたのは、二大政党制と小選挙区制です。
今自民党の議員が、個人として行動できないのは、この制度のおかげです。
自民党から離党してしまえば、議員にはなれないという呪縛がかけられているのです。
それは、個人の叡知が基本になる政治の終焉を意味します。
ですから、私は日本の政治学者や政治評論家を全く信頼できないのです。

最後に一つだけ蛇足を加えます。
今朝の朝日新聞に同社の世論調査が出ています。
それによると、自民党と民主党の政策には大差ないと答えた人が59%もいるそうです。
まあ当然のことですが、回答者のほとんどは両党の政策などほとんど知らないでしょう。
マニフェストなど、どうでもいいのです。
大切なのは、その人の生き方や信条なのです。

はやく20世紀モデルから抜け出さないといけません。
それは簡単なことで、まずは自分が生き方を変えることです。
目先の利権で発想するのではなく、理念で発想することです。
そうしたら、誰を選ぶかは見えてきます。
どの政党が20世紀モデルから抜け出そうとしているかも見えてきます。
もちろん、その評価は人それぞれです。
異論が生き生きと飛び交うことで、未来は開けてくるのだろうと思います。

やはり長くなりました。
その割には内容がないですね。
肝心の、マニフェストが20世紀政治モデルだという説明がないですね。
また改めて書きます。

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2009/07/18

■節子への挽歌685:心の安定

maronさんが早速、挽歌に呼応するようにコメントを投稿してくれました。
重複してしまいますが、とても共感できる文章なので、転載させてもらいます。

私はとても良い人々に恵まれて生きてきたのだと思います。
心の中で、頼り切って、何時も私のそばに居てくれるものだと思っていた人々との分かれ、会者定離の世と知りながら不条理と嘆きました。 
私が自由に良い人生を過ごせたのはその人々のお陰です。
故人が私にしてくれたように、私も人々に安心と笑顔を与えてあげられたらと思います。
今日も事故で脊椎を痛めた友人を見舞って帰ると直ぐ知人が待っていました。 
コーヒーを入れてお話をききました。
心の安定を失う人の多い世の中です。
私の身体が続き、心が萎えない限り、周りの人々の盾になりたいと思っています。
それは人生を知ること、自分の生の確認でもあると思っています。
なんだか私自身の文章を読んでいるような気がしました。
私もとても似たような生活をしています。

節子が隣にいた時には、私の心は常に安定していました。
しかし、節子がいなくなった途端にその安定を失いました。
心の安定を失うと、活動が持続できなくなります。
気が萎えてしまい、突然にすべてを止めたくなるのです。
いまでも心が揺らぐことはないわけではないのですが、活動は持続できるようになりましたし、maronさんのように人の相談にも乗れるようになりました。
私にとっては、唯一の頼り切れる存在だった節子がいなくなったままなのに、なぜ心が安定してきたのか。

maronさんのコメントを読んでいて、その答に気づきました。

私には、節子という、頼り切れる伴侶がいました。
しかし、本当に節子は頼りになったのでしょうか。
それはかなり疑問です。
にもかかわらず、節子がいるおかげで、私はいつも安心でした。
なぜでしょうか。
それは、私が節子に頼り切られる存在だったからです。
もちろん、節子と同じように、私も節子にとって本当に頼れる存在だったかどうかは疑問です。
しかし、私は頼り切られていたという確信がありました。
節子に何か問題が起これば、命を捨ててでも節子を守るだろうという確信です。
それは実際には実現できなかったのですが。

頼ると頼られるは、双方向的な関係なのです。
言い換えれば同値と言っても良いでしょう。
よく言われるように、ケアと同じ概念です。

私が最近、心の安定を得られだしたのは、頼られているという実感を回復したからなのです。
頼れる人が、一人でもいれば、心は安定します。
そして、頼ってくる人が一人でもいれば、心が安定します。
そのことに、maronさんのコメントは気づかせてくれました。

文句を言わずに、明日もまた相談を受けに出かけて行くことにしましょう。
私のために、頼ってきてくれる人がいることの幸せを疎かにしてはいけません。

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■二大政党制は20世紀政治モデルです

解散が決まり、またまた「政治の季節」になりました。
政治家や政治評論家がテレビで盛んに発言していますが、私にはどうも基本的な間違いがあるように思えてなりません。

まずは、二大政党制ですが、みんな「やっと定着してきた」ので、それを枠組みにして考えていきたという姿勢です。
以前も書きましたが、二大政党制度は20世紀の政治モデルです。
それを後生大事に考えている政治家は、私は全く信頼できません。
政治学者がそう考えるのは、彼らが御用学者だから仕方ありません。
しかし、時に在野の人までそういう発言をするのでやりきれない気持ちです。
少しは、歴史を学べといいたいです。
まあ、私がさほど学んでいるわけではありませんので、私が間違っている可能性もないわけではありません。
しかし、アタリやネグリの著書を2冊でも読んだ人なら、二大政党制が内在させている、「支配の論理」「対立の論理」「不寛容の論理」「多数決暴力の原理」などに気づくはずです。
アシュビーの最小多様度の法則を持ち出すまでもなく、二大政党制は多様性を縮減し、効率性を増強します。
今回の都議選で、その弊害は見えてきたはずですが、それを弊害ではなく、効用と考えるのが、御用学者や権力志向者の発想です。
もちろん小選挙区制などは近代の申し子ですから、論外です。
政治学者や多くの知識人は、その導入に賛成しましたし、彼らは近代に寄生しているが故に、その呪縛から抜け出られないのでしょう。
それは、最近のマスコミで活躍しているオピニオンリーダーにも共通している、惨めさです。

生物多様性の大切さはかなり浸透してきましたが、なぜそれが人間社会にも当てはまるとみんな思わないのでしょうか。

その延長で言えば、昨今のマニフェスト論議も、極めておかしな話だと私は思っています。
これはまた日を改めて書きます。

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■政治も週休2日制なのですね

私は21年前に会社を辞めて自営業になって以来、土日だとか夏休みだとかいう感覚がなくなってしまいました。
私の娘たちも、ほぼ同じような仕事のスタイルなので、土日が休みなどと言う感覚はあまり強くありません。
いつかも書きましたが、連休だからと言ってうれしいことはありません。
会社に雇用されていた時には、休日は「働かなくても給料をもらえる日」ですから、多いに越したことはなく、連休だと得をした気分さえありました。
しかし、自営業は自分が働かなければ収入はありません。
自営業だけではなく、たとえば派遣社員やパート労働者も同じでしょう。
そうした人にとっては、土日もきちんと働く日なのです。

実際に、土日も社会は同じように動いています。
鉄道は動いていますし、コンビニは営業しています。
宅急便も届きます。
そうした社会を支えるインフラストラクチャーは土日だからといって休むことはできません。
休んでしまったら、国民の生活はうまくまわらなくなるでしょう。

ところが、政治の世界はどうも違うのです。
議論が山積みで時間的余裕がなければ、企業であれば土日出勤して、対応します。
しかし、国会は土日は休みなのでしょうか。
しかも今回のように、解散とか両院協議会とか、重要で緊急なはずなのに、度にとはもとより、7月20日の祝祭日も外して考えられています。
こうしたことがどうも納得できません。

こんな大変な時期であれば、連休の最中であっても、議論すべきは議論し、解散も日曜日にやっても良いのではないかと思います。
しかし、そんなことははなから頭になく、土日や祝日は政治活動(裏活動は別にして)もお休みなのです。
政治もまたカレンダーに従うルーティンワークになっているのです。
要は高級取りの勤め人です。

政治というのは、そんなものではないはずです。
明日の食事に困っている人にとっては、休日などはないのです。
週休2日の政治はやめてほしいものです。

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2009/07/17

■節子への挽歌684:生きるということの意義

maronさんからまたコメントをもらいましたが、最後にこう書いてありました。

様々な人を失い、生きると言う事の意義も考えました。
節子との別れを体験するまで、私は「生きる」ことをしっかりと意識したことがありませんでした。
両親をはじめ、親しい人を何人も見送りましたし、親しい友人も見送りました。
私より若い友人の突然死も2回経験しましたし、自死した友人もいました。
衝撃的な別れもありますし、自分の人生を変えてしまう別れもあります。
しかし、私は人の死に関しては、かなり淡白でした。
たぶん人の死で心底泣いたことはありません。
同時に、生きることについても、淡白でした。
貪欲に生きようなどと思ったことはありません。
人の生き死には、定められているというような思いがどこかにあります。
ですから自分の生死に関しても、さほどこだわりはないのです。

とまあ、そんなふうに考えていたのですが、
節子に関しては、淡白どころではなく、取り乱すほどでした。
もちろん、心底、涙しました。
涙が枯れるという言葉がありますが、枯れることなどなく、いまもいつでも涙は出ます。

そうした体験の中で、私が生死に淡白でいられたのは、節子のおかげだったと気づいたのです。
すべての生死を、節子が引き取ってくれていたのです。
両親を見送った時、支えてくれたのは節子です。
節子がそばにいたからこそ、両親の死を私は冷静に受け止められました。
親しい友人の死は、節子に話すことで心を落ち着かせられました。
私の哀しさも喜びも、辛さも後悔も、すべて節子が引き取ってくれていたのです。

そういえば、節子と一緒に暮らすようになるまで、私はむしろ生死には敏感だったような気がします。
私は、気の弱い子どもでした。
戦後、わが家は新潟の父の実家に疎開していました。
食糧難の時代でしたが、当時、疎開先ではウサギを食料用に飼っていました。
そのウサギを殺すのを止めてくれと、私が泣きながら父に頼んだ話を母が節子や娘たちに話してしまったので、私の気の弱さはみんなの知るところになってしまいました。
家族でエジプトに行った時にも、鳩料理は私だけ辞退させてもらいました。
子どもの頃から、生命にはある種の畏れを感じていたのです。

そうした気弱な私が、生死に対して動じなくなったのは、間違いなく、節子と一緒になってからです。
なぜでしょうか。
私のすべての人生を節子に託すことで、そうした私の最も弱いところから抜け出られたのかもしれません。
以来、誰がいなくなろうと、私には節子がいたのです。
生きるとか死という問題から解放されれば、人は思い切りわがままになれます。
そして、本来ならば、このまま私は静かに生きることを終えられるはずでした。

節子がいなくなった今、生きることの哀しさや退屈さに、押しつぶされそうになることがあります。
幸いに娘たちがいますので、少しは緩和されますが、残念ながら節子と違って、私の生死を引き取ってもらうわけにはいきません。

maronさんが考える「生きるということの意義」とはどんなものでしょうか。
訊いてみたいようでもあり、みたくないようでもある、気になる言葉です。

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■コンビニ強盗が急増している社会

先月、防犯活動に長年関わってきた人から、これからコンビニ強盗が増えていきますよ、と聞いていましたが、昨日の警察庁の発表によれば、今年前半のコンビニ強盗は、前年同期比65・6%増の487件だったそうです。
まさに、彼が言っていた通りの状況になってきているようです。
万引きや引ったくりも増えているようですが、「素人でもできる犯罪が増えている」のだそうです。
社会が壊れつつあることの、ひとつの現われかもしれません。
これまで、このブログやCWSコモンズなどで、繰り返し書いているように、こうした状況は政府が先導してきたのではないかとさえ思いますが、それを支えてきたのは私たち国民一人ひとりの生き方です。
私は、運よくコンビニ強盗をしたことはありませんが、大きな目でみたら、そうした状況を生み出す動きに全く無縁だったとはいえません。
郵政民営化には反対でしたし、ビジネスを潤すだけの環境対策にも反対でした。
そして、せめて自分の生き方だけは変えていこうと務めてきたつもりです。
しかし、大きな動きに対しては、デモをするわけでもなく(2回ほど参加しましたが)、運動に投ずるでもなく、自分の小さな生活に安住してきてしまっています。
経済的格差の進展にさえ、何もできずにいるわけです。
ですから、コンビニ強盗にまで追いやられた人に対しては、なにやら申し訳ない気持ちはしますが、咎める気分にはなれません。
咎めたいのは、今なお税金を私的に流用している、私の友人知人たちです。
しかし彼らも決して悪意があるのではなく、社会を良くしようとがんばっていることも事実です。
そのあたりが、とても悩ましいのです。

ところで、コンビニ強盗ですが、その話をしてくれた冒頭の知人は、その防止策として、強盗が外部に持ち出せないレジスター金庫をすでに実用新案までとっているようです。
方法は簡単です。
自動車のエアバッグのように、金庫を移動させようとするとエアバッグが開いて持ち運べないようにするのです。
金庫メーカーに提案したそうですが、金庫が盗まれないと金庫は売れないということで、取り上げてもらえなかったそうです。
金庫メーカーが、本当にそんなことを言ったのかどうか、少し疑わしいですが、真剣に考えようとしなかったのは間違いないような気がします。
なにしろ企業の論理は、顧客の創造なのですから。
本当に馬鹿げた話ですが、経営学者はそれを推奨しているのです。

社会のひずみは、いろいろのところに現れてきます。
個別の動きの背後に、大きな構造的な問題、原理的な問題が存在しています。
この数年、増加している事件や事故を見ていくと。問題の本質は見えてくるでしょう。
私たちの社会の根幹が崩れだしていることに、不安を感じます。

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2009/07/16

■背広を着ることの意味

今日、私よりもかなり若い知人が相談にやってきました。
彼は自分で会社を起こし、その社長なのですが、誠実を絵に書いたような人なのです。
私のところに来る時でさえも、背広でやってきます。
今日は真夏のような暑さでしたが、やはり背広を着てきました。
私のところに来る時には、気楽でいいからと話しましたが、彼にとって私は二回りも年上なので、礼を失してはいけないと思っているのです。

最近、私はめったに背広を来ませんが、それでも時々着ることがあります。
会う人や行く場所によって、服装を変えるのはおかしいのではないかと思いながらも、自然とそうしてしまいます。
背広を着るのと着ないのと基準は何でしょうか。
そこに、自分の生き方や価値観が現れており、自分の小賢しさを知ることができます。

自分が何を着ているかで言動は変わります。
ですから、長年、着ているものによって人間の生き方や価値観は決まっていくはずです。
小学生の頃、たしか佐藤紅録の小説だったと思うのですが、こんな文章がありました。

昔の日本の男はふんどしで下半身を締めていたが、最近の男たちはネクタイで首を絞めているから、根性がなくなったのだ。
子どもながらに、とても納得しました。
私は、ふんどしをしたことはありませんが、ネクタイだけはしないでしようと思っていました。
しかし、会社に入る頃には、そんなことはすっかり忘れてしまっていました。
そんなわけで、私は根性のない大人になってしまったわけです。
いや、子どもの頃から,あんまり根性はなかったですが。

話がそれてしまいましたが、服装は意識に大きな影響を与えます。
和服を着ていた時の日本人と洋服になじんでしまった日本人とは、たぶんかなりの違いがあることでしょう。

私は最近、Tシャツでオフィに行くことも少なくありません。
自宅とオフィスでは、ほとんど、同じ服装をしています。
生活にメリハリがなくなってしまったのは、そのせいかもしれません。
やはり仕事をするのであれば、背広をきちんと着るべきなのでしょうか。
最近、企業の仕事に縁遠くなったのは、そのせいかもしれません。困ったものです。

日本の社会をおかしくした一因は服装にある、というようなことを書くつもりだったのですが、まあそんな偉そうなことをいう前に、自分の服装を点検すべきですね。

今日もまた、意味のないことを書いてしまいました。
政治の話を書くと何を書くかわからないので、しばらく政治時評は避けたいと思っているのです。
はい。

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■節子への挽歌683:朝の畑仕事

節子
朝早く起きたので、畑に行ってきました。
と言っても、最近は誰も手入れに行かないので雑草があふれかえっています。
今日は暑いので、早朝の30分だけ草刈をしました。
いつかのように、倒れると悪いので30分で止めました。

節子が元気だったころは時々節子と一緒に来ていましたが、私の取り組み方は節子には気にいらないものでした。
たとえば雑草刈りにしても、私はまずは大きなものを刈り取りましたが、節子は場所を限定して少しずつしっかりと雑草をなくしていきました。
私のやり方だと、やったかどうかもわかりませんし、第一、単に荒らした感じで終わった後の達成感がありません。
それに目標設定が曖昧になりますので、いつでもやめられるのです。
節子の場合は、最初にきちんと今日はこの区画と決めますので、途中ではやめられず、しかしやった後は達成感を味わえます。
下の娘が節子のやり方を継承し、上の娘がわたしのやり方を継承しています。
これは単に雑草刈りだけの話ではなく、生き方そのものにつながっています。

修はすぐに飽きてしまうのと、後片付けをしないので、手伝ってもらわない方がいい、と節子は言っていましたが、それはその人の性格なので仕方がありません。
どうせまた明日やるのならば、片付けることもないだろうというのが、私の文化でした。
これが、節子や下の娘には気にいらないのです。

さて、今朝は一人で畑に行きました。
最初からがんばると1日で終わるおそれがあるので、今日は30分で、しかも適当にやって戻ってきました。
その畑地はわが家から見下ろせる場所にあるのですが、戻ってきて上から見たら、何の変化も感じられませんでした。
それほど雑草が凄いのです。
まあ気分的にいろんなところを少し荒らしてきただけという感じです。
節子がいたら、きっと笑うでしょう。
私の30分の努力は報われていないのです。

しかしまあ、このやり方を少し続けましょう。
1週間続ければ、少しは地面が見えてくるかもしれません。

節子は、土いじりが好きでした。
この畑は宅地の空地ですので、土壌がよくありませんでした。
それを節子と下の娘が開拓し、土壌をよくしました。
節子は道沿いに花壇をつくって、散歩する人に楽しんでもらおうと考えていました。
畑ではじゃがいもをつくって、近くの子どもたちと一緒に芋ほりをして、カレーライスパーティをしようと思っていました。
そのためにがんばっていたのです。
そんなことを思い出したら、少し私もがんばろうと思い出しました。
もっとも、節子のやり方ではなく、私のやり方で、ですが。

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2009/07/15

■ボランティアとは権力や金銭に惑わされない姿勢

会社を辞めてNPOを創りました、という人が時々やってきます。
でもよくよく聞いてみると、会社で取り組んだ方がいいのではないかと思うようなことも少なくありません。
あえてNPO法人にしなくてもいいと思うことも多いですが、なぜかみんな法人格を目指します。
手段である法人格が、目的になっていることが少なくありません。
私は、法人格を取得することは純粋さの放棄だとさえ思っていますので、相談があってもよほどのことがなければ法人格取得は勧めません。
国家のお済付けをもらうような姿勢がある限り、現状維持のためのサブシステムにしか成れません。
そういう人は、ミッションが曖昧ですから、所詮は時間つぶしでしかありません。

「ボランティア」という言葉も、その使い方に違和感があります。
「ボランティアでやっています」という言葉は、「無償でやっています」という意味であることが多いようです。
そもそも「ボランティア」とは「自発的」という意味であって、無償かどうかは無関係のはずですが、日本ではどうも「無償=ボランティア」というイメージがあります。
ボランティアの人に謝礼をやろうとすると、怒る人がいるという話を聞いたことがあります。
そういう人もまた、お金を基準に考えているわけで、私には卑しい金銭主義者に見えます。
「ボランティア」という言葉を発する人は、現状維持のために奉仕しているだけなのかもしれません。
それは悪いことではなく、むしろ評価すべきだろうとは思いますが、私にはほとんど興味はありません。
その姿勢では、私的行為の世界を超えることはないからです。

以上は、私の独断的考えです。
ボランティアとかNPOとかに、どういう役割を見出すかは、人によって全く違うでしょう。
しかし、いずれの言葉もあまりに安直に使われている現状には反発を感じます。
だからあえて意地悪く、上記のように考えたくなるのです。
私の考えは、特異かもしれません。

ある本で、「ボランタリーということは、権力からも営利発想からも自由であるということだ」と読んで、とても共感しました。
それ以来、私のボランティアの定義は、権力や金銭に惑わされない姿勢ということにしています。
NPOに関しても、この考えを延長させて考えています。

政党も、広義にはNPOだといわれることがあります。
しかし、少なくとも日本の政党は、権力と金銭がその組織原理のすべてかもしれません。
国民もまたそれを受け容れています。
ですから、「友愛」という理念を打ち出した民主党をみんな馬鹿にしたのです。
友愛は、権力や金銭とは別の次元のものです。
しかし、今回の無様な政局の動きを見ていると、権力と金銭に呪縛された政治家の惨めさが良く見えてきます。
そして、その向こうに、権力と金銭に汚染されつつある市民活動の姿が見えてくるような気がします。
法人格の目指すところは、友愛に支えられたコンヴィヴィアルな世界ではないのです。
そんな組織に、未来は託せません。

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■節子への挽歌682:季節の移ろいに感動しなくなっています

節子
梅雨があけて、今日はまさに夏到来です。
空の色が変わりました。

節子がいなくなってから、私はもちろんですが、わが家から「季節」の感覚がなくなっています。
時間が止まったわけではないのですが、季節を楽しむ気分が薄れてしまっているのです。
しかし、去年に比べれば、今年はだいぶ違います。
今年は、わが家にも「夏」がくるかもしれません。

節子は、季節の変わり目を感じさせる小さな工夫が好きでした。
室内のインテリアも、季節によって気づかないうちに替わっていました。
それに気づいて、季節の到来に気づいたこともありました。
その文化は、娘たちに今も引き継がれています。

夏が来たので、私の仕事部屋の窓のところに、朝顔のプランターを持ってきました。
この挽歌にも出てきたことのある根本さんが、昨年、自分の部屋の窓のところに蒔いたタネをお裾分けしてくれたので、根本さんの指示通り蒔いていたのです。
忘れていたため、ちょっと遅れましたが、順調に育っています。
わが家は、節子も私も、むすめたちも冷房が好きではないので、家族のゾーンである2階にはクーラーはないのです。
今年は、この朝顔が日除けになってくれるでしょう。
節子がいたら、気づかないうちに、やってくれたでしょうが、今年は自分で朝顔が伸びていけるように紐を張りました。
水やりを忘れないようにしなければいけません。

季節の移ろいを一緒に楽しむ人がいなくなってしまうと、季節の意味も大きく変わってしまうものです。
どんな夏になるのでしょうか。

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2009/07/14

■自民党に寄生していた農水省官僚

今日の朝日新聞の夕刊の一面記事です。

昨年2月、日本鶏卵生産者協会の生産者大会に来賓として民主党議員を招待したところ、自民党農水族議員の意向に配慮した農林水産省の幹部から大会を中止するよう繰り返し要請されていたことが朝日新聞の調べでわかった。農水幹部は「自民党が怒っている。中止しないなら卵価予算(補助金)を切らざるを得ない」とまで発言していた。
招待した議員は、もちろん民主党だけではなく、自民党もいました。
協会は、こうした理不尽な要請は跳ね除けたそうです。

こういった事件は、それこそ日常化していたのだろうと思いますが、こういう事件が表面に出てきても、名前が出ることは少ないです。
もし事実だとしたら、懲戒解雇すべきだと思いますが、公務員は上級職になればなるほど守られていますから、いわば犯罪者であるこういう人もまた天下り先で仕事もせずに高給をもらうことになるのでしょう。
こういう人を処分していたら、霞が関から人がいなくなる惧れもありますから、まあそれは無理として、せめて実名は発表してもらいたいものです。
そして自らがやったことの意味を知らせてほしいものです。

公務員は匿名で仕事をする文化がありますが、そこにこそ問題があります。
職位で仕事をするのではなく、実名で仕事するようにしなければいけません。
そして、問題を起こした場合は、職位ではなく実名でしっかりと公表すべきです。

未成年者が犯罪を起こした時には実名が出ませんが、官僚はそれと同じく、主体性を持っていないということでしょうか。
そう考えれば、少し納得できます。
しかし、仲間として恥ずかしいと思う人はいないのでしょうか。
仲間の行動は自分と無関係ではないことをわかっているのでしょうか。

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■不幸な1日

このブログでも八つ当たりしていますが、最近、とても機嫌がよくないのです。
ともかく周辺に問題が多すぎますし、自分自身もそれなりに問題を抱えています。
周囲の問題は、無視すればいいだけの話ですし、自分の問題は腹をくくればいいだけの問題です。
この蒸し暑さも、クーラーをかければ逃れられます。
しかし、性格上、どうもそうした生き方ができないのです。

まず最近、滅入っているのは元気が出てこない相談が多すぎることです。
それもなぜか、結構、不義理されている人からの相談が多いので、何でいまさらと思うことも少なくないのですが、そういう「不義理な相談」でも、いざ相談されるとなぜか受けてしまう習性が私にはあるのです。
決して、その人のために、などと思うわけではないのです。
むしろ自業自得だろうと、どこかで思っている自分さえいるのです。
でも、なぜか相談を受けたら、過剰に反応してしまう。
これは、おそらく私に限らず、すべての人の持つ、生命の本性です。
そういえば、以前、このブログでも「欲望としての他者救済」の話を書きました。
もっとも、その本性に気づかない人が多いのですが、私は気づくタイプなのです。
一度気づいてしまうと、変えようと思っても変えられないものです。

昨日は、あるプロジェクトで私の知人同士を引き合わせる日でした。
私は同席しないでもよかったのですが、いささか心配で、頼まれてもいないのに、暑いのにわざわざ交通費まで払って出かけました。
ところが、肝心のその人が突然の休暇になってしまっていたのです。
嘘だろうと思いましたが、嘘ではありませんでした。
疲れきって湯島のオフィスに寄りました。
そうしたら、なぜか次々と電話です。
うれしい電話もひとつだけありましたが、なぜか昨日は疲れる電話ばかりでした。
なんでこうも問題が多いのでしょう。
もしかしたら、ほんとうに不況なのかもしれないと、危なく信じてしまうほどでした。
念のために言えば、私は今が不況などと思っていないのです。
今日も長電話で相談のあった危機的な事業でいえば、景気などの問題ではなく、無責任な行政と事業を引き受けた企業の経営者の無責任さが原因です。
倒産してしかるべきですが、ある程度事情を知っていることもあって、私の気分も複雑です。
あまり詳しく書くと何の話しかわかる人にはわかってしまうのでやめましょう。
しかし、腹立たしいです。
無責任だった人が、今はのうのうとしているからです。

ところで、帰宅したら、突然休暇だった人からメールが届いていました。
入院されていたお母さんが大変だったのだそうです。
連絡のつけようがなく、すみませんという謝罪のメールでした。

非常識な行為の背景には、必ずそれなりの事情があるものです。
「迷惑をかけた人」と「迷惑をかけられた人」と、どちらが「大変だった」かというと、多くの場合、前者の人のほうが辛いことが多いのだ、という体験則を最近忘れてしまっていました。
それを忘れて腹を立てていた自分がいやになりました。
昨日、電話などで相談に乗った人にも、もしかしたら、失礼な対応をしたのではないかと気になりだしたら、さらに不幸な気分になりました。

不幸とは、結局は自分にその原因があるものです。
困ったものです。
それに腹を立てたところで、何かが解決されるわけでもありません。
今日、1日、また相談に乗ったりしていたら、少し頭が冷やされました。

明日は幸せな1日にしようと思います。

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■節子への挽歌681:エンディングという言葉

昨日の続きです。

私が「エンディング」という言葉に出会ったのは、2003年8月です。
節子が胃の摘出手術をした1年後でした。
大阪のNPO大蓮寺・エンディングを考える市民の会の事務局長の田中さんから相談があるのでということで、名古屋でお会いしました。
ホームページに記録が残っていますが、私は「エンディング」という言葉にかなりの違和感がありました。
言葉は、第三者と当事者では全く違った風景を生みだします。
そのことも田中さんに話しましたが、田中さんには伝わりませんでした。
エンディングノートという言葉を創りだしたのは、多分「つめたい心」の持ち主でしょう。
福祉の世界に少し関わって感ずるのは、そうした「つめたい心」で語る儲け主義者たちが少なくないことです。
哀しい話です。

その後、エンディングに関わる人たちに会うようになりました。
というよりも、すでに私の周りにはいろいろといたのですが、「エンディング」という言葉を意識したことで、そうした世界が見えてきたというべきかもしれません。
少し変わったところでは、コミュニティアートに取り組んでいる知人から、エンディングをテーマにしたイベントをやりたいと相談されたこともあります。
私自身の思いをぐっと押さえ込んで、協力することにしましたが、なぜかその後、音信が途絶えました。
私の本意が伝わってしまったのかもしれませんが、これも哀しい話です。
本意の奥には、さらなる本意があることは伝わらなかったのでしょう。

この挽歌を読んでくださっている方にはわかってもらえるかもしれませんが、エンディングという言葉は、愛しあう人の世界にはありません。
終わりのある愛などあるはずもないからです。
個体としての生命の終わりを克服するためにこそ、愛がある。
それが最近の私の心境です。

人は「死に向かって」生きているという人もいます。
私はやはり、人は「生」に向かって生きていると思いたいです。
生に向かって進み続け、そして次の生へと移っていく。
ですからエンディングなどないのです。

なにやら肩に力のはいった文章になってしまい、佐久間さんや嶋本さんが読んだら気を悪くしそうですね。
念のために言えば、私は佐久間さんや嶋本さんの本意を良く知っているつもりです。
お2人も、たぶん私の本意を知っていてくださいますので、安心して思いを書いてしまいました。
気を悪くされなければいいのですが。

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2009/07/13

■解散予告宣言

麻生首相が解散宣言をしたというので、急いで自宅に戻りました。
その後の動きをしっかりと見ておかないといけないと思ったのです。
最近、オフィスにはテレビがないのです。
夜の報道番組で見ればいいではないかといわれることもありますが、編集した番組は意図がこもっていますので、退屈なのです。
そういう番組だけを見ていると、民主党は政権能力がないとか財源論議がないとか、という御用ジャーナリストの罠に陥ってしまいかねません。
国会での審議をしっかりと見ていれば、自民党の論理がいかにおかしいかはよくわかります。

自宅に帰ってテレビを見ましたが、解散予告宣言でした。
あきれてものも言えません。
解散と解散予告とは似て非なるものです。
最後まで情けない首相でした。
真面目さが欠如しています。

その一方で、臓器移植法が成立しました。
涙を流している傍聴者がとても気になりました。
人の生命を救うとはどういうことか、それは難しい問題です。
無責任な第三者は、移植される人の生命の視点で考えます。
しかし、移植する臓器を提供する人の生命もあるのです。
単なる物のやりとりではないのです。
ここでも、議論における真面目さの欠如を感じます。
国会議員たちは、ほんとうに議論していたのでしょうか。
なにやらあっさりとA案に決まってしまったのが、すっきりしないのです。
選挙や政局にばかり目を向けずにしっかりと政策の議論してほしいものです。

都議選に関連して、これまで何期にもわたって議員として真面目に取り組んでいた現職が、体験もない若い民主党議員に負けてしまったのは、残念だと、石原自民党都連会長が話していました。
これまで真面目に取り組んでこなかったから、審判を受けたことを理解できないわけです。
こういう老人(まだ若いですが、発想は老人そのものです)が、若者を潰してきているのでしょう。
そういえば、政治の世界では50代でも若造扱いなのだと聞いたこともあります。
私には40代の老人がたくさんいるように思いますが。

今日は暑いので、八つ当たりの記事になってしまいました。
内容もありませんね。
すみません。
明日はもう少し真面目なものを書くように努力します。

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■都議選結果から感ずる不安

都議選は、めずらしく私の予想と同じ結果になりました。
もっとも、「政権交代」という単細胞的な呼びかけに応じた思考停止の都民が多かっただけではないかと思わないこともありません。
もしそうならば、小泉郵政選挙とそう変わらないのかもしれません。
しかし、郵政民営化と違い、政権交代は、それ自体に大きな意味がありますから、それが争点になったのは悪いことではありません。
でもなにかすっきりしません。

私がとても残念なのは、民主党以外の野党が後退したことです。
つまり、都議会までもが二大政党体制を受け容れてしまったことの不安です。
最近の社会状況を考えれば、二大政党以外の小政党、とくに共産党への投票がもっと増えるのではないかという期待はありました。
しかし、忙しくてニュースも新聞も見ない人がどれほど多いかを最近思い知らされていますので、その期待は裏切られるとは思っていました。
いまや、ただ馬車馬のように働き、馬車馬のように遊ぶ人が社会の中心を占めているような気がします。
みんなまじめに政治のことなど考えていないのです。
話していて、よくわかります。
日本にはそもそも「民主政治の基盤」がないのかもしれません。

私は政権交替を望んでいますが、それは現状を打破するためです。
政権から犯罪者を追い払うためです。
しかし、二大政党の体制では、民主主義は実現されるはずもありません。
所詮は、同じような体質の大政党が、政権を私物化して、やったりとったりするのが二大政党だからです。
そうならないようにするには、多様性のある議会を育てなければいけません。
少数野党がいなくなれば、大きな意味での独裁体制が完成します。
それが今のアメリカです。

今回の都議選は、私には恐ろしい未来を感じさせます。
地域主権など、すっ飛んでしまうほどの不安です.
民主党が圧勝したのは歓迎ですが、その向こうにある、暗い未来を感じます。

言葉足らずになっていますが、改めて少しずつ敷衍するようにしたいと思います。

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■節子への挽歌680:「心のリレーを実現するノート」

冠婚葬祭事業に取り組んでいる株式会社サンレーの社長の佐久間さんからエンディングノートが送られてきました。
佐久間さんは、節子には会ったことはありませんが、闘病中の節子をとても気にしてくださっていました。
韓国に出張した時には、私が関心を持っていた灌燭寺(アンチョクサ)の弥勒仏にまで足を延ばし、そこで節子のためにお守りまで買ってきてくれました。
節子もとても感謝していました。

節子がいなくなってからも佐久間さんはいろいろと心配りをしてくれています。
節子がいなくなってから佐久間さんとは私もお会いしていないのですが、著書が送られてきたり、メールが来たりで、会っていない感じはあまりしません。
不思議に身近にいる感じなのです。

その佐久間さんが今回、自作のエンディングノートを送ってきたのです。
添えてあった手紙にはこう書かれていました。

このたび、究極のエンディングノートを作成いたしました。
エンディングノートとは、自分がどのような最期を迎えたいか、どのように旅立ちを見送ってほしいか‥‥それらを自分の言葉で綴ったものです。
高齢化社会の昨今、かなりのブームとなっており、各種のエンディングノートが刊行されて話題となっています。
しかし、遺産や財産のことなどを記すだけの無味乾燥なものがほとんどあり、そういったものを開くたびに、もっと記入される方が、そして遺された方々が、心ゆたかになれるようなエンディングノートを作ってみたいと思い続けてきました。また、そういったノートを作ってほしいという要望もたくさん寄せられました。
「HISTORY(歴史)」とは、「HIS(彼の)STORY(物語)」という意味です。
すべての人には、その生涯において紡いできた物語があり、歴史があります。
そして、それらは「思い出」と呼ばれます。
自らの思い出が、そのまま後に残された人たちの思い出になる。
そんな素敵な心のリレーを実現するノートになってくれることを願っています。
佐久間さんらしい思い入れです。
ただ残念ながら今の私には、あまり手に取る気にはなれません。
思い入れのあるエンディングノートを自作した知人がもう一人います。
寿衣を縫う会の嶋本さんです
彼女からもいただいていますが、実はきちんと開けずにいるのです。

エンディングノートのことはまた改めて書こうと思いますが、その名前が私には好きになれません。
嶋本さんは、名前を「サクシードファイル」と替えました。
でも何かピンと来ません。
ところが、佐久間さんの手紙の中にとても心に響く言葉がありました。
「心のリレーを実現するノート」です。
こういう名前ならば、あるいはこういう行為であるならば、イメージは一変します。
そして気づきました。
この挽歌は、節子の心を、次の世代につなげるノートなのだと。

この続きはまた近いうちに書きます。

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2009/07/12

■自分に与えられた任務を全うできないことを恥辱とする文化

「ローマ人にとって、自分に与えられた任務を全うできず、敗戦の責任者になることは、ローマ市民としては最も重い恥辱に他ならない。これが当時のローマ社会の常識であったのです。」

これは塩野七生さんの「ローマから日本が見える」に出てくる文章です。
自分に与えられた任務を全うできるかどうか、そして全うできない時にはどう身を処すか、それは武士道の国、恥の文化の国といわれた日本でも大きな問題でした。
そして、少し前まではこうした「社会の常識」があったように思います。
少なくとも私は、そうした文化の中で育ちましたので、政権を途中で投げ出した安倍さんや福田さんが、いまなお政治の世界にいること自体が理解できません。
政治家という職業がかつてのそれとは一変してしまっていることが、そのことでよくわかります。
しかも、その責任を投げ出した人が、次の首相にアドバイスまでしているのですから、何をかいわんやという気分です。
政治の世界は、いまや愚劣なテレビのバラエティのような世界になってしまっているのでしょうか。
事実、政治家はバラエティ番組によく出るほど出世しますし、バラエティ番組のタレントもまた政治家からも秋波を送られる存在です。
彼らのおかげで国民の政治への関心が高まったという人がいますが、そんなことで高まった関心がどこに向いていくかは、歴史が明確に示しています。

今日は都議選投票日です。
静岡知事選の時も書きましたが、もう結果は麻生首相とその取り巻きは知っているでしょう。
新聞記事によれば、最後にはしっかりと首相の責任を果たしたいお積りのようですので、まだ前任者たちよりは救いがありますが、問題はそれができるかどうかです。
もし本気でやる気があれば、結果が公表された時点で動くべきです。

今日は久しぶりにテレビの報道番組を見ようと思います。
今日初日の相撲は番狂わせなしのスタートです。
たぶん都議選も予想とおりでしょう。
野党が過半数をとるだろうと私は思っていますが、さてどうなるでしょうか。

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■節子への挽歌679:愛する人との出会いは、奇跡以外の何ものでもない

また読者からあったかいコメントが届きました。
再録させてもらいます。

はじめてメールします。ずーとブログを読ませて頂いています。
私も5年前に夫を亡くしました。
片翼を失った鳥のように飛べなくなりました。
通り過ぎた道は、二度と振り返らないと強い決意で居ながら、ぺしゃんこで立ち上がれない時が時折りあるのです。
事業をたたみ、生活の場を変えました.そうしないと、生きてゆけなかったからです。
子ども達は自立していたので(両方の親も看取りました)一人暮らしをはじめました。

夫は寡黙な人でした。自分の思いを吐くのも余程のときでした。
妻への晩歌を詠ませて頂いて、男性が女性に抱く、静かで熱い想い、細やかな心配り、全編に流れている愛おしさ!
黙って泣きながら読んでいる読者が居ることを、ふと伝えたくなりました。
人を愛する苦しみ、哀しみ、喜び、愛しさ。月や太陽、花や,星に周期や又生まれる年度があるように人間の出会いにも、2500万年したら逢えるのだそうです。

愛する人との出会いが、奇跡以外の何ものでもないというのは、真実だと思います。
どうぞ頑張って書き続けてください。
迸る想いに、封印しながら明日に向かって生きてゆきたいと願っています。

何回も読ませてもらいました。
「愛する人との出会いは奇跡以外の何ものでもない」
朝からこのコメントを前に、何かを書こうと思いながら、結局、書けませんでした。
「奇跡」という言葉に、圧倒されてしまっているのです。
節子に会えたのは「奇跡」だったのだ、と思うと、とても腑に落ちるのです。
どう考えても論理的でないことがたくさんあるからです。
奇跡は悲しむよりも、感謝すべきですね。
なんだか節子が天使のように輝いて思いだされます。

井原さん
昨日は疲れが溜まって少しへこんでいましたが、またこのコメントに元気が出ました。
ありがとうございました。

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2009/07/11

■節子への挽歌678:今週はまたいろいろなことがありました

節子
今週はまたいろいろなことがありました。
どうしてこんなにいろいろなことがあるのでしょうか。
いささか疲れます。
今日もある集まりの準備会で、本当はこんなことに参加しないで自宅でのんびりしていたいんだけれど、と言ってしまいました。
すかさずある人から、佐藤さんにはそんなことは絶対無理、と言われてしまいました。
たしかに無理かもしれません。
だれかの抱えている「問題」に余計なお世話をしたくなるのが、私の生き方なのですから。

節子が手術をするまでは、私は毎日、実にたくさんの人に会っていました。
しかも、そのうちの何人かは、初めてお会いする人でした。
多い時は毎日、4~5組の人たちが、湯島にやってきました。
人が人を呼ぶという漢字で、仕事などする暇がないほどでした。
食事をする時間もなく、次々と入れ替わりに誰かが来るのです。
会っている時には元気なのですが、最後の人と別れた途端に、疲労が心身を襲ってきます。
自宅に帰りつくのがやっとだったこともありました。
節子は、なんでそこまでして、そんなに人に会ってばかりいるの、と不思議がっていました。
私自身、そういう思いがなかったわけではありませんが、そこから抜けられませんでした。

節子は、私のそうした生き方はあまり好きではありませんでした。
そこで、6年前に私は少し生き方を変えようと思ったのです。
疲労が溜まったせいか、私の体調があまりよくなかったのも、理由の一つでした。

さまざまな人が集まってくるオープンサロンが、私の生き方の象徴的な場でした。
オープンサロンをやめて、節子と一緒に、私たちの生き方を見直すことにしたのです。
最後のオープンサロン(2003年4月25日)を終えた後、私たちの生活は変わるはずでした。

ところが、その直後に予期しなかったことが起こりました。
私にではなく、節子に、がんが発見されたのです。

いまとなってはあまり思い出せないのですが、その後の私の生き方は、必ずしも節子が望んでいたものではなかったような気がします。
今だからそう思えるのですが、当時はもちろん、そんなことには気づきませんでした。
節子と一緒に困難を乗り来るために、仕事はやめて、在宅が基本になりました。
しかし、節子の奇跡的な回復につれて、私はまたいろんな人と会う時間が増えてしまっていたのです。
会う人たちは変わりました。
節子の協力も得ながら、その数年前に手がけだした、全国のさまざまなNPOに関わる活動がまた増えてきたのです。
節子の病気のおかげで、それまで以上に、人の痛みに引き寄せられるようになってしまったのです。
しかも、節子までもがそういう私の生き方に、今度は共感し、前以上に応援してくれだしたのです。

節子を見送った後、そうした自分の生き方に無性に腹が立ちました。
なぜ病気のなかにいた節子に、すべての時間を向けなかったのだろうか。
私にとっては、宇宙全体よりも節子のほうが大切だったのではなかったのか。
節子はかけがえのない存在だと口に出して言っていたのは何だったのか。
事実、伴侶を見送った知人から、活動などすべてやめて家にいろと言われたこともあったではないか。

しばらくは自宅から出られませんでした。
人に会うことに罪悪感さえ持ちました。
愛する人を失った後、隠棲する人の思いが少しわかりました。
でも、人が来ないとさびしくて仕方がないのです。

そして気がついてみたら、また昔のように、人に会う生活に戻ってきていたのです。
節子が元気だったころに比べれば少なくなりましたが、それでも毎週10人前後の人には会っているでしょう。

繰り返しますが、私は会いたくて会っているのではありません。
会わなければいけなくて会っているのでもありません。
成り行き上、会っているというのが、私の実感です。
その生活に戻ってしまったという感じです。
違うのは、昔はどんなに疲れても、家に帰れば節子が癒してくれました。
今は、癒してくれる人がいないということです。
癒してくれるのは、机の上にある節子の笑顔の写真だけです。
写真を見ていると、今でもそこに節子がいるような気がします。
いないのが嘘のようです。

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2009/07/10

■外務官僚の犯罪

今朝の朝日新聞のトップ記事は、「核密約文書、外務省幹部が破棄指示」という見出しの記事でした。
記事にはこうありました。

日米両国が、60年の日米安保条約改定時に、核兵器を搭載した米艦船の日本への寄港や領海通過を日本が容認することを秘密裏に合意した「核密約」をめぐり、01年ごろ、当時の外務省幹部が外務省内に保存されていた関連文書をすべて破棄するよう指示していたことが分かった。複数の元政府高官や元外務省幹部が匿名を条件に証言した。
01年4月に情報公開法が施行されるのを前に省内の文書保管のあり方を見直した際、「存在しないはずの文書」が将来発覚する事態を恐れたと見られる。
2001年といえば、小泉第一次内閣のできた年で、外務大臣が田中真紀子さんでした。
関係があるかどうかはわかりませんが、奇妙に納得できてしまいます。

それにしても、国家の機密文書を個人の判断で破棄するというのは明らかに犯罪です。
国家を私物化した行動と言うべきです。
破棄せずに、その官僚がそれを持ち出し、悪用したらどうなるでしょう。
国家の安全を危うくするおそれがあり、重罪になるでしょう。
言うまでもありませんが、「破棄」と「私的悪用」とは本質的には同じです。
それに個人的な判断で「破棄」できるとしたら、個人的に「悪用」できるということでもあり、情報管理体制に致命的な欠陥があるというべきです。
この事件は、決して見過ごすべきではありません。
指示を出した官僚の名前は公開し、もしそれが事実なら彼は重罪に処せられるべきです。
死罪とはいいませんが、死を持ってもなお償えないほどの重罪だと私は思います。
国家政府の高官の行動に、この国の人はあまりにも寛大すぎます。

霞が関の政府官僚が、ともかく好き勝手に私欲のために動いている現状をこうもしばしば見せつけられると、いやになってきます。
マスコミには、この事件をしっかりと追及し、事の重要性を彼らに思い知らせてほしいものです。
私の中での外務省への信頼性は、最近少し回復してきていたのですが、とても残念です。
そして、当の外務省の今の官僚たちがどう言動するか、とても心配です。
誇りと使命感を持った官僚が、まだ残っているといいのですが。

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■節子への挽歌677:余呉湖

昨日の予告通り、余呉湖のことを書きます。
節子と人生を共にしようと決めた後、節子の両親に会いに行きました。
その時、義父が近くの賤ヶ岳を案内してくれました。
そこから余呉湖が見えました。
余呉湖といえば、羽衣伝説です。
私には、それだけの知識しかありませんでしたが、山に囲まれてひっそりとしている余呉の湖は、なぜかとても哀しく感じました。
そのせいか、節子の親元のすぐ近くにありながら、なぜかそこに行こうという思いにならずにいました。

節子の親元には私も一緒に毎年帰りましたが、余呉湖に行ったのは1度きりです。
もしかしたら最後に帰った時かもしれません。
その時の写真があるはずですが、なぜか見つかりません。
その時の余呉湖も、とても静かでさびしかったです。
私の記憶の中には、音が全くない余呉の海のイメージだけが浮かんできます。
いろいろなことを書き残している私のホームページも、なぜか「余呉湖」で検索しても何も出てこないのです。
本当に行ったことがあるのだろうかと思って、その時、同行してくれた節子の姉に電話してみました。
ところが義姉も覚えていないのです。

余呉湖は羽衣伝説の舞台です。
羽衣伝説というと一般には静岡県の三保の松原を思い出しますが、日本最古の羽衣伝説の舞台は余呉なのです。
しかも、余呉の羽衣伝説には菅原道真がからんでいます。
羽衣を盗まれた天女と人間の間に生まれたのが菅原道真だというのです。
それが何だと思われるでしょうが、私にはとても意味があることなのです。

道真を祀る天神様は、私には何かとても強い縁を感ずる存在です。
以前、大宰府の観世音寺のことを書きましたが、大宰府にはいうまでもなく天満宮があります。
大宰府から観世音寺、そして天満宮。
最初に訪れた時、はるかな昔、ここを歩いたという確信を持ちました。
観世音寺の諸仏を見ていると、心和みます。
節子と一緒に開いた私たちのオフィスは湯島天神のすぐ前です。
節子に奇跡を起こしかけてくれた加野さんは、天満宮のすぐ近くにお住まいです。
ますます、それが何だと言われそうですね。

余呉湖と金子みすずは関係があるでしょうか。
少しネットで調べましたが、つながりが見えません。
ところがなぜか、私には金子みすずと余呉湖がつながって記憶されているのです。
なぜなのかわかりませんが、節子と会った直後からそういう記憶が私の中にはあるのです。
おぼろげな記憶では、節子の生家の法事で地元の人から聴いたような気がします。
実はそれもあって、余呉湖は私には想像の中の存在にしていたかったのです。

天女、道真、金子みすず。そして静寂な水面。
それが私の余呉湖のイメージなのです。
その先にあるのは、いうまでもなく「死」です。
いつの頃からか、私のなかの余呉湖は彼岸の入り口になっているのです。
私にとっては、そこにいくともしかしたら節子に会えるかもしれない、そんな気もする神秘な場所なのです。

節子と一緒に余呉湖にいったのは、未来の話なのでしょうか。
彼岸から余呉湖を訪ねたのだとしたら、私の心に残っている風景はとても納得できるものです。

maron さん
おかしなことを書いてすみません。
他意はなく、余呉湖という文字を見た途端に、ワッとこうした思いが噴き出してきたのです。
脈絡がないのですが、今でも節子が元気なような気がして、昨日は落ち着けない1日でした。
ありがとうございました。

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2009/07/09

■生産の無駄と生活の無駄

CWSコモンズのほうには書いたのですが、先月、パソコンが壊れてしまいました。
メーカーのサービスセンターの人の指導を受けて修復に努めましたが、ダメでした。
そのことをホームページの週間報告に書いたら、それを読んだ友人が修理に来てくれました。
そして、一度は諦めて買い換えようと思っていたパソコンを直してくれたのです。
その上、今日また来てくれて、今度はメモリーをパワーアップしてくれました。
ゴミになりそうだったパソコンが見事に復活し、さらに成長したのです。

ついでにもう1台、ノートパソコンも壊れていましたが、それまで直してもらいました。
商品のことをどれだけ知っているかで、こんなにも違うものなのです。
友人は自分で部品を買ってきてパソコンを組み立てていたのだそうですが、そのため、どこをどうすればいいかよくわかっているのです。

知識があるかないかでは、商品との関係は全く変わってきます。
一時期、「消費者教育」という言葉がさかんに使われましたが、その言葉自体に象徴されているように、消費する教育でしかありませんでしたから、その商品のことをよく理解してもらい、修理方法も含めて「付き合い方」を学ばせるものではありませんでした。
商品の実態はどんどんブラックボックスになっていき、ただ「機能」だけを享受できればいいという発想が広がりました。
つまり「無知な消費者」を増やす「市場拡大活動」です。
こうした活動は、生活に無駄を増やそうということなのだと、今回の体験で改めて気がつきました。
つまり、「経済」を発展させるということは、無駄を増やすことなのです。
企業は、自らの活動(生産)においては「無駄」をなくそうと努力していますが、市場においては「無駄」を増やそうとしているのです。
故障した商品は修理してもらっては困るわけで、修理できないようにして廃棄させ、新しい商品を購入してもらうのが、「顧客の創造」という美名に隠れた実態です。
それに加担したのが、近代アメリカの経営学です。

生産における無駄をなくすのか、消費(生活)における無駄をなくすのかで、経済のかたちは全く変わります。
そのどちらが悪いと決め付けることはありませんが、その意味だけはしっかりと認識しておく必要があります。

商品の電子化は商品の構造を見えなくしていきます。
そのため、商品の修理が難しくなってきていますが、消費の無駄はそのせいだけではありません。
最近のエコポイントやクールビズなどは、まさに消費の無駄の促進策です。
にもかかわらずエコなどというごまかしの言葉を振りまいているのは、経済の倫理につながる問題です。
政治経済学という言葉があるように、まさに政治と経済はつるんでいるのです。
個人の顔が思い出されてきて、ますます腹立たしくなるので、このあたりでやめますが。

今回の体験で、たくさんの気づきがありました。
生産の無駄と生活の無駄という言い方をしましたが、さらに言えば、「無駄の生産」を増やすことが経済の発展なのだと気づきます。
もっといえば、生活における無駄の概念が、そうした「経済の視点」で規定されていることにも気づきます。
そろそろ、「無駄」とは何かを考え直す時期なのかもしれません。

経済の本質を垣間見たようで、また私の生き方が変わりそうです。
さいわいなことに、ますます「お金」から離れることができるかもしれません。

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■節子への挽歌676:元気を運んでくれたコメント

節子
このブログを読んで時々コメントを投稿してくださる maron さんという方がいます。
主に時評編にコメントを下さっています。
このブログは、挽歌と時評とが混在しています。
分けたほうがすっきりするのですが、それらを重ねるところに意味があると思っているため、同じブログに混在させています。
しかし、実際には時評と挽歌は読者が別のようです。
書き手と読み手の考えは、同じではありませんから、それは仕方がありません。
maron さんも、てっきり時評編の読者だとばかり思っていました。

ところが、そのmaron さんが今日、こんなコメントを投稿してくれたのです。

節子さまへの挽歌は私達の心に喜びも悲しみも心に染み込んでまいります。
しかし、会話は2言、3言で終わったと言う事は、それぞれ言葉にするにはあまりにも深い絆で表現が難しいのでは無いでしょうか。
節子様に話しかけられる挽歌だから純粋に表現できるのだと思います。
何時かの挽歌に節子様のお里の高月町の渡岸寺の11面観音像のことが書いてあり、とても懐かしく感じました。
何度かそのお寺にゆきました。私は琵琶湖も余呉湖も大好きです。
この文章からmaron さんの実像がかなりイメージできました。
私のイメージしていたmaron さんとはかなり違うのです。
どこでどう間違ったのでしょうか。
実はmaron さんのブログも何回か読ませてもらっていたのですが、ブログを読めば、maron さんがどういう人かは伝わってきていたはずです。
しかし、なぜか今日までの私のmaron さんイメージは全く違うものでした。
人は、第一印象で相手のイメージを構築します。
そして、そのイメージにどうも呪縛されてしまっていたようです。

私が先入観を打ち破れたのは、今回の投稿の最後の文章です。
私は琵琶湖も余呉湖も大好きです。

余呉湖が好きな人は、おそらく女性です。
それまでなぜかmaron さんが男性だとばかり思っていたのです。
思いなおして、過去のコメントやmaron さんのブログを読み直してみました。
今にして思えば、なぜ男性だと思ったのか不思議です。
maron さん、大変、失礼いたしました。

前置きが長くなってしまい、肝心のことが書けなくなりました。
今日は余呉湖のことを書こうと思ったのですが、明日にします。

ところで、maron さんは、「節子さまへの挽歌は私達の心に喜びも悲しみも心に染み込んでまいります」と書いてくださいました。
時々、挽歌を書き続けている自分に疑問を感ずることもあるのです。
いったいなぜ個人的な挽歌を公開のブログで書くのか。
公開であることで、無意識に粉飾する意図が入り込んでくるのではないか。
節子に向けての真実の思いを果たして吐露しているのか。
まあどうでもいいことなのですが、そうした思いが浮かぶことがあるのです。
もちろん答は明らかなのですが、ではなぜ公開するのか。

実はまさに昨日の挽歌を書いている時に、少し迷いがでてきていたのです。
それをmaron さんは感じてくれたのでしょうか。
このコメントを読んで、救われた気分です。

maron さんが書かれている「私達の心」という文字がとても気になるのですが。
maron さん、ありがとうございました。
パートナーはもうお元気になられましたか。
くれぐれもお大事にしてください。
夫婦は、かけがえのない、大切な関係です。

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2009/07/08

■節子への挽歌675:聴き手のいない話せる場があればなあと思います

節子
私と同じように、奥さんを見送った同世代の知人がいます。
しばらく会っていなかったのですが、先日、ある集まりで偶然にお会いしました。
それで一度ゆっくり話をしようということになり、今日、お会いしました。
同じ状況の人と会うと何となく心安らぐのではないかという思いがどこかにあったのです。

いろいろと話しましたが、伴侶との別れにつながるような話には全くなりませんでした。
おかしな話ですが、これからの社会のあり方のような話で終始しました。
本音を吐露し合う、それなりの激論ではありましたが。

私たちが知りあったのは、お互いに伴侶を見送った後でした。
私は、その悲しさや寂しさを恥ずかしげもなく露出していますが、そのことを話題にするのは難しいのかもしれません。
いや、話題にしたがっているのは、私だけかもしれない、と思いました。

もうかなり前ですが、伴侶を失った人が2人、わざわざ新幹線でやってきました。
一人は以前からお付き合いのある方(私より先に伴侶を見送っていました)ですが、もう一人は最近夫を見送った、彼女の友人でした。
伴侶を亡くした人が3人集まってどんな話になるのだろうかと思っていましたが、最初の二言三言で、その話は終わりになりました。
少しだけ伴侶を見送ることにおいては先輩だった私としては、何か話したいという思いはあったのですが、両者をつないでくれた一番年長の人がきっと気をきかせて話題を変えたのです。

昨日、節子の友人が3人来てくれましたが、節子の話はほとんど出ませんでした。
私には少し残念でしたが、みんなきっとどう話していいのかわからなかったのかもしれません。
伴侶との別れのことを話すのは、それなりにいろいろと考えてしまうのでしょう。
しかし、みんなもっと大らかに悲しみ合い寂しがり、懐かしんだりしたら、いいと思います。
でもそれが難しいのでしょうね。

今朝、この挽歌に「私も個人的な「妻のメモリアルサイト」を作っています」というコメントが寄せられました。
伴侶への思いを書き続けている人は少なくありません。
話すのと書くのと、どこが違うのか。
少なくとも私の場合、誰かに読んでもらうために書いているのではありません。
ただ、書くために書いているのです。
もし書くのではなく、話す場があれば、書くよりも話すほうが私にはずっといいです。
しかし、その場合、話を聴いてもらいたいのではないのです。
ただ、話すために話したいだけなのです。
聴き手がいると、きっと素直には話せなくなるでしょう。

告別式の挨拶の時、私はたぶん節子に話していました。
だからすごく自然に、素直に話せたのです。
もし聴き手を意識したら、とてもあんな話はできなかったと、今も挽歌に再録した文章を読んで思います。
あの時は、とても不思議な気持ちだったのです。

やはり、節子への挽歌は、話すのではなくて書くのがいいと思いなおしました。
挽歌は、これからも書き続けようと思います。
読み手は、間違いなく節子なのだと、今日、改めて気がつきました。

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■なぜ不特定多数の人への殺意が生まれるのか

大阪のパチンコ店放火事件は4人の死者を出してしまいました。
やりきれない思いがします。
やりきれなさは、もちろん、この事件の「表象」に対してもですが、むしろ事件の「深層」にある社会状況に対してです。

犯人は、「仕事も金もなく、人生に嫌気がさした。通り魔みたいに誰でもいいから人を殺したいと思い、人が多数いるところにマッチで火をつけた」と供述しているそうです。
本来、生命はお互いにつながりあって支えあって成り立っているはずです。
他者の生命は、自らの生命に深く関わっていますし、他者(人間に限りません)の生命なくして、自らの生命は存在しないことは、おそらくすべての生命(人間に限りません)に埋め込まれている本性だろうと思います。
したがって、自らの生命との直接的なつながりを感ずる時以外、他者(しつこいですが人間に限りません)を殺したいという思いは、本来、生まれるはずがないと私は思っています。
つまり、不特定多数の人に対する殺意は成り立たないのです。

オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした時、私のこうした考えは見事に打ち破られましたが、あれは「戦争」だったのだと思えば、納得もできました。
だが、その後も、そうした「不特定多数の殺人」は、むしろ広がってきています。
国家がそれを遂行するのであれば理解できるのですが、国家権力とは全く対極にある個人が、「不特定多数の殺意」を抱き、それを現実のものにしてしまうということの意味は、考えれば考えるほど恐ろしくなってきます。
これが広がれば、社会は成り立たなくなるでしょう。
前項の「表層と深層」につなげていえば、もしかしたら、すべての他者が「不特定多数」になってしまっているという社会の実態が、その深層に感じられるのです。

この50年、私たちは「つながり」を壊すことで、経済を発展させ、生活の利便化をはかってきました。
かつては濃密に張り巡らされていた「支え合い」の仕組みは壊され、「セーフティネット」などというわけのわからない機能主義的な仕組みが人為的につくられようとしています。
人為的につくったセーフティネットは、これまでの近代発想の延長にしかありませんから、結局は、さらなる「つながりこわし」になっていくでしょう。
つながりを失った個々の生命は、「自分」対「不特定多数」の世界に投げ出されるわけです。
言い方を変えれば、個人が見えなくなることでもあります。
そんな社会状況に、やりきれなさを感じてしまうわけです。

いささか考えすぎかもしれませんが。

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■事件の表層と深層

中国新疆ウイグル自治区での騒乱の動きは、ウイグル族と漢族住民の対立へと発展しているようです。
昨日、暴動か暴圧かと書きましたが、問題はさらに深刻化しています。
つまり、縦の対立構造から横の対立構造に変わってきているわけです。

しかし、横の対立構造も、ほとんどの場合、その深層には「縦の対立構造」があります。
縦の対立構造を覆い隠すために、むしろ「横の対立構造」の表象が生み出されるわけです。
横同士、争わせておけば、その上にいるものは安心です。
これは「支配」や「管理」の常套手段です。
第三者は、表象に目を取られるのでなく、深層にこそ目を向けるべきです。
なぜなら、表層は自分には無縁の別の問題であっても、真相は自分にもつながっている問題であることがほとんどだからです。
今回の事件も、ウイグル族と漢族住民の対立と捉えれば、勝手にやってくれということになりますが、国家(組織)と個人(生活)の関係の問題と捉えれば、いままさに日本で起こっている格差問題そのものの構図が読み取れます。

事件の表象は、映像化されやすいので、伝わりやすくわかりやすいですが、深層は見えにくく、多様な解釈もできるため、力を持ちにくいのが現実です。
ですからつねに、表層は消費され、深層が維持されていきやすいのです。
日本の最近の政治状況は、まさにそうした中で、政治の劣化が起きています。
同じ状況を体験したアメリカが、今どうなっているかを考えると、少しはその危険性が理解できるかもしれません。

表象よりも深層を伝えるメディアがもっと育っていく必要を感じます。
問題は、表象にはお金がつきやすいですが、深層にはお金はつかないことかもしれません。
そういう状況を支えているのは、私たちの意識なのでしょうが。

ところで、今回のウイグル自治区での騒乱ですが、テレビ映像がもしあまり編集されていないものであるとしたら、これまでの動きとはちょっと違うかもしれないという感じを持ちました。
新しい世界は、チベットとウイグルから始まるのではないか、などとふと思いながら、テレビを見ていました。
この両地区は、歴史の主流の中にある辺境なのかもしれません。

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2009/07/07

■節子への挽歌674:節子の友人たちが突然やってきてくれました

節子
梅雨真っ只中なのに、今日は夏のような暑さです。

娘が小学校の頃、よくご一緒していた節子の友だちが3人、お花を持ってやってきてくれました。
お一人は私もよく存じ上げていますが、ほかのお2人はたぶん直接お話しするのは初めてです。
でも、お名前は節子からよく聞いていました。
私もそうですが、節子も自分の世界のことを私にみんな話していました。
ですから私たちは、友人知人も、それなりに知っているのです。

ただ今日はあまりに急だったので、対応にいささか慌ててしまいました。
天気が良かったので、庭の献花台の前の椅子でコーヒーを飲んでもらったのですが、どれほど引き止めていいものか、何の話をしたものか、いささかの戸惑いがありました。
こういう時には、節子がいないと本当に困ります。
私の友人知人の場合は、ある程度、私のことを知ってくれていますから、多分何をやっても失礼にはならないのですが(つまり私の非常識さはみんなよく知っていますので)、節子の友人たちにはそれが通じないでしょう。
失礼があっては、節子に申し訳がありません。

節子が逝ってしまってから間もなく2年です。
でもこうやって思いもかけない人がやってきてくれるのです。
節子はなんと幸せな人だろうと思います。
もし私ならどうでしょうか。
みなさん、来てくれますか。
まあ、あんまり来ないでしょうね。

献花台をつくって、よかったと思っています。
夏は花が持たないので、献花台には鉢物を置いていますが、

節子に関係したことが何かあると、その日は少しうれしいです。
不思議なもので、なにか節子と通ずるものを感ずるのです。

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■首相への背任罪告訴はできないものでしょうか

麻生首相への背任罪告訴はできないものでしょうか。
小泉元首相も国民の財産(有形無形含めて)に大きな損失を与えたという点で告訴できるものなら告訴したいですが、まあ彼を支持したのもまた多くの国民ですから、それは難しいでしょうが、最近の麻生首相の首相権限の乱用は目にあまります。
彼のおかげでどれだけの財産が浪費され壊されたことでしょうか。
告訴したい気分です。

ナチスの高官も戦前の日本政府の高官も、戦後、処罰されました。
なぜ彼らは処罰され(死刑にもなっています)、麻生首相は裁かれないのか、納得できませんが、現職だからなのでしょうか。
韓国のように、人気終了後、告訴される仕組みは日本にはあるのでしょうか。

国王の処刑でも書きましたが、処刑できない支配者をつくってしまう仕組みは、どう考えても主権在民とはいえません。

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■ウイグルで起こっているのは「民衆の暴動」か「デモの暴圧」か

中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区で5日に発生したでも暴圧事件は、予想されていたにもかかわらず、何の手も打てなかった国際社会の限界を象徴しています。
この問題に関しては、私はほとんど知識がありませんが、感覚的にその意味に対して関心があります。
これまでも少しだけ言及したことがありますが、まさに中国という国家の本質を示唆しているように思います。
あるいは、国家制度そのものの意味を考えるヒントが込められているというべきかもしれません。

今回の不幸な事件に関してはコメントは差し控えますが、多くのマスコミが「暴動」と報じているところに、大きな違和感をもちました。
そう表現する人たちの意識には、ウイグル民族を抑圧する意識が内在していると思うからです。
世界を表現する時に、どういう言葉を使うかは、その人の視座と価値観を表わしています。
私は、ここでは「デモ暴圧」と表現しましたが、ここにも私の視座と価値観が現われています。
世界を語る言葉は、すでにある世界観に呪縛されているわけです。
そして、それが異なると世界は全く違ったように見えるのでしょう。
「言葉」を使っている人間の宿命を感じます。
バベルの塔の完成に惧れを抱いた神の戦略は見事に成功したのです。

これはウイグル事件だけの話ではありません。
昨今のマスコミの言葉には、いろいろ違和感を持つことが少なくありません。
事実をしっかりと見据え伝えるというジャーナリズムの目が失われているような気がします。

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2009/07/06

■選挙とは何のためにあるのか

もう10年近く前になると思いますが、友人が東京都のある区の区議会選挙に立候補しました。
彼は以前から政治に興味を持っており、勉強会などにも参加していましたし、しっかりした意見も持っていました。
それでささやかに応援させてもらうことにしました。
私にとっては初めての体験でしたが、彼の街頭応援演説にも同行させてもらいました。
街頭演説と言うものが、勇気のいるものだということを体感しました。

私の友人にも応援を頼みました。
ところが、彼自身は何でもかでも当選したいと思っていなかったのです。
もちろん当選を目指しましたが、彼にとって大切だったのは区政への問題提起だったのです。
そのため応援した人たちからは、本気で当選しようとしていないのではないかという批判が生まれました。
結果として、彼は当選しませんでした。
その次の選挙にも立候補しましたが、この時はある党の公認をもらい、その気になれば多分当選できたと思うのですが、彼はどうも「その気」にならずに、わずかの差で落選しました。

この体験は、私にはとても考えさせられるものでした。
選挙に出たら当選しなければ意味がない、と私の友人たちは一様にいいます。
でもそうでしょうか。
選挙とは「当選」が目的でしょうか、さまざまな意見を出し合って「選択」することが目的でしょうか。
私は後者だと思っていますので、当選しなくても立候補した意味は十分にあると思います。
ですから、彼がまた立候補したら応援させてもらうつもりです。

静岡県知事の選挙は、私が想定した通りになりました。
私の関心事は、誰が当選するかではありません。
投票率と自民党候補への投票数に関心がありました。
川勝さんが負けるかもしれないとは思っていましたが、自民党支持は大きく減少すると思っていました。
不幸にして民主党支持は実質的に2人に分裂していましたが、最後の土壇場で鳩山さんが公認を絞ったのが影響して、川勝さんは当選しました。
もし、自民党政治を本気で終わらせたいと思っていたら、野党が連携して、立候補者を一人に絞り込んだら、多くのところで自民党は敗退するでしょう。
そうならないのは、選挙とは「当選」が目的ではないということの現われではないかと思います。
選挙は、勝ち負けだけの「競争」ではないのです。

都議選も含めて、民主党支持者の当選者が多くなると、自民党は解散できないのではないかという議論が大勢です。
しかしここには大きな矛盾があります。
政府支持者が少なくなればなるほど、政府は選挙をしなくなる。
どう考えてもおかしな話です。
いったい何のための選挙なのでしょうか。
軍政国家の選挙とどこが違うのでしょうか。
そのおかしさを、だれも問題にしません。
政府を乗っ取られても誰も異議申し立てしないマスコミは、もはや言論の自由を捨ててしまった存在でしかありません。
テレビの報道を見ていると、毎日、嘔吐感さえ感じます。

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■節子への挽歌673:太子(大師)堂

節子
昨日は節子の友だちの雨森さんから写真が届いたことを書きましたが、その中に太子(大師)堂の写真がありました。
今日は、その太子(大師)堂のことを書きましょう。
Taishido_2

太子堂は節子の生家のすぐ近くです。
この地域には太子信仰が根強くあり、これは住民たちがみんなで寄付を集めてつくったものです。
節子もささやかながら寄進させてもらい、太子堂内に名前が刻まれています。
こうやって民間信仰は昔から守られてきたのでしょう。
信仰の厚い人が、その太子堂をお守りしていて、いつも行くたびに少しずつ整備が進んでいました。
節子は、いつもその人の名前を言って、感謝していました。

節子と一緒に生家に戻った時には、私も必ず1回は節子に連れられて、その太子堂にお参りにいきました。
時にお参りにしてきている人に会うことがありましたが、節子は必ずその人に話しかけました。
小さな集落ですから、話していると必ず共通の知人が出てくるのです。
私にはとても新鮮な体験でした。

節子のお母さんは、節子以上に苦労した人ですが、夜、電話すると太子堂に行っていることが少なくありませんでした。
太子堂は、みんなのたまり場にもなっているのでしょうか。

節子の生家があるところは、何回か書いていますが、滋賀県の高月町というところです。
「観音の里」と言われていますが、素直な観音仏が周辺のお寺にたくさん居ます。
有名な渡岸寺の十一面観音もすぐ近くです。
しかし、行くたびごとに、なんとなくその雰囲気が変わってきているような気がします。
昔は大好きだった渡岸寺の十一面観音も、今では人(仏?)が変わったように私には感じます。
ホームページで以前書きましたが、とてもさびしそうなのです。

節子と結婚していなかったら、私にとっては、渡岸寺の十一面観音も結局は鑑賞の対象でしかなかったかもしれません。
しかし、地域の人たちがみんなで守っている様子やその人たちの日頃の生活、日常生活につながる信仰、自分たちのまちは自分たちで創ろうとしている姿勢、そうしたさまざまなことを少しだけ当事者的に考えられるようになったのです。
今から考えると、それが私の価値観や仕事観に大きな影響を与えたように思います。
不思議なのですが、しかし、影響を与えられたはずの私の考えは、節子に会うずっと前から、おそらく私が小学生の頃から、私の中にあったことも間違いありません。
本当の私が、節子によって守られた、というのが私の実感です。

太子堂の写真を見ていると、節子のあの笑みが見えてきます。
節子は、不思議な人でした。

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2009/07/05

■静岡県知事選挙と時間工学

今日は静岡県知事の選挙投票日です。
いま午後6時30分ですが、おそらく結果を知っている人はいるでしょう。
もちろんまだ開票していませんので、絶対正確とは言えませんが、昨今の「出口調査」でおそらくほぼ正確な結果はもう出ているはずです。

投票が数日にわたって行われるような国の場合は、出口調査結果で世論を誘導することもあるといわれていますが、幸いに日本の場合それは難しいでしょうが、その差は絶対的なものでもありません。
おそらく選挙結果をかなりの確度で操作可能にすることは、時間の問題です。
出口調査の結果の信頼性は既にかなり高くなっていますから、その延長である事前調査の信頼性を高めることは可能なはずです。
そう考えていくと、選挙とは何なのかということになります。
すでにアメリカの場合は「儀式」あるいは「権力闘争の場」になっているという意見もあるようですが、そもそもが「選挙」とは儀式なのです。

その儀式には、社会にとっての有用性があったはずですが、最近はそれがどうも危うくなってきています。
国民の過半数が、政府に不信感を持っていても、選挙を実現できないという昨今の状況を考えると、選ぶ人のためのものではなく、選ばれた人のためのものだという気がしてきます。

それはともかく、いまこの時点で、すでに静岡県知事選挙の結果を知っている人たちがいるということは、いささかの不気味さを感じさせます。
与党もしくは民主党が、もし知っていたら、その結果に従って何らかの動きを起こすはずですから、注意していれば、動きは見えるはずです。
正確な出口調査はかなりの資金がかかるでしょうから、知事選挙ではあまり行われないかもしれませんが、今回のように国政につながる要素がある場合には、資金をかけた調査が行われているように思います。

これはほんの一例ですが、数時間先、もしくは数日先の結果は、その気になれば、知ることが出来るのが「情報社会」の特徴です。
タイムマシンとまでは行かないでしょうが、ITは、時間を克服しつつあるのです。
そう考えると、いまの政治経済システムの基本設計を変えていくことが必要になってくるはずです。
金融工学者はある意味で「時間」を克服しましたが、これからはもっと本格的な時間工学が注目されてくるはずです。
時間の呪縛から解放された社会は、ますます住みにくい社会になるような気がします。

静岡県知事選挙の結果は、私にはわかりませんが、たぶん強烈な働きかけが、今日の午後には双方の陣営からあったのではないかと思います。
その結果から、さまざまなことが見えてくるはずです。

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■節子への挽歌672:「この世の無常を痛感します」

節子
節子の幼馴染みの雨森さんから久しぶりにメールが来ました。
実名を出してしまいましたが、許してくれるでしょう。
雨森さんは最近、健康のためにウォーキングを始めたそうです。
そのルートは、節子と私も何回かあるいた道で、その途中に節子の親元の家があるのです。
それで、その周辺の写真を送ってくれたのです。
そういえば、雨森さんは節子が元気だったころも定期的に故郷通信として写真を送ってきてくれていました。
節子はそれを楽しみにしていました。

たしか雨森さんは小学校の時の同級生です。
雨森さんの話は、私も節子から何回か聞いていました。
長年お付き合いが途絶えていたのが、なぜかある時から交流がまた始まりました。
闘病していた節子にとっては、幼馴染からのメールはきっと元気付けられるものがあったのです。
ところが、とても残念なことに、雨森さんの奥様も、節子と同じように病気が発見されてしまいました。
節子には衝撃的だっただろうと思います。
自分のような悲しさは他の人には体験させたくないと、節子はいつも言っていました。
ですから節子はとても雨森さんの奥さんのことを心配していました。
そういうところが、節子の不思議なところです。
自分のほうが重症な時でも、節子は他者のことを思いやることができる人でした。
節子から私が学んだ生き方の一つです。

ある年から実家に帰った時に、雨森ご夫妻と私たちは会食をするようになりました。
もっと続けられればよかったのですが、それはそう長くは続きませんでした。
最後に一緒に食事をした時は、たぶん私たちが雨森さんたちにご馳走になったような気がします。
そのお返しは、できずに終わりました。

節子がいなくなってから、雨森さんは私の挽歌を読んでいてくれるようです。
それでこういうメールが来たのです。

お元気のようでなによりです。
なぜお元気かわかるかといいますと、節ちゃんの挽歌を拝読しているからです。
7月3日で670回 すごいことですね。
難しい文章になってくると斜め読みして、最後は必ず節ちゃんのことにつながっているので最後は読みます。
確かに時には、難しいというか、支離滅裂な挽歌もあります。
にもかかわらず、読んでくださっている方がいることに感謝しなければいけません。
そういえば、娘の友だちも読んでくれているそうです。
昨日、電話があったそうです。
「薄情者」の私の娘自身は読んではいませんが。

雨森さんのメールの続きです。

3年連続日誌を書いているのですが、日誌の間から小さな紙がぽろっと落ちたので開いてみると、朝日新聞のひとときの「いいことだけ日記に」の切り取りでした。
やはり修さんがよく書かれているように早すぎですね。

「この日記を書き終えて、いつか「無罪放免になったわ」と、お世話になった人たちに電話しようと頑張っている」

この世の無常を痛感します。

思わず涙が出てきてしまいました。
正直に言えば、とまらなくなってしまいました。
本当にこの世は無常です。
久しぶりに、節子がいないのが嘘のように思えてなりません。
今も隣室で節子が雨森さんにメールを書いているような気がしてなりません。
できるものなら、時間を3年前に戻してほしいものです。
そこで歴史が止まっていたら、どんなによかったことでしょうか。

ちなみに、このメールをもらったのは7月3日です。
書こうかどうか迷っているうちに、5日になってしまいました。
今日、気づいたのですが、7月3日は節子の22回目の月命日でした。
その月命日の日に、雨森さんの日記帳から、「いいことだけ日記に」の切り抜きが落ちたのです。
節子がそうしたに違いないという気がして、2日も経過していましたが、書くことにしました。

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2009/07/04

■あんまり問題が多すぎて、思考停止したい気分です

人の慣れとは恐ろしいものです。
あれほど騒いでいた年金問題もかんぽ問題も、派遣切り問題も裁判員制度問題もいつの間にか静かになってきました。
散発的に話題にはなりますが、かつてのような「国民の怒り」はなくなりました。
こうして私たちは、さまざまな問題を勇ましく糾弾しながら、許してきたわけです。
そのことをどう考えればいいのでしょうか。
政府に問題解決能力がなくなったと考えるべきなのでしょうか。
いや、問題があまりにも多すぎて、問題が問題ではなくなったのかもしれません。

問題が解決されたと思っていても、ある時、突然また問題が噴出することがあります。
アスベスト問題が再燃した時には驚きました。
もう終わったかと思っていた熊本水俣病の認定問題もまだ終わっていないのです。
基本的な原則さえ決めれば、現場が問題を解決するというほど、問題が簡単でないことはわかりますが、どこかに仕組み上の欠陥があるような気がしてなりません。
仕組み上の欠陥を直すのは仕組みを直す方法もありますが、仕組みを構築する理念を見直すほうが効果的でしょう。
しかし、そう思う人はあまりいないようです。
これも、あまりに問題が多すぎるからでしょうか。

政策の財源問題が相変わらず議論されていますが、私には馬鹿げた議論のように思えます。
財源を問題にする人たちは、要するにお金を使うことが政策や事業と考えている人です。
財源があれば、サルでも善政はできるでしょう。
問題は財源ではありません。
何をやるか、本気でやるのか、です。
言い換えれば、ビジョンであり目指すべき社会の理念です。
それが国民に理解され支持されたら、その財源を得ることはそう難しくないでしょう。
発想の順番を間違えているのは、金銭至上主義におかされているからでしょうか。

問題が多すぎるのは、問題の設定の次元が間違っているからではないかと思います。
これは、自らの生き方においてもそうです。
私は最近、自らのビジョンや信条に迷いがあるため、過重な問題に潰されそうになっています。
今の日本の社会も、そうなのかもしれないと、ふと思いました。

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■節子への挽歌671:道で声をかけられました

節子
昨日、自宅からちょっと離れた道を歩いていたら、声をかけられました。
どなたか思いだせずに、お名前をお尋ねしたら、花かご会の黒武者さんでした。
黒武者さんというのは印象的なお名前なので、節子の話からも時々お聞きしていたお名前でした。
それに、何回かお会いしているのですが、いつもと違う状況だったので全く思い出せなかったのです。
とても失礼なことをしてしまいました。
私は男性の顔は覚えられるのですが、女性の顔を覚えるのが不得手なのです。

一昨日、三沢市の「花いっぱい新聞」のことを書きましたが、それを読みながら、ちょうど花かご会のことを思い出していたところです。
しかも、黒武者さんにお会いする直前にも、花かご会を思い出していたのです。
不思議なつながりでもあります。

最近立ち上げたLLPコモンズ手賀沼では、秋に開催される日本女子オープンゴルフ大会を我孫子の元気にどうつなげられるかを考えています。
そのため、昨日は会場を見ながら打ち合わせをしていたのです。
その帰りだったのですが、黒武者さんも、まさかそんなところで私に会うとは思ってもいなかったでしょう。

実は、ゴルフカントリーの隣の空地に雑草などを刈り取ったものが堆肥になって山積みされているのですが、それをどうやって処理するかというような話をその打ち合わせでしていたのです。
三沢でも同じような話があったことを思い出して、住民に知らせたら喜んで取りに来る人もいるのだろうなどとメンバーと話していたところなのです。
節子に相談したら、きっと良い知恵を出してくれただろうとも思っていました。
そんな話をしていた直後に、花かご会の人に会ったわけですが、なんだか単なる偶然とは思えません。
この偶然の重なりには、意味があるのでしょうか。

まあ、それはそれとして、
節子のおかげで、こうしていろんな人から声をかけてもらえるのです。
節子が、どこかで私を見守っているのかもしれません。
不思議なのですが、最近また、我孫子の人たちからいろいろと声がかかってきます。
もっと我孫子にいろと言うことでしょうか。

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2009/07/03

■臓器移植法改正について思うこと

臓器移植法の改正が話題になっています。
衆議院では「脳死は人の死」との前提に立つA案が可決され、法案は参議院に送られました。
昨日、ご自身も次男の腎臓を移植のために提供した経験をもつ柳田邦男さんが、臓器移植法改正案を審議する参院厚生労働委員会で参考人として質疑に応じた様子が新聞で報じられていました。

私も、ドナーの家族の方とささやかな交流がありますが、この問題は悩ましい問題をたくさん含んでいます。
柳田さんは、臓器を提供するドナーや家族と、提供を受ける患者や家族。それぞれの生と死に寄り添う議論の必要性を訴えた、といいます。
第三者では思いも及ばない問題が、そこにはあるはずです。
とりわけ「死」を現実に受け容れることになるドナー家族の心情への理解が、出発点にあるべきではないかと私は思いますが、そうしたことは議論の過程からはなかなか伝わってきません。
柳田さんも指摘されていますが、ドナーの家族が置かれた厳しい状況への配慮を感じられないのです。

私自身は体験者ではありませんが、伴侶の死を体験した時に感じた気持ちのおかげで、そしてささやかにお付き合いのあるドナー家族のみなさんのお話で、臓器移植議論の中から何かが欠けているような気がしています。
それが何であるか、自分でもよくわからないので、この問題には意見を言えないでいましたが、柳田さんの記事を読んで、無関心でいてはいけないと反省しました。
と言っても、まだ自分の考えはまとまりませんが。

問題は、たぶん「生命」のつながりへの想像力ではないかと思います。
これに関しては、もう少し考えてみたいと思いますが、ドナー家族の方がおっしゃっていた言葉がずっと私の頭から離れません。

臓器提供を受けて元気になった人の後ろには、臓器を提供した人たちがいるのです。
柳田さんも指摘していますが、その人たちの問題をまず解決することが、大切なように思えてなりません。

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■節子への挽歌670:三沢市の「花いっぱい新聞」

節子
青森県三沢市の「みさわ花と緑の会」から「花いっぱい新聞」の創刊号が送られてきました。

CWSコモンズのサイトでは紹介したことがありますが、この活動が立ち上がるに関して、私はささやかに関わらせてもらいました。
節子が再発する半年ほど前に、三沢市の花いっぱい活動の相談を受けたのです。
当時、節子は奇跡的な快方に向かって元気になってきていたのと、住民主役の「花いっぱい活動」というテーマに魅かれて、アドバイザー役を引き受けました。
いつか節子と一緒に三沢にも行こうという思いもありました。

このプロジェクトに関しては、前にも一度書きましたが、それを読んでいただくとして、なかなかいい展開をしたと思っています。
途中、節子に経過報告したり、取り組みのDVDを一緒に見たりして、アドバイスなどももらいました。
いつか、私たちの住んでいる我孫子でも、こうした活動ができればいいね、などと話したことを思い出します。
ところが、関わっている最中に節子が再発してしまったのです。
思ってもいなかったことで、結局、節子は三沢には行けませんでした

プロジェクトは何とか最後まで関わることができました。
住民たちが開催したフォーラムは大成功で、それが新しい動きの契機になったように思います。
その後、節子のこともあって、私の頭から三沢のこの運動は遠のいていました。
三沢市でも、市長の交替もあって、市役所の組織も変わりました。

節子を見送ってからしばらくして、思いだして、三沢市のホームページを開きましたが、以前掲載されていた住民主役のフォーラムの記事が削除されていました。
首長が替わったので姿勢も変わったのだろうなと、残念に思っていました。
私が知る限り、とてもいい活動だったからです。

ところが先週、三沢の花いっぱい活動を最初に提案した一人でもある齋藤さんからメールが来ました。
齋藤さんは、このブログを読んでいてくれて、実は時々、投稿もしてきてくれているのです。
齋藤さんのメールには、次のように書かれていました。

三沢では今年の事業として先生の提案なさった花苗販売を今年から始めました。
6月第一土曜に行った配布・販売には多くの方が花を買い求めにきてくれました。
今年から新聞も発行することになり、本日仕分け作業を終えてきました。
先生にもぜひ送りたいと思うのですが、届け先を教えていただけるでしょうか。
火付け役をしていただいた先生に感謝しています。
とてもうれしい話です。
そして、その新聞が届いたのです。
それによれば、三沢駅前にもミニダリアが植えられたようです。

このプロジェクトは、節子がいればこそのプロジェクトでした。
節子たちがやっていた我孫子の「花かご会」の話をいろいろと見聞していたことからの学びもありましたが、それ以上に、節子の「自分たちのまちに花を広げていきたい」という思いに共感していたことから、私自身も少し思いを入れ込めたのです。
そのプロジェクトが、順調に広がっていることが、とてもうれしいです。
なんだか、節子の思いが三沢市にも広がったような気さえしてきます。
節子にもちょっと自慢させてもらえるかもしれません。

節子と一緒に三沢に行けなかったのはとても残念ですが。
節子がいなくなってからは、うれしいニュースは、必ずといっていいほど、哀しさも引き起こします。

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2009/07/02

■メタボ検診

先ほど、NHKテレビのニュースを見ていたら、メタボ検診の特集をしていました。
午前中に紹介した「厚生労働省崩壊」の本での指摘を思い出しました。
こういう指摘です。

厚労省に限らず、本省の課長は偉いのです。どれくらい偉いかというと、大企業の社長くらい偉いのです。担当の課長になれば、「メタボ対策のための体操を考えたので、全国の病院で毎日やるように」ということを命令できるくらい偉いのです。ちなみに、メタポリック・シンドローム予防は医療費を削減できるから、健康診断でメタボ検診をするようにという、あまり科学的根拠のないことを全国に知らしめたのも1人の課長でした。たぶん、自分でそう信じたからです。医学界では、少なくとも″メタポリック・シンドローム″なるものが存在するのかどうか世界的なコンセンサスは得られていませんし、メタボ対策が医療費を抑制するなどという研究は、ごく小さなもの以外お目にかかったことがありません。
(木村盛世著「厚生労働省崩壊」講談社より)
テレビのニュースでは、実際にメタボ検診を受けもたらせる医師の言葉として、たとえば、この検診のおかげで本来やるべき検診ができなくなってきているとか、メタボ検診の効果への疑問がかなり明確に出されていました。
またそうしたことから浮かび上がってくる疑問に関して、厚生労働省に問い合わせた回答も照会されていましたが、驚くほどの無責任な内容でした。
木村さんが著書で書かれていることが立証されているような気がしました。

メタポリック・シンドロームなどと言う、あやしい言葉を流行させて、特定の企業を儲けさせたマスコミもひどいと思いますが(もちろんマスコミも大きな利益を得たはずです)、そうした詐欺まがいの活動が、厚生労働省の1課長によって始まったとは情けない話です。
実名は調べればわかるでしょうが、どなたかご存知の方は教えてください。
メタボ検診の陰で、悪性の病気の発見が遅れ(テレビではメタボ検診をやらないといけなくなったのでがん検診ができなくなったというような話も紹介されていました)、それが死につながったとしたら、その行為は犯罪以外の何ものでもありません。

腹立たしくなってきたので、書くことにしました。
この数日、腹立たしいことが多すぎます。
報道ステーションも、私の感覚とは合わなくなってきましたし。
またどんどん自分が社会から脱落してきている感じがします。

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■節子への挽歌669:スペインタイル工房開所5周年

むすめのジュンのスペインタイル工房Taller de JUN(タジェール・デ・ジュンと読みます)が、わが家の庭に工房をオープンしてから5年目です。
とても小さな工房ですが、開所した時には、節子はとても喜んでいました。
お客様があると必ず工房を案内していましたし、ジュンが地元の手づくり散歩市に参加することになった時には、ケーキを焼いてお客様に振舞ったりしていました。
タジェール・デ・ジュンには、もしかしたら節子はたくさんの夢を描いていたかもしれません。

その工房が5周年を迎えたわけです。
早いものです。
しかし、だれもそれに気づきませんでした。
今日、パソコンに向かって、さて何を書こうかと思って、たまたま5年前の今日のことをホームページで調べたら、工房のオープンが書かれていたのです。

節子
タジェール・デ・ジュンは順調に広がっています。
安心してください。
もっともジュンが自立できるほどではありません。
職人の世界はそもそも仕事の報酬の概念が違いますから、まあ経済的な自立はまだ遠い先の夢でしょう。
それでもくちコミやホームページで注文は途切れずに入っているようです。
先週はなんと結婚式の引き出物にしたいと100個近い大口注文があったようですが、それに対応できるかどうか検討中だそうです。
なにしろ手づくりですから、1枚の作品ができるまでに、かなりの日数がかかります。

職人の仕事は、工業時代の仕事とは全く違っています。
好きでなければやっていられないでしょう。
ジュンは、いつも深夜まで作業をしていますが、それでも楽しそうにやっています。
一番の理解者だった節子がいたら、ジュンももっとやりがいが高まるのでしょうが、私では節子の役割は果たせません。
それでも今日はなにか5周年のお祝いをしようと思います。

ちなみに、節子の献花台も仏壇の大日如来もタジェール・デ・ジュンの作品です。
私が彼岸にいったら、何をつくってもらえるでしょうか。

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■「厚生労働省崩壊」と新しい芽

崩壊した厚労省に代わって新しい厚労省が生まれるためには、再生する力が必要です。その力は決して本省のある霞が開からは生まれてきません。どこから生まれるかというと、実際の問題を見ている現場からです。
以前、このブログでも取り上げた木村盛世さんの書いた「厚生労働省崩壊」(講談社 2009)を読みました。 上記の文章は、その本の最後に出てくるものです。

私は、厚生労働省はそもそもの「ミッション」に違反している違法集団だと考えていますが、それにしてもこれほどなのかと思うほどの実態がそこには赤裸々に書かれています。
ここで書かれていることがすべてではないでしょうが、こうした組織がいまなお残っているのが不思議です。
日本の医療制度や保険制度がおかしくなるのは当然です。
日本の政治は、官僚の違法行為を防ぐこともできないほど、劣化しているのでしょうか。
この本は、たまたま厚生労働省のことが書かれていますが、おそらく他の省庁も大同小異でしょう。

その本を読んでいていささか憂鬱な気分になっていたのですが、最後に上記の文章に出会って、ホッとした気分になりました。
「実際の問題を見ている現場」から新しい厚労省が生まれてくる。
その言葉に、明るい先を感じます。

私の生活信条の一つは「解決策は現場にある」です。
現場で活動している人たちが健全なのは、そのせいだろうと思っています。
木村さんの救いは、現場に仲間がいることなのでしょう。

いまの日本の政府は、国民の生活現場から遠く離れています。
選挙を経ずに、内閣がこれほど変わっていては、国民の生活現場ともつながりようがありません。
いま選挙を行ったら、果たして郵政民営化は国民の支持を得られるでしょうか。
私には疑問です。

支配的統治のための官僚制度から、国民生活支援のための官僚制度に変えていくためには、木村さんが書いているように、「実際の問題を見ている現場」から制度を再構築していく必要があるでしょう。
そうした思いで行動している官僚(公務員)は決して少なくないと思っていますが、そうした人たちが柔らかなネットワークを組んで、実態を社会に公開していく仕組みができないものでしょうか。

昨日は佐藤優さんの有罪も確定しましたが、崩壊しつつある官僚制度にイノベーションを起こす人が出てきてほしいものです。
個人で鬱憤を晴らしているだけでは、おそらく何も変わらないでしょうから。

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2009/07/01

■「お手伝いしてください」

近くのTさんの子どもが、スモモを届けてくれました。
小学校に上がったばかりのその子は、こういってスモモを届けてくれました。
「(スモモを)たくさんもらったのでお手伝いしてください」
彼女はいつもそういって、お裾分けしにきてくれるのです。
スモモよりも、その気持ちがいつもうれしいです。

かつての日本の文化が象徴されている言葉です。
小さな頃からそうした文化の中で育てば、きっと「分かち合う精神」が育つでしょう。

分かち合うことは、双方を幸せにします。
取り合うことは、双方を惨めにします。
そんなことは誰も知っているはずですが、世間からは「分かち合う生き方」は失われ、「取り合う生き方」が広がっています。
経済的に豊かになるほどに、分かち合う文化よりも取り合う文化が広がってきているといってもいいかもしれません。
そこに、今の経済のおかしさがあるように思います。

今の経済システムでは、取り合う関係を基本にすることによって経済は発展し、分かち合っていたら経済は停滞するのです。
まさにおかしな話ですが、そうしたことを前提にして、経済の論理や仕組みが組み立てられていることにほとんどの人は違和感を持ちません。

今日のテレビで、どこかのスーパーの「10円セール」を報道していました。
その10円商品を取り合う主婦たちの映像が流れていましたが、それを見ていて、「10円」に意味があるのではなく、「取り合い」に意味を見出しているのではないかという気がしてきました。
小さな頃から「取り合い競争」の文化の中で育ってきたことの結果を、そこに感じてしまったのです。
そして、その人たちの子どもたちも、きっとまた「取り合い競争」に追いやられているのだろうなと思いました。
そうした親たちが多い中で、「お手伝いしてください」という文化を守っている家庭があることが、私にはとてもうれしいのです。
まさにホッとする感じです。

「お手伝いしてください」
とてもいい言葉だと思いませんか。
私もその精神を守りたいと思っていますが、時に「取り合い競争」の思考の中にいる自分に気づいて恥ずかしくなることがあります。
心しなければなりません。

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■節子への挽歌668:ノウセンカツラの花が次から次へと咲きます

節子
今日もちょっと元気が出ません。
困ったものです。
今日から7月です。
それもあって、この頃、元気が出ないのかもしれません。
私にはとても嫌な思い出のある季節の始まりです。

7月になると庭のノウセンカツラが咲き出します。
今年はもう1週間以上前から咲いていますが、この花も節子の好きな花でした。
ノウセンカツラが咲き出すと夏がもうすぐよ、と節子が言っていたと娘から聞きました。
節子は、梅雨の向こうの夏を見る人でした。

今、ノウセンカツラは満開です。
毎日、100輪以上の花が咲いて散っています。
蜜があるせいか、ムクドリが花にやってきて、そのために花が落ちてしまうのです。
地面に落ちた花には、アリが蜜に吸い寄せられて集まってきます。
ですから掃除も大変なのです。
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わが家では、小さな藤棚と同じ場所をノウセンカツラがシェアしているのですが、集まってくるのはムクドリだけではありません。
ちょうどこの時期になると、その藤棚に鳩が巣を作ろうとするのです。
一度、その巣から卵が落ちて割れてしまったことがあります。
以来、鳩には申し訳ないのですが、巣をつくらせないようにしています。

鳥になって戻ってくると節子は言っていましたが、節子は鳩にはならないはずです。
と言うのは、私もですが、節子は鳩が好きではありませんでした。
ですから鳩(カラスもです)はわが家では歓迎されないのです。

それにしても、毎日、100輪も花を落として、なおも花が咲き続ける元気さには感心します。
しかもかなり長い期間、花が咲き続けるのです。
次々と花を咲かせる生命力はいったいどこから生まれてくるのでしょうか。
節子がノウセンカツラだったらよかったなあ、と思います。
そうであれば、節子は毎日のように生まれてきているわけです。
まあ、しかしそれもわずらわしい話です。
毎日枯れてしまった節子の面倒を見なければいけないのですから。

節子は、かけがえのない一輪だったからこそ、よかったのでしょうか。
でもちょっと散るのが早すぎました。

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