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2009/07/28

■節子への挽歌695:自分をさらけ出すことの効用

節子
根本さんにもらった朝顔が部屋の窓のところまで伸びてきました。
そういえば最近根本さんから連絡がありません。
どうしたのでしょうか。
「便りがないのは元気な証拠」という言葉がありますが、実際には「便りがない」ことは心配の材料です。
元気だといいのですが。

インターネットの普及で、「便り」はコストも時間もかけずに送れるようになりました。
ですから、「便りがないのは元気な証拠」とは必ずしも言えなくなってきたように思います。

私の場合は、このブログやホームページで自らのライブな状況をさらしていますので、個別の便りはほとんどしなくなってしまいました。
自分をさらけ出しておくことで、気分的にはとても生きやすくなります。
いささか自分勝手な発想ですが、みんなが見ていてくれて、いざとなったら支えてくれるだろうと思えるからです。
実際に、そうしたことは時々起こります。
支えられていることを実感できることは、とても幸せなことです。

私の周りには、私と同じように自分の生活をブログに書いている人もいます。
そうした人に関しては、時々、そのブログを読むと状況がわかりますので、便りがなくとも安堵できます。
ということは、自分の生活をさらけ出すということは、周りの友人知人に安心させるという効用があるということになります。

私の大きなテーマは「支え合いの文化の回復」です。
節子はそのことをとても理解してくれていましたから、私が会社を勝手に辞めても、借金が増えても、いつも何も言わずに応援してくれていました。
病気になってからでさえも、修さんのやりたいことの邪魔をして悪いわね、と言うほどでした。
節子は、まさに身をもって私の支え合いづくりを支えてくれていたのです。
それが、私のモデルになっています。
つまり、自らを相手にさらけ出せば、自ずと支え合いの芽が育ちだすというわけです。

根本さんはどうしているでしょうか。
メールを出してみました。
そうしたら、他にも気になる人が出てきました。
今日は用事があって在宅なので時間があります。
たまにはこうやって、気になる人にメールすることも大事ですね。
そういえば、これも節子がよくやっていたことです。
節子はメールではなく、ハガキでしたが。

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