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2009/07/12

■節子への挽歌679:愛する人との出会いは、奇跡以外の何ものでもない

また読者からあったかいコメントが届きました。
再録させてもらいます。

はじめてメールします。ずーとブログを読ませて頂いています。
私も5年前に夫を亡くしました。
片翼を失った鳥のように飛べなくなりました。
通り過ぎた道は、二度と振り返らないと強い決意で居ながら、ぺしゃんこで立ち上がれない時が時折りあるのです。
事業をたたみ、生活の場を変えました.そうしないと、生きてゆけなかったからです。
子ども達は自立していたので(両方の親も看取りました)一人暮らしをはじめました。

夫は寡黙な人でした。自分の思いを吐くのも余程のときでした。
妻への晩歌を詠ませて頂いて、男性が女性に抱く、静かで熱い想い、細やかな心配り、全編に流れている愛おしさ!
黙って泣きながら読んでいる読者が居ることを、ふと伝えたくなりました。
人を愛する苦しみ、哀しみ、喜び、愛しさ。月や太陽、花や,星に周期や又生まれる年度があるように人間の出会いにも、2500万年したら逢えるのだそうです。

愛する人との出会いが、奇跡以外の何ものでもないというのは、真実だと思います。
どうぞ頑張って書き続けてください。
迸る想いに、封印しながら明日に向かって生きてゆきたいと願っています。

何回も読ませてもらいました。
「愛する人との出会いは奇跡以外の何ものでもない」
朝からこのコメントを前に、何かを書こうと思いながら、結局、書けませんでした。
「奇跡」という言葉に、圧倒されてしまっているのです。
節子に会えたのは「奇跡」だったのだ、と思うと、とても腑に落ちるのです。
どう考えても論理的でないことがたくさんあるからです。
奇跡は悲しむよりも、感謝すべきですね。
なんだか節子が天使のように輝いて思いだされます。

井原さん
昨日は疲れが溜まって少しへこんでいましたが、またこのコメントに元気が出ました。
ありがとうございました。

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