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2009/07/25

■ネット情報の広がりの恐ろしさ

一昨日から昨日にかけて、ネットでの情報伝達の効用と恐ろしさを体験しました。
4月に仲間たちとあるイベントを企画しました。
その案内文をつくり、メーリングリストやホームページで告知しました。
ところが、そこに1か所、ミスがあったのです。
後援の許可をとっていなかった組織の名前が掲載されていたのです。
その情報は、当日の配布資料にも「後援」として掲載されました。
その人は、終了後、確認が十分ではなかったことに気づいたようなのですが、終わったことなのでいいだろうと思ってしまったようです。

イベント終了後、3か月して、突然、私のところに苦情の電話が届きました。
そのイベントの連絡先に私の携帯電話の番号が掲載されていたのです。
相手の人は「私は許可したことはない、すぐ掲載されているものからすべて削除してほしい」と厳しい口調で要求されました。
怒りはよくわかります。
私は、ほとんどすべてにおいて「まあ良いんじゃない」と受容するタイプですが、名前を勝手に使われることだけは絶対に許せません。
ですから、その方のお怒りはよくわかります。
すぐ対応することにし、私が掲載したネット上のものからはすべて削除しました。

ところが、翌日、また電話です。
消えていない、というのです。
話しているうちにわかったのですが、私が書いた記事が私の管理範囲を超えて、転載されていたのです。
グーグルで調べてみたら、確かにまだいろんなところに残っていました。
気が遠くなる気分でした。
一つずつ調べて、その関係者に電話して事情を話して削除してもらいました。
冷や汗が出つづける1日でした。

この事件で、改めてネット環境での情報の伝達の広がりの凄さに気づかされました。
まさに、リゾーミックな広がりです。
しかも、その広がりの過程で少しずつ変質し、他の要素を取り込みながら創発していくことがよくわかりました。
こんなところにまで引用されているのかという、驚きもありました。
情報社会とは、まさに情報のガバナンスが社会に移行してしまう社会なのだとわかりました。

ネットに掲載する時は、慎重にしなければいけません。
私には一番苦手のことなのですが。

もっとも、この事件でよかったこともあります。
訴えるとまで怒っていたその方と仲良くなれたことです。
その方は、メールでこう書いてきてくれました。

今回のご縁も、何か必然性があるかも、等と勝手に考えてます。
人の出会いは不思議です。

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