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2009/07/03

■臓器移植法改正について思うこと

臓器移植法の改正が話題になっています。
衆議院では「脳死は人の死」との前提に立つA案が可決され、法案は参議院に送られました。
昨日、ご自身も次男の腎臓を移植のために提供した経験をもつ柳田邦男さんが、臓器移植法改正案を審議する参院厚生労働委員会で参考人として質疑に応じた様子が新聞で報じられていました。

私も、ドナーの家族の方とささやかな交流がありますが、この問題は悩ましい問題をたくさん含んでいます。
柳田さんは、臓器を提供するドナーや家族と、提供を受ける患者や家族。それぞれの生と死に寄り添う議論の必要性を訴えた、といいます。
第三者では思いも及ばない問題が、そこにはあるはずです。
とりわけ「死」を現実に受け容れることになるドナー家族の心情への理解が、出発点にあるべきではないかと私は思いますが、そうしたことは議論の過程からはなかなか伝わってきません。
柳田さんも指摘されていますが、ドナーの家族が置かれた厳しい状況への配慮を感じられないのです。

私自身は体験者ではありませんが、伴侶の死を体験した時に感じた気持ちのおかげで、そしてささやかにお付き合いのあるドナー家族のみなさんのお話で、臓器移植議論の中から何かが欠けているような気がしています。
それが何であるか、自分でもよくわからないので、この問題には意見を言えないでいましたが、柳田さんの記事を読んで、無関心でいてはいけないと反省しました。
と言っても、まだ自分の考えはまとまりませんが。

問題は、たぶん「生命」のつながりへの想像力ではないかと思います。
これに関しては、もう少し考えてみたいと思いますが、ドナー家族の方がおっしゃっていた言葉がずっと私の頭から離れません。

臓器提供を受けて元気になった人の後ろには、臓器を提供した人たちがいるのです。
柳田さんも指摘していますが、その人たちの問題をまず解決することが、大切なように思えてなりません。

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