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2009/07/11

■節子への挽歌678:今週はまたいろいろなことがありました

節子
今週はまたいろいろなことがありました。
どうしてこんなにいろいろなことがあるのでしょうか。
いささか疲れます。
今日もある集まりの準備会で、本当はこんなことに参加しないで自宅でのんびりしていたいんだけれど、と言ってしまいました。
すかさずある人から、佐藤さんにはそんなことは絶対無理、と言われてしまいました。
たしかに無理かもしれません。
だれかの抱えている「問題」に余計なお世話をしたくなるのが、私の生き方なのですから。

節子が手術をするまでは、私は毎日、実にたくさんの人に会っていました。
しかも、そのうちの何人かは、初めてお会いする人でした。
多い時は毎日、4~5組の人たちが、湯島にやってきました。
人が人を呼ぶという漢字で、仕事などする暇がないほどでした。
食事をする時間もなく、次々と入れ替わりに誰かが来るのです。
会っている時には元気なのですが、最後の人と別れた途端に、疲労が心身を襲ってきます。
自宅に帰りつくのがやっとだったこともありました。
節子は、なんでそこまでして、そんなに人に会ってばかりいるの、と不思議がっていました。
私自身、そういう思いがなかったわけではありませんが、そこから抜けられませんでした。

節子は、私のそうした生き方はあまり好きではありませんでした。
そこで、6年前に私は少し生き方を変えようと思ったのです。
疲労が溜まったせいか、私の体調があまりよくなかったのも、理由の一つでした。

さまざまな人が集まってくるオープンサロンが、私の生き方の象徴的な場でした。
オープンサロンをやめて、節子と一緒に、私たちの生き方を見直すことにしたのです。
最後のオープンサロン(2003年4月25日)を終えた後、私たちの生活は変わるはずでした。

ところが、その直後に予期しなかったことが起こりました。
私にではなく、節子に、がんが発見されたのです。

いまとなってはあまり思い出せないのですが、その後の私の生き方は、必ずしも節子が望んでいたものではなかったような気がします。
今だからそう思えるのですが、当時はもちろん、そんなことには気づきませんでした。
節子と一緒に困難を乗り来るために、仕事はやめて、在宅が基本になりました。
しかし、節子の奇跡的な回復につれて、私はまたいろんな人と会う時間が増えてしまっていたのです。
会う人たちは変わりました。
節子の協力も得ながら、その数年前に手がけだした、全国のさまざまなNPOに関わる活動がまた増えてきたのです。
節子の病気のおかげで、それまで以上に、人の痛みに引き寄せられるようになってしまったのです。
しかも、節子までもがそういう私の生き方に、今度は共感し、前以上に応援してくれだしたのです。

節子を見送った後、そうした自分の生き方に無性に腹が立ちました。
なぜ病気のなかにいた節子に、すべての時間を向けなかったのだろうか。
私にとっては、宇宙全体よりも節子のほうが大切だったのではなかったのか。
節子はかけがえのない存在だと口に出して言っていたのは何だったのか。
事実、伴侶を見送った知人から、活動などすべてやめて家にいろと言われたこともあったではないか。

しばらくは自宅から出られませんでした。
人に会うことに罪悪感さえ持ちました。
愛する人を失った後、隠棲する人の思いが少しわかりました。
でも、人が来ないとさびしくて仕方がないのです。

そして気がついてみたら、また昔のように、人に会う生活に戻ってきていたのです。
節子が元気だったころに比べれば少なくなりましたが、それでも毎週10人前後の人には会っているでしょう。

繰り返しますが、私は会いたくて会っているのではありません。
会わなければいけなくて会っているのでもありません。
成り行き上、会っているというのが、私の実感です。
その生活に戻ってしまったという感じです。
違うのは、昔はどんなに疲れても、家に帰れば節子が癒してくれました。
今は、癒してくれる人がいないということです。
癒してくれるのは、机の上にある節子の笑顔の写真だけです。
写真を見ていると、今でもそこに節子がいるような気がします。
いないのが嘘のようです。

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