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2009/07/10

■節子への挽歌677:余呉湖

昨日の予告通り、余呉湖のことを書きます。
節子と人生を共にしようと決めた後、節子の両親に会いに行きました。
その時、義父が近くの賤ヶ岳を案内してくれました。
そこから余呉湖が見えました。
余呉湖といえば、羽衣伝説です。
私には、それだけの知識しかありませんでしたが、山に囲まれてひっそりとしている余呉の湖は、なぜかとても哀しく感じました。
そのせいか、節子の親元のすぐ近くにありながら、なぜかそこに行こうという思いにならずにいました。

節子の親元には私も一緒に毎年帰りましたが、余呉湖に行ったのは1度きりです。
もしかしたら最後に帰った時かもしれません。
その時の写真があるはずですが、なぜか見つかりません。
その時の余呉湖も、とても静かでさびしかったです。
私の記憶の中には、音が全くない余呉の海のイメージだけが浮かんできます。
いろいろなことを書き残している私のホームページも、なぜか「余呉湖」で検索しても何も出てこないのです。
本当に行ったことがあるのだろうかと思って、その時、同行してくれた節子の姉に電話してみました。
ところが義姉も覚えていないのです。

余呉湖は羽衣伝説の舞台です。
羽衣伝説というと一般には静岡県の三保の松原を思い出しますが、日本最古の羽衣伝説の舞台は余呉なのです。
しかも、余呉の羽衣伝説には菅原道真がからんでいます。
羽衣を盗まれた天女と人間の間に生まれたのが菅原道真だというのです。
それが何だと思われるでしょうが、私にはとても意味があることなのです。

道真を祀る天神様は、私には何かとても強い縁を感ずる存在です。
以前、大宰府の観世音寺のことを書きましたが、大宰府にはいうまでもなく天満宮があります。
大宰府から観世音寺、そして天満宮。
最初に訪れた時、はるかな昔、ここを歩いたという確信を持ちました。
観世音寺の諸仏を見ていると、心和みます。
節子と一緒に開いた私たちのオフィスは湯島天神のすぐ前です。
節子に奇跡を起こしかけてくれた加野さんは、天満宮のすぐ近くにお住まいです。
ますます、それが何だと言われそうですね。

余呉湖と金子みすずは関係があるでしょうか。
少しネットで調べましたが、つながりが見えません。
ところがなぜか、私には金子みすずと余呉湖がつながって記憶されているのです。
なぜなのかわかりませんが、節子と会った直後からそういう記憶が私の中にはあるのです。
おぼろげな記憶では、節子の生家の法事で地元の人から聴いたような気がします。
実はそれもあって、余呉湖は私には想像の中の存在にしていたかったのです。

天女、道真、金子みすず。そして静寂な水面。
それが私の余呉湖のイメージなのです。
その先にあるのは、いうまでもなく「死」です。
いつの頃からか、私のなかの余呉湖は彼岸の入り口になっているのです。
私にとっては、そこにいくともしかしたら節子に会えるかもしれない、そんな気もする神秘な場所なのです。

節子と一緒に余呉湖にいったのは、未来の話なのでしょうか。
彼岸から余呉湖を訪ねたのだとしたら、私の心に残っている風景はとても納得できるものです。

maron さん
おかしなことを書いてすみません。
他意はなく、余呉湖という文字を見た途端に、ワッとこうした思いが噴き出してきたのです。
脈絡がないのですが、今でも節子が元気なような気がして、昨日は落ち着けない1日でした。
ありがとうございました。

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