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2009/07/21

■マニフェストについての(補足にならない)補足

先日書いた「マニフェストは20世紀型モデル」の話ですが、論理の展開があまりに粗雑でした。
それに、マニフェストが「選挙公約」ではなく「政権公約」として使われていることにも、きちんと言及せずに、個々ばらばらのマニフェストでいいなどと言ってしまうのは、フェアではありません。
私自身が、言葉の多義性を悪用しているきらいがあります。
舌足らずであることはもちろんですが、ちょっとマニフェストについて考えたことのある人からは、フェアではないと指摘されそうです。
政権公約であれば政党として一本化すべきであることは、いうまでもありません。

しかし、繰り返せば、そもそも政権公約を具体的な政策あるいは施策ベースで、さらには制度ベースであらかじめ宣言することに違和感があるのです。
政権をとった場合の基本方針や価値観はあらかじめ出しておくべきですが、最近のマニフェストで要求されるような数値目標や工程表は、政権を取ってから実務的に考えるのが誠実な態度ではないかと思うのです。
財源論などはマニフェストには不要です。
それはまさに政策の全体性の中で議論されればいい話です。
そういうことを言いたかったのですが、なにやら話の矛先が前回は違った方向にすべってしまいました。

これからの政治は、情報を国民に公開し、国民に考えさせながら、理念を具現化していくプロセス、つまりコミュニケーション的行為が政治の本質になっていくという私の展望には、いまのマニフェストはなじめません。
選挙は終わりではなく、始まりにすべきなのです。
それが、20世紀モデルと21世紀モデルの違いです。

なんだか補足につもりが、そうなっていませんね。
しかし、やはり今日は疲れきっているので、これでまた「続き」にします。
あまりにも不正確に書いてしまったので、翌日から実はずっと気になっていたのですが、書き直すのも面倒なことに気づきました。
自己満足と自己弁護のために、この記事を書きました。
すみません。


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