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2009年8月

2009/08/31

■節子への挽歌729:かまぼこの思い出

奥様と一緒に食べていただこうと思い、萩にあります道の駅「萩しーまーと」へ行って物色した結果、佐藤さんのお口に合うかどうか分かりませんが、かまぼこをお送りしました。
山口の東さんからのかまぼこが送られてきました。

私たちは結婚式を挙げませんでした。
一緒に住もうと決めてから、夜行で出雲大社に向かいました。
出発前に駅前のお店で結婚指輪を買いました。
朝、出雲大社について、そこで一緒に暮らすことを2人で決めました。
それが私たちの始まりでした。
後日、節子の家族を説得できずに、節子の実家で結婚式を開きましたが、私たちにとって意味があったのは出雲大社前での朝の誓いでした。
その後、鳥取の砂丘に行きました。
そのたぶん途中の山陰本線の列車の中で、地元の高校生たちのグループが乗り込んできました。
みんなおいしそうにかまぼこを食べだしました。
あまりにおいしそうなので、「おいしそうだね」と思わず口に出してしまいました。
そうしたら一人が私たちにもかまぼこをくれたのです。
そして私たちもみんなと一緒にかまぼこを食べました。
実においしいかまぼこでした。
出雲大社から鳥取、そして大山のスキー場にまで迷い込んでしまったのですが、それが私たちの、いわば「新婚旅行」でした。
例によって何も覚えていないのですが、そのかまぼこの一件だけは良く覚えています。
代わりに何かお返ししようにも、なにしろ手ぶらで列車に乗ったので、お礼もできませんでした。
それがずっと気になっていたためです。
そのため、おいしい棒かまぼこに出会うと必ずこのことを思い出します。
私たちにかまぼこをくれた高校生たちにとても感謝しています。
その時、どんな話をしたかも全く覚えてはいないのですが。

節子との旅で、こうした出会いはいくつかありました。
節子と一緒だと、なぜかそうした「人の触れあい」が体験できるのです。

東さんからのかまぼこは、節子にも供えました。
節子も思いだしているでしょうか。

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■衆議院選挙結果への失望

衆議院選挙は民主党の一人勝ちに近い結果になりました。
予想とは同じでしたが、期待とは全く違う結果でした。
これまでの10年の選挙も毎回ほぼすべて期待に反した結果でしたが、今回は一縷の望みを抱いていました。
今朝起きて新聞を見てがっかりしました。

4年前の郵政民営化選挙の二の舞です。
少数野党がいずれも伸び悩みました。
所詮は「自民党」という看板から「民主党」という看板に変わっただけかもしれません。
たしかに官僚や企業との関係は変わるでしょうが、既存の組織やシステムに勝つにはよほどのエネルギーが必要です。
二大政党制という「罠」の中では、システムという支配者には勝ちにくいでしょう。
紆余曲折があるでしょう。
それをまた、マスコミとその雇われ人のコメンテーターが、寄ってたかって餌食にしかねません。
いずれにしろ、この2年が正念場です。
2年もすれば、みんな時の権力に従順になります。
自治体の首長が代わった時によく起きる現象です。

それにしても、もう少し少数野党が伸びるのではないかと思っていました。
あまりにもひどい結果です。
良識を感じさせてくれていた、数少ない政治家まで落選しています。
その一方で、首相経験者およびその息子の自民党議員が当選しています。
肩書きに弱い日本人の本性が感じられますが、政権を勝手に投げ捨てた福田元首相や安倍元首相までもが当選したのには驚きました(恥もなく立候補したことも驚きでしたが)。
そうした地域では、まだまだ民主政治は機能していないとしか思えません。

投票率の低さにも驚きました。
事前調査などでは、9割近い人が投票に行くようなことをいっていた記憶がありますが、嘘をつくのは政治家だけではないようです。

しかし、こうした状況を見ていて感ずるのは、誠実に政治に取り組もうとしている人たちへの、改めての敬意です。
この時評では、政治家に対してかなり辛らつに書いていますが、私が尊敬し感謝している政治家もいます。
私にはとてもできないといつも思っています。
政治家のレベルは、国民のレベルに合っているとよく言われますが、誠実に政治に取り組んでいる人を見ると感謝よりも驚異を感じます。

今回もまた、小沢チルドレンと言われる政治とは縁のなかった人たちが、当選しました。
彼らの新鮮で誠実な目が新しい動きを起こしてくれることを期待したいと思います。
前の小泉チルドレンとは、志と価値観の面でかなり違うと思います。
それくらいにしか期待できることがないのが残念です。

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2009/08/30

■「会話が成立していないことに対する鈍感さ」

タイトルは、このブログも読んでくださっている福岡の西川さんの言葉です。
心しなければいけないという自戒の言葉として、この言葉に出会ってから日に何回かは心の中で反復するようにしていますが、これは情報社会の落とし穴かもしれません。
私だけではなく、多くの人が、その鈍感さに陥っているような気がします。

西川さんがこの言葉を送ってきてくれた契機はちょっとした事件のおかげです。
西川さんをある人に紹介させてもらい、2人の間でメールのやりとりが始まりました。
ところがしばらくして、紹介した人から西川さんからの返信がないのだがという連絡がありました。
西川さんから、その人への返信の一部は私にもCCで入っていたので、そんなはずはないと不思議に思いながらも西川さんに確認したら、メールのやりとりがどうもかみ合っていない気がしているというのです。
調べてみたら、紹介した人のパソコンが、なぜか西川さんからのメールを迷惑メール扱いにして受信排除していたのです。
しかし、お互いにそれに気づかずに、それぞれにメールしていたのです。
海外との交流だったこともあり、お互いにおかしいと思いながらもやり過ごしてしまっていたわけです。

実は、私も同じような体験を最近2回しています。
1回は私が受信排除、1回は相手が受信排除で、トラブルが起こりそうになった体験です。
たしかに、メールは相手に必ず届いているとは限りません。

西川さんはこう書いてきました。

相手からメールが来ます。
私が返信します。
コミュニケーションが成立しているという前提に立っています。
良く考えてみれば、当然、色々な原因で相手に届いていない場合があるのですね。
(中略)
超近代のマシーンで、言語や文字だけで、コミュニケーションが成立していると思い込んでしまうことに、危うさがあるなと思いました。
そして、
そういう意味で、改めて振り返ると、
「会話が成立していないことに対する鈍感さ」を痛感しています。
と書いてきました。

もう30年ほど前になりますが、「非情報化革命論」というのを書いたことがありますが、情報社会はどうやら大きな落とし穴を用意しているようです。
会話が成立していないのに成立していると思い込んでしまうことに注意しなければいけません。

今日は衆議院選挙です。
この選挙でも、多くの人たちが「会話が成立していないことに対する鈍感さ」のなかで悲喜劇を重ねているのかもしれません。
せめて新しくできる政府には、国民との「会話が成立していないことに対する鈍感さ」だけには気をつけてもらいたいと思いますが、あまり期待できないでしょう。
もしかしたら、情報社会とは会話が成立しないことを特徴とする社会なのかもしれません。
この数日、この言葉を反芻しているうちに、何だかそんな気がしてきました。

蛇足ですが、皆さんも一度、迷惑メールボックスを調べてみたらどうでしょうか。
私は毎週、1~2件、誤って迷惑メール処理されているメールを発見します。
パソコンは、時に恣意的に反逆もするものです。

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■節子への挽歌728:会社創立20周年

8月30日。私と節子には、とても思い出のある日です。
といっても、結婚記念日ではありません。
2人で始めた「株式会社コンセプトワークショップ」の創立日なのです。
今年はその21周年目です。
「コンセプトワークショップ」はこのブログのタイトルのCWSのことです。

25年間務めていた会社を辞めて、専業主婦だった節子と一緒に会社を創りました
会社といっても、仕事をするわけでもなく、単なる活動拠点としての位置づけで、どういう会社にするかを試行するためのものでした。
オフィスを開いたのは、会社設立の2か月前ですが、オフィスを開くと案内を出したら、最初の1週間に100人を超す人たちが来てくれました。
それが、その後の私たちの生き方を決めてしまったように思います。
仕事もせずに、人と会い続けているうちに、人に会うのが仕事になってしまったのです。
おかしな会社です。
それでまあともかく会社をつくってしまったわけです。
私は楽しかったのですが、専業主婦だった節子には戸惑いばかりだったと思います。
ところが、そのおかしな会社が21年も持続しているのです。
これは節子のおかげだと思っています。

一時、節子はもう行きたくないと言い出しました。
それはそうでしょう。
いろんな人が次から次へと来て、それに付き合っていたら身が持たないからです。
でも節子は、結局は私のわがままに付き合ってくれました。
節子が「人を見る目」を育てたのは、たぶんそれが大きな一因です。
節子の人間観は確かなものになり、私にいろいろとアドバイスしてくれました。

節子がいなくなってから、オフィスを閉じようかとも思いましたが、
そこには節子と一緒に過ごした20年間の思い出が充満しています。
持続することにしました。
いまも、湯島のオフィスには節子の温もりが残っています。
会社はこの数年ほとんど売り上げはありませんが、存在価値はあるような気がします。
最近またいろんな人が来るようになりましたし、私の応援のために部屋を使って利用料を払ってくれる人まで出てきました。
お金をもらう仕事も久しぶりに再開しようかという気になりだしました。
節子と一緒に活動してきたコンセプトワークショップ(CWS)は私が動ける間は続けようかと思っています。

ちなみに、そのオフィスにドアには次の言葉が書かれています。
Pax intrantibus. Salus exeuntibus
「歩み入る人にやすらぎを、去りゆく人に幸せを」という、ドイツ ローテンブルク城の壁に書かれている有名な言葉です。
節子は幸せを得ているでしょうか。

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2009/08/29

■節子への挽歌727:花火と月

今年は手賀沼の花火大会は中止だったのですが、その代わりに今日のかっぱ祭りのフィナーレにミニ花火大会がありました。
今回はお客さまを呼ぶほどのこともなかったのですが、近くの兄夫婦に声をかけて、一緒の食事をしながら花火も見ることにしました。
花火を見ながら、やはり節子の話が出てきました。
節子はいろいろなことを企画し、旅行にも行ったし、手賀沼の遊覧船にも乗ったし、というような話です。
たしかに節子の企画で、兄夫婦と一緒に旅行も何回か行きました。
節子がいなくなった途端に、私たちの付き合いも少し遠のいた感があります。

節子は、ともかくいろいろなことを企画し、声をかけてくれる人でした。
みんなを楽しませたり喜ばしたりするのが好きだったのです。
まあ時には行きたくもない旅行にも付きあわせられましたが、そうした場合でも、節子は決して飽きさせることはありませんでした。
私が節子に惚れきっていたからかもしれませんが、必ずしもそうではないように思います。
節子は、とてもホスピタリティに富んでいたのです。

手賀沼の花火は毎年1万数千発でしたが、今年は500発だと聞いていました。
500発も打ち上げられたかなとちょっと疑問ですが、水中花火もなく、退屈でした。
昨年は見る気力もなく、その前の年は節子と一緒に病室で音だけ聴いていました。
病身の節子には花火の音さえもきっとつらかったかもしれません。

節子も私も花火好きでした。
最初に一緒に暮らしだしたのは、滋賀の大津の瀬田川の近くです。
そこでの花火大会に2人で行ったような気もしますが、もしかしたら夢かもしれません。
私は本当に昔のことをあまり正確に覚えていないのです。
というか、夢と現実の区別がつきにくい人間なのです。
昔、節子の姉夫婦と一緒に4人でトンネル温泉に行ったことがあるのですが、私以外の3人はそんな記憶が全くないというのです。
そういうことが時々ありますので、瀬田の川原で花火を見た記憶もあやういものがあります。
確実なのは熱海の花火です。
これは家族全員が覚えていますし、たまたま熱海の会場で知人にも出会ったので、確かです。
しかし、今度はその記憶が私自身にあまりないのです。
花火は、かくのごとく人を惑わすものなのです。

まあ余計なことを書いてしまいましたが、花火会場が目の前だということが転居してきた大きな理由ですので、花火大会がなくなったのは残念な話なのです。
でもなぜか私の頭の中では、節子がいなくなったことと花火大会がなくなったこととがつながってならないのです。
節子がいなくなったのであれば、花火大会もなくなって当然だろうというわけです。
昨年の花火大会は、実は私にはかなり辛いものでした。

花火が終わった後の夜空に、上弦の月が寂しげに輝いています。
もしかしたらあそこに節子がいるかもしれない、そんな気にさせる美しい上弦の月です。
花火もいいですが、月もいい。
花火よりも、物言わぬ月のほうが、今の私には相応しい気がしてきました。

私の中でも、花火はもう終わった感じです。

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■明日は選挙ですね

明日は衆議院選挙の投票日です。
実は投票する人はもう決まっていたのですが、いささかあやうくなりました。
その人の応援者から電話があったからです。
私は選挙活動期間に電話があった人には原則投票しないことにしています。
さてしかし、今回はその人しか投票したい人はいないので、いささか困っています。

まあ私のような偏屈者はそうはいないでしょうが、選挙前日の電話はしてほしくないです。
この政党は選挙当日にも選挙に行きましたかという電話をかけてくることがあります。
動員ということに生理的な反発を感ずる私は、その政党の主張に共感することが多いのですが、いつもこうした理由でその政党には投票できたことはほとんどありません。
困ったものです。
そんな瑣末なことで投票先を考えるなと言われそうですが、そうした「瑣末なところ」にこそ、本質が現れるというのが私の考えです。

今回の選挙は投票率が高まるといわれています。
しかし何となく気の抜けた選挙になってしまったような気もします。
郵政民営化選挙の時のような勢いがありません。
マスコミは、選挙報道を抑えて、酒井法子覚せい剤事件を報道しています。
おそらく誰かの意図が働いているのでしょうが、異常なほどの報道です。
まるで覚せい剤普及キャンペーンのような気もします。
郵政民営化選挙の時は、マスコミは郵政民営化キャンペーンを張りましたが、そのしっかりした反省も分析もないまま、たまたま話題になった覚せい剤事件に逃げているだけなのかもしれませんが、いかにも無責任なマスコミの姿勢です。
私にとっては、まともな選挙報道番組がないような気がして残念です。

さて明日は誰に投票しましょうか。
これ以上、電話がかかってこないことを祈ります。

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2009/08/28

■節子への挽歌726:家事の大変さと大切さ

節子
秋になったと思っていたら、今日は夏の空です。
その暑さの中を、自転車でいろいろと回ってきました。
電話をとめられないための電話料の振込みやらお医者さんやらいろいろです。
妻に先立たれた独り暮らしに慣れなければいけません。

節子がいなくなった後、実感したのは、「家事」の大変さと大切さです。
最近の日本の社会は、「家事」をあまりに軽視してきました。
家事を「労働」に変え、市場化したと言い換えてもいいでしょう。

もう15年ほど前ですが、三菱電機が「楽しい家事がはじまった」というコピーで広告を展開したことがあります。
「家事」の大切さが見直される契機になるような気がして、同社の企画関係者の集まりで、これからの展開が楽しみですね、と話しましたが、全く反応がありませんでした。
外部代理店が作った単なるコピーだったのです。
彼らは、新しい物語を創りだして、社会を変えていこうなどとは考えていなかったのです。

日本ヒーブ協会の創立20周年記念の大会にも参加させてもらい、フォーラムの一つを担当させてもらいました。
ヒーブ(HEIB)はHome Economists In Businessの略で、企業と消費者のパイプ役を果たす役割を担う人たちです。
そこで愕然とする体験をしましたが、企業で働く女性たちのダメさ加減を思い知らされました。
彼女たちには「家事」の価値が全くわかっていないと思いました。

こんな話を偉そうに節子にしていたわけですが、節子がいなくなってから、私の考えは単に頭で考えていただけのことだと思い知らされました。
節子がまたねと聞き流していたのを、いまさらながら思いだします。
家事を全くといっていいほど節子に押し付けていた私が、偉そうにいうことではなかったのです。
節子の「家事」のおかげで、私は快適に暮らせ、仕事に全エネルギーを向けられていたわけです。
節子がそう思っていたかどうかはわかりませんが、私のすべての活動は節子あってのものだったのです。

家事は毎日同じことを繰り返すことです。
しかしちょっと手を抜くとどんどん手を抜きたくなります。
そうすると1か月たつと明らかに身の回りの環境が変わります。
逆に、家族のためにちょっとずつ心の込め方を変えていくと、これまた1か月たつと明らかに身の回りの環境が変わります。

毎日同じ繰り返しではないものもあります。
食事担当の娘は毎日何にしようか悩んでいます。
節子の文化で、わが家では出来合いのものはほとんど食卓に出ませんので、食事づくりは極めて創造的な仕事になります。

現在、私は娘たちと暮らしていますが、彼女たちも自分の生活がありますから、節子とはちがいます。
もちろん節子以上によくやってくれるところもありますが、自然と一緒に生活を育ててきた節子とは違います。
節子の頃はそれが当然と言う思いで全く気にしていませんでしたが、娘たちにはそれなりの遠慮も出てきますので、私も何らかの「家事」意識を持つことになってきたわけです。
そして、「家事」足るものの大変さと大切さを実感しているわけです。

節子の家事に対して、感謝の気持ちがかなり不足していたような気がします。
私のような男性たちが、もしかしたら社会をおかしくしたのかもしれません。

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2009/08/27

■全国学力テストの正解に異議あり

4月に実施された全国学力テストの問題と結果が発表されました。
大阪では小学校の順位が上がったのに中学校の順位が上がらなかったので、橋下知事がまたひどい発言をしていました。
こういう人が日本の教育をだめにしていくのでしょう。
順位が上がることにどれほどの意味があるのか、

それはともかく、テレビで取り上げられた問題がとても気になりました。
NHKも民放も同じ問題(小学校用算数Bの3)を紹介していましたから、出所は文部科学省でしょう。
その問題は正解率が40%でした。
私は最初「正解」を出しましたが、問題を読んでみて、「正解」が正解ではないような気がしてきました。
みなさんはどう思われるでしょうか。
こういう問題です。

よう子さんたちは,港博物館に行くことにしました。
よう子さんたちは,バスに乗って港博物館に行きます。
このバス停には,午前9時40分に集合します。
港博物館までは,バスで20分かかります。
午前10 時20 分までに,港博物館に着くためには,午前何時何分に発車する予定のバスに乗ればよいですか。その時刻をすべて書きましょう。

そしてバスの時刻表が出ています。
時   分
6   10 40
7   10 40
8   10 30 50
9   10 25 45 55
10 10 25 45 55
11 10 30 50

「正解」はみなさんがお考えのように、9時45分と55分だそうです。
私も最初はそう考えました。
でもよく読んでみてください。
集合時間に集まった人たちが一緒にバスに乗るとしたら、という条件はどこにもありません。
もしかして、みんな9時20分に集まってしまったらどうするのでしょうか。
45分まで待っているのでしょうか。
あるいはみんなと一緒にバスに乗りたくないので、早目に行きたいという人はいないでしょうか。
私には条件が不十分だと思います。
多胡さんの「頭の体操」であれば、おそらく正解は9時55分の前のバスならどれでもいいということになるでしょう。
そして、実は正解率が低かったのは、そう答えた人が多かったからなのだそうです。

どう思いますか。
たぶん私が回答者だったら、そう答えて、但し、集合時間以後に限るのであれば、9時45分と55分だけと下にメモして置くでしょう。
わたしは、そういう素直でない子どもでした。
いえ、それこそが素直なことだと思っている子どもでした。
そしてその「良さ」は今もなお少しだけ残していると自負しています。
まあ言い方を変えれば、大人になりきれなかったということですが。

中学校では、答が一つしかないのはおかしいといって怒られました。
大学の政治学の試験には、問題の不適切さを指摘して優をもらいましたが、いまの大学では無理かもしれません。
通信教育では、採点されてきたものを逆採点して送り返して、受講をやめてしまいました。
考えを枠にはめるような教育やテストは断固拒否しなければいけません。

学校の成績と知的水準は別物です。
むしろ逆比例しているかもしれません。
私は、これでも学校の成績は良いほうでしたが、娘からは頭が悪いといわれつづけているので、最近はそうかなと思うこともあります。
この問題の正解率が4割だというのは問題だとテレビはいっていますが、こんな問題を出す文部科学省の官僚が問題なのではないかと思います。
きっと私以上に優等生だったのでしょう。
しかし、あまりにレベルが低すぎます。
いえ、こんなことを指摘する私のレベルが低すぎるのでしょうか。

国旗問題にしろ、最近の学校は活躍できる場がたくさんありそうなので、もう一度子どもになりたいくらいです。
学力テストは大幅に見直すべきです。
無駄どころか弊害が多すぎます。
儲ける人は少なくないでしょうが。

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■節子への挽歌725:アップに堪えられない顔

節子
久しぶりに雑誌に原稿を書きました。
たぶん節子がいなくなってから初めてです。
私もだいぶ元気になってきたのかもしれません。
以前はいつも原稿を書いた後、節子に読んでもらいました。
節子が読んで理解できれば、だれが読んでも大丈夫だろうというのが、その理由です。
節子からOKがでなければ、リライトしました。

今回は節子がいないので、いささか自信がなかったのですが、うっかり締切日を間違っていたので、推敲する間もなく先ほど送ってしまいました。
ところが編集者から、佐藤さんの写真も送ってください、と連絡があったのです。
はたと困りました。写真がないのです。
それで仕方なく、節子が元気だったころに一緒に撮った写真を探し出しました。
節子を見送った後、私は写真を撮らなくなったからです。

節子との写真はたくさんあります。
それを見ていて、気づいたことがあります。
節子はいつも笑っているのです。
本当に笑っている写真が多いのです。
もちろん病気になってからの写真です。

その一方で、私の写真は少ない上に、顔が大きく写っている写真がないのです。
もちろん写し手は節子です。
つまり節子は私の顔写真を撮っていないのです。
アップに堪えられないと思っていたのかもしれません。
たしかに、それは事実なのですが。
そのため原稿にあわせて掲載する私の顔写真はなかなか見つかりません。

実は4年前までは、時々、原稿を書いたり、講演をしたりしていました。
その時の顔写真は決まっていました。
近くのあけぼの山公園で節子が撮ってくれた写真です。
私のホームページに掲載されています。
それが気に入っていたのですが、この写真がいつの間にかなくなってしまいました。
それにこれは10年ほど前の写真なので、いささか現状と違います。

さてどうするか。
娘に撮りなおしてもらえばいいだけの話なのですが、節子が撮った私の写真と娘が撮った私の写真は明らかに違うのです。
娘にうまく写っていないというのですが、実物はこんなもんだよと言うのです。
困ったものです。
いまさら実物を変えることは難しいですし。
節子は私を贔屓目に見ていますから、写真もよく写るのです。
ほんとうですよ。
ところが、その節子が病気になってから撮った私の写真はみんな遠景です。
アップがないのです。
これはどういうことでしょうか。
節子から見放されていたのかもしれません。

さてさてどの写真を使いましょうか。
できれば写真なしでお願いできないか、頼んでみようと思います。
こういう時、節子がいたら名案を出してくれるのですが。

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2009/08/26

■節子への挽歌724:「残念だったですね」

節子
今日は節子を喜ばすニュースです。

いま日中友好活動に取り組んでいる知人がいます。
いろいろとお誘いや情報をもらいながら、この数年、南野返事も書けずにいました。
先週、その人からまたお手紙をもらいました。
メールで思い切って節子のことを伝えました。

その返信メールです。

こういう状況とは知りませんでした。
お悔やみ申し上げます。残念だったですね。
小生は、奥様を一度しか事務所で御見かけしませんでしたが、とても知性的で美しく、さぞや若い時は多くの男性から、憧れの眼で見つめられた方だろうと思っていました。
さてさて、これは事実にかなり反します。
節子は知性的ではなくて、さほど美しくもなくて、それに若い時に多くの男性にもてたわけでもありません。
まあどこにでもよくいる元気な女性の一人でした。
いくら贔屓目に見ても、この節子像は過剰粉飾です。
しかし、そうだとしても、こう書かれると何だかうれしくなってしまうものです。
たとえ嘘でも褒められると幸せな気分になります。

まあそれはいいのですが、
私がこのメールでグサッときたのは、「残念だったですね」という言葉です。
いままで気づかなかったのですが、「残念」という言葉は奥深い言葉だと気づきました。
心残り、無念さ、悔しさ。
いまの私の気分を見事に表わしてくれています。

吹っ切ろうとしても吹っ切れない「念」が残っているのです。
そしておそらく節子もまた、大きな「念」を残して逝ったのではないかという思いから解放されないのです。
念が残っているがゆえに、心身が軽くならないのです。
跳べない、次に移れない、疲れやすい、持続できない。
みんなもしかしたら「念」のせいです。
私がこんな状況なので、節子ももしかしたら成仏できずにいるかもしれません。

「残念」と同義語に「無念」という言葉があります。
無念は、念から解放されたことです。
にもかかわらず、なぜ同義語なのでしょうか。
「残った念」「無くした念」。
何を残し、何を失ったのか。
この謎解きは時間が少しかかりそうです。

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■国会議員定数の削減

今日の朝日新聞の日本財団の笹川会長が、国会議員定数の削減を提言しています。
この問題はあまり大きくは取り上げられていないように思いますが、極めて重要な問題のように思います。
私は反対でも賛成でもありません。
問題はそう単純ではないと思うからです。
削減賛成の人の理由はコスト削減です。
今朝の笹川さんの提言でも、国会に1000億円の予算がかかっているが、まずはその削減からはじめるべきだと書いています。
しかし、そのために議員定数を削減する必然性はありません。
笹川さんの提言は全く論理が成り立っていません。
予算削減するのであれば、定数に手をつける前に、たとえば報酬を半減すればそれで終わりますし、削減可能な関連費用はたくさんあります。
議員宿舎などもその一つです。
問題はお金ではないでしょう。
なぜみんなお金でしか考えられなくなってしまったのでしょうか。

反対論者は少数意見の人が議員になりにくくなるといいます。
議員定数の削減により二大政党以外の人が当選しにくくなるというのです。
たしかにそれは否定できないことです。
少数政党が議員定数に反対している理由はよくわかります。
この理由で、銀定数削減に反対する意見には、私も賛成できます。
でもだからといって、いまのような国会議員の数が必要なのかは疑問です。

第一、猫も杓子も戸は言いませんが、これほど多くの人たちが国会議員になりたいと思う状況にこそ、私は違和感があります。
それほど国家議員職は利得があるのでしょう。
その状況こそがおかしいように思います。
国会議員特権などはとんでもない時代錯誤の制度です。
名古屋市長になった河村さんが首相になれば、きっと見直されるでしょう。
特権を持った人には、代表など出来るはずがありません。

まあそれはそれとして、問題は定数にあるのではありません。
議員制度そのものにあります。
二大政党制とか小選挙区制度と国会議員定数は深くつながっています。
二大政党制度の下では、そして党議拘束や政党公約が支配している状況の中では、国会議員は歯車でしかありませんから、少なくてもよいかもしれません。
そうしたなかで議員定数を削減したらどうなるかは明確です。
少数意見は代表者を持ちえなくなるでしょう。
現状維持が政治の目的であるのであれば、それでも良いかもしれませんが、政治は変化への対応がむしろ目的です。
国会では、多様な意見が交わされる熟議の場であり、創発の場でなければなりません。
そうなると選挙区制度そのものの見直しも必要になるかもしれません。

国会議員定数は、決して財政問題ではありません。
多ければ良いわけではありませんが、少なければ良いわけでもありません。
私たちの生活をきちんと代表する仕組みができているかどうかの問題です。
今の制度が出来ていないことは言うまでもありません。
そこをどう変えるかが問題のような気がします。

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2009/08/25

■節子への挽歌723:節子に寄り添っていなかった自責の念

節子
昨日は久しぶりにちび太と散歩に行きました。
いつもは娘たちが行ってくれるのですが、今日は不在で、逆に私が在宅していたのです。

ちび太は昨日が誕生日です。
もう14才、人間でいえばたぶん私よりも年上に当たる老犬です。
最近、耳が遠くなっただけでなく、時々、ボケ現象が起こるほどです。
ですから散歩も以前のように遠出はしません。
せいぜい自宅周辺を10分ほど回るだけなのです。
それでも戻ってくる頃にはへとへとの感じで、よたよたしてしまいます。

わが家の近くはわずかばかりの坂道です。
元気な人には坂道などと気づかないほどのわずかな傾斜です。
しかし、そこに来たら、よたよたしていたちび太の歩き振りがさらに遅くなり、時々、立ち止まるのです。
そういえば・・・・

節子が再発し、散歩に行けなくなってからも、節子は少しでも歩こうと心がけていました。
そして、夜になってから、自宅の周辺をゆっくりと歩き回るのを日課にしていました。
私もできるだけそれに付き合いましたが、その歩き方は実にゆっくりでした。
歩くというよりも、少しずつ動きながら立っているという感じでした。
そのうちに、わずかばかりの傾斜のあるところには行かなくなりました。
下る時はいいのですが、登る時は辛いからだといいました。
ほんのわずかな坂なのです。
最初は私には理解できませんでした。
普通の人には気づかないような坂が、節子には辛かったのです。
ちび太の歩き振りを見て、その頃のことを思い出しました。
そして、あの時、私は節子と寄り添っていたのだろうかと反省しました。
おそらく無意識に、あるいは身体的に、節子を急がせていたことでしょう。
だから時に節子は、一人で歩いてくるから一緒に来なくていい、と言ったのです。

寄り添うように見せかけて、私は節子に寄り添っていなかったのです。
散歩だけではありません。
いろいろな場面で、私は節子に寄り添うのではなく、節子を私に寄り添わせていたのかもしれません。
急にそのことに気づきました。
なぜ節子に合わせて、ゆっくりと歩けなかったのか、
いや、なぜ節子に合わせて、ゆっくりと生きなかったのか。

この挽歌を読んでくれている読者は、私が節子にけなげに寄り添っていたように感じているかもしれません。
しかし、ほんとうは、私は節子に寄り添っていなかったのです。
思い当ることは山のようにあります。
悔やまれることが次々と思い出されます。
寄り添うどころか、おそらくは薄情な夫でしかなかったのです。

節子が病気になってからも、私は節子の思いなど理解することなく、元気に歩きすぎていたのではないか。
寄り添っていたと言い切る自信がありません。
節子はきっと不満だったでしょう。
いまさら遅いのですが、それが痛いほどわかります。

節子に対してさえ、それができなかった私には、他者に寄り添うなどと言うことはできようはずがありません。
節子
あなたに支えられて取り組んできた、コムケア活動への自信が揺らいでしまいました。
何のために私は、節子との時間まで削いで、コムケア活動にのめりこんでいたのでしょうか。
完全に間違っていますね。
自己嫌悪に陥ります。

早朝に目が覚めてしまいました。
心がとても不安です。
今日はいろんな人に会うので元気を出したいのですが。

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2009/08/24

■政権交代の2つの次元

政権交代の意味については、山口二郎さんがとてもわかりやすく整理してくれています。

日本は長年、自民党が唯一の政権政党だったために、本来自発的結社であるはずの自民党と、公的な制度としての政府との間の境界が曖昧になり、官僚も、メディアも、政府というよりも、自民党の意向で動くようになっている。それを改めることが政権交代の意味だというのです。
政府と自民党の、いわば「公私混同」が、さまざまなひずみを起こしているわけです。
山口さんが指摘しているように、官僚は自民党の利益のために行動することが常態となり、警察や検察も、自民党が支配する状態を守るべき秩序と考えるようになります。
たとえば、鶏卵生産者大会事件麻生首相宅拝見ツアー事件、あるいは最近の西松建設による献金事件に関する不公平な立件などに、そうしたことがはっきりと出ています。
テレビを初めとしたマスコミの、自民党への迎合ぶりもつい最近までは見事なほどでした。

政権交代は、自民党から民主党へと政権党へと政権が変わることではなく、私的な自民党から公的な政府へと、政権が変わることを意味するわけです。

しかし、もう一つ大きな政権交代が垣間見えるような気がします。
それは、政治家による政権から世論による政権へということです。
郵政民営化はその先駆的な動きでしたが、国のことを考えていた政治家は郵政民営化に反対していた人も少なくないはずですが、国民世論がそうした政治家を切り捨ててしまい、政治の世界から議論や調整の文化を排除していったのです。
それを煽ったのは一部の政治屋たちと彼らに雇われた「にわか政治家もどき」たちですが、私たちはそれを歓迎してしまったのです。
そして、良識的にいえば、とても乱用などすべきではない、三分の二制度が繰り返し使われてしまい、政治は完全に数の暴力の世界になってしまったわけです。
世論による政治は、一見、国民主役の政治のようでいて、決してそうではありません。
それは両刃の剣のような危険なものなのです。
残念ながら私たちにはまだそれを使いこなせないことは、この数年の政治状況で学べたように思います。

もし仮に、民主党が圧勝し、4年前の郵政民営化のように三分の二以上の議席を得たならば、もう一つの危険な政権交代がかなり定着してしまうかもしれません。
デモクラシーからポピュリズムへの移行であり、政治の経済化がさらに進むことになりかねません。

今回の政権交代は単に政権政党が変わるだけではないわけです。
そこがとても悩ましいわけです。
自民党と民主党は、結局は同じ体質の政党ですから。まあどちらが政権をとろうと国民にとってはたいした問題ではないかもしれませんが、その選挙結果は国民に大きな影響を与えかねません。
社民党や共産党が主張するように、民主党の一人勝ちは避けなければいけませんが、そう思っているとすでに役割を終えた自民党のゾンビ政治家たちが漁夫の利を得るかもしれません。
今度の選挙の投票はしっかりと考えてから投票しなければいけませんが、なかなか難しい選挙であることは間違いありません。

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■原発と二酸化炭素の関係

エントロピー学会というのがあります。
この学会は関心を持った人たちの自発的な会費によって成り立っていますが、目安の会費は年間5000円程度ですので、気楽に入れます。
もし環境問題に関心をおもちであれば、入会されることをお薦めします。

この学会で出している機関誌はとても刺激的です。
7月号では「原子力発電の新局面」が特集されていました。
今日、ようやく読みました。
「原子力の場から見た地球温暖化問題」という京都大学の小出裕章さんの論文が面白かったので、少し紹介させてもらいます原子力は二酸化炭素を出さず、環境にやさしい」と言うのが、おそらく多くの方の認識です。
政府も電力会社もそう言ってきましたが、最近は「原子力は発電時に二酸化炭素を出さない」という言い方に変わったそうです。

そう言い換えざるを得なかったことの意味を、小出さんはデータを示して説明してくれているのですが、併せて、「原子力は発電時に二酸化炭素を出さない」ということにも疑問を示しています。
少し冷静に考えれば、おそらく誰にもわかることでしょうが、私たちはついつい「白か黒か」の議論のなかで、二酸化炭素を出さない原発という呪縛に絡めとられているのかもしれません。

小池さんはまたこうも書いています。

自然は複雑な系で、地球の温度も地球誕生以降大きな変動を繰り返してきた。新生代に入っても、大きな氷河期を4回も経験し、それぞれの氷河期とそれが終わった温暖期の気温には約10度もの違いがあったが、それでも、北極の白熊が絶滅したりはしなかった。
この論文の前にある、藤田祐幸さんの論文も刺激的です。
原発が生み出す電力の特性を整理してくれています。
原発は巨大で繊細なシステムであるため、激しく変動する負荷に追随することが出来ず、運転を開始したら一定の出力を維持しながら運転を続けねばならないという宿命を持っている。このような特性があるため、原発は深夜でも使い続けている電力(ベースロード)をまかない、変動分は火力や水力が担当するという役割の分担がなされている。従って、原発はベースロードを越えるものは、建設しても運転することはできない「はず」である。
しかし、べ-スロードの限界を超えて原発は次々と建設されてきた。
そして、だからこそ、国内のベースロードの電力需要を高める施策が進められているというのです。
見えなかったものが一挙に見えてくる気がします。

いささか説明不足の記事になってしまいましたが、日本のエネルギー政策には何か胡散臭さを感じている私には、実に面白い2つの論文でした。
他にも考えさせられる原発関係の論文が出ています。
よかったらお読みください。
私のような感覚で原発批判をしているのとは違って、説得力があります。

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■節子への挽歌722:詐欺師人生

節子
青森の三沢で花いっぱい活動に取り組んでいるSさんからメールが来ました。
もしかしたら、今年、また三沢に行くかもしれないとメールしたことの返信です。

先生(一応、私は三沢のまちづくり活動のアドバイザーだったのです)がいらした頃とは会の活動も市の担当職員も変わっていますが、会員の方は活動に楽しみを見出しているように見えます。
先生にもまたいらしていただいて、詐欺師のように皆さんの気持ちに魔法をかけてください。(笑)
詐欺師。
そういえば、Sさんはたしか以前にも私を詐欺師のようだといいました。
いささかムッとしますが、もしかしたら、正しいかもしれません。
私の人生は詐欺師人生だった、と考えると、なんだか奇妙に納得できるような気もするのです。

まずは、世界で5番目に幸せにするといって節子と結婚しました。
節子はなぜ5番目なのと、時々、笑いながら私を問い詰めましたが、5番目というのは立証不能、つまり否定不能なのです。
しかし、今から考えると、5番目どころか、あんまり幸せにはしてやれなかったと思います。

ある人がとてもいい企画を持ってきました。
とても面白いから取り組んでみたらといったら、「佐藤さんには前にも乗せられて、その気になってしまったから注意しないといけない」と言われてしまいました。
まあ、人をその気にさせるのは、詐欺師の特性かもしれません。

谷和原村で城山公園での里山活動を始めた横田さんも、最初は仲間が集まらずに、「先生に騙されてしまった」と笑っていたことも思い出します。
いまは城山の里まつりも定着し、楽しくやっているようですが。

そう考えていくと、私に騙されたと思ったことのある人はかなりいるのかもしれません。
節子が私と結婚したのも、もしかしたら私のこうした詐欺師的な巧妙な口車に乗ってしまったからかもしれません。
節子が私と結婚すると知って、たぶん驚いた人は少なくなかったはずです。
そういえば、「修さんは口がうまいから」と、節子は時々行っていました。
私の本性を見抜いていたのかもしれません。

しかし、念のために言えば、私は詐欺師ではないのです。
その時は本当にそういう気になるのです。
嘘をいえないのが私の性格でもありますので、詐欺師には全く向いていないわけです。
もっとも、それこそが天性の詐欺師なのかもしれません。
自分さえも騙してしまうわけですから。
やはり詐欺師と考えた方が、いろいろと納得できることが多いですね。

何だかややこしくなりましたが、私は人を乗せるだけではなく、自分をも乗せてしまう傾向があるのです。
そして、やらなくてもいいことをいろいろと引き受けてきてしまうわけです。
なんでこんなことまでやらなければいけないのだろうと、思うことが最近少なくありません。
もしかしたら、この性格は節子と結婚したために身についたことかもしれません。
節子のほうが、むしろ詐欺師ではなかったのか。
私をその気にさせて、自分はさっさと現世を引退してしまう。
節子のほうが私よりも一枚上手の詐欺師かもしれません。
もしかしたら、今もどこかに隠れて、私の慌てぶりを見ているのかもしれません。
いやはや、油断はできません。

パソコンの前で、詐欺師の節子が笑っています。

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2009/08/23

■地方分権の欺瞞性

選挙を目指しての政治議論が盛んですが、やはり批判合戦が多く、政党代表の議論を聞いていても、虚しさだけが響いてきます。
今回の最大の論点は「政権交代」ですが、タレント政治家の東国原さんと橋下さんの活躍もあって、「地方分権」も大きな論点とされています。
しかし、地方分権がなぜいいのかという議論はあまりありません。
4年前の郵政民営化がなぜいいのかがしっかりと吟味されなかったことと非常に似ています。

私は、現在進められているようなかたちでの地方分権には違和感があります。
そもそもこの10年の地方分権は、団体自治という面での取り組みでしたから、国との関係において、その出先機関である地方自治体(地方行政)の権限をどこまで認めるかと言う発想でした。
これは中央集権体制の改善策でしかありません。

宮崎県知事や大阪府知事が主張しているのは、要するに国と都道府県との権力闘争でしかありません。
そこには、肝心の住民は不在と言っていいでしょう。
知事たちの反乱と住民たちの反乱は、似て非なるものなのです。
大阪の橋下知事は県政に変化を起こしたようにも見えますが、宮崎県の東国原知事はおそらく県政にはマイナスの影響を残すことになりかねません。
おそらく10年後には宮崎県の人たちも気がつくでしょう。

民主党は、地域主権を標榜しています。
ここには住民自治の発想があると期待しますが、全国知事会の要請に迎合するような姿勢にはいささか失望してしまいました。
大切なのは「地方分権」ではなく「地域自治」ではないかと思いますが、自治を標榜する人はあまりいません。
自治を基本にする社会を目指すのか、分権によって統治する社会を目指すのかは、全く違った国の姿や財政制度を求めていくでしょう。
自治を基本とすれば、財政規模はおそらく桁違いに縮減できるはずです。
そうしたパラダイム転換が必要な時期に来ていると思いますが、行政の継続性などという表層的な言葉で、そうした発想は切り捨てられていくことが予想されます。
そうして社会はいつかカタストロフィーを迎えるわけです。

「地方分権」は一つの例です。
今回の個別争点の多くは、もっと言葉を吟味しないと危険です。
なにしろ環境政策とは、時に環境市場化政策であるというのが昨今の日本なのですから。

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■節子への挽歌721:イチジク

福岡の蔵田さんがイチジクを送ってきてくれました。
節子が好きだったことを知って毎年送ってくださるのです。

節子がイチジクを好きになったのは、わが家の庭にあったイチジクを食べてからです。
お店で売っているイチジクは節子は食べませんでしたが、そのイチジクは食べるようになったのです。
前に書いたことがあるかもしれませんが、小ぶりですが甘さの強いイチジクです。
日本イチジクではないかと思いますが、よくわかりません。

転居した時も挿木をしましたが、なぜか新しい家の庭ではうまくなりませんでした。
なっても熟す前に鳥に食べられてしまいました。
節子は楽しみにしていましたが、結局、食べることはできませんでした。
節子を見送った年、なぜか一つだけが蜂にも鳥にも食べられずに収穫できました。
その一つを節子の位牌に供えたのをはっきりと覚えています。

ホームページに書いた記憶があったので、読み直してみました。
読み直して驚きました。
淡々と、何もなかったように、書かれていたからです。
おそらくまだ私自身が現実を受け容れられずにいたのかもしれませんが、節子を見送った直後の文章とは信じがたいです。

悲しさは年とともに薄れていくといわれます。
しかしそんなことは決してありません。
むしろ年とともに深くなります。
外面ではたしかに悲しみを克服できたように見えるかもしれません。
しかし内面では、それと比例するように、悲しみや寂しさは深くなっていきます。
2年前の文章を読んで、改めてそんな気がします。

イチジクは日本の神話にはあまり出てきませんが、ヘレニズムの世界の神話では生と死に深く関わりながらよく出てきます。
キリスト教では再臨にもつながっていますし、古代エジプトでは生命の樹はイチジクにたとえられることが多かったといわれます。
イチジクを食べて、神のように復活するという話もあるようです。

蔵田さんからのイチジクは早速、節子に供えさせてもらいました。
そのイチジクを食べて、節子が復活してくれないものかと本気で念じました。
そんなことは絶対起きないといわれそうですが、そうした奇跡が起こるのではないかという思いが心のどこかにあるのです。
だれかを愛すると、人は論理的でない行動をしがちですが、愛する人を失うと論理的でない発想を受け容れてしまうものなのかもしれません。

庭のイチジクの樹は最近手入れもせずにいますが、節子に食べてもらうために久しぶりに手入れをしました。
ただ節子が鳥になって帰ってくるといっていたので、鳥のためにも提供しようと思います。

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■改めて「ニュールンベルク裁判」を観ました

昨日、映画「ニュールンベルク裁判」に言及しましたが、書いたことが気になって確認のために映画を観てしまいました。
3時間の大作ですので、途中でやめたかったのですが、記憶していた以上に現代の日本につながっているようで。結局、最期まで観てしまいました。

この映画を観たのは私が大学生の頃ですが、当時、私は検事を目指していました。
当時私が理想としていた検事像が描かれており、当時を思い出してしまいました。

それはともかく、この映画の中で語られる一言一言がとても示唆に富んでいます。
今の日本がナチスが勢いを持ち出した当時のドイツと同じだとはいいませんが、どこかつながるところを感じますし、司法の本質も感じます。
50年ほど前の映画ですが、機会があったらぜひ観てください。
このブログでもまた取り上げていきたいと考えています。

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2009/08/22

■節子への挽歌720:ボロボロの白い靴

節子
夏の白い靴がもうボロボロになってしまいました。
なにしろ一足しかないのです。
どこに行くにもこの靴なのです。
肌着類は節子がたくさん買ってくれていましたが、靴までは気が行かなかったようです。
それで買い置きがなかったのです。

私は買物がどうも苦手です。
それを知っている娘たちがいろいろと買ってきてくれますが、白い靴だけは見つかりません。
なぜか私が好きなかたちの白い靴がないのです。
とんがっていたり、おしゃれすぎたり、装飾があったりして、どうも私的ではないのです。
こんな時にも節子は私にとことん付き合ってお店に行ってくれました。
節子に頼めば何でも手に入ったのです。

さて白い靴です。
あまりのボロボロさに、2人の娘が探し始めてくれました。
しかし見つかりません。
ファッショナブルとは思えない、実にシンプルな靴なのに、なぜかないのです。
今日も出かけるのですが、傷だらけでよれよれの靴を履いていかねばいけません。

このタイプの白い靴を私は学生の頃から愛用してきています。
価格はおそらく3000円か4000円程度の安い靴です。
節子は、靴はもっといいものを履けと言っていましたし、友人の靴職人はそんな靴を履いていたらダメだと怒りますが、その安い靴が好きなのだから仕方がありません。
トレッキング用の、それなりの靴も節子とおそろいで買ったのですが、夏のハイキングはいつもこの靴でした。
節子と一緒に、千畳敷カールを歩いたのもこの靴です。
ボロボロになってしまったわけです。
早い時は1~2年で買い換えていましたが、節子の病気が悪化してからは靴など買いに行った記憶はありません。
ですからいま履いている白い靴は、もう3~4年目かもしれません。
普通ならすでに廃棄処分されているような状態なのです。

長々書いてしまいましたが、今日は靴の話を書こうと思ったのではありません。
私のわがままに応えてくれる娘たちのやさしさを書きたかったのです。
この数週間、我孫子はもとより、柏まで足を延ばして、この種の靴が売っていそうなお店を軒並み探してくれたのです。
まさかと思うほど熱心で、節子が娘たちに乗り移ったのではないかと思いました。
なにかと親不孝な娘たちですが、節子の文化はしっかりと伝わっているようです。
白い靴がなかなか見つからないおかげで、そのことがよくわかりました。

さて今日もまたゴミ箱から拾ってきたような靴で、自殺のない社会づくりネットワークの交流会に参加してきます。
節子がいたら、みっともないから茶色か黒い靴を履いていけというかもしれませんね。

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■最高裁判事の国民審査に先立って

先日、NHKのBS放送で「ニュールンベルク裁判」が放映されました。
その関係で、「ヤニング」などという検索ワードで、このブログへのアクセスが増えていました。
この映画は大きなメッセージを出している映画で、多くの人に観てほしいですが、こうした映画が少なくなったように思います。

この映画で、検事と弁護士がやりあう場面で、「裁判官は国家を守るべきか、国民を守るべきか」という議論が出てきます。
国家を守るのも国民を守るのも同じではないかと思う人もいるでしょうが、これは全く正反対の発想です。
ちなみに、このブログの時評編の根底にある考えは、まさにその違いから出ています。
組織起点で発想するか、個人起点で発すするかの違いですが、いま、その社会の構成原理がパラダイム転換しようとしていると考えているのが私です。

8月30日の衆議院選挙に合わせて、最高裁判事の国民審査が行われます。
おそらくほとんどの人は、これに関してはあまりしっかりと考えていないでしょう。
しかし、ある意味では、国民生活から考えれば、こちらの方にこそ大きな意味があるともいえます。
映画「ニュールンベルク裁判」は、そのことも示唆しています。

審査の対象になる判事の言動は、ほとんどの人は知らないでしょう。
私自身もほとんど知りません。
しかし幸いにそれぞれの判事のこれまでの判決姿勢や発言などを簡単に整理してくれているサイトがあります。
Matimulog―北の国から見る法・裁判・民事、そしてサイバー法というサイトに、「vote:最高裁判事の国民審査下調べ」という記事が出ています。
ぜひお読みください。

今朝の朝日新聞に、今年1月に最高裁判事を辞めた泉徳治さんのインタビュー記事が大きく出ています。
そこで泉さんはこう発言しています。

「日本に『和をもって貴しとなす』という言葉があるように、裁判官の間では伝統的に、自分の個性を出さないで判断するのがよいと考えられてきました。これまでの判例の枠の中で答えを出すことが、法的な安定性、公平性につながるという考えが根強いのです」
ここにまさに、日本の司法の根本理念が感じられます。
その記事でも触れられていますが、裁判官出身の最高裁判事(比率的には一番多い)は、違憲判断することが少ないと指摘されていますが、それは憲法解釈の視座を国家(政府)においているからです。
つまり「勝てば官軍」の精神があるのです。
その精神が法治原則の対極にある考えであることはいうまでもありません。

8月30日の選挙では、国民審査も重視してほしいと思います。
なかには、いつも全員×にしているという人もいますが、それでは全員○と同じ効果しか持ちません。
審査には、それなりの汗をかかなくてはいけません。

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2009/08/21

■ネット販売の向こうにあるもの

インターネットを使った「ネット通販」が好調だそうです。
この10年、毎年、6~7%の伸びで、昨年度の通信販売は推計で4兆円を超えたそうです。
とまあ、こういわれても、あまりピンときませんが。

実は最近、私はようやく、ネットで購入することの利便性と効用を知りました。
まず探している商品をみつけることがこれほど簡単だとはしりませんでした。
それもかなり条件を指定できます。
さらに驚いたのは、安いことです。
また消耗品はリサイクル製品がたくさん出回っていることを知りました。
卓上複写機のトナーを探していましたが、古い形式なのでなかなかありませんでした。
ところがネットで探したらすぐ出てきました。
しかもリサイクル品で頼んだら、大型電器店の新品に比べて、半額以下でした。

それに味を占めて、いろいろと調べてみました。
実に面白いです。
かつての消費者が百貨店めぐりをしたり、今の若い女性たちがアウトレットめぐりをしているのとは違うかもしれませんが、いろいろな発見もあります。

もうひとつわかったのは、さまざまなポイント制があるということです。
これも不思議なのですが、あるサイトを経由すると二重にポイントがつきます。
なにやら三重に付くような気がするものもありますが、だんだん複雑になって、要するに訳がわからなくなってしまいますが、うまく活用したら、メリットは大きいでしょう。
いやそれ以上にたぶんゲーム感覚にはまってしまうのかもしれません。

そういえば、私のホームページにある「コモンズ書店」を経由して本を買うと金額の3%が私の講座に振り込まれるのですが、それはなにも書籍に限らず、要するにアマゾンからであればなんでもが対象になることがわかりました。
残念ながらコモンズ書店はほとんど売り上げはないのですが、それでも時々、ここを経由して書籍やDVD、ゲームなどを購入してくれる人がいます。
その結果、私のところに数十円のマージンが入るわけですが、これは私にとっては「不労所得」です。
こうした「不労所得」がおそらくいろんなところで発生しているのでしょう。
おそらくそれを累計するとかなりの規模になるでしょう。

不労所得を排除していくことで経済は効率的になっていくのではないかと私は思っていたのですが、どうも事実は反対のようで、不労所得を増やしていくことが経済を効率化するのかもしれません。
ここでの問題は、「不労」とはなにか、「効率」とは何か、なのですが、それらは悩ましい問題です。

それにしてもネット販売の広がりは、産業のあり方や流通構造を変えるだけではなく、市場というものをまた変えてしまうような気がします。
少なくとも「売る人」と「買う人」とが別々にいる市場ではなく、それぞれが保有しているものの価値を創発させていくような市場です。
アマゾンは参加者の自宅の書棚を市場のための商品庫にしたと言われていますが、やっとその意味するところが理解できました。
そこからこれからの新しい経済の姿が垣間見える気がしますが、まだそれを見据えることができません。
どうもその市場においては金銭も小売店もいらないような気がするのですが、どうでしょうか。
私的所有という概念もなくなるかもしれません。
私的所有発想がなくなれば、この世界はとても豊かになるでしょう。
何しろ世界そのものすべてが自分のものになるのですから。

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■節子への挽歌719:私と結婚しなければもっと幸せになれたのではないか

節子
節子もよく知っているIさんに電話をしたら、出張で奥さんが出ました。
久しぶりに奥さんと話しました。
節子は奥さんには会っていませんが、手紙でのやりとりは何回かあったはずです。
私たちと同じく、とても仲のよいご夫妻です。
闘病中の私たちをいつも気遣ってくれていたご夫妻です。
ところが、この数年、奥さんの体調があまりよくないのです。
心配していたのですが、元気そうな声で安心しました。
が、電話の声では実は安心できません。
節子もそうでしたが、電話の声だけは元気になることもあるのです。

それはともかく、話しているうちに、彼女がこんなことをいいました。

こんな身体の弱い私と結婚しなければ、彼はもっと幸せになれたのではないか。
ドキッとしました。
節子も、そういうことを言ったことを思い出したからです。

良いこともあり、悪いこともあって、夫婦です。
そして苦楽を共にできることの幸せこそが、夫婦の喜びかもしれません。
夫婦になった以上、相手にどのような心配や負担をかけようとも、負い目に感ずることはありません。
それに、喜びを共にするのも、辛さや悲しみを共にするのも、もしかしたら同じことなのかもしれません。
節子との暮らしのなかで、そしていなくなった節子と暮らすなかで、そう考えるようになってきています。

共にするのは「喜び」であってほしいとみんな思うでしょうし、私もそう思いますが、それ以上に大切なのは、お互いにどれだけ深く相手と世界を共有できるかです。
節子の辛さや悲しみを私がどれほどシェアしたか、あまり自信はないのですが、節子の辛さや悲しさを少しでも分かち合えたことは、私には大きな支えです。
それに、辛さや悲しさをシェアしている時には、その相手に自らのすべてを向けています。
Iさんの奥さんが言うようなことなど思いつくこともないのです。
でもIさんの奥さんも節子もそう思ってしまうのです。
その言葉に対するIさんの反応は、どうも節子に対する私の反応と同じだったようです。

電話で話しながら、2人が元気だった時に出会えれば、きっといい友だちになれただろうなと思いました。
節子
そっちに行くのがやはり少し早すぎましたね。

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2009/08/20

■無所属で選挙に立候補した友人

衆議院選挙はおそらく民主党の圧勝になるでしょうが、その選挙にあえて無所属で立候補した友人がいます。
兵庫3区から立候補した黒江けんじさんです。
黒江さんに関しては、CWSコモンズでも書いたことがありますが、いまの医療制度を変えなければいけないと思っている人です。
その思いには共感しますが、今回の選挙は民主党に過剰な風が吹いていますので、無所属での立候補は大きなハンディを負うことになるでしょう。
黒江さんが民主党や自民党から立候補したら、私は一切応援はしませんでしたが、そのいずれでもない新たな立場で出るという黒江さんの姿勢に共感して応援することにしたのですが、現実には勝ち目は少ないでしょう。
しかし、黒江さんはもう待ってはいられなかったのでしょう。
黒江さんのような人にはぜひとも当選していただいて、政治の世界に新風を吹き込んでいただきたいですが、なにしろ二大政党制のもとでは難しい話です。
前にも書きましたが、二大政党制は政党間の選挙であって、個人を選ぶ選挙ではないのです。
思いのある個人にはあまりにもハンディの大きい制度なのです。

しかし、黒江さんはめげることなく、明るく立候補しました。
30日までの間、黒江さんは演説を続けているようです。
黒江さんの深い思いが多くの人に届けばと思っています。

ちなみに「無所属」という表示は不思議な表示です。
これはおそらくいまの選挙制度の決まりからのものでしょうが、よく考えてみるとおかしな表現です。
しかし、さらによく考えてみると、自立した主体性を表現している言葉かもしれません。
政党に所属している候補者は、所詮は組織の歯車に過ぎませんが、無所属というのは自分で責任をもって政治に取り組むという姿勢の現われでもあります。
まあなかには、政党名を出せなかったり、出さないほうが得だという、偽無所属もいますから、一概には言えませんが、無所属というのは積極的な意味を持っているような気もします。
そもそも政治家は無所属であるべきでしょう。

もしよかったら黒江さんのホームページを見てください。
こういう人もいるのだと知ってもらえればうれしいです。
そして、もし兵庫3区にお知り合いがいたら、ぜひ黒江さんのことを教えてやってください。

そういえば、サンテレビの明日21日(金)17時30分からのニュースシグナルで、3区立候補者の全員を紹介するそうですので、神戸界隈にお住まいの方は黒江さんの明るい笑顔も見られるでしょう。

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■節子への挽歌718:自分の年齢を映し出す鏡

節子
節子がいなくなったために、自分の年齢をきちんと自覚できなくなっているのではないかという気がしてきました。
きっかけは若い友人からのメールです。

この数年会っていないKさんに、ある集まりへのお誘いのメールをしたのです。
そこに、今、地元で2つのグループの立ち上げに取り組んでいることを書きました。
そうしたら、Kさんはこう書いてきたのです。

いまだに活動の立ち上げに関わっているその意欲、感服です。
彼はたぶんまだ20代でしょう。
出会った時はたしか大学生でした。
私と同じ我孫子の住民です。
地元でのあるイベントに協力してもらったのがきっかけで知り合い、その後、平和を考える集まりに参加してもらったり、我孫子で立ち上げようとしていたまちづくり関係のネットワークに誘ったりしていました。
しかし節子の病気のこともあって、いずれの活動も中断せざるを得なくなり、その後、交流は途絶えていました。
Kさんは、いまは地元の小学校の先生です。
先生になることは聞いていましたが、なってからは会っていません。
それほどゆっくりと話したことはないのですが、なぜか何かあると思い出す若者です。

その若者から、「まだやってるのですか」といわれたのは、ちょっとショックでした。
私も68歳。
たしかに最近は疲れを感じますし、ともかく面倒なことはしたくなくなっているのです。
今も実は3つのプロジェクトの企画書を書かないといけないのですが、以前なら気楽にすぐ書けたのに、そもそも書こうという気にならずに、延ばし延ばしになっています。
久しぶりに雑誌の原稿も引き受けたのですが、いつもなら楽しみながらすぐ書けた原稿が、いまは書く気が出てこないのです。
いずれも年齢のせいでしょう。
もう引退したらということなのかもしれません。

しかし、そうしたことは起こっていますが、意識的には生き方を変えようなどという気にはなりません。
まだまだ新しいプロジェクト起こしに魅力を感じていますし、いろんなことに口を出したくなるのです。
つまり、10年前となんら意識面では変わっていないのです。
こうしたことが「老害」といわれることなのでしょうね。

節子がいれば、もうそんなプロジェクト起こしや社会活動などやめて、それこそ一緒に俳句を詠むとか、旅行に行くとか、草花の手入れをするとかの、歳相応の生き方に移れるのでしょうが、それができずにいるわけです。
言い換えれば、自分の年齢を映し出す鏡がなくなってしまったのです。
困ったものです。
さてどうしたものでしょうか。

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2009/08/19

■政策よりも人物で政治家は選びたい

韓国では、金大中元大統領への追悼ムードでいっぱいだとマスコミが報じています。
それを読んでいて、果たして日本の場合はどうだろうかと思いました。
その訃報を聞いて、国民が嘆き悲しむ政治家がいるだろうかということです。
置かれている状況は違うとはいえ、日本の政治家は国民から敬意を受けていないように思います。
いまいなくなって困る政治家を思いつくでしょうか。
私にはほとんど思い当りません。
これは、政治が成熟化したことを意味するのでしょうか。

価値観が多様化し、政治課題が複雑化してくると、重要になってくるのは全体像ですが、それは機械的論理的なアプローチで解が得られるようなものではありません。
政治学者の佐々木毅さんは最近の著作「政治の精神」で、丸山真男の「政治的統合」概念を基軸にして論じていますが、この概念は一筋縄ではいきそうにもありません。
であればこそ、ますます人間として信頼できる政治家が必要になってきているはずです。

政策で政治家を選ぶというような発想は、時代遅れの発想ではないかと思いますが、世間ではむしろそれこそが新しい発想だといわれています。
私には全く馬鹿げて感じますが、政策で選ぶなどということは、動いている社会を前提に考えれば、論理的にも不可能です。
それは前回の優勢選挙で明らかになったはずです。
郵政民営化の是非で選ばれた政治家たちが、勝手にすべての政策をいじくりまわし、格差社会を加速させ、軍国国家への道を加速させたのです。
その結果、郵政民営化の公約も無残に変質されたのです。
その体験を忘れてはいけません。

政策で選べば、無能な政治家でさえ首相になれるのです。
やはり政治家は人で選ばなければいけません。
若いから、女性だから、新鮮だから、そんなことは政治家の重要な条件にはなりえないのです。

まただんだん本論を外れてきてしまいました。
書きたかったのは、私たちは政治家への敬意を回復すべきであり、そういう人を選挙では選びたいと思ったということです。
政治家が尊敬できないと嘆かないですむように、今回の選挙では、しっかりと「人物」を見極めたいと思います。
その材料がとても少ないのが残念ですが。

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■節子への挽歌717:「愛」の行き着く先は「平安」

節子
先日、「パトリオット」という映画をテレビで観ました。
アメリカの独立戦争を背景に、「愛する家族を守るために立ち上がり、やがて愛国心に目覚めてゆく男の姿」を描いた、メル・ギブソン主演の、いかにもアメリカ的な映画です。
「 」で書いたのは、映画解説のサイトからの引用ですが、「愛国心」に関する私の感覚とはちょっと違うので括弧でくくりました。

私が印象的だったのは、人は家族を持つと変わる、というメッセージです。
主役のヒーロー(ベンジャミン・マーティン)が、息子から「なぜお父さんは変わったのか」と訊かれ、「お母さんのせいだ」と答えます。
マーティンは、かつては原住民に対する残虐な兵士であり、戦争のヒーローだったのですが、農民として平穏な暮らしをおくるようになり、独立戦争が起こっても、それにも参加せずにいました。
そうした父を息子たちは、不満に思っていたのです。

愛する人によって人は変わる。
人は大義のために生きるのではなく、愛のために生きるというメッセージにきこえました。
愛国心も「大義」ではなく「愛」なのですから。

同時にこの映画は、愛のために人はいかに残酷になれるかもメッセージしています。
その「愛」が対象を失った時、人はどうなるか。
愛する息子たちを殺された時、彼はまた残虐な戦士に戻ってしまうのです。

途中、何回か目頭が熱くなりました。
タイトルの「パトリオット」(愛国者)のメッセージよりも、そこに登場する「友情」にです。
友情こそ、もしかしたら「無私」の愛なのかもしれません。
「愛」には平安と残酷が重なっていますが、やはり行き着くところは平安なのです。
改めてそのことを気づかせてくれる映画です。
マーティンは最後に「平安」を手に入れます。
それはアメリカの独立ではなく、自らの独立です。

私の人生観や信条は、節子によって大きく方向づけられたように思います。
節子に影響を受けたというよりも、節子との関わりの中で育んできたのです。
おそらくそれは、節子も同じだったでしょう。
信条や価値観を、そして人生を、一緒になって育んでいく存在がどれほど大切なのか。
それを失ったいま、痛切に感じます。
あまりに節子を愛しすぎてしまったために、あまりに節子と同調してしまったために、一人で生きる力を弱めてしまったのかもしれません。

時に、残酷さが首をもたげる中で、その暴走を抑えてくれているのは、娘たちであり、友人たちです。
そして何よりも、節子への愛かもしれません。
愛がなければ「平安」など期待すべくもありません。
今回の選挙を、節子はどう思っているでしょうか。

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2009/08/18

■節子への挽歌716:「新しき いのちの揺らす 浮巣かな」

節子
奈良の塚谷さんからお手紙をもらいました。
最近は「俳句」を楽しまれているようです。
最近も、「NHK俳句」(NHK教育テレビ番組)でタイトルの作品が特選句に選ばれたそうです。

「新しき いのちの揺らす 浮巣かな」
その光景が目に浮かびます。
「新しきいのち」という文字と「浮巣」とが、見事に重なって、自然界に充満している大きないのちの波動を感じさせてくれます。
明け方とも夕暮れ時とも感じられますが、なぜか私には夕暮れのイメージが浮かびました。
たぶん塚谷さんは明け方をイメージしているのだろうと思いますが。

塚谷さんには節子は2回ほど会っていますが、塚谷さんは節子のことをとても気に入ってくれてお会いする度に節子のことをほめてくれていました。
今日の手紙にもこう書いてあります。

湯島の事務所でお元気なお二人にお目にかかり、いろいろなお願いを申し上げた日が懐かしく思い出されます。

塚谷さんは、東レ時代の私の先輩です。
その塚谷さんが突然湯島の事務所に訪ねてきてくださいました。
当時、塚谷さんはある会社の社長でしたが、その会社を変えていきたいという相談でした。
私が東レ時代に、そうしたことに取り組んでいたのを塚谷さんは見ていてくださったのです。
それでわざわざオフィスまで来てくれました。
その時は、まだ節子が元気で、オフィスに来ていたのです。
その仕事(新創業運動と位置づけました)は引き受けさせてもらい、塚谷さんの強いリーダーシップで見事に成功しました。
私はほんとうにささやかなお手伝いをしただけですが、とても感謝してもらいました。
もう塚谷さんは、その会社を引退しましたが、経済環境の悪い現在もしっかりと利益を上げつづけているそうです。
塚谷さんの植え付けた文化が根づいているのでしょう。
会社経営は小手先の技術ではなく、思想です。

その塚谷さんからのうれしい便りでした。
「新しき いのちの揺らす 浮巣かな」
節子ならば、素直に感動するでしょう。
その節子に怒られそうですが、何回かこの句を読んでいるうちに、いまの私の暮らしは、浮巣くらしに似ているような気がしてきました。
私の浮巣も、揺らされ続けて、壊れそうです。
闇が迫っているというのに、どうしたらいいでしょうか。
そうやって、そのものが含意するところを読み解きたくなるのが私の悪癖なのです。
節子の嫌いな私の性癖です。
まあ塚谷さんにも怒られそうですね。
困ったものです。

でも今日は、とても気持ちのいい句に出会えてうれしいです。
もう一度、素直になって読んでみましょう。
「新しき いのちの揺らす 浮巣かな」
やはり朝まだきの葦の湖畔ですね。
そんな気がしてきました。
節子もきっと安心してくれるでしょう。

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2009/08/17

■節子への挽歌715:彼岸に乗って帰る牛を食べてしまいました

節子
お盆が終わったらすっかりと秋になってしまいました。
今年はセミが鳴きだすのが例年に比べるととても遅かったのですが、このところ急ににぎやかになり、夏ゼミと秋ゼミが一緒に鳴いています。

ところで、昨日、送り火をたいて節子を送り出しましたが、とんでもないことをしてしまいました。
もしかしたら節子はまだ彼岸に届いていないかもしれません。

とんでもないこととは、節子が乗って帰るための「牛」を食べてしまったのです。
食べた後に気づいてのですが。
こういうことです。
精霊棚にはキュウリの馬とナスの牛を供えます。
急いでやってこられるように来る時は馬ですが、帰りはゆっくりと戻ってもらうようにナスで作った牛が用意される訳です。
今年は、わらでつくった馬と牛を用意し、それと一緒に野菜かごにキュウリとナスも供えていました。
わが家の節約家の娘たちは、少ししわの入ったナスを私のために「浅漬け」にして、ちょっと遅目の私の夕食に出してくれたのです。
送り火が遅くなったので、送り火をたく前にどうもナスは浅漬けにされたようです。
節子伝来の「ものを無駄にしない」文化なので節子も許してくれるでしょう。
しかし、そのおかげで節子は歩いて帰ったのかもしれません。
まあ健康のために歩くことはいいことです。

もっとも精霊棚には、もう一つナスがありました。
節子の友人の滋賀の勝っちゃんからの絵手紙です。
お盆に合わせるように絵手紙を送ってくれました。
見事にナスが描かれていますので、このナスで戻ってくれたかもしれません。
まあそういうことにしましょう。
勝っちゃん、ありがとうございました。
Nasu
(福岡さん(勝ちゃん)の絵手紙を転載させてもらいました)


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2009/08/16

■無垢の生活者まで殺害して自らの生命を守りたいのか

今日はある集まりに出かけていたのですが、帰宅してパソコンを開いたら、昨夜のNHKの「核兵器」の番組に対する非難のメールがたくさん届いていました。
どうも呆れたのは私だけではなかったようで、いろんなメーリングリストで怒りの声が流れてきます。
私も投稿したいのですが、私自身が何もしていないことの負い目を強く感じているので、投稿できずにいます。
それで、まずはこのブログに私の姿勢を書くことにしました。

私は核武装とか核抑止力とかいう発想を完全に拒否します。
では、もし核攻撃されたらどうするか。
甘んじて攻撃を受けます。
国が滅びるではないかという人がいますが、核攻撃されるような国は滅びても仕方がありません。
誤解されそうな書き方ですが、それが私の信念です。
世界にとって存在の価値がある国であれば、攻撃などされないと思うのです。
もし攻撃されるとしたら、それは価値がないことなのです。
それが私の、すべてにおける考え方の基本です。

もし核攻撃の危険を感じて、それを防止するために核攻撃したらどうなるか。
間違いなく核攻撃は広範囲に影響を与えますから、必ず無垢の生活者を巻き込むことになります。
無垢の生活者を核攻撃の危険にさらす側に、自らを置きたくはありません。
それをするくらいなら、危険にさらされる側に自らを置きたいと思います。
その覚悟がなければ、核廃絶などを口にすべきではないでしょう。
それが私の基本的な考えです。

被爆された人の前で、核武装論を説く人にはわかってもらえないでしょう。
昨日のテレビの討論は、嘔吐すべき内容でした。
いまなお怒りを収められずにいます。

みなさんは、無垢の生活者まで殺害して自らの生命を守りたいですか。
昨日の参加者にそういってやりたいです。

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■節子への挽歌714:「公式の節子」は彼岸に戻りました

節子には目いっぱい在宅してもらい、夕方、送り火で節子を送りました。
まあ送らなくてもよかったのですが、一応、ルールは尊重しなければいけません。
送らないと誘拐行為になりかねませんし。

こうして節子の帰省も何事もなく終わりました。
節子の親戚は関東にはいないこともあって、節子が帰省していたにもかかわらず、わが家への来訪者も少なく、今年は私の兄夫婦だけでした。
私も兄弟が一人しかいないので、いささかさびしいお盆ではありました。
それに娘たちは同居しているのです。

節子の両親は滋賀の人です。
私の両親は新潟です。
フォッサマグナ(日本列島を東西に題する分断する中央地溝帯)をはさんで、日本は東と西に分かれていますが、私たちが結婚した頃、その両側の西日本人と東日本人が結婚する比率は約1割だと本で読んだ記憶があります。
東日本人と西日本人の気質の違いなども、まことしやかに語られていました。

節子は私からみれば関西人でしたが、どこかで脱西日本人的な指向がありました。
私が節子を知った時、節子は不思議と西日本人の感じがしなかったのです。
前にも書きましたが、たった1回の奈良散策で、幼馴染のような親しみを感じました。
不思議なほど素直にお互いの心が通じたのです。
節子と40年以上、暮らしていて、節子が西日本人だと感じたことはありません。
もっとも娘たちは、節子のことを関西人だと言っていますが。
まあ確かに、そうした面はあるのですが、私には節子のすべてがまったく違和感がありませんでした。
もしかしたら、私も西日本人なのかもしれません。

しかしまあ、これはすべて今から考えてのことです。
夫婦は生活を共にするにつれて、似てくるものです。
似ていない夫婦がいるとしたら、たぶん生活を共にしていないのでしょう。
同じ考え方をし、しかしお互いに本音で注意しあえる伴侶がどんなに大事な存在だったか、この頃、改めて実感しています。

さて、お盆で帰省していた「公式の節子」は彼岸に戻りましたが、わが家に留まっている「私的な節子」はまだ在宅です。
精霊棚は片付けて、またいつもの位牌壇に変えました。
何だかこの方が落ち着きます。

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■核兵器にどう向き合うか

昨夜、NHKの「日本のこれから 核」を、後半だけ見ました。
大きな絶望感と疲労感に襲われてしまいました。
何か書きたいと思うのですが、どうも気力が出てきません。
私にとっては、答えは明確な問題なのに、なぜこれほどまでにややこしい問題になるのか。

時評を書くほどの気力がまだでないのですが、メーリングリストで関連したyou tubeのことがまわってきました。
以前から話題になっているものですが、その時はまあそれが日本の防衛省だと軽く納得してしまっていました。
改めてもう一度見ました。
昨日のNHKの番組では、この映像は流されたのでしょうか。

その映像は、「憂慮する科学者同盟」のグレゴリー・カラキーさんのメッセージビデオです
それによると、「オバマ大統領の核廃絶プラハ演説にもかかわらず、我が国の外務省・防衛省がアメリカの核兵器政策変更に反対している」そうなのです。
「世界で唯一の被爆国である日本の国家機関が核廃絶の動きに「ノー!」と言っているんですから、信じられませんね」と、メールを送ってきた人は書いています。
そして、「みなさんお一人おひとりがさまざまなところに働きかけてください。メディアにお知り合いのある方、記者さんたちに伝えてください」と書かれています。
もちろんメールは「転送・転載お願いします」です。
気力のない私にも、転載くらいは出来るので、急遽、その記事を紹介させてもらいます。
4分の映像です。
ぜひ見てください。
http://www.youtube.com/watch?v=itFI87hixy0

映像でのメッセージの内容は概略以下のとおりです。
「米国は外交政策の基本として『核態勢見直し(NPR)』に入っており、重要な局面を迎えている。米国は9月から10月に新しい核政策を決定しようとしているが、米政府部内、国務総省、国防総省、国家安全保障会議のメンバー、特にアジア専門家の間に、オバマ氏の構想に反対の人たちがいる。その理由は、日本政府の『懸念』で、日本の外務省、防衛省など安保外交政策を担当する官僚が、『米政府は核政策を転換しないように』と訴えている。人類史上初めて核兵器の攻撃を受けた国の政府が核政策の転換に反対するのは皮肉であり、悲劇だ。日本国民はオバマ氏の核廃絶ビジョンを支持する声をあげて欲しい」

ちなみに、昨日のNHKの番組ですが、広島から参加した人が、ともかく一度広島や長崎に来てください。そこで被爆の実態を見てください、と訴えていたのがとても印象的でした。
唯一、私が共感できた言葉です。

追記しました。
■無垢の生活者まで殺害して自らの生命を守りたいのか

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■政府に必要な「経営」とは何でしょうか

新報道ステーション2001で、各党の幹事長が討論していました。
政権与党側の幹事長にいろいろと気になる発言が少なくありませんでした。

自民党の細田幹事長は、政権には経営は必要だといっていました。
彼の言う「経営」とはなんなのでしょうか。
まさか奥田さんや御手洗さんが考えているような「金儲け」ではないでしょうが。
経営とは、原理原則をしっかりと持つということです。
単に収支を合わせるというような財務管理の話ではありません。
ビジョンやミッションの話なのです。
最近の政権にそれがないから、いま問題になっているわけですが、その認識が皆無なのが驚きです。

公明党の北側幹事長は、社会保障費がこれから毎年1兆円程度ずつ増えていくことを考えると、消費税増税を考えないなどというのは政治家として失格だといっていました。
「失格」とはきつい発言だと思いますが、社会保障費が毎年増えていくのが当然という発想は、経営とは無縁の発想です。
そうした右肩上がりの発想が政治をだめにしてきたことはいうまでもありません。
福祉国家戦略の限界はもう明らかになってきているように思います。
それに、問題に応じて出費を増やすという発想は、私の嫌いな、経済を成長させるためには市場(顧客)を創造することだという、ドラッカー経営学に通じますが、その時代はもう卒業すべきです。
それに、それは「政治の発想」ではなく「行政の発想」です。

民主党の岡田幹事長の発言はいつもながらしっかりと考えていることがよくわかります。
民主党に限らず、野党の主張はいずれも共感できます。
しかしなぜ野党は連携できないのでしょうか。
部分的な連携は生まれだしていますが、大きな構想に基づく連携はできていません。
いま必要なのは、大きなビジョンでの連携なのです。
野党側の幹事長が中心になって、日本の国のかたちを考えるプロジェクトを起こしたら、きっと良いものができるなと思いました。
そうした動きが出てきてほしいものです。
野党連合にこそ、マルチチュードの時代の新しい息吹がこもっているような気がします。
政権に近い民主党は、岡田さん以外はかなり曇りだしているような気もしますが。

議論の最後に、各党が考える選挙の勝敗ラインの質問が出されました。
愚劣な質問ですが、質問に応えてちまじました答を各党が出したのにも失望しました。
岡田幹事長だけは答えませんでしたが。

かなり独善的なコメントになってしまいました。
8月30日に何が起こるか、期待よりも不安が大きいような気がします。

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2009/08/15

■靖国をどう考えるか

靖国参拝に対する言動で、その人の発想の視点や方向が見えてきます。
人の考えはさまざまですから、終戦の日に靖国を参拝するかどうかは、他者がとやかく言うべきではないでしょうが、その人の生き方や価値観、あるいは国家間や人間観は明確に出てきます。
国家防衛とか人権に関する百の原論よりも、それは明らかです。

私は、このブログでも何回か書いていますが、国家による英霊思想には共感できませんから、政府の要職にある立場での靖国参拝には違和感があります。
現閣僚では、消費者庁担当の野田大臣だけが靖国を参拝しましたが、消費者庁の理念を素直に反映しているような気がしてしまいました。

選挙があるせいか、今年はあまり話題にはなりませんが、靖国をどう考えるかは、もっとしっかりと議論すべきテーマではないかと思います。
選挙に向けてのマニフェストが賑やかですが、私にはマニフェストの細かな項目を読むよりも、靖国をどう位置づけているかが重要なような気がします。
おそらくそこからそれぞれのテーマに対する政策方針が読み取れるからです。
ただし、いまの政党は靖国との関係でまとまっているわけではありません。
いずれの党にも、靖国参拝賛成派と反対派がいるはずです。
つまり政党を束ねる理念や基準は、そこにはありません。
私は、そこにこそ大きな問題があると思っています。

政界再編成とは、理念体系の見直しでなければいけません。
そうした意味での再編成は、もう少し先になるのかもしれません。
いや、そういう政治は終わってしまったのかもしれなません。
マルチチュードの政治が、それに変わっていくのかもしれません。
そんな予兆も、わずかばかり感じます。

英霊という言葉を鳩山邦夫議員は明言していましたが、その意味を知っているのでしょうか。

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■節子への挽歌713:ゾロアスター教神殿廃墟

昨日の続きです。
節子と最後に行った海外旅行はイランでした。
イランの町はどこも神秘的な美しさを感じさせました。
特にアラビアンナイトのような美しさを感じさせたのはイスファハンです。
そこにあるイマーム広場は世界遺産としても有名ですが、私たちが行ったゾロアスター教の神殿跡があるのは、その近くのアーテシュガーというところです。
松本清張が訪ねたのは、もっと有名なヤズドの沈黙の塔ですが、アーテシュガーはほとんど単なる泥の塊です。

ゾロアスター教のことを拝火教ともいいますが、火を祀ります。
二月堂のお水取りも、ゾロアスター教の影響があるといわれていますが、日本各地にはゾロアスターを思わせるお祭はいろいろとあります。
私も小さな時から,火の魅力には引き込まれるほうでした。
幸いに放火魔にはなりませんでしたが、焚き火が大好きでした。
ゾロアスター教には奇妙な親近感を感じていました。
飛鳥に始まる日本の古代世界にもゾロアスターを思わせる話はいろいろとあります。
松本清張は、まさにそのことを小説にしたわけですが、その世界は実に魅惑的です。

アーテシュガーの神殿は小高い山の上にありました。
Zoro1

頂上には、たぶんかつては葬儀の場所だった跡がありました。
つい100年ほど前までは鳥葬の場だったと聞きました。
いまはもう廃墟になっており、節子の嫌いな泥の塊でしかありません。
節子は頂上まで登ってくれました。
体調はその時も実はあまりよくなかったのですが。
Zoro3_3
しかしあんまり関心はなかったようで、頂上や鳥葬の場での写真は私だけが写っていました。
節子が感動したのは、間違いなくイマーム広場です。
しかし私は、さほど有名ではない、このゾロアスター教の神殿廃墟の泥の塊のほうに感動していたのです。
一応、山頂でガイドさんと一緒にとった写真を載せておきます。
Zoro2_2

朝日新聞の記事を読んで、その時のことが鮮明に思い出されたのです。
イランの旅はいろいろな出会いも含めて、思い出が山のようにあるのです。
書き出したら1冊の本になりそうです。
テレビでイランのニュースを見ると、いつも節子を思い出します。

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2009/08/14

■障害者虐待防止法に反対する施設団体

福祉実践に関わっているOさんから久しぶりにメールが来ました。
そこに書かれていることが気になりました。
「どうも障害者虐待防止法に対して親の会や施設団体が反対しているようだ」
その人が福祉現場の大先輩から聞いた話だそうです。
Oさんは、「とうとう本性を現してきたなという感じです」と書いています。

Oさんのメールにかかれていたサイトから、日本知的障害者福祉協会が反対を表明していることを知りました。
反対理由の最後にこう書かれています。「

障害をもつということのみで、障害者と差別して、保護しなければならない弱き者として障害者を捉え、安易に法律案を作成したことには納得できません。」
これだけ読むとなかなかわかりにくいですが、いろいろ現場で体験されてきているOさんには、この言葉の意味はすぐわかったのでしょう。
Oさんのメールから少し引用させてもらいます。
過去の福祉現場においては、親や施設や行政がいくらハンディを持つ人達に実力行使をしようとしても、どこかに歯止めとなる人材がいて均衡を保っていたようにも思うのですが、小泉改革以降は社会保障全てがなし崩し的となり施設経営の名の下に次第に障害者を商品化してきたように感じています。
この2つの文章をつないでいただければ、Oさんが懸念する「施設団体の本性」の意味がわかってもらえるかと思います。

20年ほど前に福祉の世界に関わった時には、私は驚きを感じました。
福祉とは金儲けの世界なのかと思ったほどです。
同じことは環境問題に関わった時にも思いました。
ですから、当時、これからは福祉や環境の分野が成長産業の分野だなどと言う経済エコノミストに反発を感じていました。
もちろん今でもそうした輩は少なくありませんが、残念なことです。
いくつかの小論でもそうしたことを書きましたが、最近はそれがさらに露骨になってきたような気がします。

もっとも今回は、そうしたことを書きたいのではありません。
私自身が「障害者虐待防止法」のことをほとんど知らなかったので、もしかしたら知らない人も多いのではないかと思い、書いておこうと思ったこともあるのですが、それ以前に、今時「虐待防止」などということを法律にしなければいけないということに改めて驚きを感じたのです。
情けなくなったというのが正直な気分です。

防止法が検討されるということは、虐待が日常化しているということです。
法律によらなければ虐待を防止できない社会に、自分が住んでいることに気づいたのです。
覚せい剤もたぶんかなり日常化しているのでしょうね。
事ほど左様に、私は今、自分がどんな世界に住んでいるのかあまり知らないのではないかという気がしてきたのです。
幸いにまだ、殺人防止法などというのは聞いたことがありませんが、まもなくできるのでしょうか。
そういえば、そんなニュースも昨日テレビでやっていましたね。
どうやら私は、社会からやはりかなり脱落しているようです。

法律は、その社会の実相を象徴しています。

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■節子への挽歌712:「火の路」

そういえば、12日の新聞にお父さんと同じな前と年齢の人がでていたよ、とユカが教えてくれました。
「佐藤修」という私の名前は、よくある名前で、私自身何回も「佐藤修さん」に出会っていますが、誰だろうと思って新聞を探して読んでみました。
朝日新聞の夕刊に連載されている「ニッポン人脈記」に出ていました。
建築家の佐藤修さんでした。
松本清張と縁があった方です。

松本清張は日本の古代史を材料にした作品も書いていますが、その一つに「火の路」というのがあります。
朝日の記事によれば、その作品を書く時に、清張は取材でイランに行ったそうですが、その時にガイドしたのが、当時テヘラン大学で建築を学んでいた佐藤修さんなのだそうです。
それだけの話なのですが、これを読んで2つの節子との共体験を思い出しました。

「火の路」は、飛鳥時代の日本は古代ペルシアにつながっていたと考える歴史研究家が、イランを訪ねる物語です。
奈良の飛鳥には、いまも酒船石や益田岩船など謎の石造物が残っています。
それが古代ペルシア文明やゾロアスター教につながっているという話です。
清張がイランに行ったのは、その材料集めだったのでしょう。

その作品はNHKによってテレビドラマ化され、何回か連続で放映されました。
私たちは当時、テレビドラマはほとんど見ませんでしたが、なぜかこの番組だけは節子と一緒に見た記憶があります。
そして、なぜかそれをはっきりと覚えているのです。

私は、飛鳥が大好きで、何回も行きました。
もしかしたら、節子と結婚することを決めてから最初に行ったのは、飛鳥寺だったかもしれません。
家族みんなでも行きました。
飛鳥にはいろいろな思い出があります。

私が飛鳥に魅かれるのは、蘇我氏がなぜか好きだからですが、同時に飛鳥に散在する意味ありげな石のせいかもしれません。
飛鳥大仏も私には石の塊に見えて仕方がありません。
あれはどうみても日本の仏像ではありません。

ちなみに、節子の生家は滋賀県の高月町ですが、家がある集落は物部といいます。
物部氏は蘇我氏に敵対する氏族として学校では習いましたが、お互いに仲の良い親族だったという見方もあります。
もちろん私はその説の信奉者です。

話を戻します。
節子は歴史にはあまり興味を示しませんでしたが、なぜか「火の路」は毎週、2人で見た記憶があるのです。
間違っているかもしれませんが、確か主役は栗原小巻でした。
どうでもいいような話ですが、この新聞記事がいろいろなことを思いださせてくれました。

もう一つの共体験はゾロアスター経に関連する話です。
長くなったので、明日にします。

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2009/08/13

■気候が文化をつくるというのは真実ですね

すごい湿度でした。
クーラーのない私の仕事部屋の湿度計は95%を超えていました。
除湿機がほしいです。
とても何かをしようという気にはなりません。
それにこのところ、どうも疲労が蓄積です。

お盆で女房は戻ってきているのですが、これでは彼岸に帰りたくなっているかもしれません。

いろいろと時評したい話題は多いのですが、それどころではありません。
気候が文化をつくるというのは真実ですね。
快適で、季節の変化のある日本で生活する立場で世界を見ていては間違うかもしれません。
そう思い続けた1日でした。

今日は湿度に負けてしまいました。

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■節子への挽歌711:戻ってきていた節子

今日はお盆、節子が彼岸から戻ってくる日です。
迎え火にお墓には家族みんなで行きたいと思っていたので、娘が出かける前に無理をいってみんなで出かけました。
お墓は自動車で5分程度のところにあります。
迎え火をたいて、無事、節子は戻ってきました。
こうして節子が自宅に戻ってきたわけですが、今朝まで自宅にいた節子はどうなっているのでしょうか。
どうもこのあたりがいつもややこしいのですが、まあ深く考えるのはやめましょう。

と、ここまで書いてきて、昨日の「ただいま」の意味に、いまやっと気づきました。
せっかちの節子は、一足早く、昨日の朝、戻ってきたのです。
そうに違いありません。
そう考えると納得できます。

最近、少し寝不足が続いています。
それで今日はちょっと昼寝をすることにしました。
で思い出したのが、節子は病気になってから時々昼寝をしていました。
節子は若い頃から昼寝のできない人でしたが、わが家で一か所だけ眠れる場所を見つけたのです。
それは1階の廊下です。
わが家で一番涼しいところです。
その廊下に座布団を敷いて寝ていました。
それを思い出して、私もそこで寝てみました。
実は私もなかなか昼寝のできないタイプです。
でも廊下に横になってみたら、自然と寝てしまいました。
ところがやはりまた突然に目が覚めてしまいました。
節子の夢を見たのです。
なぜか節子はまな板に乗せた野菜を包丁で切っていました。
後姿が見えたので、私は節子の後ろにいるわけです。
節子も一緒に昼寝しないか、と声をかけました。
料理などしている時間はないのだから、という思いがあったのです。
節子が私の気配に気づいて振り向こうとした時に目が覚めてしまいました。
その後、またその意味がわからずに、ぼんやりと廊下で寝転んでいました。
どうやら1時間ほど寝てしまっていたようです。
私にはめずらしいことでした。

少し疲れがなくなっていたので、挽歌でも書こうかとパソコンに向かって、迎え火のことを書き出した途端に、昨日の「ただいま」の言葉を思い出したのです。
なんということのないことなのですが、私にはすべてがつながっているような気がしてなりません。
今日は節子と一緒にゆっくりしようと思っています。
でもどうやって過ごしたらいいでしょう。
姿が見えない人と付き合うのは、あまりなれていないので、節子を満足させてやれないかもしれないのが不安です。

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2009/08/12

■先生たちがつくる奨学金制度と新しい無尽講

とても良い話を朝日新聞の夕刊で読みました。
深刻な不況の中、独自の奨学金制度をつくろうと、私立高校の教員が各地で事業団を立ち上げているのだそうです。
すでに北海道や熊本で設立、新潟でも計画が進んでいるといいます。
そして、生徒も加わって募金を集め、早いところは年末から無利子で貸し付けを始める計画だそうです。
大口の寄付を申し出る企業も出てきていると新聞に書かれています。

とてもうれしい動きです。
政治の世界でも奨学金の拡充や学費の無償化などが話題になっていますが、それとは全く違った意味で、私にはとてもうれしい動きです。
何がうれしいか。
問題を一番良く知っている現場のみんなが動き出したということです。
まさに「コモンズの回復」です。
10年以上前に書いた「コモンズの視点から発想の流れを逆転させよう」がようやく動き出したうれしさなのです。
世界を変えるのは政治ではなく、こうしたコモンズのかぜなのだろうと思います。

何回かここでも書いていますが、保険法の改正により、日本古来の「共済の文化」が壊されてきているなかで、こうした動きが出てきたことに大きな希望を感じます。
日本にはまだ「ケアコミュニティ」の文化がしっかりと残っているようです。

実は私も最近、ささやかな「無尽講」をつくれないかと思い出しています。
幸いに私はお金持ちではありませんので、その必要性を実感できます。
みんなが可能な範囲で、少しずつお金を出し合って、コモンズ基金をつくり、メンバーの誰かが必要な時に無担保で活用できる制度があれば、と思うことがあります。
それを少し考えてみようと思い出しています。
コモンズ通貨(ジョンギ)で構想したこともあるのですが、中途半端に終わってしまい、メンバーには迷惑をかけてしまいましたので、今度はそうならないようにしなければいけません。

まずは周りに呼びかけて、毎月1万円程度を積み立てる無尽からはじめてもいいのですが、最近の私の状況では、集まったお金を使い込んでしまう惧れがありますので、ちょっと躊躇しています。
どなたか使い込む気のない人で、胴元をやってみようという人はいませんか。
関心のある人は、ご連絡ください。
秋には、これをテーマにした「支え合いサロン」も開催する予定です。

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■節子への挽歌710:誰にも平等に与えられているのは「愛する心」

節子
今朝の明け方、「ただいま」という声で目が覚めました。
もちろん部屋には誰の姿もありませんし、娘たちの声ではありません。
残念ながら節子の声でもありませんでした。
夢を見たのでしょうが、夢の記憶はありません。
ただ「ただいま」という声で目が覚めたのです。
その声があまりにもはっきりしていたので、応えなくてはいけないような気がして、「おかえり」と声にだしてしまいました。
誰かが聞いているような気がして応えないわけにはいかなかったのですが、「おかえり」には返事はありませんでした。
気がついたら、また眠ってしまっていました。
そして今まで、そのことをすっかり忘れてしまっていました。

それだけの話なのですが、そして節子とはつながらない話なのですが、挽歌を書こうと思ってパソコンに向かったら、急にそのことが思い出されました。
あれはいったいなんだったのでしょうか。

「ただいま」という声は男性の声でした。
そして、寝ていた私を起こすほどにはっきりしていたのです。
だれだったのでしょうか。
そしてなぜ「ただいま」なのでしょうか。

節子がいつか帰ってくるかもしれないという気持ちは、私の心の中にいつもあります。
頭ではそんなことはありえないとわかりきっているのですが、心はそうではありません。
願望でもなく、ただそういう思いが間違いなく心の中にあるのです。
その思いが「ただいま」という声を発したのかもしれません。

人を待つ。
それは「希望」を持つということです。
昨日のフランクルではありませんが、ここでも論理を逆転させることができそうです。
「人は希望があるから生きつづけられる」と私はずっと思っていました。
しかし、生きるということは必然的に「希望」を生み出してくれるのかもしれません。
そういえば、以前、希望について少し書き出したまま、途中で終わっていたような気がします。
その時はまだ「希望」を希望していただけだったのでしょう。
だから、考えがまとまらず書き続けられなかったのです。
いまも考えがまとまっているわけではありません。
しかし、ようやくフランクルの思いが少しわかりだしたような気がします。

愛する人を失ったとしても、愛する人がまだいないとしても、人を愛する心さえあれば、希望はだれにも生まれるのです。
つまり「愛する人を待つ」という希望です。

どんな人にも平等に与えられているのは「時間」だという人がいますが、私はそんな言葉は信じません。
時間ほど不平等なものはないと思っています。
誰にも平等に与えられているのは「愛する心」ではないかと、最近、気づきました。
もしそうであれば、人はすべて「祝福」されている存在です。
「ただいま」は、祝福の気づきの声だったのかもしれません。

今日はなぜか篠栗の大日寺に行った時のような疲労感が続いていました。

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2009/08/11

■ノリピーの虚像と実像

ノリピーこと酒井法子逮捕によって、次第に明らかになりつつある「ノリピーの現実の姿」は、あまりにもイメージと違います。
しかし、テレビでも報道されだしていますが、その実像は周辺には知られていたようです。
清純なイメージは、完全に演出された虚像だったわけで、そうでない酒井法子を知っていた人も少なくなかったということです。
こうした世間的につくられた虚像と実際の生活での実像の違いは、多かれ少なかれだれでもあります。
その違いを増幅させ、両者を乖離させていくのが、マスメディアであり、タレントビジネスです。
ここでいう「タレント」とは広義のタレントで、有名な政治家や財界人、学者や文化人もさします。

私も完全に騙されていました。
事件が起こった時に、むすめたちに自殺するんじゃないかなどと、自分の無知をさらけ出していました。
しかしおそらく関係者はみんなノリピーの実像を知っていたのでしょう。
事件に関して、あるベテランタレントが、アイドルは包装紙で包まれているが、その包装紙が破れただけのこと、と話していましたが、おそらく関係者知っていたのでしょう。
ただ知らないふりをしていなければいけなかったわけです。

多くの人にとっては、実像などはどうでもいいのかもしれません。
大切なのはつくられた虚像のほうで、みんなその虚像と付き合っているわけです。
それが「大人の世界」なのかもしれません。
そこでは実像などはどうでもいいことです。

ノリピーほど極端ではないとしても、私たちはそうした「建前」で生きているのです。
仮面(ペルソナ)がいつの間にか実体になってしまうことさえあります。
しかし、仮面で生きることは、なぜか社会は許しません。

医師免許も持たずに、医療行為して、多くの病人を救ったにも関わらず逮捕された人もいます。
学歴詐称で国会議員を辞めなければいけなくなった人もいます。
資格などに全くの価値を認めない私にとっては、いずれの事例も社会的な損失だと思います。
免許や資格で仕事ができるかと思います。

また話がおかしな方向に逸脱しそうですが、今回の事件で学ぶべきは、看板と実体はかくも無縁だということです。
騙されるのであれば、騙され続けるほうがいいでしょう。
騙すのであれば、騙し続けるほうがいいでしょう。
虚像と実像とは、尺度を変えれば、逆転する概念なのですから。
騙し続ければ、それが現実になることもあるでしょう。

最近、いろいろのことが「暴露」されますが、これこそ「情報社会」の本質なのでしょう。
しかし情報社会における実像とは一体何なのでしょうか。

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■節子への挽歌709:生きることが各人に課す課題を果たす義務

ナチスの強制収容所を生き抜いたフランクルのことは、何回か書いたことがあります。
挽歌523では、「どんな時も人生には意味がある。あなたを必要とする『何か』があり『誰か』がいて、必ずあなたを待っている」という、彼の言葉を引用させてもらいました。

最近また、迷いや悩みを抱えた人たちがオフィスを訪ねてくるようになりました。
以前ほどではないですが、いろいろな問題を持った人が相談に来るのです。
どうしてみんなやってくるのでしょうか。
私と話したところで、何かが解決するわけでもありません。
そういえば、よく、節子にもそうした疑問を話したことがあります。
節子は、あなたがみんなに声をかけるからじゃないの、と言っていましたが、決してそんなことはありません。
声をかけることもありますが、ほとんどは先方から声をかけてくるのです。
なぜでしょうか。

フランクルは、その代表作「夜と霧」で、こう書いています。

生きるとはつまり、
生きることの問いに正しく答える義務、
生きることが各人に課す課題を果たす義務、
時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。
人はそれぞれに役割を持って生まれてくる。
その役割を果たすことが、生きる意味だ、とフランクルはいうのです。
いろいろな人が訪ねてきてくれる。
もしかしたら、それこそ私の役割かもしれません。

私は、節子こそが私の「生きる意味」だとずっと考えてきました。
もちろん今もそう思っています。
しかし、私にはもう一つ「生きる意味」があるのかもしれません。
そういえば、節子は、私が誰かに会うことをいつも応援してくれていました。
疲れて会いに行くのが気の進まない私を、でもその人は待っているんでしょと押してくれたこともありました。
そして、何人もの人に会って死ぬほど疲れて帰宅する私を包み込むようにして、元気を回復させてくれたのです。
私が、仕事もせずにそうやって人に会い続けていても、節子は何も言いませんでした。
貯金がなくなっても、欲しい物が買えなくても、節子は私の生き方を変えろといったことはありません。
私が、働くでも遊ぶでもなく、わがままに生きてこられたのは、そうした節子のおかげです。

最近、またいろんな人がやってくるようになったのは、私に気が戻りだしたからかもしれません。
節子の応援はなくなったかもしれませんが、これが私の役割だとしたら、やめるわけにいきません。

でも時には、節子にこの疲労感を癒してほしいと思います。
他者の問題をささやかであろうとも引き受けるのは、ほんとうに疲れます。

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2009/08/10

■節子への挽歌708:「愛のために自分を投げ出す」

節子
昨日、むすめのユカのお薦めで、テレビで放映されていた「容疑者Xの献身」という映画を見ました。
むすめたちが2人とも、お父さん好みだというのです。
原作は東野圭吾です。
たしかに私好みの「探偵小説」風の作品で、謎解き気分で見ていましたが、やはり最後には節子のことと重なってしまいました。
まあ、何をやっても、どこかで節子の思い出と重なってしまうのは仕方がないことなのですが。

自殺願望を持つ主人公がちょっとしたことで生きる力を手に入れます。
そしてその「生きる意味」を与えてくれた母子のために自らの人生を投げ出すというのが、この映画のあらすじです。
そうした「愛のために自分を投げ出す」とことが、とても自然に心身に入ってきました。
それが、「愛」の本質でしょう。

小説(娘に借りて今日読みました)でも映画でも、最後は同じです。
留置所に連行される車に乗ろうとした主人公の前に、彼が人生を投げ出して守ってやった相手が現れてこういうのです。
「あたしたちだけが幸せになるなんて・・・そんなの無理です。あたしも償います。一緒に罰を受けます、あたしに出来ることはそれだけです。ごめんなさい」
「愛」によって完成するかに見えた完全犯罪は、見事に「愛」によって崩れてしまうのです。
なんという皮肉でしょうか。
これもまた「愛」の本質なのかもしれません。

これだけの説明だとおそらく物語が見えてこないでしょうね。
中途半端な説明ですみません。

小説では、その言葉の後にこう書かれています。

うおううおううおう――獣の咆哮のような叫び声を彼はあげた。絶望と混乱の入り交じった悲鳴でもあった。聞く者すべての心を揺さぶる響きがあった。

映画でも同じ終わり方です。
映画はとてもうまくできていましたが、この場面だけは少し違和感がありました。
以前書いた警蹕(けいひつ)のことを思い出したのですが、私の感覚とはちょっと違っていました。
しかし、それが「言葉が生まれる前の発声」であることは伝わってきました。

節子と一緒に暮らしていた数十年、私は小説をほとんど読まなくなりました。
実際の生活の方にこそ、ドラマがたくさんあったからかもしれません。
日本の作家の小説を読んだのは何年ぶりでしょうか。
ユカから東野圭吾の本を借りて読んでみようと思います。
小説の中に、節子がいるような気がしてきたからです。

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■政党マニフェストの採点という愚行もしくは犯罪

政党マニフェストに関する採点が新聞の1面に取り上げられています。
マニフェストの採点?
私には信じられない愚行です。
点数主義で育ってきた優等生たちの考えることでしょうが、愚考どころか危険な要素を内在しています。
すべてを合計点や平均点で考える生き方をしている人の発想ですが、合計点や平均点で考えることの危険性を私たちはいろいろと体験してきているはずです。

個別問題に関しても採点は大きな危険性を持っています。
採点において重要なのは、採点基準、つまり採点者の価値基準です。
それが違えば、当然、採点結果は違ってきます。
それを示さずに採点結果だけを示すのは、一種の詐欺行為ではないかと思います。
採点結果は中立的な定量的な数字になってしまいますから、そこで高得点が良いイメージをつくりだすことは否定できません。
質的な多様性が単一の量に転換されてしまうわけです。

しかも、そうした個別問題の採点を合計してしまうとどうなるのか。
合計点の持つ意味が、私には全くといっていいほど理解できません。
ただ一ついえることは、マニフェストを採点するということは、採点者自身の価値基準や行動姿勢を露呈することであり、実は自らの評価をしているということです。
私は、政党マニフェストの採点(評価ではありません)をしている団体はまともな団体ではないと思いますが(要するに権力に寄生する御用団体です)、残念ながら、そうした団体の「不誠実な」(悪意を伴っているとさえ私は思いますが)採点が深層心理的に選挙に影響を与えるとしたら、それは大きな問題ではないかと思います。

マニフェストを評価するとは、採点することではなく、その整合性を解説し、実現可能性を検討し、政策としての意味、とくに政党間のマニフェストの違いを解明することではないかと思います。

それにしても、なんでマニフェストなどという言葉が使われるのか、胡散臭さを感じます。
多岐にわたる政策が具体的に書き連ねることは、その党の政策理念を見えにくくするだけの話です。
サブプライムローン問題が明らかにしたように、担保証券の仕組みによって問題を見えなくしてしまうような金融工学者たちの犯罪的行為と同じものを、私は最近の政治工学者たちに感じてしまうのですが、これは杞憂なのでしょうか。

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2009/08/09

■休日の都心での白昼夢

今日は日曜日です。
午後からNPO関係の打ち合わせがあるので、湯島のオフィスに出てきました。
地下鉄の駅を降りて表に出ると人の気配が全くなく、いつもとは違った風景です。
「アイ アム レジェンド」という、地球に最後に生き残った男の映画がありましたが、まさにあんな風景です。
休日にオフィスに出てくることは時々なのですが、今日は暑いのと夏休みなのでとりわけ人気がないのかもしれません。

とても不思議な気分です。
大通りに自動車も通っていないのです。
もちろんいつもは開いている店も閉じています。
こんな雰囲気は初めてです。

歩いているうちに、人が向こうからやってきました。
いつもは閉まっているシャッターの閉まったお店までから、たぶんお店をやっていないような高齢な方まで出てきました。
この廃屋にまだ人が住んでいたのかと思いました。
しかも事務所に近づいたらいろんな人に出会いました。
ちょっと安堵しましたが、少し残念でした。

私が地球最後の男になれたら、いろんなことができたのになと思ったわけです。
やりたいことは、それなりにあるのです。はい。

まあ誰にも合わなかったのはたぶん1分ほどでしょうが、私にはとても新鮮な、そして長い時間でした。
まあ、しかし、それだけの話です。
読んでいただくほどのことではないのですが、暇にあかして書いてしまいました。
ちょっと早目にオフィスに着いてしまったものですから。
そろそろ集まりのメンバーがやってきそうな時間になりました。
まだ誰も来ません。遅いですね。
そういえば、今もオフィスの外の音がしませんね。
やはり地球は滅んでしまったのでしょうか。
そういえば、オフィスのビルに入る時にすれ違った2人づれは見たこともなく、宇宙人とも思える風貌でした。
いやはや。

疲れているので、冷蔵庫にあるリポビタンゴールドを飲むことにします。
暑さのせいでちょっと思考の配線がずれてしまっているのかもしれません。
困ったものです。

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■株式会社「下請けの底力」

群馬県の中小製造業者らが株式会社「下請の底力」を昨日(2009年8月8日)立ち上げたという記事が朝日新聞に出ていました。
とても共感できます。
新聞によれば、大企業では応えられない、客の「困った」を見つけて新しい仕事を作る事を目指しているそうです。
呼びかけたのは東京でコンサルティング業を営む登内義也さんという人だそうです。
とても共感できますし、きっと成功するでしょう。
現場にこそ本物の力があると考えている私にとっては、とてもうれしい動きです。
30年前に思い描いていた「現場の反乱」が広がっていけば、日本の経済は全く違ったものになるでしょう。
それに現場の経済は、さほどお金は要らないはずです。
せいぜいが数十億でしょうから、みんなで力を集めたら手の届く額でしょう。
数十億といえば、かなり大きな額に思うホームページともいるでしょうが、個人企業である私でも数千万円の借金がありましたし、しっかりと仕事をしていれば、そしておかしなところから借りなければ返却可能な額なのです。
まあ10年はかかりますが、そのこと自体が仕事の進め方を誠実にしていくというメリットもあります。

仕事での協力だけでなく、資金的にもかつての無尽講のようなものを復活させていけば、おかしなファンドや金融機関からも自立できるでしょう。
それに無尽講のつながりは、単にお金だけのつながりではなく、支えあう関係を必ず生み出すはずです。
そこでは「お金」の意味は一変します。

社会や経済が壊れだすと、必ずその一方で新しい動きが起こります。
そうした中から、どれが私たちにとって豊かな未来を生み出してくれるのか、しっかりと判断する目を持たなければいけません。
株式会社「下請けの底力」には、たくさんのヒントが含まれています。
私たちにもできることを教えてくれているように思います

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■節子への挽歌707:楽しそうで、「希望」が見えます

昨日の写真を見た、お会いしたことのない読者の田淵さんからコメントをもらいました。
そのコメントの「楽しそうで、「希望」が見えます」という言葉に、涙がドッと出てきてしまいました。
田淵さんが書いてくださったように、節子はいつも私たちに「希望」を与え続けてくれていました。
しかも、それは決して偽りの演出ではなかったのです。
本人自身、その希望を確信し続けていたのです。
ほんとうは、希望を与えてやらなければいけないのは私のほうでした。
にもかかわらず、実際には私たちが節子から希望をもらっていたのです。
どんな時も、節子は明るく前向きでした。
そしてなによりも、やさしかったのです。

最後の長旅は、福井の芦原温泉でした。
姉夫婦との旅行でしたが、宿泊した旅館の温泉に行った後、となりの旅館の温泉にも行こうかという話になったのですが、その時も一番疲れているはずの節子が率先して行こうといいだしました。
愚かな私は、とてもうれしくなり、こんなに元気だったら必ず良くなると思ってしまったのです。
いつもそうでした。
節子は、決して私に心配させなかったのです。
いまから考えると看病されていたのは、私だったのです。
節子と話していると、いえ、一緒にいるだけで、希望が見えてくるのです。
だからこそ、私にとっては、節子は「生きる意味」だったのです。

写真を撮った伊香保温泉への旅行の頃には、節子はもう20キロ近く体重は減っていました。
お風呂に一緒に入ると、節子はこんなに痩せ細って、自分の身体が可哀相だと言っていました。
思い切り抱き締めたくても、抱きしめたら壊れてしまいそうでした。
しかし、そんな痩せ細った節子も、心は決して痩せ細ることはありませんでした。
節子は、人生を誠実に、そして真剣に生きました。
それを一番良く知っているのは、私です。
だから涙が出て止まりません。

なぜ私ではなく、節子が選ばれたのか。
天を恨みたくなります。

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2009/08/08

■芸能界も株式投資の世界も基本から間違っているのではないか

今朝の朝日新聞の朝刊に「ネット投資家、ひっそり株価操作 摘発相次ぐ」という記事が大きく出ていました。
その記事がどうも気になっています。
読んだ方もいるかもしれませんが、リード部分だけ引用させてもらいます。

安く買い、高く売る。株式投資で利益を上げるための基本だが、値動きを予想して買い時・売り時を見極めるのは難しい。こっそり株価を動かせたら――大勢の投資家が参加する株式市場を舞台に、たった1人で上場企業の株価を不正に操作したとされる事件が、証券取引等監視委員会に相次いで摘発された。

どうして気になったかといえば、株価操作はその世界の日常だろうという気がしているからです。
なぜ一人でやっている個人が摘発されるのか。
それに一人で動かせるような仕組みそのものが問題だとどうして思わないのか。
「株価を不正に操作」と書いてありますが、「不正」の基準は何なのだろうか。
こうした疑問が次々と浮かびます。

話はとびますが、酒井法子さん事件です。
芸能界における覚せい剤の使用実態などはもっと広範囲で知られているように思いますが、実際にはあまり問題化してきません。
なぜかといえば、多分、日常化しすぎて、あまり犯罪行為意識がないからではないかと思います。

ゴキブリを1匹見つけたら50匹はいると思えという言葉がありますが、芸能界における覚せい剤使用状況はどんなものでしょうか。
50匹どころではないでしょう。

さて、ネット投資家のほうはどうか。
投資という行為は、本来、株価操作の要素を持っています。
嘘の売買操作はよくないという言葉には反論しにくいのですが、そもそも先買い先売りなどの行為はどこまでが実体につながっているのでしょうか。
そもそも株の売買そのものが、私には嘘の行為にさえ感じます。
あまりに粗雑な議論なので怒られそうですが、株式売買の世界は虚構の世界、つまり嘘の世界とも言えるように思います。
どこまでが不正の株価操作なのかは悩ましい問題です。
投機的な株式投資の世界がある以上、それはなくなるはずがありません。

さて芸能界の覚せい剤事件です。
芸能界の番組と覚せい剤の世界とどこが違うのか。
私にはよくわかりません。
スポーツの世界のドーピングも私にはよくわかりません。
どこまでが許されてどこまでが不正なのか。

何を書いているのかわかってもらえないかもしれませんが、
私が言いたいことは、昨今の芸能界やスポーツ界、そして投資の世界は、いずれもその基本から間違っているということです。
そこに関わっている人たちが悪いのではなくて、その文化が間違っているのではないか。
それが私の考えです。

かなり独善的で、それこそ間違っている考え方なのかもしれませんが。

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■節子への挽歌706:いかにも節子らしい写真

節子
仏壇に飾っている節子の写真を、病気以前の元気な節子の写真に変えようと思って、昔の写真を少し探してみました。
最近、やっと昔の写真を見られるようになったのです。
プリントアウトしたものではなく、パソコンの入っているものをスライドショーで見始めたのですが、1枚の写真に釘づけになってしまいました。
それは娘たちと伊香保の小さな湿原を歩いている写真です。
写真嫌いな娘たちは、なんとなくブスッとしているのですが、節子だけが木道の端の丸太の上に乗って、笑いながらバランスをとっている写真です。
いかにも節子らしい写真です。
これこそ私の心の中にいる節子です。
見ていると節子が話しかけてきそうです。
この写真をパソコンの壁紙にしました。
これから毎日この節子に会うことになります。
Ikaho5

この旅行は節子が病気になってからですが、節子が元気を回復してきた時なのです。
家族みんなで、車で出かけましたが、節子も運転をしていました。
娘たちが写っているので躊躇したのですが、節子らしさが出ている写真なので、娘たちに無理を言って掲載させてもらいました。
この写真を見ていると、やはり、節子がこの世からいなくなっているとは信じがたいのです。

私がいまも気をしっかりと持っていられるのは、節子の死を受け容れていないからです。
いまなお節子は生きているという思いが、心のどこかにあるのです。
愛する人を失った人は、もしかしたら私と同じかもしれません。
愛する人がいない世界に、生きていられるはずがないと、みんなどこかで思っているのです。
つまり、自分が生きている以上、節子もまた生きていなければならないのです。
そういう思いがあればこそ、時々元気はなくなりますが、平静に生きていられるのです。
この感覚は、なかなかわかってはもらえないでしょうが。

今生と彼岸のいずれにも生きている感覚と、数日前に書きましたが、それはこんな気分なのです。

それにしても、写真の中に入り込めるならば、私もこの写真の中に入りたいです。
節子の笑い声が聞えてきそうです。

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2009/08/07

■パソコンはただの部品の組み合わせた箱

ノートパソコンのキーボードが一部、動かなくなってしまいました。
キーボードを外して掃除したら直るかもしれないと、パソコン通の坂谷さんが教えてくれました。
坂谷さんは、先月、私のパソコントラブルを解決してくれた恩人です。

坂谷さんに教えてもらって、パソコンのキーボードを取り外してみましたが、今回は残念ながら直りませんでした。
しかし、どうも病み付きになってしまい、今日も2台のノートパソコンのキーボードを外してみました。
パソコンを分解するのは気分がいいものです。
いま使っているメインのパソコンも一度分解してみましたが、万能に思えるパソコンも分解してみれば、何のことはないただの箱でしかありません。
それがわかるだけで、パソコン信仰はなくなります。
これから時々、意味もなく、パソコンを分解したくなりそうです・

パソコンはモジュール化していますから、その構造を知ってしまえば、組み立てや改造もできるのでしょう。
誘惑的な魅力を感じます。
もちろん今の私にはそれは無理ですが、そうやっている人の気持ちが少しわかったような気がします。
そうした魅力に勝てずに、以前はいろんなものを壊してきましたが、パソコンは極めてシンプルな構造なので壊しようがないかもしれません。

まあどうでもいい話なのでが、実はこういう行為にとても大きな意味があるような気がしています。

私たちはいろいろな制度や専門家に関わりながら生活を成り立たせていますが、そうした制度や専門家も要するに中身を知ったらたいしたことはないということを言いたかったのです。
そもそも大昔は、そんな制度もなく、専門家もいませんでした。
百姓的な生活に憧れる私としては、自分でできることは自分でしたいと思っているのです。
それが、昔からのわが家の文化でもありました。
必要なことを市場から調達せずに、自分たちで対応すれば、前にも書いたように経済成長にはつながりません。
ですから、私の生き方は、極端に言えば、反経済成長路線の生き方なのです。

制度もそうです。
制度は、それに関わる人が気持ちよく生きるための仕組みですから、制度に合わせなければいけないなどと発想する必要はありません。
制度をつくる人は、難しい制度をつくりたがりますが、その制度も分解してみたら、わずかなルールで成り立っているのです。
有名なボイドの話を思い出します。
しかし、私たちは多くの場合、複雑さを装う目くらましの制度にがんじがらめにされているような錯覚に陥りがちです。

今回の裁判員裁判は、裁判官も検事も弁護士も、所詮は普通のおじさん、おばさんなのだということを見せてくれた効用はあったのかもしれません。
普通以下ではないかと気づいた人も少なくないでしょうから、その弊害もまた大きいのですが。

時にパソコンを分解するのは、そうした錯覚的人生の呪縛から解き放たれる効果があるように思います。

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■節子への挽歌705:伴侶こそ人生の羅針盤

節子
昨日、10年前に会社を辞めて起業したNさんといろいろ話しました。
節子を元気にするために、気が高まるエッセンシャルオイルをプレゼントしてくれたNさんです。
昨日は新しい事業展開の相談の予定だったのですが、予定していたもう一人の人が急に来られなくなったので、個人的な話になりました。

Nさんのお父さんは55歳で亡くなりました。
がんでした。
まだ20代前半だったNさんは、毎日のように入院先の築地のがんセンターに通ったそうです。
その体験がNさんの死生観を育て、人生の有限性を心に刻んだようです。
Nさんに会った最初から、うまく言い表せない不思議な雰囲気を感じていたのですが、その理由がわかったような気がしました。
Nさんは、今も毎月1回、静岡のあるお寺に行って、住職と話をしながら自分を見直す時間を持っているそうです。
寺で静かに座禅しているNさんの姿が目に浮かびます。

私は、仕事であろうと仕事でなかろうと、私の生活のすべてを節子に話していました。
節子もまた、すべてを私に話していました。
お互いに、話しながら自分の生き方や考え方を育ててきたのかもしれません。
Nさんは、それとは対照的に、奥さんには仕事の話は一切しないそうです。
しかし、時々、奥さんの何気ない一言やアドバイスが、自分の行動を軌道修正してくれると言います。
話すか話さないかの違いはありますが、その点では私とNさんは同じかもしれません。
伴侶が自分の行動の、ある意味での羅針盤の役割を果たしてくれているわけです。
それに一緒に暮らしていれば、話そうと話をしなかろうと、お互いに分かりあっているものです。
話がないほうが、むしろ心情が伝わっているということもあります。

話すことの効用は、もうひとつあります。
自分の心の不満や未練を放出する効用です。
日常的に放出していれば、心身にはよどみはできません。
日常生活の中で、みんな小さな不満や未練をかかえこみます。
一つひとつはとても小さく、意識することもないかもしれませんが、それを溜め込んでいるといつか大きな不満や悩みになりかねません。
そうならないために、日常的にそうした小さな不満や未練を口に出すことが大事です。
ほとんどのことは、誰かに聞いてもらえるだけで解消します。
いや、聞いてもらえなくても、口に出すだけでいいのです。
口に出せば、少なくともお天道様が聴いてくれるでしょうから。
Nさんは、時々、独り言をするといいます。
独り言するくらいなら奥さんに話をした方がいいと思いますが、それもまた人それぞれです。

Nさんが会社を辞めて10年間、起業家としてがんばってこられたのは、間違いなく奥さんのおかげです。
私もそうでした。
起業家としての生活と会社に雇われた生活とは、それこそ雲泥の差です。
サラリーマンは気楽な稼業といいますが、その気楽さの大きさは、辞めてみて初めてわかります。
昨今のサラリーマンは気楽ではないといわれますが、私には相変わらず気楽にみえます。
そういう人たちには、一人で仕事に取り組んでいる人たちの大変さはわからないでしょう。

私が節子にこれほど執着しているのは、もしかしたら会社を辞めて自分で企業経営をしていたからなのかもしれません。
節子は生活の伴侶でもあり、仕事の相談相手でもあったからです。
そしてなによりも、苦労を分かち合った仲間だったのです。
節子は、私には最高の友でした。

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2009/08/06

■完全にショー化している裁判員裁判

裁判員裁判は、やはり気になります。
これほど「ひどい制度」がさも新しい価値を持っているように報道されていることに恐ろしさを感じます。
裁判が、完全に「ショー」になっています。
裁判員が記者会見をやるなどと言うのは、正気の沙汰ではありません。
それに法曹界関係者のコメントにはあきれてものが言えません。
こういう人たちに、私たちは自らの生命と生活を預けていたのかと愕然とします。

今日、お会いしたアジア女性資料センターの関係者から、「裁判員制度における性犯罪被害者の安全とプライバシーを守るキャンペーン」の活動の話を少しお聞きしました。
すでに気になっていることが実際に起こっているようです。
こうした問題提起をマスコミはきちんと理解しているのでしょうか。

私の友人の弁護士は、裁判員制度は4.5年もすればなくなるよ、と言っていましたが、もしそうであっても、その4,5年のうちに、日本の裁判制度はぼろぼろになりかねません。

ストーカー不安を訴えても警察は誠実に対応してくれない状況はいまなお続いているように思いますが、この国の治安はいささか危うくなっています。

政治がおかしくなっているのではありません。
すべてがおかしくなっている。
そんな気がしてなりません。

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■節子への挽歌704:田中さんの表札には象が描かれるようです

節子
ネパールのチューリップの写真を送ってくれた田中雅子さんがやってきました。
CWSコモンズにカトマンズ便りを投稿してくれていた田中さんです。
パートナーの定松さんも帰国され、日本での生活に入ったそうです。
節子は、いつも田中さんの話を聴くたびに、小柄な田中さんのどこにそんなすごいエネルギーがあるのだろうと不思議がっていました。
田中さんに会う度に、そのことを思い出します。

田中さんは、今日は、娘のところにスペインタイルの注文の打ち合わせに来たのです、
日本に住むことになったので、表札をつくるのだそうです。
デザインには、なぜか象を入れるようです。

表札のデザインの打ち合わせが終わった後、いろいろと話を聞かせてもらいました。
田中さんは、いま、アジア女性資料センターに運営委員として関わっているようです。
そういえば、昨日、東京で「オンナ・ハケンの乱」というデモ活動があったのですが、そのデモにもアジア女性資料センターは賛同団体になっていました。
田中さんは、この15年ほど、海外で活動していましたので、日本のNPOやNGOとの交流は少なかったかもしれません。
そのせいで、いろいろとカルチャーギャップも感じているようです。
お話を聴いていて頷くことばかりでした。

私が田中さんの活動の姿勢に共感したのは、田中さんたちが出版した「続入門社会開発」を読んだからです。
地に足つけて生活者を基本に置いた発想は、舞台こそ違い、私が基本にしたことでした。
それに、節子と田中さんとは、全く別の舞台の人でしたが、私にはどこか通ずるものを感じていました。
だから節子は田中さんの活動に驚異を感じていたのかもしれません。
通じたところのない活動には、人は驚異を感じないものです。

さてさて田中さんが帰国した後、ネパールのチューリップはどうなるでしょうか。
元気で増えてくれるといいのですが。

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■つながりを育てる金融、つながりを壊す金融

私に、ライファウゼンの信用組合のことを教えてくれたのは、農林中金の田中文章さんです。
田中さんが渡仏する直前にお会いしたのですが、帰国後、気になりながらも連絡をとらずにいました。
6月の支え合いサロンで農業の話がさかんに出ました。
それで思い切って、田中さんにまた会いに行きました。

どうやら田中さんはフランスの農業金融に引き込まれてしまい、それがライフワークになってしまったようです。
フランスの生活は、田中さんを変えてしまったのかもしれません。
田中さんは、話したいことが山のようにあるようです。
しかも、少しお話を聞いただけでもすごく刺激的な話がどんどん出てきます。
一人で聴きに来たことを悔やみました。
もっと多くの人に聴かせたいと思ったのです。

私は今の日本の農業政策には大きな違和感があります。
10年ほど前に茨城県の美野里町で都市計画マスタープランを策定するお手伝いをしましたが、その時に、農業を基軸に置いた都市計画を目指しました。
当時はまだ「思い」が強いだけで、農業の本質を必ずしも把握していませんでしたから、おそらく住民の人たちにも強くは響かなかったかもしれません。
しかし、政府の方針の間違いだけは確信していました。
自給率の問題は、当時から明確でした。
農業総合研究所の有名人にも会いに行きましたが、残念ながら期待はずれでした。

当時は、農的社会に関心がありました。
ところが、今回、田中さんから農業金融の話を聴いて、金融に関しても農的金融というのがあることに気づきました。
ライファウゼンの信用組合を、やはり学ぶ必要がありそうです。

田中さんと話しながら、いろいろなことに気づかせてもらったような気がします。
消化不足になりそうなので、控え目にして、改めて田中さんの話を聴く会をつくることにしました。
テーマはいろいろありそうですが、「つながりを育てる金融、つながりを壊す金融」というのはどうかと思っています。
私は「金融嫌い」ですが、考え直す必要があるかもしれません。
お金は、人や社会を壊す存在でもありますが、人をつなげ社会を豊かにする存在でもあるのです。
そんな話を、支え合いサロンで話し合える時がくればいいのですが。

田中さんの「フランス農業金融からのヒント」の話を聞きたい方はご連絡ください。
5人集まったら、会を開催します。

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2009/08/05

■「自殺予防対策」という言葉になじめません

先週、福井で、自殺を試みたことのある人たちの集まりに参加しました。
テレビでもよく報道されている東尋坊の茂さんたちに出合い、思いとどまった人たちが中心でしたが、南紀白浜の三段壁や青木が原樹林で自殺を考えた人も参加していました。
こうした集まりは、たぶん、初めての試みだと思いますが、どういう展開になるか、正直、少し不安はありました。
最初は、私自身のなかに少し「自殺を試みたことのある人」という特別視する意識があったのですが、時間が経つにつれて、一緒の仲間と実感できるようになりました。
そのせいか、実に気持ちの良い2日間を過ごさせてもらいました。

ところで、私は「自殺予防対策」という言葉にどうしてもなじめません。
自殺を対象化し、目的概念にしているからです。
もちろんそうした取り組みが大切であり、功を奏していることも理解していますし、そうした活動をこれまでもささやかに支援してきました。
しかし、「自殺予防対策」という言葉の意味がうまく理解できないのです。
否定しているとかそういうことではなく、ただ理解できないでいるということです。

私の関心は、「自殺」ではなく「だれもが気持ちよく暮らせる社会」です。
「だれもが気持ちよく暮らせる社会」では、自殺は起こらないような気がします。
「自殺のない社会」とはどんな社会だろうか。
そうした社会での生き方はどんなものだろうか。
それが私の関心事であり、それを目指した活動に長年取り組んでいます。
そうした活動の流れの中で、4月に「自殺のない社会づくりネットワーク」を仲間と一緒に立ち上げました。
それに関しては、何回かここでも書いてきました。

「自殺のない社会」での生き方は、そう難しいことではありません。
今回の集まりでも改めて確信を得たのですが、隣の人と仲良くしようということです。
それができれば、気持ちよく暮らせるはずです。
なぜそれが難しくなっているのか。
たまたまいま話題になっている裁判員裁判の事件も、「隣人殺人事件」です。
なぜ隣人を殺めてしまうようになってしまったのか、
みんな(犯人だけではありません)の生き方のどこかに、問題があるのです。

政府は今、100億円以上の予算を自殺予防活動に助成しようとしています。
しかしなかなか効果的な対策は見えてこないようです。
先週の集まりで、みんなの話を聴いていて、この人たちが中心になってその資金の活用を考えたら、きっと効果的な仕組みをつくるだろうなと思いました。
みんなでシンクタンクをつくろう、と提案したかったほどですが、まあそういう仕組みを作ると、また「識者」や「業者」が集まってきてしまうので、失敗するでしょう。
世の中をおかしくしているのは、「識者」や「業者」かもしれません。

この集まりの後、敦賀の小さな集落で3日過ごしました。
いつもながら、集落の人たちの支え合う関係にとても幸せな気分になりました。

自殺は今年も3万人を越えるでしょう。
実際には、統計には現れない自殺も少なくないはずです。
それはおそらく「病んでいる社会」の一つの現れです。
社会が病んでいるのは、私たちの生き方が病んでいるからです。
だとすれば、私にも出来ることはいろいろとあるはずです。
そして、みなさんにも。

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■節子への挽歌703:3万年くらいなら飽きない自信、飽きさせない自信

節子がいないせいか、暇なことが多いです。
正確にいえば、暇ではないのですが(やるべきことは山積みです)、なぜか実際には時間をもてあそぶことが多いのです。
忙しいのに暇が多い、ということはわかってもらえないかもしれませんが、今の私は実際にそうなのです。
そういえば、徒然草を書いた吉田兼好は結婚否定論者でした。
だからこそ、徒然なる時間が山のようにあったのでしょう。
暇な時間の不安をなくすには、何かを書くのが一番です。
そう考えると、この挽歌も、私にとっての徒然草ともいえそうです。

兼好法師は、「徒然草」190段にはこう書いています。

いかなる女なりとも、明け暮れ添ひ見んには、いと心づきなく、憎かりなん。
女のためも半空にこそならめ。
よそながらときどき通ひ住まんこそ、年月経ても絶えぬなからひともならめ。
現代語訳するとこうなります。
どんなにすばらしい女性でも、いつも一緒にいると、疎ましく、嫌になるだろう。
女性にとっても不安な状態だと思う。
お互い、別のところに住んでいて、時々会うようにしていれば、いつまでも縁が切れない仲になるだろう。
兼好法師の結婚観は私とは全く違います。
非日常の世界でこそ女性は魅力があり、「妻」として日常的な場の中に導き入れてはいけないというのです。
要するに、彼は日常の中に非日常を見つけられなかった、退屈な人だったのです。
日常と非日常は折り重なっていることに気づけば、彼も結婚したかもしれません。

一緒にいればこそ、相手の深い世界が見えてきますし、ふたりで全く新しい世界を創発させていくこともできます。
私は、節子といつも一緒にいて、疎ましいとか、嫌になったりしたとかいうことは一度もありません。
むしろ毎日が新鮮でした。
そういう気になったのは、一緒に暮らしだして20年ほど経ってからですが。
節子には時々話していましたが、節子と一緒であれば、3万年でも飽きることはなかったでしょう。
節子自身は、3万年までの自信はなかったようですが、私には3万年くらいなら節子を飽きさせない自信はありました。
この挽歌も3万年くらいであれば、書き続けられるでしょうが、飽きっぽい節子のことですから、読みはしないでしょう。
おそらく、もう飽きたとこの挽歌も読んでいないでしょう。
困ったものですが、それがまた節子の魅力でしたから、仕方がありません。

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2009/08/04

■緊張感の不在

選挙に向けて、もう少し政策論争が賑やかになるかと思っていたのに、どうも盛り上がりません。
これほど緊張感のない政治状況は珍しいように思います。
既に自民党は政党の体を成しておらず、政府も死に体になっているので、選挙といっても気がでてこないのでしょうか。
結果は、ある意味ではもう明白です。
自民党がまだ解体しないのが不思議ですが、みんな「ゆでがえる」のような状況におといっているのでしょう。
自民党の議員がこれほど、世間音痴になっているとは驚きです。
政策が大切だとか言っていたマスコミも通り一遍の報道で終わっていますが、これはまあ予想通りですが。

自民党は、相変わらず、財源を確保するには経済成長を続けなければいけないといっています。
いま求められているのは、これまでのような経済成長を基軸にした政治でいいのかということです。
それは防衛問題にもいえることです。
集団的自衛権やイラク給油法で議論すべきは、その根本にある防衛の基軸に何を置くかです。
政権能力とは現状を肯定することではないのですが、日本のマスコミは不勉強ですから、現状肯定を政権能力と同一視しています。
だれも時代の変わり目であるという現実を受け容れていないのです。

裁判員裁判の報道を見ていて、つくづく、この国は終わったと思います。
時代は大きな変わり目にあると、私は20年前から話し続け、自分の生き方も変えてきました。
しかし、どうやら私の目指していた方向には歴史は行かないようです。
それがこの頃、やっと受け容れられるようになりました。
おそらくみんなもそうなのでしょうね。
馬鹿げていると思っていても、それに抗うことはもっと馬鹿げていることを知っているのでしょう。
時代に流されていれば、まあ楽にいける時代でもあるのですから。

だからといって、私自身は自分の生き方を変えるつもりはありません。
納得できる人生を送りたいからです。
私を支えてくれていた伴侶がいない今、ますます私には生きにくい時代が来そうです。

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■節子への挽歌702:今生に生きながら、なお彼岸にも生きる

昨日、私はまだ「今生」にいるのでしょうか、と書きました。
これは決して冗談ではなく、かなり私のいまの感覚なのです。
自らの死に気づかなかった男の物語「シックスセンス」のようなことではありません。
そうではなくて、世界の意味が一変し、現実感がなくなってきたということです。
言葉や知識だけの人の言葉は奇妙に通り抜けていき、逆に誠実な生に向かっている人の言葉には不思議な重さを感じるのです。
これは、これまでとはかなり違った感覚なのです。

先週末の福井での合宿で、それを改めて強く意識しました。
身体の向こうに、その人たちの気配が見えるのです。
その気配は、おかしな話ですが、自分でもあるのです。
媒体となっている他者は、むしろ煩わしく、実は私の発話の対象は自分に向かっているような気になることもあります。
ですから、ある意味での独り言に近く、時に饒舌になり、時に寡黙になります。

今生への未練が実感できないことも、そうした感覚につながっています。
なにか血の通った生死ではなく、無彩色の生死感があるのです。
節子がいなくなって、私の生き方の根底で、なにか大きな変化があったような気がします。
言葉では説明できませんし、自分でもしっかりとは認識できませんが、私も含めて世界が変わったことは間違いありません。
いささか気取っていえば、「今生に生きながら、なお彼岸にも生きる」という感じです。

そういう世界では、いわゆる俗世の価値観は瑣末な話になります。
かつての楽しみや歓びは、いまではあまり意味のないものになり、自分を動機づけることもなくなりました。

こうした不思議な感覚の世界を、昔、どこかで見聞したような気がしていたのですが、今朝、それがなんだったか気づきました。
光瀬龍の「宇宙年代記シリーズ」の作品を流れる世界です。
私が最初に読んだのは、「墓碑銘2007年」でしたが、その不思議な世界にしばらくはまってしまっていたことがあります。
私が光瀬龍の世界から抜け出したのは、節子と一緒に暮らしだしてしばらくしてからです。
節子の世界は、光瀬龍の世界とは対極の、単純で明るい世界でした。

愛する人の存在は、世界を閉じてしまうのかもしれません。
閉じるのではなく、構造化してしまうのかもしれません。
いずれにしろ、世界を単純化し、見えやすく、明るくしてしまうのです。
その節子がいなくなって、また私の世界が混沌とし、彼岸とつながったのかもしれません。

しかし、彼岸とのつながりはさほど感じません。
たしかに節子との距離感はあまりないのですが、彼岸が見えるわけでもありません。
ですから、節子がいなくなった寂しさに、ただ心が萎えているだけのことかもしれません。
しかし、心は萎えても、その感受性は強まっています。
感受性が強いことは、生きにくいことです。
見えないものまで見えてくるのですから。

心が萎えると感受性が高まる、というのもおかしな話かもしれませんが、私の場合は間違いなくそんな気がします。
なにやらまた未消化のまま、わかりにくいことを書いてしまいました。
きちんと書こうと思うと1冊の本になりそうですが、きちんと書くほど、まだ見えているわけではありません。
ただ不思議な気配を感じてはいるのですが。

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2009/08/03

■節子への挽歌701:小浜の妙楽寺の千手観音

節子
昨日、福井の小浜に行きました。
鵜の瀬と羽賀寺に行きたかったのです。
いずれも、以前、節子と一緒に行ったところです。

小浜は、奈良までつづく「かんのんみち」の始まりのまちです。
東大寺の二月堂のお水取りには、ここからお水送りされるのです。
その時には遠敷川の鵜の瀬の水位が下がるのです。
その場所をもう一度見たくなったのです。
ところが、私の記憶にあった鵜の瀬の風景と全く違った風景がそこにありました。
私の記憶にある鵜の瀬は、瀬の中に小さな鳥居があるのですが、いくら探してもありません。
資料館にいた古老に訊いたのですが、この風景は変わっていないというのです。
その上、お水取りで水位が下がる話も知らないというのです。
なにやらパラレルワールドの鵜の瀬にきたような気分になってしまいました。

実はこうした体験は、節子がいなくなってから時々あるのです。
私の周りの世界は、もしかしたら異次元世界にスリップしたのかもしれません。

しかし羽賀寺は、記憶どおりの観音でした。
ここの十一面観音は小浜で一番の観音だと思いますが、お参りする人もおらず、在所の人が退屈そうに番をしていました。
お守りしていて気持ちは変わりますか、といかにも誤解されそうな質問をしたのですが、穏やかそうな表情の方でした。
誰もいない本堂で、仏たちと一緒にいるときっと自分がよく見えてくるのではないかと少しうらやましい気持ちがしました。

せっかく小浜まで来たので、まだ行ったことのない妙楽寺も訪ねてみました。
ここには24面の千手観音がいるのです。
写真では見ていましたが、実際にはお会いしたことがなかったのです。
壊れそうな、いや壊れかけた寂れた本堂でした。
案内する人もいなかったので、観音の前でしばらく休んでいました。
そのうちに、千手観音の顔が、どこか初めて会ったころの節子に似ていることに気づきました。
もちろん節子のほうがずっと美人なのですが、どことなく似ているのです。
そっと声をかけてみましたが返事はありませんでした。
そういえば、千手観音の前に見たこともないような文字が書かれていました。

朝、急に小浜に行きたくなったのですが、もしかしたらこの千手観音が呼んでくれたのかもしれません。
そして、お前のいる世界はもう変わったのだよと教えてくれたのかもしれません。
私はまだ「今生」にいるのでしょうか。

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■日本の司法制度は坂道を転げ落ちていくのでしょうか

今日から裁判員裁判が始まりました。
日本の裁判制度が魂を売った日になるだろうと思いますが、本当にこんな制度が実行されるとは驚きです。
この制度は数年で終わるだろうと法曹界の友人が話していましたが、そうはならないでしょう。
裁判制度の方向は、建前とは反対に国民不在の方向へ振り子を振ったのですから。

私がなぜそう思うかは極めて簡単です。
これまでの行政の得意芸だった「住民参加」思想と同じからです。
住民参加もアリバイ工作だったように、この制度も明らかにアリバイ工作です。

裁判員制度が適用されるのは、第一審の地方裁判所での裁判です。
多くの刑事事件は上告されます。
上告審では裁判員制度は採用されません。
つまり第一審でどんな判決が出ようがいかようにも変えられます。
つまり裁判員制度はアリバイ工作の制度でしかないのです。

もし本当に国民の参画を目指すのであれば、最終審に国民を参加させなければ意味がありません。
専門家による判決が、国民常識から見ておかしいかどうかを、「常識を持った生活者」の多様な目で吟味するのであれば、それなりの意味があるでしょう。
この一事をもってしても、裁判員制度の無意味さがわかるはずです。

今日のテレビの報道を見ていると、相変わらず瑣末な手続き論ばかり報道されています。
唯一つ、裁判員の最終決定するくじ引きが、当事者の前ではないところで行われたということが、私には印象に残りました。
それが事実であれば、実に象徴的な話です。
日本の司法改革の本質とベクトルが垣間見えます。

「最初に無実の者を死刑にしたとき運命は決した」の記事を思い出しました。
日本の司法制度は坂道を転げ落ちていくのでしょうか。
それとも、郵政民営化のように、5年後にはまともな議論が始まるのでしょうか。

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2009/08/02

■節子への挽歌700:「節っちゃんはきつかったね」

福井に来た帰りに、敦賀にいる節子の姉夫婦の家に寄りました。
節子と一緒に、年に1~2回は私もお世話になっていました。
西と東に別れていましたので、若い頃はなかなか会う機会も少なかったのですが、それぞれが子育ちから解放され、仕事からも解放されるにつれて、節子たち姉妹の交流は増えてきていました。
性格はかなり違うように思いますが、仲の良い姉妹でした。

和食のお店を予約していてくれたのですが、節子の気に入りそうなお店でした。
魚三昧でしたが、とても美味しい鯛の兜煮が出ました。
節子は金目鯛の煮物が大好きでしたが、私がそう思っていたら、やはりその話になりました。
みんな思うことは同じなのでしょう。

義兄が「節っちゃんはきつかったね」といいました。
姉が、「私にはとても言えないことを言ってくれていた」と同調しました。
知らない人が聴いたら、節子の悪口に聞こえるかもしれませんが、そうではありません。
節子は、自分の身内や関係者には遠慮せずに物言う人だったという意味です。
まあいつもは遠くにいるので、言えたという面もありましたが、節子は思ったことをわりとはっきりと言う人でした。
身内だけではありません。
たとえば、近所に悪さをする子供がいれば注意するということもありました。
もっとも誰にでも言えたわけではなく、私の関係の親戚や友人にはほとんど何も言いませんでした。
その理由は簡単で、私のほうが「きつかったから」です。
後で、節子から言いすぎだと怒られることはしばしばでした。

しかし、その一方で、相手の親族や友人には、逆にかなり寛容で受容的でした。
ですから、節子はわが両親からは「良い嫁」であり、私は節子の両親からは「良い婿」だったのです。
念のために言えば、「仮面」をかぶって装っていたのではありません。
身内に厳しいことと、他者に優しいこととは、同じコインの裏表です。
そして、そうした生き方が、とても生きやすい生き方であることを私たちはよく知っていました。

そうした点で、私たちは「似た者夫婦」だったわけです。
どちらかがどちらかに影響を与えたのではなく、最初からそうした性格でした。
鯛の兜煮を食べながら、そんなことを思っていました。

それにしても美味しい兜煮でした。
福井県のJR敦賀駅の商店街にある「建」というお店だったと思います。

節子が戻ってきたら、連れて行きたいと思います。

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2009/08/01

■節子への挽歌699:死と向き合う

昨夜は六呂師高原温泉で泊まりました。
一度、死に向かいあった人たちの集まりは、最初は重い感じでの始まりでしたが、話しているうちにみんなの心も開けだしました。
心が開きだせば、むしろ絆は一挙に深まります。
それにしても、この2日間は気づくことの多い集まりでした。
頭での知の気づきではありません。
心身での生の気づきです。
テレビや新聞の取材関係者もかなり来たのですが、彼らも含めてすべて一緒に扱うことにしました。
こういう集まりもめずらしいでしょう。
しかし、みんな同じ人間なのですから、当然といえば当然です。
私の好きなスタイルです。

しかし、こうした大勢での集まりが苦手な人もいます。
会場に座っているだけでもストレスがかかるのです。
それに、参加者のリズムがそれぞれ大きく違います。
状況にあわせて、それこそ「カジュアル」に進行させなければいけません。
思いもしなかった事態も起こりましたが、そうしたことに慣れている人も何人かいましたので、結果的にはすべていい方向に向いたように思います。
またホームページや別のサイトでもう少し詳しく書くつもりですが、私には刺激的な2日間でした。

私は参加者の全員と話すことができました。
長く話した人もいますし、一言二言だけのやり取りだった人もいますが、それぞれに心に残る人たちばかりでした。
人生を誠実に生き、一度は死を試みた人の語りは、言葉の奥にたくさんの思いが詰まっています。
それが、私にも強く響きます。
節子のことがなかったら、その響きは頭にしか入ってこなかったかもしれません。
私も単なる一方的な「善意の支援者」になってしまったかもしれません。
しかし、節子のおかげで、一人ひとりの思いが痛いように伝わってきます。
涙にも冷静に対応できます。
そして遠慮せずに、軽口もたたける自分に気づきました。
人は一度、死に直面すると変わるものです。
そんなことをつくづくと思いました。

職人のHさんは、最初話もできませんでしたが、最後にはとてもたくさんのことを話してくれました。
彼にはまた数年後に会いたいと思いました。
料理人のTさんにはいつか料理を食べさせてもらう約束をしました。
Sさんは、自分の苦しさにもかかわらず、誰か同じような人がいたら応援したいと最後に言ってくれました。

たくさんの感動と喜びの2日間でした。
節子にじっくりと話を聴いてもらえないのが、とても残念です。
喜びと同時に、実は悲しさやさびしさも背負い込んできたのです。
一人でいいから、私にすべて任せていいと言ってくれる人がいてほしい、と言った人がいました。
その言葉は、心に深くしみこみました。
節子は、私のとっての、そういう人でしたから。

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■今年は手賀沼花火大会がありません

毎年、8月の第一土曜日は、私が住んでいる我孫子の手賀沼の花火でした。
手賀沼に面した我孫子市と柏市とが一緒に花火を競い合うようにあげるのです。
ところが今年は財政事情から中止になってしまいました。

先日、「入りをもって出るを制する政治は終わった」と書きました。
以前、最近の政府は「出るをもって入るを制する」発想になっている、と書いたことを思い出しました。
誤解されそうなので、花火大会中止の例で補足しておこうと思います。

「出るをもって入るを制する」で指摘したのは、予算が足りなくなったら借金もしくは増税をするという政府の姿勢を批判したものですが、「入りをもって出るを制する政治は終わった」で指摘したのは、「運営」発想から「経営」発想への転換の必要性です。
運営は与えられた予算を消費してある課題に対応することです。
これまでの行政のやりかたです。
それに対して経営は、資金調達を含めて必要な課題に対応することです。
資金調達と課題対応(事業)がつながっている点が、運営とは違います。

花火大会はどうでしょうか。
行政予算がなくなったから花火を辞めるというのは「運営」発想です。
経営発想ではどうするか。
花火を継続することを住民が望んでいるかどうかを評価し、もし望んでいるのであれば、住民にも声をかけて継続の方策を考えるということです。
平たく言えば、住民や見物客にも資金負担をしてもらうということです。
近くの松戸市では、住民たちが資金負担も行いながら、住民たちみんなの花火大会になっていると、先週わが家に来た人が話していましたが、それが私の考える「共創型まちづくり」です。
お金がなければみんなで知恵を出し合えば良いのです。
みんなで知恵を出し合えば、お金の問題は克服できることが少なくないでしょう。

「入りをもって出るを制する政治は終わった」というのは、そういう意味で書きました。
国政における財源問題にも同じことが言えます。
政策が価値があるのであれば、財源問題はいかようにも解決できるはずです。
なぜならば政策の優先順位の問題だからです。
それを二の次にして、財源に関心を向けさせるのは、これまでの既得権を守ろうとする政治家の発想でしかありません。

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