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2009/08/28

■節子への挽歌726:家事の大変さと大切さ

節子
秋になったと思っていたら、今日は夏の空です。
その暑さの中を、自転車でいろいろと回ってきました。
電話をとめられないための電話料の振込みやらお医者さんやらいろいろです。
妻に先立たれた独り暮らしに慣れなければいけません。

節子がいなくなった後、実感したのは、「家事」の大変さと大切さです。
最近の日本の社会は、「家事」をあまりに軽視してきました。
家事を「労働」に変え、市場化したと言い換えてもいいでしょう。

もう15年ほど前ですが、三菱電機が「楽しい家事がはじまった」というコピーで広告を展開したことがあります。
「家事」の大切さが見直される契機になるような気がして、同社の企画関係者の集まりで、これからの展開が楽しみですね、と話しましたが、全く反応がありませんでした。
外部代理店が作った単なるコピーだったのです。
彼らは、新しい物語を創りだして、社会を変えていこうなどとは考えていなかったのです。

日本ヒーブ協会の創立20周年記念の大会にも参加させてもらい、フォーラムの一つを担当させてもらいました。
ヒーブ(HEIB)はHome Economists In Businessの略で、企業と消費者のパイプ役を果たす役割を担う人たちです。
そこで愕然とする体験をしましたが、企業で働く女性たちのダメさ加減を思い知らされました。
彼女たちには「家事」の価値が全くわかっていないと思いました。

こんな話を偉そうに節子にしていたわけですが、節子がいなくなってから、私の考えは単に頭で考えていただけのことだと思い知らされました。
節子がまたねと聞き流していたのを、いまさらながら思いだします。
家事を全くといっていいほど節子に押し付けていた私が、偉そうにいうことではなかったのです。
節子の「家事」のおかげで、私は快適に暮らせ、仕事に全エネルギーを向けられていたわけです。
節子がそう思っていたかどうかはわかりませんが、私のすべての活動は節子あってのものだったのです。

家事は毎日同じことを繰り返すことです。
しかしちょっと手を抜くとどんどん手を抜きたくなります。
そうすると1か月たつと明らかに身の回りの環境が変わります。
逆に、家族のためにちょっとずつ心の込め方を変えていくと、これまた1か月たつと明らかに身の回りの環境が変わります。

毎日同じ繰り返しではないものもあります。
食事担当の娘は毎日何にしようか悩んでいます。
節子の文化で、わが家では出来合いのものはほとんど食卓に出ませんので、食事づくりは極めて創造的な仕事になります。

現在、私は娘たちと暮らしていますが、彼女たちも自分の生活がありますから、節子とはちがいます。
もちろん節子以上によくやってくれるところもありますが、自然と一緒に生活を育ててきた節子とは違います。
節子の頃はそれが当然と言う思いで全く気にしていませんでしたが、娘たちにはそれなりの遠慮も出てきますので、私も何らかの「家事」意識を持つことになってきたわけです。
そして、「家事」足るものの大変さと大切さを実感しているわけです。

節子の家事に対して、感謝の気持ちがかなり不足していたような気がします。
私のような男性たちが、もしかしたら社会をおかしくしたのかもしれません。

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