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2009/08/19

■節子への挽歌717:「愛」の行き着く先は「平安」

節子
先日、「パトリオット」という映画をテレビで観ました。
アメリカの独立戦争を背景に、「愛する家族を守るために立ち上がり、やがて愛国心に目覚めてゆく男の姿」を描いた、メル・ギブソン主演の、いかにもアメリカ的な映画です。
「 」で書いたのは、映画解説のサイトからの引用ですが、「愛国心」に関する私の感覚とはちょっと違うので括弧でくくりました。

私が印象的だったのは、人は家族を持つと変わる、というメッセージです。
主役のヒーロー(ベンジャミン・マーティン)が、息子から「なぜお父さんは変わったのか」と訊かれ、「お母さんのせいだ」と答えます。
マーティンは、かつては原住民に対する残虐な兵士であり、戦争のヒーローだったのですが、農民として平穏な暮らしをおくるようになり、独立戦争が起こっても、それにも参加せずにいました。
そうした父を息子たちは、不満に思っていたのです。

愛する人によって人は変わる。
人は大義のために生きるのではなく、愛のために生きるというメッセージにきこえました。
愛国心も「大義」ではなく「愛」なのですから。

同時にこの映画は、愛のために人はいかに残酷になれるかもメッセージしています。
その「愛」が対象を失った時、人はどうなるか。
愛する息子たちを殺された時、彼はまた残虐な戦士に戻ってしまうのです。

途中、何回か目頭が熱くなりました。
タイトルの「パトリオット」(愛国者)のメッセージよりも、そこに登場する「友情」にです。
友情こそ、もしかしたら「無私」の愛なのかもしれません。
「愛」には平安と残酷が重なっていますが、やはり行き着くところは平安なのです。
改めてそのことを気づかせてくれる映画です。
マーティンは最後に「平安」を手に入れます。
それはアメリカの独立ではなく、自らの独立です。

私の人生観や信条は、節子によって大きく方向づけられたように思います。
節子に影響を受けたというよりも、節子との関わりの中で育んできたのです。
おそらくそれは、節子も同じだったでしょう。
信条や価値観を、そして人生を、一緒になって育んでいく存在がどれほど大切なのか。
それを失ったいま、痛切に感じます。
あまりに節子を愛しすぎてしまったために、あまりに節子と同調してしまったために、一人で生きる力を弱めてしまったのかもしれません。

時に、残酷さが首をもたげる中で、その暴走を抑えてくれているのは、娘たちであり、友人たちです。
そして何よりも、節子への愛かもしれません。
愛がなければ「平安」など期待すべくもありません。
今回の選挙を、節子はどう思っているでしょうか。

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