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2009/08/19

■政策よりも人物で政治家は選びたい

韓国では、金大中元大統領への追悼ムードでいっぱいだとマスコミが報じています。
それを読んでいて、果たして日本の場合はどうだろうかと思いました。
その訃報を聞いて、国民が嘆き悲しむ政治家がいるだろうかということです。
置かれている状況は違うとはいえ、日本の政治家は国民から敬意を受けていないように思います。
いまいなくなって困る政治家を思いつくでしょうか。
私にはほとんど思い当りません。
これは、政治が成熟化したことを意味するのでしょうか。

価値観が多様化し、政治課題が複雑化してくると、重要になってくるのは全体像ですが、それは機械的論理的なアプローチで解が得られるようなものではありません。
政治学者の佐々木毅さんは最近の著作「政治の精神」で、丸山真男の「政治的統合」概念を基軸にして論じていますが、この概念は一筋縄ではいきそうにもありません。
であればこそ、ますます人間として信頼できる政治家が必要になってきているはずです。

政策で政治家を選ぶというような発想は、時代遅れの発想ではないかと思いますが、世間ではむしろそれこそが新しい発想だといわれています。
私には全く馬鹿げて感じますが、政策で選ぶなどということは、動いている社会を前提に考えれば、論理的にも不可能です。
それは前回の優勢選挙で明らかになったはずです。
郵政民営化の是非で選ばれた政治家たちが、勝手にすべての政策をいじくりまわし、格差社会を加速させ、軍国国家への道を加速させたのです。
その結果、郵政民営化の公約も無残に変質されたのです。
その体験を忘れてはいけません。

政策で選べば、無能な政治家でさえ首相になれるのです。
やはり政治家は人で選ばなければいけません。
若いから、女性だから、新鮮だから、そんなことは政治家の重要な条件にはなりえないのです。

まただんだん本論を外れてきてしまいました。
書きたかったのは、私たちは政治家への敬意を回復すべきであり、そういう人を選挙では選びたいと思ったということです。
政治家が尊敬できないと嘆かないですむように、今回の選挙では、しっかりと「人物」を見極めたいと思います。
その材料がとても少ないのが残念ですが。

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