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2009/08/18

■節子への挽歌716:「新しき いのちの揺らす 浮巣かな」

節子
奈良の塚谷さんからお手紙をもらいました。
最近は「俳句」を楽しまれているようです。
最近も、「NHK俳句」(NHK教育テレビ番組)でタイトルの作品が特選句に選ばれたそうです。

「新しき いのちの揺らす 浮巣かな」
その光景が目に浮かびます。
「新しきいのち」という文字と「浮巣」とが、見事に重なって、自然界に充満している大きないのちの波動を感じさせてくれます。
明け方とも夕暮れ時とも感じられますが、なぜか私には夕暮れのイメージが浮かびました。
たぶん塚谷さんは明け方をイメージしているのだろうと思いますが。

塚谷さんには節子は2回ほど会っていますが、塚谷さんは節子のことをとても気に入ってくれてお会いする度に節子のことをほめてくれていました。
今日の手紙にもこう書いてあります。

湯島の事務所でお元気なお二人にお目にかかり、いろいろなお願いを申し上げた日が懐かしく思い出されます。

塚谷さんは、東レ時代の私の先輩です。
その塚谷さんが突然湯島の事務所に訪ねてきてくださいました。
当時、塚谷さんはある会社の社長でしたが、その会社を変えていきたいという相談でした。
私が東レ時代に、そうしたことに取り組んでいたのを塚谷さんは見ていてくださったのです。
それでわざわざオフィスまで来てくれました。
その時は、まだ節子が元気で、オフィスに来ていたのです。
その仕事(新創業運動と位置づけました)は引き受けさせてもらい、塚谷さんの強いリーダーシップで見事に成功しました。
私はほんとうにささやかなお手伝いをしただけですが、とても感謝してもらいました。
もう塚谷さんは、その会社を引退しましたが、経済環境の悪い現在もしっかりと利益を上げつづけているそうです。
塚谷さんの植え付けた文化が根づいているのでしょう。
会社経営は小手先の技術ではなく、思想です。

その塚谷さんからのうれしい便りでした。
「新しき いのちの揺らす 浮巣かな」
節子ならば、素直に感動するでしょう。
その節子に怒られそうですが、何回かこの句を読んでいるうちに、いまの私の暮らしは、浮巣くらしに似ているような気がしてきました。
私の浮巣も、揺らされ続けて、壊れそうです。
闇が迫っているというのに、どうしたらいいでしょうか。
そうやって、そのものが含意するところを読み解きたくなるのが私の悪癖なのです。
節子の嫌いな私の性癖です。
まあ塚谷さんにも怒られそうですね。
困ったものです。

でも今日は、とても気持ちのいい句に出会えてうれしいです。
もう一度、素直になって読んでみましょう。
「新しき いのちの揺らす 浮巣かな」
やはり朝まだきの葦の湖畔ですね。
そんな気がしてきました。
節子もきっと安心してくれるでしょう。

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