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2009/08/06

■完全にショー化している裁判員裁判

裁判員裁判は、やはり気になります。
これほど「ひどい制度」がさも新しい価値を持っているように報道されていることに恐ろしさを感じます。
裁判が、完全に「ショー」になっています。
裁判員が記者会見をやるなどと言うのは、正気の沙汰ではありません。
それに法曹界関係者のコメントにはあきれてものが言えません。
こういう人たちに、私たちは自らの生命と生活を預けていたのかと愕然とします。

今日、お会いしたアジア女性資料センターの関係者から、「裁判員制度における性犯罪被害者の安全とプライバシーを守るキャンペーン」の活動の話を少しお聞きしました。
すでに気になっていることが実際に起こっているようです。
こうした問題提起をマスコミはきちんと理解しているのでしょうか。

私の友人の弁護士は、裁判員制度は4.5年もすればなくなるよ、と言っていましたが、もしそうであっても、その4,5年のうちに、日本の裁判制度はぼろぼろになりかねません。

ストーカー不安を訴えても警察は誠実に対応してくれない状況はいまなお続いているように思いますが、この国の治安はいささか危うくなっています。

政治がおかしくなっているのではありません。
すべてがおかしくなっている。
そんな気がしてなりません。

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