« ■節子への挽歌709:生きることが各人に課す課題を果たす義務 | トップページ | ■節子への挽歌710:誰にも平等に与えられているのは「愛する心」 »

2009/08/11

■ノリピーの虚像と実像

ノリピーこと酒井法子逮捕によって、次第に明らかになりつつある「ノリピーの現実の姿」は、あまりにもイメージと違います。
しかし、テレビでも報道されだしていますが、その実像は周辺には知られていたようです。
清純なイメージは、完全に演出された虚像だったわけで、そうでない酒井法子を知っていた人も少なくなかったということです。
こうした世間的につくられた虚像と実際の生活での実像の違いは、多かれ少なかれだれでもあります。
その違いを増幅させ、両者を乖離させていくのが、マスメディアであり、タレントビジネスです。
ここでいう「タレント」とは広義のタレントで、有名な政治家や財界人、学者や文化人もさします。

私も完全に騙されていました。
事件が起こった時に、むすめたちに自殺するんじゃないかなどと、自分の無知をさらけ出していました。
しかしおそらく関係者はみんなノリピーの実像を知っていたのでしょう。
事件に関して、あるベテランタレントが、アイドルは包装紙で包まれているが、その包装紙が破れただけのこと、と話していましたが、おそらく関係者知っていたのでしょう。
ただ知らないふりをしていなければいけなかったわけです。

多くの人にとっては、実像などはどうでもいいのかもしれません。
大切なのはつくられた虚像のほうで、みんなその虚像と付き合っているわけです。
それが「大人の世界」なのかもしれません。
そこでは実像などはどうでもいいことです。

ノリピーほど極端ではないとしても、私たちはそうした「建前」で生きているのです。
仮面(ペルソナ)がいつの間にか実体になってしまうことさえあります。
しかし、仮面で生きることは、なぜか社会は許しません。

医師免許も持たずに、医療行為して、多くの病人を救ったにも関わらず逮捕された人もいます。
学歴詐称で国会議員を辞めなければいけなくなった人もいます。
資格などに全くの価値を認めない私にとっては、いずれの事例も社会的な損失だと思います。
免許や資格で仕事ができるかと思います。

また話がおかしな方向に逸脱しそうですが、今回の事件で学ぶべきは、看板と実体はかくも無縁だということです。
騙されるのであれば、騙され続けるほうがいいでしょう。
騙すのであれば、騙し続けるほうがいいでしょう。
虚像と実像とは、尺度を変えれば、逆転する概念なのですから。
騙し続ければ、それが現実になることもあるでしょう。

最近、いろいろのことが「暴露」されますが、これこそ「情報社会」の本質なのでしょう。
しかし情報社会における実像とは一体何なのでしょうか。

|

« ■節子への挽歌709:生きることが各人に課す課題を果たす義務 | トップページ | ■節子への挽歌710:誰にも平等に与えられているのは「愛する心」 »

生き方の話」カテゴリの記事

コメント

人間は元来多面的なものだ思います。
育って行く中に社会の規約や道徳などを身に付けて、その契約の下で生きて行くのでしょう。 特にタレントとして固定したイメージをタイトルのようにかかげられると、複雑な多面性を総て閉じ込めて生きて行かねばなりません。
ヤクに走るか、自殺するか、廃業するかしかないような気がします。
人間はもっと自然に、自分を解放して多面的に生きて行けば楽で、しかも視野が広がるのでないでしょうか。
私のブログに「紫陽花の原種?ORガクアジサイ」でフット出てきた「土に添い 時にあじさい 七変化」と書きましたが、紫陽花の色は色々変わってゆきますが、其の総ての色が紫陽花の色なのです。

投稿: maron | 2009/08/13 01:44

maronさん
いつもありがとうございます。

>人間はもっと自然に、自分を解放して多面的に生きて行けば楽で、しかも視野が広がるのでないでしょうか。

全く同感です。
そうありたいと思っています。

投稿: 佐藤修 | 2009/08/28 09:24

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/45899707

この記事へのトラックバック一覧です: ■ノリピーの虚像と実像:

» オバマ・ブランドに乗せられる-(オザワ・ブランドに乗せられる?) [マスコミに載らない海外記事]
Chris Hedges 2009年5月5日 Truthdig バラク・オバマというは一つのブランドだ。そして、オバマ・ブランドなるものは、企業の大立者連中が財 [続きを読む]

受信: 2009/08/12 00:16

« ■節子への挽歌709:生きることが各人に課す課題を果たす義務 | トップページ | ■節子への挽歌710:誰にも平等に与えられているのは「愛する心」 »