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2009/09/14

■法事の風景

先週、滋賀の湖北にある妻の実家の法事にいったのですが、そこでとても面白い話を聞きました、
お葬式に声をかけるところは、必ずしも血縁関係にあるところではないのだそうです。
昔からのしきたりだそうで、隣関係と言うわけでもないのです。
お互いになぜ声を掛け合うのか、今ではわからなくなっているところも少なくないようです。
結婚式とはまた違って、法事だけのことなのだそうです。
4つくらいの近在の集落の人たちの話でしたが、いずれも同じようです。
ちなみにみんな浄土真宗です。

私は40年ほど前に妻と結婚してからはじめてその地域の法事に参加しました。
妻の父は早く亡くなったのですが、その葬儀はとても印象的でした。
まだ土葬でしたが、親戚や近隣の人たちが集まり、2~3日かけての葬儀でした。
雪の日に白装束でお墓まで行列を成して葬送しました。
孫のわが娘が先導役だったような気がします。
ちょうど通りがかった人がさかんに写真を撮っていたのが記憶に残っています。

葬儀の読経が迫力がありました。
10畳の部屋を2つつなげた部屋やその周りの廊下などに集まった人たちが、僧侶と一緒に読経するのです。
私には初めての体験でしたので感動しました。
葬送の後、女性たちがつくった料理が山のように出され、次から次へと酒が出てきました。
下戸の私にとっては辛い宴会が続きました。
亡くなった人のために、それこそトポラッチのように、無駄な消尽が行われていたような気がします。
若い世代の人たちが、もっと無駄をなくして合理化しなければと話していたのも記憶に残っています。

それから何回も法事に出ましたが、年々大きく変化してきています。
土葬から火葬へと変わり、葬送の行列もなくなりました。
料理も次第に仕出し屋のものになってきました。
先日の法事は4時間ほどで終わりました。
消尽する雰囲気はなくなっていました。

変わっていないことが少なくとも一つありました。
みんなご仏前とは別に、品物を参加者分だけ持ち寄るのです。
そして、それをみんなで分け合って持ち帰るのです。
このスタイルは残っていました。

参加者は激減していました。
そこで冒頭の話が出てきたのです。
代替わりを契機に、声を掛け合うことをお互いに自重しだしているようです。
法事でしか付き合うことのないところは、徐々に呼びかけあうことをしなくなっているようです。
たくさんの家に声をかけるということは、たくさんの家の法事に行かなければいけないということです、
そうなれば、年中、法事に出なければいけなくなり、会社に勤めだすとそんなことはできなくなります。
つまり、いまの時代の生活にはあわないわけです。

長々と書いてしまいましたが、いつもとてもいろんなことを考えさせられるのです。
都会での生活と違って、地方にはまだまだ文化があります。

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