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2009/09/21

■メールをやっていないのに名刺にアドレスをかくのはやめましょう

前にも書いたことがあるような気がしますが、もらった名刺にメールアドレスが書かれているので、メールを出しても、なんの音沙汰もない人がいます。
以前はそういう人が多かったのですが、最近は少なくなってきました。
それでも今もなおそういう人がいます。
一番不快なのは地元の行政の職員にも、そういう人がいることです。
ある人に今年の初めから2回メールをしましたが、何の連絡もありません。
まあ忙しいのかもしれないと見過ごしていましたが、昨日、久しぶりにテレビに出て、そんな話が出たこともあって、やはりおかしいことは見過ごしてはいけないと思い、当の本人と上司に指摘することにしました。
そのうえ、さらにこのブログにまで書くことにしました。

いろいろのところと接点を持つと、そこの良さと悪さがよく見えてきます。
それを自分だけで留めていいのかどうか、迷うところです。
よく言われるのは良い情報はなかなか伝わらないが、悪い情報は急速に伝わるそうです。

一昨日、地元のグループの集まりをやりました。
ある人が私の近くの行政が絡んでいる産直センターのことで怒りまくっていました。
そして参加者みんなに、そのことを周りの人に教えてほしいというのです。
私もかねてからそのセンターには違和感を持っていましたので、ほとんど使わないのですが、その話を聞いたので今日、立ち寄ってみました。
一昨日聞いた話を立証する証拠はありませんが、さもありなんという感じでした。

こういう身近にある「おかしなこと」を指摘しだしたら身が持ちません。
それに場合によっては、いわゆる「近隣関係」にまで発展しかねません。
どうしたらいいでしょうか。

政治を変えるにはかなりのトラブルを覚悟しなければいけないという人が多いです。
同じように、生活を変えるのもトラブルはつきものです。
それを逃げていては、政権交代についていけないでしょう。
政権交代に期待するのであれば、私たちも言動を見直しましょう。

さて心を鬼にして、メールの返信のない職員にクレームをつけることにしようと思います。
でもまあ、メールは発信してしまうと取り返しが付きません。
友人を失うことにもなりかねませんし、私の評判を落とすことにもなりかねません。
こんな小さなことですらそうですから、民主党閣僚や河野太郎さんの勇気は見上げたものなのです。
彼らに比べると自分の小賢しさが恥ずかしくなります。

でもまあ、メールは明日にしましょう。
気弱な小市民は度し難いものなのです。
いやはや。

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