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2009/09/24

■生きた言葉のパワー

民主党政権の閣僚の発言は、生きているような気がします。
それに比べると、これまでの政治家の言葉は、みんな生きていませんでした。
たとえば、自民党の河野太郎さんの発言に対して、町村さんは「「固有名詞を出して、いろいろと批判するのはいかがなものか」と言ったそうです。
「いかがなものか」は、麻生前首相の口から何回も出た言葉ですが、生きている言葉とはいえません。
もっとはっきり自分の考えを直裁に言ってほしいものです。

「自殺のない社会づくりネットワーク準備会」の事務局スタッフである私のところに、会ったことのない人から何回かメールが届いていますが、彼は「言葉は大切です」と3回も言ってきました。
おそらく「言葉」に裏切られたことのある人です。
ですからその人とのメールのやり取りは緊張します。
私自身、その人への言葉に一度間違いをしてしまいました。
危うく私への不信感をもたれそうなところまでいきました。
その後、幸いに信頼関係を回復しましたが、誤解を与えるような言葉は、何を引き起こすかわからないからです。
言葉のパワーは思った以上に大きいです。

あるプロジェクトに一緒に取り組んでいる人から、私の言葉が頭を混乱させるといわれました。
軽い気持ちで話したことが相手にダメッジを与えることに注意しなければいけません。
その人からは、佐藤さんの言葉遣いは普通とは違うと注意されました。
もちろんあまりよくないと指摘されたのです。
反省しなければいけません。
私の言葉にはあまり悪意はないのですが、かなりきついのかもしれません。
まさに言葉のハラスメントです。
注意しようと思っています。
これまで付き合ってきた友人たちにも不快感を与えてきたのかもしれません。
思い当たることは、多々あります。
言葉のパワーは、本当に大きいです。

民主党政権の閣僚の言葉に戻ります。
彼らの言葉は新鮮ではつらつとしています。
私が政策的に大嫌いな前原さんの発言も聞いていて気持ちがいいです。
それに比べて、八ッ場ダム界隈の住民代表たちの言葉は、私には死んでいるように聞こえます。
彼らは、私の感覚では住民ではありません。
言葉を聴けば、その人の世界が見えてきます。
ああいう住民たちが政治を私物化してきたとさえ思います。
もちろん彼らが政治に翻弄されてきたことはわかりますが、死んだ言葉を語る人には共感をもてません。

自民党総裁選はどうでしょうか、
河野さんの言葉は大きく跳んでしまっていますが、生きているように思います。
まあ総裁選では負けるでしょうが、政治への影響はあるでしょう。
自分が発した言葉によって河野さん自身が影響されるでしょう。
しかし、それはきっと彼を豊かにするでしょう。
政治にも生きた言葉が活躍しだしたことは、実にうれしいことです。

鳩山首相が、まずは「信頼関係」と言っているのは、とても共感できます。
政治は言葉の世界の話ですが、基本に信頼がなければ、言葉は生きてきませんから。

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