■政治家と政党
自民党総裁選の結果を見て、青木・森体制はまだ健在だと思いました。
組織の生まれ変わりは難しい課題です。
そもそも政党とは何なのか。
私は前にも書いたように、政党政治は20世紀モデルだと思っていますが、政党は権力維持のコスト削減とエネルギー縮減のための仕組みです。
その視点から考えると、今回の自民党総裁選の結果はとても納得できるものです。
政治家は、そのミッションの故に権力(社会への影響力)を追求する存在ですが、それを効果的に展開するための仕組みが政党だといっていいでしょう。
田中真紀子さんが、政党に属しなければ何もできないといったのは、まさにその通りです。
河野太郎さんが、あそこまで森体制を批判しても、そこから抜け出られないのは、政党政治の呪縛のためでしょう。
渡辺喜美さんも政党政治の呪縛から解放されていなかったが故に、行動が中途半端でした。
要するに、みんな20世紀型政治家なのです。
基礎自治体の選挙にまで、政党が顔を出してきています。
政党に身を置く政治家は、住民発想にはなりにくいでしょう。
政党に身を置くようにした地方政治家は一切応援しないのが私の基本姿勢ですが、なぜかみんな政党に依存しがちです。
こうした「地方分権型自治」も20世紀型モデルです。
住民主役や地域主権とは似て非なるものです。
そんな政治家は、私には全く関心がありません。
これまでの政党と政治家に共通するのは、競争の原理です。
いいかえれば権力志向であり、影響力拡大志向です。
これはいささか整理しないと危険ですが、自らが信ずる志を実現し、社会をよりよいものにするためには、権力を高める必要があります。
しかし、社会をよりよいものにするための方法や考え方は一つではありません。
いろいろとあるはずです。
ですから、さまざまな価値観が多様な政治家や政党を生み出していくわけです。
そしてその政党、あるいは政治家の間で「競争」が発生します。
切磋琢磨する競い合い、多様な視点で熟議し共創する競い合いであれば、あまり問題は起きないのですが、多くの場合、相手を潰すための競争が覆いだします。
生き残るためには組織化が効果的になります。
そして気づいてみると、みんなその組織の呪縛に囚われてしまっているのです。
そうした人たちの志など、とるに足りません。
でも社会の片隅で、どんなに素晴らしいことを提案していても、そのメッセージが社会の多くの人々に届かなければ社会は変わらないではないかと思うかもしれません。
たしかにそうでしょう。
しかし、社会は「変えられる存在」ではなく、「変わっていく存在」なのです。
そういう視点で、最近の社会の動きを見ることが大切なのかもしれません。
この1か月の政治の動きは、いろいろな問題を可視化してくれたように思います。
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