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2009年10月

2009/10/31

■近くのスーパーの閉店

道路整備の関係で、近くのスーパーストア「ライフ」が閉店になります。
とても良心的なお店で、いつも賑わっていました。
わが家にはとても大きな影響があります。
生活費は1割くらいアップするかもしれません。
それほど他店と比べて安かったのです。
もちろん同じものが安いという意味です。
それにお店の規模が大きすぎずに、手ごろでした。

今日が最後だというので、見に行ってきました。
商品はもうあまりありません。
ほとんどがすでに撤収されています。
ところが、なぜかお客様でいっぱいでした。
私のように最後のお店の様子を気にきている人もいるかもしれません。
なぜかわからないのですが、駐車場の自動車もいっぱいでした。

お店の人に、とても良いお店でしたね、と感謝の気持ちを伝えました。
そういう会話は私だけではなく、いろいろのところで交わされていました。
ライフはとても良心的な良いお店です。
利用されている方は、多分わかってもらえると思います。

ライフの閉店に代わって、先週、その近くに「カスミ」が開店しました。
行ってみました。
最近の中規模店舗で、私にはやや大きすぎます。
商品数も多すぎます。
それに雰囲気が、最近の店舗のように、冷たいのです。

私にとっては、ライフは世相を感ずる一つの定点観測場所でした。
商品の価格の動きもよくわかりました。
マスコミの報道と現実の違いも、ライフのおかげで知ることができていました。

新しいカスミはわが家からは歩くと10分以上かかります。
わざわざ定点観測に行くことも少なくなるでしょう。
また一つ私が社会を感ずる場所が減りました。

妻が元気だったころは、近隣のショッピングセンターやスーパーに一緒に行ってもらっていました。
そういう場所に行って、座っていると、世間の動きがよくわかるのです。
妻がいなくなってからはそういう機会も少なくなりました。
一人ではなかなか行く気にもなれませんし、長居はできません。
こうしてだんだん世間から疎くなっていくのでしょうか。
近くのライフの閉店は、私には大きな生活変化になりそうです。

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■節子への挽歌790:昇る太陽と沈む太陽

昨日、この挽歌を読んでくださっている方が訪ねてきてくれました。
初対面の方ですが、開口一番、「よろよろですね」といわれました。
自分ではいつもそんな意識はないのですが、やはり見える人にはそう見えるのでしょうか。

対照的なのですが、その人の前にやってきたのが、ベンチャー企業の若手経営者でした。
最近はどうも元気が出なくてね、と話したら、「部屋に入ってきた途端に佐藤さんのエネルギーを感じましたよ」と言いました。

よろよろの私、エネルギーを発している私。
同じ私なのに、外部から見える私はどうもさまざまなようです。

先日、日の出と夕陽のことを書きましたが、そのことを思い出しました。
昇る太陽を見ていると元気が出てきます。
しかし、沈む太陽を見ていると寂しく哀しい気分になってきます。
同じ太陽なのに、どうしてでしょうか。
同じ私も、その両面があるのでしょうか。

元気な朝日と寂しい夕陽があればこそ、太陽は太陽です。
昇りつづけてばかりいたら、太陽はどこか遠くに行ってしまいます。
時に元気に、時に哀しく。
元気と哀しさはセットのものなのだ、と最近、思うようになりました。
哀しさを知らない人にはたぶん元気はわからないのではないか。
元気を知らない人は、哀しさなど味わうことはないのではないか。
元気と哀しさは、幸福と不幸がそうであるように、隣り合わせているのです。

昨日は4組、6人の人が湯島に来てくれました。
昔に戻ったような気がしないでもありませんが、明らかに違うことがあります。
どうもうまく対応できないのです。
特に初対面の方には、うまく対応できません。
やはり、その人が見透かしたように、「よろよろ」なのかもしれません。
その方と別れた後、そんな気がしてきました。

でもまあ、沈んだ太陽もまた昇ってきます。
昇った太陽がまた沈むように。
よろよろ生きるのもいいかもしれません。

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2009/10/30

■「1人だったらダメだった。3人だから生きられた」

八丈島近海で転覆した漁船「第1幸福丸」の真っ暗な船内で4日間をがんばった船員の一人、宇都宮さんが、
「1人だったらダメだった。3人だから生きられた」。
と語っていました。
とても考えさせられる言葉です。

転覆事故のあった24日、私は「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」のキックオフを兼ねた「自殺多発場所での活動者サミット」を開いていました。
この半年、準備を重ねてきたものですが、このテーマへのかかわりを深めれば深めるほど、自殺のない社会とはやはり「大きな福祉」の実現ではないかと思うようになりました。
「自殺対策」はもちろん大切ですが、自殺を引き起こすような「真っ暗な社会」での私たち一人ひとりの生き方こそを問題にしなければいけないという思いを強くしました。

真っ暗な社会でも、そして希望が見えにくい時でも、3人いれば支えあえる。
この事件は、そのことを教えてくれています。
「1人だったらダメだった。3人だから生きられた」。
すべての人に聴いてほしい言葉です。

人は決して一人では生きていません。
たくさんの人に支えられています。
そのことに気づけば、先ず自らが周りの人を支えようという気が起こってきます。
支えることは一方的な行為ではありません。
誰かを支えれば、必ずそのことで自らが支えられるのです。
支えることは必然的に支え合う循環を生み出します。
そのことに気づけば、とても生きやすくなり、世界は平和になるでしょう。

「1人だったらダメだった。3人だから生きられた」。
これは真っ暗な船室だけの話ではありません。
私たちの日常生活にとっても、大きな示唆を含んでいます。
私たちも、ちょっとだけ生き方を変えましょう。
それが、「自殺のない社会」「孤独死のない社会」「子どもの笑顔の溢れる社会」「だれでもが気持ちよく暮らせる社会」につながっていくはずです。
そうした、大きな「支え合い社会」は、まずは自らの小さな一歩から始まる。
そのことを、今回の宇都宮さんの言葉で改めて確信しました。

最近疲れたので、コムケア活動をやめたいと思い出していますが、元気がまた出てきました。

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■節子への挽歌789:不思議な生き方

節子
小学校の同窓生から
「お前の生き方は不思議だ」
というメールが届きました。
たしかに最近、自分でも少し不思議な生き方をしているなと思うことがあります。
節子がいた頃は、そんなことを思ったこともありません。
しかし最近はやはりちょっとそう思うようになりました。

節子と最初に2人だけの時間を過ごしたのは、奈良の散策でした。
電車で偶然に会い、そこで2人で奈良に行こうと決めたのです。
あれがすべての始まりでした。

奈良での散策中、何を話したのか覚えていませんが、初めてだったのにとても話が弾みました。
おそらく私が次から次へと話をしたのでしょう。
節子は聴き上手だったわけです。
興福寺から春日大社を経て、東大寺に向かう道は、私には何回も通った、思いのある道でした。
その一つひとつを、おそらく知ったかぶって、面白おかしく話したのでしょう。
たぶん時空を超えた壮大な物語を基調にしたはずです。
当時、私はタイムパトロールもののSFにはまっていたような気がします。
節子は、その不思議な世界に、たぶん「魅了」されたのです。

「修さんの話はどこまで本当なのか、わからない」
これが帰りの電車の中での節子の言葉だったのを覚えています。
すべてが真実であり、全てが嘘である。
言葉は信ずればすべて真実であり、信じなければすべて嘘。
とまあ、おそらくこんな言葉を私は返したはずです。

理解できないものには、人は魅力を感じます。
おそらくそれが、節子が私と結婚してしまった理由です。

もう少し「賢い人」は、理解できないことを疑いだします。
そして「不安」を抱きだします。
そうなると結婚などできなくなるでしょう。

しかし幸か不幸か、節子はそれほど「賢くなかった」のです。
それに人を疑うなどということを知らない素直な子どもだったのです。
そして、幸いなことに、実は私もまた、あんまり「賢くなかった」のです。
賢い人は、相手を騙すことを思いつきますが、当時の私にはそんな「賢さ」はまだなかったのです。
そして、自分の言葉に、自分自身が騙されてしまっていたのです。

そんなわけで、今から考えると、とても「不思議な生き方の夫婦」がスタートしたのです。
節子がいる時には、その不思議な生活は完結していましたが、いなくなった今、その不思議さが自覚できるようになってきました。
やはり、私たちはちょっとおかしかったのです。

その「おかしさ」に、私自身いまなお魅了されているために、なかなかそこら抜け出られません。
この生き方でこれからもいくのでしょうが、相棒がいないまま続けられるのかどうか、最近ちょっと不安がないわけでもありません。
でもまあ、生き方を変えることはできないでしょうし、そのつもりもありません。
唯一の希望は、節子がふっと戻ってきてくれることです。
そう信ずれば、真実になるはずなのですが。

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2009/10/29

■モンスターの悲劇

「モンスターペアレンツ」が学校を徘徊しているという話はかなり前から聞いています。
理不尽な要求を学校に突きつける父兄のことを「モンスターペアレンツ」と呼ぶようです。
しかし、理不尽な要求を突きつけるのは、何も学校の父兄だけではないようです。

福祉の世界でも、そうした「モンスター」に悩まされている行政は少なくないようです。
企業のお客様にも「クレーマー」と呼ばれるモンスターがいるようです。

先日、介護保険関係の研究調査プロジェクトの集まりがありました。
介護保険の自己作成をもっと広げたいという思いをもった人たちの研究会なのですが、そこで介護保険の世界でもモンスターといわれる人たちに窓口が振り回されて、それが健全なケアプラン自己作成者の広がりを妨げているのではないかというような議論がありました。

私自身は、そもそもモンスターなどという発想には大きな違和感があるのですが、福祉の世界も少しだけ知っている立場からいえば、モンスター議論に関しても、さもありなんと納得してしまっていました。

私は、住民主役のまちづくりにささやかながら関わっています。
一昨日も、あるまちで住民たちと行政との話し合いの場に同席する機会がありました。
そこでいろいろと話を聴いていて、そうした「まちづくり」の場にも、モンスター発想が行政にあることに気づきました。
さらに気づいたのは、モンスターを生んでいるのは行政だということです。

ゴジラはモンスターでしょうか。
もしそうであれば、ゴジラを生み出した核爆弾をもった世界はモンスターの生みの親ということになります。
モンスターを生み出すスーパーモンスター。
大企業や行政こそ、実はモンスターの源なのです。

モンスターが悪者扱いされる風潮が広まっていますが、モンスターを生み出す状況こそが問題なのだとやっと気づきました。

かつてはモンスターだったゴジラは、次第に世界の救い手に変化してきました。
これは実に象徴的な話です。
モンスターは何も好き好んでモンスターになったのではありません。
そういう視点でさまざまなことを見ていくと、もしかしたらモンスターはモンスターを非難している私たちなのかもしれません。

自らがモンスターなのに、誰かをモンスターと呼んで、自らは健全だと思い込んでいるのは、喜劇ではなく悲劇です。
私はこれからはもう2度とモンスターなどという言葉は使わないようにしようと思います。
人をモンスターなどと称することの傲慢さは、持ちたくないものです。
あやうくその傲慢さを身につけるところでした。
まさにモンスターを生み出す世界に私たちは生きているのです。

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■節子への挽歌788:手抜き観音

忙しさにかまけてお墓参りに行きそびれていました。
花が好きだった節子に、やはり毎週、花を届けなければいけません。
自宅の節子の位牌の前や庭の献花台にはいつも花がありますが、お墓はちょっと気を許すとすぐに枯れた花になってしまいます。
まあ節子のことだから、そんなことでは決して怒りはしないのですが、なんとなく自分自身、落ち着きません。

お墓でも般若心経をあげさせてもらうようになりました。
昔は誰かがそばにいたら、声を出せませんでしたが、今では声が出るようになりました。
何回も読経していると、その意味がわかってくるという人もいますが、そんなことはありません。
般若心経の解説書は昔何冊か読みましたが、その内容も忘れてしまい、今はなにやらわからない言葉の羅列でしかありません。
読書百遍、義自ずからあらわる、などと言うことは、私の場合には全くありません。
しかし不思議なことに、それを唱えていると、なんだか節子との心のパイプが通じているような気になるのです。

父を亡くした後、母は毎日、仏壇の前で読経していました。
私は一度も並んで読経したことはありませんでした。
今から考えると親不孝な息子でした。
私は子どもの頃から「権威」や「形式」に対して、素直になれないところがありました。
今から考えるとおかしな話ですが、当時はお経さえもが私には「権威」であり「形式」だったのです。
その私が、毎朝、読経するようになったのです。
節子はどう思っているでしょうか。

節子が教えてくれたことは山のようにたくさんあります。
節子は教えようなどとは全く思ってもいなかったでしょう。
ただただ私と一緒に素直に生きていた。
もしかしたら、般若心経の心は節子から学んでいるのかもしれません。

笑われそうですが、この頃、なぜか節子が観音様だったのではないかと思うことがあるのです。
私を救うために、西方浄土からやってきてくれた。
そしてもう後は大丈夫だと思って、また西方浄土に戻っていった。
そんな気がしないでもないのです。
もしそうだとしたら、ちょっと帰るのが早かったような気がします。
手抜き観音様です。
まあ、節子らしい観音ではありますが、ちゃんと見送る最後まで、仕事はきちんとやってもらわないと困ります。
まあ、節子らしい観音様というべきですが。

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2009/10/28

■節子への挽歌787:愛する人を失った人は、すべての存在にやさしくなれる

節子
昨日は青森県の三沢に泊まったのですが、朝早く目が覚めて、ホテルの部屋から外を見たら、朝日が出てきたところでした。
三沢には高層の建物があまりないので、日の出がよく見えるのです。

帰路の新幹線の中からはずっと夕陽が見えていました。
東北新幹線はしっかりと南北に直線ではしっているので、夕陽がずっと見えているのです。

日の出と夕陽。
節子と何度見たことでしょう。
そのせいか、太陽を見ているとなぜか節子を思い出します。

いえ、太陽だけではありません。
今日の三沢の空はとてもきれいな青さでした。
その空を見ていても、節子が見えてきます。

何を見ても節子を思いだす。
いまや節子はいたるところにあまねく存在しているのです。
だからこそ、全てのものがいとおしくなるのです。

愛する人を失った人は、ある時期を越えると、すべての存在にやさしくなれるような気がします。
すべての生命、すべての物に、愛する人の世界を感ずるのです。
節子を感じてしまうと、どんな物にも、いとおしさを感じます。
だから、だれにも、どんなものにも、やさしくなれるような気がします。
しかし、自分にだけはなかなかやさしくはなれません。

新幹線の中で、夕陽を見ながら、いろいろなことを考えていたのですが、帰宅してパソコンの前に座ったら、その時、書こうと思ったことが思い出せません。
思い出せたのは、節子のおかげで、世界がとてもいとおしく感じられるようになったということです。
日の出と夕陽のことを書くはずだったのに、あんまりつながらない話になりました。

しかし今回の三沢行きは、とても疲れました。
前のプロジェクトの担当者にも会いましたが、彼女から元気になられてよかったですね、といわれた時に、またいろいろと思い出してしまいました。
三沢と節子とのつながりは、何も無いのですが、私にはきっと切り離せない存在なのです。
たぶん、この疲れはそのせいに違いありません。
この疲労感には覚えがありますので。

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2009/10/27

■節子への挽歌786:久しぶりに三沢

節子
今日は青森県の三沢に来ています。
3年ぶりの東北です。
途中、東北の秋の風景がとても美しく、気持ちが和むと同時に、いつものことながら、節子がいたらどんなに喜ぶだろうという思いが次から次へと浮かんできました。

三沢に来たのは、ここで町を花でいっぱいにしようと活動している人たちに久しぶりに会いたかったからです。
三沢に関わりだしたのは、節子が元気になってきて、治る確信を持てた頃です。
花いっぱい活動のアドバイザーを頼まれたのですが、いつか節子と行きたいという思いで引き受けました。
節子は、我孫子で花かご会を結成し活動していましたので、節子の世界ともつながれるという思いもありました。

ところが関わりだしてからしばらくして、節子のがんが再発。
引き受けたのを後悔しましたが、それからも2回ほど寄せていただき、何とか住民たちの手づくりフォーラムが実現しました。
とても感動的な集まりでした。
私が三沢に来たのは、それが最後です。

この挽歌を書き出してからしばらくして、三沢での活動の中心になっていたSさんから、投稿がありました。
この挽歌を読んでくれていたのです。
そこからまたささやかなつながりが始まりました。
先日、花いっぱい活動の新聞ができたといって送ってきてくれました。

私は各地のまちづくり支援にも関わってきましたが、どこにもSさんのような人がいます。
一昨日の谷和原の横田さんも、その一つです。
私の仕事のやり方は、ともかく人と人の関係を生み出すことを基本にしています。
金銭的な契約には終わりはありますが、一度、生まれた人のつながりは決して消えることはありません。
「金の切れ目が縁のはじまり」
これが私の信条です。
お金は人を切り離しますが、お金がなければ、人はつながらざるを得ないのです。

元気になったら一緒に行くという節子との約束は実現できませんでした。
だからもう二度と来ることはないだろうと思っていたのですが、最近、無性に以前のことが思い出されて、ついに来てしまいました。
佐世保にも、北九州にも、山口にも、行きたい気分が高まってきました。
節子がいた頃の世界に、戻りたいという思いが、私のどこかに生まれてきているのかもしれません。

明日、三沢で花づくり活動に取り組んでいる人たちと会う予定です。

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■具体策シンドローム

昨日の首相所信表明に関して、「もっと具体策を」というコメントがマスコミでよく取り上げられています。
だいたいにおいて、「もっと具体策を」などとコメントする人は、コメント能力のない人です。
「もっと具体策」などというのではなく、それこそ「具体的」にコメントしなければ、自分も同じことをしていることになってしまいます。
何も考えずにあら探しをしている人がよく行う発言です。
マスコミが、それを良く取り上げるのは、マスコミ自身も何も考えていないという証拠です。

24日にあるイベントをやり、そこにNHKの報道チームが取材に来て、7時のニュースで流してくれました、会の意図など全く理解しようとしていないので、放映内容は全くの主旨違いで、主催者としては極めて不愉快でした。
まあ、これは私憤でしかありませんが。

昨日、ある人材育成をテーマにした委員会に参加しましたが、そこでも人材強化の短期的な具体策だけが議論されていました。
あまりに馬鹿げているので、少しやんわりとコメントしましたが、明確に賛成してくれたのは一人だけでした。
みんなほとんど考えていないので、私の発言はたぶん伝わらなかったのかもしれません。
みんな「具体策シンドローム」に陥っているのです。
ノーロングタームの嵐は、まだ吹き止んでいないのです。
みんなもう考えるのを止めてしまったのでしょう。
それが一番楽な生き方ですから。

いまこそしっかりと理念やビジョンを考えなければいけません。
それが明確になって共有されれば、具体策など簡単に出てきます。
それがない具体策の積み上げは、徒労と言うしかありません。
今の日本社会は、徒労を再生産する仕組みになってきてしまっているような気がします。

今日はちょっと機嫌がわるいので、いささか身勝手なことを書いてしまいました。
はい。

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2009/10/26

■節子への挽歌785:久しぶりに節子とゆっくりと過ごしています

節子
今日は久しぶりにゆったりした気分の時間を過ごしています。
この半年、取り組んでいた「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」をなんとかスタートさせることができました。
節子の顔を思い出しながら取り組んできたこのプロジェクトも、もう大丈夫でしょう。
後は、代表と事務局長に任せる予定です。
私はいないほうがいいでしょう。
なにしろ私の発想はいささか脱落していますから、真ん中にいるとこの活動は広がらない可能性が強いです。
人にはそれぞれの役割があるものです。
それに私は問題が見えてくると、もう退屈で仕方がないのです。
問題は創るのは面白いですが、解くのは退屈です。

節子も知っているように、私は新しいプロジェクトを起こすのは好きですが、それがうまくいけば、後は私の役割ではないと思うタイプです。
唯一の例外はコムケア活動ですが、これは本来、事務局長の存在を極力なくしていくという思想のもとにやっていますから、持続しています。
それにコムケア活動はほとんど私の日常行動と重なっていますから。
そのモデルは、節子と私の生き方だったのです。

今日は、これから2つの委員会があります。
介護保険の関係と企業の人材育成の関係です。
全く別のテーマですが、こうしたさまざまなテーマに関わるのが、もう一つの私の生き方です。
これも節子は理解してくれていましたが、私の世界の理解の枠組みはたぶん普通の分類基準ではないのです。
ですから介護と企業経営が私の内部では何の違和感もなくつながっています。

私と一緒にオフィスを始め、次から次へとやってくる人との話を横で聴いていた節子は、最初よく言っていました。
何で全く違うテーマをそんなに簡単に切り替えられるのだろう、と。
しかし、そのうちにそんなことは言わなくなりました。
そもそも家庭や家族の生活を切り盛りしている主婦の日常には、さまざまな種類の問題が無秩序に襲ってくるのです。
いえ、それが「生活」というものです。
そのことに気づけば、すべての話題や課題がすべてつながっていることに気がつくはずです。
専門家や企業の経営者の世界など、主婦の生活に比べたら単純な、それこそサルでもできる単純な世界です。
だからこそみんな難しい言葉を使って、話を難しくしているだけです。
自分をしっかり生きている人に比べたら、極めて単純な世界なのです。
そうした退屈な世界で生きていくように仕込んでいくのが学校教育なのかもしれません。
一番骨抜きできる仕組みを完成した有名大学卒業生が官僚や経営者になって、がんばってくれているので、私たちは、その気になれば豊かな生活ができるのです。
でもほとんどの人は、そうした生活を望まずに、苦労しているようにも思いますが。

いやはやとんでもないことを書いてしまいました。
久しぶりにゆったりして、節子と話しているような気分になってしまったのです。
節子とはこうした話をよくしました。
節子は、こうした私の「非常識」な発想と言動をいつも好意的に聞き流していましたが、きっとその意味を理解してくれていたと思います。
そうでなければ、私のわがままの生き方を評価はしてくれなかったはずです。
そうですよね、節子さん。
それが、私の人生に弾みをつけてくれたような気がします。

人は伴侶によって、生き方を変えるものです。
私は、節子と結婚することで、思い切り私らしい世界を生きることができたような気がします。

久しぶりに今日は湯島で2時間ほど、一人でぼんやりしながら、節子のことを思うでもなく思っていました。
節子ほどの女房はいなかった、とつくづく思います。
そのめぐり合わせに感謝しなければいけません。

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2009/10/25

■節子への挽歌784:谷和原城山の谷津田

節子
今日は茨城県の谷和原に行って、城山を考える会のみなさんと久しぶりに話してきました。

節子の元気が回復していた時に、2人で里山まつりに行った、あの城山です。
あの頃は節子が元気になってきた頃で、私たちはいつも2人で行動していました。
谷和原の里山づくり活動の始まりには、私も少し関わっていましたので、最初の里山まつりにぜひ来てくださいと誘われていたので、節子と一緒にでかけたのです
秋晴のとても気持ちの良い日でした。
節子もとても楽しんでくれました。

そのお祭りは今ではすっかり定着しました。
毎回、代表の横田さんから、また来てくださいといわれるのですが、残念ながらその後は行けませんでした。
節子がいなくなってからも、毎回お誘いはあるのですが、とても行く気にはなれません。

今日はお祭りではありませんでしたが、久しぶりにその後の様子を見に行くことにしました。
城山はとてもいい谷津田と高台の農地の周辺に広がる里山なのです。
つくばエクスプレスが通ったので、この周辺もとても便利になりました。
都心から至近距離にある気持ちのいい谷津田です。
久しぶりに現地をまわらせてもらいましたが、以前とは全く違って、とてもきれいに整備されていました。
その気になればいろんなことが出来ます。
久しぶりに皆さんに会いましたが、みんながとても楽しんでいるのが伝わってきました。
会のみなさんにいろいろと提案させてもらいました。

節子ともう一度、ここに来たかったなと思います。
みんなと一緒に高台に上ったら、節子と一緒に来た時のちょっとはなやかな気分の情景が頭に浮かんできました。
そういえば、あの日はたくさんの野菜をお土産にもらいました。
今日はどっさりサツマイモをもらいました。
土佐金時で、会員の中島さん(もう70代後半です)が作った自信作です。
同じく会員の棟梁の飯泉さんからは、手づくりの木製のお蕎麦をゆでる時に使うものをもらいました。
節子がとても好きそうな料理道具です。
節子は木の料理道具が好きでした。

今日はとても寒い日でした。
ずっと外で話し合っていたので、身体はすっかり冷えてしまいました。
しかし心はとてもあたたかくなりました。
節子もずっと一緒にいたような気分でした。
節子は寒くなかったですか。
風邪を引かなければいいのですが。

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2009/10/24

■節子への挽歌783:「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」がスタートします

節子
久しぶりにちょっと大きなイベントを開催します。
「自殺多発現場での活動者サミット」です。
ちょっとタイトルが刺激的ですが、これにはいろいろな経緯があります。

すべては、節子と一緒に行った東尋坊で、茂さんに再開したことから始まりました。
あの時に、茂さんや川越さんに合わなければ、このプロジェクトに取り組む気にはならなかったでしょう。
あれは、節子との最後の旅行でした。

こんなことを書くと節子が「自殺」したように思われそうですが、全くその反対です。
私たちは、東尋坊の美しさに、生きる元気をもらったのです。
そして、自動車を降りたら、なぜかそこに偶然のようにいた茂さんと川越さん。
茂さんは私のことを覚えていました。
そこで食べたおろし餅のおいしさは、今でも覚えています。
胃を摘出して、あまり食べることができなかった節子も、おいしいといっていました。
しかし、残念ながら、東尋坊の旅行から帰ってきた後、節子の病状は一変したのです。

昨年、その茂さんからメールが来ました。
そこに茂さんの「夢」が書かれていました。
それを読んだら、急に茂さんの夢に加担したくなりました。
その時に思い浮かんだのが、東尋坊の断崖から海をのぞいていた節子の笑顔でした。
節子は、私よりも軽やかに岩場を歩いていました。
それが今でも忘れられません。
節子がいたら、きっと応援しなさいよ、と言ったでしょう。
生きようとがんばっていた節子は、茂さんの活動にとても共感していました。
それを思い出して、茂さんに、夢は実現しなければいけない、と連絡したのです。

そして始まったプロジェクトの、私が設定した目標が、今日、実現します。
それが、ここでも何回か書いてきた「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」のスタートであり、そのキックオフのために「自殺多発現場での活動者サミット」です。
100人を超す事前申し込みがありました。
テレビ取材も驚くほどたくさん申し込みがきました。
今日はNHKのニュースでも報道されるそうです。

このイベントが実現したのは、たくさんの私の仲間のおかげです。
昨夜も、みんな修さんを応援していますから、と数名の方からメールと電話が来ました。
私にいうこともなく、いろんな仲間たちが、この会の案内をたくさん発信してくれています。
私は、ほんとうにやさしい仲間に恵まれました。

節子がいなくなって、もう大きなイベントはやるまいと思っていましたが、気がついてみたら、節子の後押しでやってしまっていました。
しかも、勢いにのって、昔、構想していたイベントもやりたくなってきました。
元気が少し出てきたのかもしれません。

節子
いつもなら節子も一緒に来てくれるのですが、今日は一人で行ってきます。
みんながきっとうまくやってくれるでしょう。

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2009/10/23

■節子への挽歌782:「抜け出るべきか、留まるべきか、それが問題だ」

昨日の続きをまた書きたくなりました。
昨日また考えてしまったからです。
節子がいなくなって、いったい何が変わったのだろうか、と。

そういえば、以前もこんなことを書いた気がしてきましたが、無くなったのは、「これまで育て上げてきた私の世界」だと気づきました。
その世界は、節子がいればこそ、意味を持っていた世界だったのです。
その世界が瓦解してしまった。
だからこそ自分の居場所がわからなくなった、どう行動していいかわからなくなった。
そんな気がします。

親子の場合は、おそらく子どもはある年齢以降は親の世界から離脱し新しい自分の世界を創ろうとしだします。
親との別れは辛いでしょうし、大きな影響を与えるでしょうが、むしろ新しい世界を生み出す力を与えてくれるかもしれません。
しかし夫婦の場合は、そうやって親から独立して築きあげてきた、まさにその世界の根底が崩れてしまうのです。
これまでのことはいったい何だったのだろうか。
これからどうしたらいいのか。
そこで多くの人はおろおろしてしまう。

これまで創りあげてきた世界の終焉。
しかし、次の世界を創る気力はない。
としたら、どうやって生きていけばいいのか。
もちろん生き続けることはできるでしょうが、生命の躍動感を感ずることは難しい。
なにしろ「創る」喜びをもてないのですから。
もしかしたら、今の私はそんな状況にいるのかもしれません。

ハムレットではないですが、
「抜け出るべきか、留まるべきか、それが問題だ」
です。

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2009/10/22

■「元官僚という意識ない」

朝書いた政治時評の蛇足的補足です。
朝読んだ新聞のトップ記事の見出しがどうにも忘れられないのです。「

元官僚という意識ない」斎藤・次期郵政社長が会見
朝はぐっと我慢して、言及しなかったのですが、やはり書くことにしました。
蛇足ではあるのですが。

この言葉は斎藤さんの人物を象徴しています。
私の判断では彩父さんは次のいずれかです。

「嘘を平気でつく人」
「認知症が始まった人」
「官僚の仕事をやっていなかった無責任な人」

さてどれでしょうか。
いずれにしろこの人は信頼できません。
しかしどうしてこういう人ばかりが偉くなるのでしょうかね。
一度でいいから真面目に働けといいたいです。

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■節子への挽歌781:「生きている関係性」が止まってしまった

長門さんの願いにもかかわらず南田洋子さんは旅立ちました。

昨日の続きです。
無くなったのは「何か」。
洋子さんの魂でも生命でもない、私はそんな気がします。
みんなの心の中に、そして長門さんの心身に、洋子さんの生命は今なお生きているはずです。
決して風になどなっていない、私はそう思います。

では「何が」無くなったのか。
「関係」です。
長門さんと洋子さんの、これまでの関係が無くなってしまった。

と書いてきて、ちょっと違うなという気がしてきました。
昨日は何か新しい気づきのような気がしたのですが、こうやって書いてみると違いますね。
私と節子との関係はなくなっていませんね。
私は今なお節子を愛しています。

まだうまく書けませんが、もう少し書いてみます。
書いているうちにまた見えてくるかもしれません。
書きながら考えるのが、この挽歌のスタイルなのです。

自分を支えていた人がいなくなる。
見ることも触ることも話すこともできない。
それは信じられないことなのですが、現実はそうなのです。

関係とは何でしょうか。
静止した関係であれば、たとえ伴侶がいなくなっても維持できるかもしれません。
しかし、関係とは常に変化するものです。
そうか、無くなったのは「生きている関係性」なのですね、きっと。
見たり触ったり話したりすることによって、絶えず変化する関係性。
その関係性の変化が、生きていることの喜怒哀楽を生み出してくれるのです。
それこそが生きている証。
それが無くなってしまったのです。

節子との関係が止まってしまった。
だからこそ、私自身が動けなくなった、
動けなくなれば、世界との関係が逆に大きく変わりだす。
自分では一生懸命動いているつもりですが、なんだか動いている実感が得られない理由がわかったような気がしました。

「生きている関係性」が止まってしまった。
それがもしかしたら、変化なのかもしれません。
もう少し考えてみたい気分ですが。

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■日本郵政社長人事

しばらくは新政権の動きを好意的に見ようと思っていたのですが、今回の日本郵政社長人事には驚きました。
それはないだろうと愕然としたのです。
でも考えてみれば、亀井さんですからこういう人事でも仕方ないのでしょうが。

何人かの企業経営者の名前も挙がっていました。
その時にも少し違和感がありました。
ともかく昨今の経済状況を引き起こした責任の大半は財界トップの経営者ですが、政治家が知っているのはそうした企業経営者だけでしょうから、出てくる人たちも、私からすれば、すべて「戦犯者」なのです。
せめてもの救いは、その中にバンカーではなく、メーカーが多かったことです。
金融の世界にいた人たちの罪は私には許せないほど大きいのです。

官僚が全て悪いわけではありません。
それに金融の世界での経営ですから、それなりの知識がなければいけません。
ですから大蔵省出身に目が向くのも自然の成り行きです。
しかし、問題はこれまでの金融資本主義を変えるということでしょう。
その路線を志向した小泉・竹中路線の見直しのはずが、それと全く同じ世界の人を選んでしまったのです。
しかも大蔵省です。
さらにさらに、よりによって斎藤さん。
唖然とする人も少なくないでしょう。
民主党政権への期待は大きくしぼんでしまいそうです。

経営は運営ではありません。
経営の基本は「経」、つまり理念です
西川社長のような理念のないバンカーには経営はできません。
金儲けはできるでしょうが、それは経営ではありません。
理念がなくても金儲けはできます。
いや、昨今は理念のないほうが金儲けができるようになってきました。
それを主導したのが西川さんであり、斎藤さんであり、小泉・竹中チームです。
もちろんJALの再生チームも、そうした世界のプロです。
彼らには理念など全くないというべきでしょう。
ですから専門家になれたのです。

日本郵政の理念は何であるべきか。
言うまでもありませんが、私は「友愛」だと思います。
「友愛」で経営ができるかと思うかも知れませんが、「友愛」の思いがなくて経営ができるかと、私は言いたいです。

私の経営観は「経営とは愛と慈しみ」なのです。
だからコンサルタントのお客様が付かないのかもしれませんが。
どうやら生きる時代を間違ったようです。

ちょっと残念だったので、また批判的なことを書いてしまいました。
すみません。

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2009/10/21

■国家が破産しないのはなぜなのでしょうか

ちょっと疲れたので、無意味な無駄話です。はい。

予算編成に関連して、景気対策か財政の健全化という問題がまた浮上しています。
私自身は将来世代の資源を使い込むような財政赤字制作は反対ですし、借金をしてまで楽をしようなどと思わない生き方をしていますので、赤字国債を発行する発想には賛成できません。

しかし、景気対策にも賛成できません。
このブログの経済時評の基調には、景気対策発想から抜け出ようという、経済に対する私の考えがあることを読んでくださっている人には伝わっているかと思います。
お金で測定する景気には全く興味がありません。

一応、そういうことを前提にして読んでもらえればうれしいのですが、最近、財政赤字は何で悪いのだろうか、わからなくなってきました。

財政赤字と景気対策とは対立するものでないことはいうまでもありません。
企業で考えれば簡単にわかります。
業績が停滞していた企業が、銀行から巨額な資金を借金して、業績を建て直して、それによって借金を返済していくことは、よくある話です。
赤字埋め合わせの国債ではなく、もっと積極的な国債を出したらどうでしょうか。
銀行券をどんどん印刷して、国民にばらまいたらどうでしょうか。
1万円程度の給付金ではなく、国民一人当たり3億円ずつ配ったらどうなるのでしょうか。
要するに国民全員が当たる3億円ジャンボを発行するわけです。
とんでもないインフレになるのでしょうか。
でもその前に、みんなとても幸せでうれしい気分を味わえるでしょう。
3億円も当たったら、もうお金などほしいと思わずに、ついつい隣人に大盤振る舞いをしたくなるでしょう。
意外とインフレにならないのではないか。
ただお金に対する信仰が消えるだけかもしれません。
でもまあ、とんでもないハイパーインフレの悪夢で混乱するかもしれませんね。

代わりに全ての借金を返済無用にしたらどうでしょうか。
亀井さんの案どころではなく、全ての借金を返さなくても良くするのです。
国家の赤字も自治体の赤字も帳消しです。
だれがこまるのでしょうか。
銀行やローン会社が困りますか。
でもまあそれらはこれまで異常に儲けてきたのですからもういいでしょう。
それでもそこでまじめに働いている人はどうなるのか。
やはりこの案もだめそうですね。

しかし私は不思議に思うのです。
これほど巨額な赤字を生み出しながら、国家はなぜ破産しないのか。
そいえば、巨額な借金をしたカエサルはローマを豊かにしたのです。
なぜでしょうか。
お金の活かし方を、つまり使い方を、私たちは間違っているのではないか。
最近、そんな気がしてならないのです。

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■節子への挽歌780:冷静にうろたえ、うろたえながら冷静に

節子

南田洋子さんがくも膜下出血で緊急入院しました。
夫である長門裕之さんの記者会見は見るのが辛かったのですが、見てしまいました。
長門さんのお気持ちが伝わってきます。
彼は冷静にうろたえ、うろたえながら冷静でした。
私もそうでした。

「もしも、洋子に何かあったら、次の日から俺はどうやって生きればいいのか、と。見当もつかない。」

長門さんには、まだ「何かあった」のではないのです。
その感覚も、全く同じでした。
だから冷静でいられる。
いえ、何かあっても冷静でいられるのです。
起こったことを信じられないから、実感できないからです。
実際には、未来永劫、起こらないのかもしれない。
起こってしまったら、どうやって生きればわからないから、起こったことなど信じたくないのです。

長門さんもたしか「不条理」という言葉を発していましたが、人の死は「不条理」です。
カミユの異邦人を思い出します。
不条理の渦中では、生きていくことさえもが無機質になってしまうのです。
世界から色彩が消えていく、そんな感じです。

昨夜、いろいろと考えさせられましたが、
もしかしたら、なくなるのは「個々の生命」ではなく「関係」なのではないかと思い至りました。
そう考えるといろいろとまた世界が違って見えてくるような気がします。
今日は、そのことを書くつもりでしたが、長門さんの顔が目の前を覆ってしまいました。

お2人の平安を祈ります。

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2009/10/20

■節子への挽歌779:ゆっくりと歩くことを教えてくれた節子

秋らしくなりました。
久しぶりに湯島で一人なので、ゆっくりと空を見ています。
雲がゆっくりと流れる空が好きなのです。

私の生き方はあまりゆっくりではありませんでした。
節子はいつももっとゆっくりと生きたらといっていました。
私自身は、それでもかなりゆったりと生きているつもりなのですが、節子から見るとまだまだ急ぎすぎだったのです。
食事もお風呂も早いのです。
その上、ビデオの映画まで早送りで見るほどでした。
私と会った人はご存知でしょうが、早口なのです。
講演ではよくもっとゆっくり話してくださいといわれました。

人はそれぞれに自分の時計をもっているような気がします。
私のはちょっと時間の進み方が早いのかもしれません。

節子が病気になってから、一緒に散歩をしました。
一時、元気が出てきた時には、一緒にハイキングもしました。
それ以前も早さが違っていたのですから、その違いはもっと大きくなっていました。
節子は私に合わせるのに大変だったかもしれません。
しかし、そのうち、私のほうが節子の速さに合わせるようになってきました。
いかにわがままの私でも、節子の状況が理解できるようになってきたのです。
そして節子と一緒に歩くようになって、私はたくさんのことに気づきました。
いや、気づいたはずでした。
もっとゆっくりと生きなくてはいけない。
そうしないと周りの風景も周りの人の表情も見えてこない。

ところが最近また、急いで歩いている自分に気づきます。
久しぶりに空の雲の流れを見ていて、そう思いました。
思ったら少し涙が出てきました。

もうすぐ人がやってきます。
涙はとめなければいけません。
空を見るのはやめましょう。

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2009/10/19

■節子への挽歌778:「節子に自慢したい」からがんばれた

昨日、挽歌を書けなかったので、今日はもう一つ書くことにしました。
節子がいなくなってからの日数と挽歌のナンバーがずれることを避けたいからです。

しかし今日もまた時間に追われて、節子のことをゆっくりと思い出す間がありませんでした。
今日はほぼ終日、パソコンの前で作業をしていました。
がんばっているのに、効率はあまりあがっていないのです。

頭の中が乾いてきているような気がして、あくびばかり出る。
以前もこういう状況になったことが時々、あります。
そういう時は、節子を誘って筑波山なり、どこかの公園に出かけました。
そこで心身を新しくできたのですが、今ではもうそういうことができません。
さてさてどうしたものか。
こういう時こそ、節子のありがたさがよくわかります。
要するに、もう無理はできないということなのかもしれません。

それにしても、この1か月、何やら急にいろいろな話が舞い込んできます。
実際は、私の感受性の弱まりの中で、今までは気づかなかっただけかもしれませんが。

人が何かに取り組む時には、だれかに喜んでもらえるということが大きなモチベーションになります。
そういう人がいるかどうかが、取り組む活動の内容を決めていきます。
それがない場合には、おそらく「お金」が目標になるのでしょう。
逆に、喜んでもらいたい人の顔がはっきりと見える場合は、「お金」など無縁になります。
私の場合は、少なくともそうでした。
私が何かに取り組む時の基準は、「節子が感心してくれること、喜んでくれること」でした。

しかし、いま考えると、「節子が感心してくれること、喜んでくれること」を、私が正しく理解していたかどうかは不安です。
私には、どこかに「節子に自慢したい、ほめられたい」という思いがあり、結局は私本意の独りよがりだったのかもしれません。
節子にほめられることが、私にとっては最高の名誉だったのです。
こんなことを言うと、笑われそうですが、それが正直なところです。

その、私をほめてくれる人はもういません。
ですからどこかで何をやっても、醒めている自分がいるのです。
それが疲れる原因なのかもしれません。

夫婦とは、お互いに相手をおだてながらがんばらせて、その成果を一緒に享受する仕組みなのかもしれません。
伴侶がいなくなると、頑張りが出てきません。
でも時々、がんばってしまうのは、なぜでしょうか。
節子がまだどこかにいるからでしょうか。

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■節子への挽歌777:重荷を背負い合う人のいないことの重荷

節子
昨日は挽歌を書けませんでした。
書こうと思ったら朝に24日のイベントの関係者から呼び出しがあり、そのまま帰宅が夜になってしまいました。
いろいろあって疲れきってしまい、実はホームページのほうも更新できませんでした。
やはりどこかで生き方が間違いだしています。
節子がいる時と同じ生き方をしているつもりなのですが、バランスが崩れてきているのでしょうか。

バランスが崩れだすとどこまでも崩れだします。
今朝も出かける予定でしたが、約束していた人が突然の休暇で予定がキャンセルされました。
なんだか疲れてしまって、出かける元気を失いました。
まあそのおかげで、ホームページは簡単な更新ができました。

最近は節子の位牌に向かって、
「節子は苦労がなくていいね」
というのが口癖になってしまいました。
生きているとそれなりの苦労があります。
私の苦労などたいしたものではないでしょうが、まあそれでも本人にとっては結構の苦労です。

「重荷を背負い合って生きる」姿勢をみんなに呼びかけたのが、私が始めたコムケア活動でした。
最近は、その言葉をあまり使っていないのですが、重荷を背負い合うことの難しさは、節子がいなくなってから実感しだしています。
節子と一緒の時は、いつも背負い合っていたので、重荷の重さもまた絆を深めるものであり。なんの苦痛もありませんでした。
それに、お互いに、できれば相手の負担を軽くしようと自然と心身が動いていました。
しかし、そうした関係は普通にはかなり難しいようです。
できるだけ楽をしたいという気持ちが、最近は私の中にもかなり大きくなってきているような気もします。
一人で重荷を抱え込むことに、いささかの不安も生まれてきています。

人は一人では生きにくい。
そんな気がしていますが、これは私の世代までの話なのでしょうか。
わが家の娘たちは、まだ結婚していません。
はやく伴侶を見つけてほしいものです。
それが今の私の最大の重荷です。


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2009/10/17

■支え合いと思いやり

このブログでも何回か書いてきていますが、10月24日に、自殺のない社会をめざして「自殺多発場所での活動者サミット」なる集まりを開催します。
ところがなかなか参加者が伸びません。
まだ50人ほどですが、このお誘いをしていていくつかのことに気づきました。

まず「自殺」という問題は、日常生活とは離れた「特別の問題」だと考えている中高年者が多いということです。
あるいは拒否的に反応してしまうのかもしれません。
それに対して、若い世代はむしろ生活とのつながりを感じて、比較的関心を持ってくれるということを知りました。
タイトルに「自殺」の文字を2度もつかい、しかもチラシには大きな文字で「自殺」をうたったのは後から考えると失敗でした。
世間の人たちが、これほどまだ「自殺」の問題に距離を置きたがっていることは予想外でした。

それとは別に感じ入ったことがあります。
参加者が少ないので、友人知人に誘いのメールを送りました。
そうしたら数名の人たちが即座に反応して、それぞれの参加しているメーリングリストや自分のブログなどで次々と紹介してくれるのです。
その見事な展開ぶりに感激しました。
10年近くも会ってもいない人が、自分の主催するメーリングリストで流してくれ、それがまた回りまわって私にも届くと言うわけです。

今回の集まりの基本テーマは「支え合い」です。
今の社会には「支え合い」の文化がなくなってきているという意識からの取り組みですが、支え合いの文化や心遣いは、まだたくさんあることを実感しました。
何人かの方は、わざわざメールや電話をくださり、告知に協力してくれています。
私は時々、こうした集まりを主宰していますが、考えてみるといつもこうした「支え合い」によって実現してきたことを思い出しました。
準備がなかなか進まないので、いささか気分が沈んでいたのですが、何だかとてもうれしくなってきました。
当日はどういうことになろうと、もうこれで私は十分にやって良かったと思えそうです。

誰かが行動を始める。
それに共感する人が、自発的に動き出す。
そしてそれが次第につながっていって、大きな波になっていく。
そうやって社会は動いてきているのでしょうね。
まずは動き出すこと。
それが気持ちよく生きていく秘訣なのだと改めて思いました。
私も、見習わなければいけません。
できることはたくさんあるはずです。
もっともっと心身を軽くしなければいけません。

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■節子への挽歌776:なんでこんな生き方になってしまったのだろうか

節子
私たちの生き方は、やはり時代をかなり先んじていたことをこの頃感じます。

最近、またいろいろな人が湯島に集まりだしました。
たとえば、KSさん。
これまでは企業関係の仕事が忙しかったけれど、最近は社会活動を始めたといって、取り組んでいる構想を話してくれました。
そしてこういうのです。
これはビジネスではなく、収益事業ではないのです、と。
KSさんは、これまでもとても社会的な活動をしていると考えていた私は、その言葉がとても不思議でした。
KSさんでさえ、これまでやっていた活動は収入のためだったのだろうかと。
そんなはずはありません。
KSさんは、私欲などほとんど感じさせない人なのです。
納得できる仕事をしていれば、収益事業であろうと社会事業であろうと区別などありません。
収益事業と社会事業は所詮は同じことであり、活動の報酬は金銭だけではないのです。
そう思うと人生はとても生きやすくなります。
おそらくKSさんは、収益活動と社会活動に違いがないことに間もなく気づくでしょう。

昨日、メールを紹介させてもらったKYさんはどうでしょうか。
久しぶりに企業の事業戦略論に関して議論したのですが、帰り際に彼が言いました。
佐藤さんはなんで「社会」に入り込んでしまっているのかな、と。
そういえば、私も彼と同じ企業コンサルティングの世界にいたのです。
それがなぜ今は、自殺問題だとか子育てだとかに関わってばかりいるのでしょうか。
修は忙しいのにお金は一向に入ってこないのね、と節子が笑いながら言っていたのを思い出します。
確かに、金銭は出る一方ですが、それ以上に入ってくるものは多かったのです。
もちろん金銭も入ってきます。
そういえば、昨日、この1年、会ったこともない友人がやってきて、会社の利益が上がったのでお礼だといってお金を置いていってくれました。
いったい何のお礼なのでしょうか、お世話した記憶はこの数年、ないのですが。
しかしまあ、くれるのだろうからもらってやらねばいけません。
金額の大小は問題ではありません。
私の生活はこういうみなさんのお布施で成り立っているのかもしれません。
布施を受けるのも、十分に「仕事」といっていいでしょう。

さてKYさんの言葉です。
なんで「社会」に入り込んでしまっているのか。
目線や心が違うのかな、と彼は言います。
そうではなく、ちょっとだけ先を生きているのだと言いたい気持ちです。
みんなもうじき、気づくでしょう。

それにしても、何でこんな生き方を過ごせるようになったのか。
言うまでもなく、良き伴侶のおかげです。
節子は私の生き方を、理解する前に受け容れ、共感し、一緒に生きてくれました。
節子がいなければ、私の生き方は違ったものになっていたでしょう。

もしかしたら、そのほうが良かったかもしれませんね。
節子に会ったのが「不幸のはじまり」かもしれません。
しかし、まあ「不幸」と「幸せ」は同じもののような気もします。

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2009/10/16

■節子への挽歌775:「もう逝きたいんだよ」

節子
節子も知っているKさんからメールが来ました。

一昨年に親父が他界しました。
健常者と言えるほどに元気ではありませんでしたが、入院している訳でもなく。
ただ、88歳ですから、足腰は弱くなり、循環器系に爆弾も抱えていたので、
クスリは常飲しなければならない状態でした。
小生の「歩かないと、どんどんダメになる」に従っていたのか、
老体にムチ打つようにして、毎日の散歩を欠かさなかった。
土日は小生がその散歩に毎回一緒していましたが、
逝去する半年ぐらい前から、親父は「もう逝きたいんだよ」と毎回のようにこぼしていました。
どんどん身体が弱くなっている自分を感じては居たのでしょうが、
その理由はどのようなものだったのか・・・。
そして突然の死。
死後まもなくして、何故か気になったので、
親父が毎月1ヵ月分のクスリを受け取っていた薬局に行き、
「最後に来たのはいつですか?」と尋ねると、一ヶ月半前の由。
「もしかして、半ば覚悟の自然死かぁ?」と思いました。
時折、思い起こしては忸怩たるものを覚えます。
Kさんには許可もなく、長々と引用してしまいました。
「親父」さんの気持ちが、とてもよくわかるような気がします。
そして、節子もそうだったのかもしれないと思いました。

節子はまだかなり元気な時から、自分のことは自分でよくわかるの、と言っていました。
私はその言葉をいつも真正面から否定していました。
今から考えると節子は私にもわかってほしかったのかもしれません。
しかし私は、自分の人生は自分で変えていくという考えの持ち主だったのです。
節子の人生も、一緒に変えられると確信していたのです。
その小賢しさ、思いあがりが、もしかしたら、節子にはさびしかったのかもしれません。

4年半の闘病生活の中で、一度だけ、節子は寂しそうな目で私を見たことがあります。
その表情が、今も忘れられません。
いつもはとてもやさしい目で、どんなに悲しそうでも、その底に私への信頼を感じさせましたが、その一瞬だけはそのやさしさは感じられなかったのです。
私は、思わず目をそらしてしまったのです。

たくさんの「やさしい目」よりも、そのたった1回だけの「さびしそうな目」が、いつも私の脳裏に焼きついています。
Kさんからのメールを見て、節子が私たちのためにがんばってくれていたことを、改めて確信しました。
そのことは感じてはいたのですが、信じたくはなかった。
何と身勝手だったことでしょう。
節子、気がつかずにほんとうにごめんなさい。

Kさんと同じく、あの目を思い出すと心が萎えてしまいます。

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2009/10/15

■もっと前向きの捉え方はできないのかという反省

新聞を読んでいると、新政権に関連して、相変わらず小沢さんや鳩山さんの個人的なあら捜し記事が多くて、いやになります。
もう少し新政権の取り組みを支援するような記事は書けないものかと思いますが、どうも足を引っ張る記事が多くて、気分が沈みます。

と思って、私のこの時評のことを間がたら、この時評もどうも否定的な内容が多いですね。
結局、人間は自分がやっていることを他社に反映して、批判しているのかもしれません。
そう思うと、ますます気が沈みます。

そういえば、以前も読者の方から、もう少し明るい内容にできないものかといわれたことがあります。
どうも私の性格や心境がくらいのかもしれません。
困ったものです。

さて元気が出るようなものはないでしょうか。
そう思って新聞を読んだりネットニュースを探したりしましたが、読めば読むほど、調べれば調べるほど、明るい気分にはなれません。

それで、こんど新しいカテゴリーとして「元気時評」を設けることにしました。
その第1号を書ける日が早くきてほしいです。

しかし「元気が出るような明るいニュース」を探していれば、きっと見つかるでしょう。
みなさんも、なにか元気が出そうな話があったら教えてください。

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■節子への挽歌774:鰯の頭も、信心から

節子
最近また不安に襲われてしまうことが増えてきました。
誰かに会っていても、気になりだすと、平静を保つのがやっとです。
夜に目が覚めると心配で眠れなくなります。
私の生き方は無計画で思いつき型でしたから、こういうことはよくありました。
たぶん多くの友人知人には思いも寄らないことでしょうが。

こういう時の特効薬は、節子の「うまくいくわよ」という一言でした。
萎えそうになる私の心を元気にしてくれました。
私のおまじないは、「いざとなったら節子が解決してくれる」というものでした。
それは全く根拠のないおまじないでしたが、そう思うとなぜか心が落ち着きました。
どんな結果になっても、節子が私の思いや取り組みを知っていてくれるというのが、まあひとつの理由ではあったのですが。
自分を心底知っていて、無条件の信頼を置いてくれる人がいると、人をものすごく強くなれます。
私が、無謀な挑戦を気楽にやってきたのは、節子のおかげだったのです。
まあ、節子は、「ただそこにいた」だけなのですが。
つまり、「鰯の頭も、信心から」なのです。はい。

昨日も2人の人が湯島にやってきました。
それぞれ久しぶりに訪ねてきてくれたのですが、特に用事があるわけではありません。
湯島に来る人の多くは、ただ単に私と雑談をしにくるのです。
たまには用事のある人もいますが、用事はまあ口実であることも少なくありません。

いつもなら楽しく話せるのですが、話している途中に、心に突然心配事が襲ってきたのです。
10月24日に「自殺のない社会を目指した集まり」をやるのですが、その参加申込者が集まらないのです。
150人定員で、いま正式申し込みは10人程度です。
集まりの開催の責任者は私なのです。
これって、少し不安ですよね。
その上、その集まりの準備があんまりできていないのです。
少しどころかかなり「やばい」のではないだろうか。
久しぶりに友人と話していて、なぜかその不安が心に湧いてきたのです。
こんなにのんきに世間話をしている時じゃないのではないか。
そう思いだすと心に不安が高まります。
それを相手に気取られないように、ますますゆったりしようとする。
まあ、私もかなり小心者の見栄っ張りなのかもしれません。
高まる不安、それを感じさせない努力、汗さえ出てくる、あまり心身によくありません。

こういう時には、帰宅して節子に声をかけてもらうと安心するのですが、その節子はもういません。
でも、帰宅して節子の位牌に祈願したら、少し落ち着きました。
そしてメールをチェックしたら、知人が3人で申し込んでくれていました。
早速の効用?です。
鰯の頭よりも、位牌のほうが効用がありそうです。

そんなわけで、みなさん、10月24日の集まりにお時間があれば、お越しください。
会のタイトルには「自殺」とありますが、要は、私たちの生き方や社会のあり方を考え直そうということを目指した集まりなのです。

挽歌の記事にしては相応しくないですね。
でもまあ、節子は許してくれるでしょう。
節子の影響もあって始めてしまったプロジェクトですので。

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2009/10/14

■閣僚の異論反論を歓迎します

たとえばエコポイント制度を来年度も継続するかどうかで、閣僚の意見がわかれているという報道がありました。今日は子育て応援手当てをめぐって、長妻さんと原口さんの意見の違いが報道されていました。
マスコミは、新政権の閣僚の意見の不一致を批判するのがお好きのようです。
しかし、閣僚の意見の不一致は悪いことなのでしょうか。
もちろん最終的には政府として決定しなければいけませんが、それまでは閣僚の意見の違いがあることは望ましいことではないでしょうか。
それがないのであれば、首相が勝手に決めればいいわけです。

日本の政治は、議論をおろそかにしてきました。
利益配分のみに関心を持つ利益政治化の弊害の一つです。
反対していても異見は言わない、それが万年与党の自民党政権の文化だったといってもいいでしょう。
お上に従わない党員は排除されますから、異論など言いようもないわけです。
そのくせ、非公式の場では異論を唱え、状況が変われば意見を変えてしまうわけです。

政治では決定までは異論をどんどんぶつけ合うべきです。
閣僚の中にも、異論を歓迎する文化を持っている人と持っていない人が、その表情から見えてきますが、異論を出しあって議論を尽くすべきです。
自分の担当領域以外の問題にも、どんどんと発言すべきでしょう。
つまらない縄張り意識を捨てられない人もいますが、政治は各論でやることではありません。
各論だけの発想は官僚の発想です。

さまざまな意見を言う閣僚がいる文化に、私たちは慣れなければいけません。
自民党のように、長老が決めたら神の声のようにそれに従うような政治はもう過去のものにしなければいけません。
テレビのキャスターやコメンテーターの言うことなど気にせず、新政府の閣僚はどんどん異論反論をぶつけ合ってほしいものです。
それによって私たちは、事の本質を理解できるようになるでしょう。
キャスターやコメンテーターがいかに事の本質から離れた議論をしているかも、見えてくるかもしれません。

いずれにしろ閣僚が多様な意見を持っていること、そしてそれを堂々と披瀝できること、そのことの価値を理解しなければいけません。
ようやく新しい政治が始まったような気がします。
マスコミがそれをつぶさなければいいのですが。
ひどいマスコミが多すぎるのが心配です。

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■節夫への挽歌773:メガロプシュキア

節子
昨日、余計なことを書いてしまったので、今日は少し弁解です。
それも私好みの、そして節子が好きでない、小賢しい議論です。
よほど時間を持て余している人だけお読みください。

修は口数が多すぎて、言わなくてもいいことをいうのでみんなから誤解されるよと節子はいつも言っていました。
まあそれは、節子が最初は私を誤解していたということの告白であるわけですが、誤解した人と結婚し、結局、その人に共感したわけですから、節子が誤解していたのは、私ではなく自分だったことになります。
まあ、こういう私の詭弁的な論法が、節子は好きではなかったのですが、

さて昨日の弁解的補足です。
日本語の「矜持」は、アリストテレスのメガロプシュキア(魂の大いなること、高大なること)の訳語だそうです。
いずれも難しい言葉で、私は使ったことがありませんが、岩波新書の「政治の精神」を読んでいたら、そこに出てきました。
著者の佐々木さんはアリストテレスのメガロプシュキアについて、こう紹介しています。

矜持ある人とは、「自分のこと」から可能な限り距離をおいて、「大きなこと」への強烈なコミットメントによって(危険を恐れず、生命を惜しむことなく)大きな名誉という最高の外的な善を指針として生きる人である。
つまり、ここでは「自分のこと」と「大きなこと」とは対照的であるとされているわけです。
もしそうならば、私のように「自分のこと」から考えて行動している人は肩身が狭い気がします。
しかし、私は、「自分のこと」から考え出していかなければ、「大きなこと」にはつながらないと思っているのです。
言い換えれば、「自分のこと」から大きな距離があるような「大きなこと」は、私には存在しないのです。
存在しないことを語ることは、私には理解できないことなのです。
だからそうした人の言説は信じません。
アリストテレスであろうと、誰であろうと、口舌の徒としか私には感じないのです。
こうした頑固さもまた、節子は嫌いでした。

それに、私自身、自分に宿っている魂の大きさには、畏敬の念を持っています。
魂は私のものであって、私のものではないとも思っています。
魂を私することなど、とてもできません。
私の魂は節子の魂とつながっているだけではありません。
すべての生命に宿している魂につながっている。
それが私の発想の原点です。
ですから、私には「自分のこと」と「大きなこと」は対照的な存在ではなく、全く次元の違うことなのです。

なにやら挽歌には相応しくない内容ですね。
それに弁解にも全くなっていませんね。
むしろ私の独りよがりの偏狭さのダメ押しをしてしまったようです。
節子が言っていたように、口は禍の元。
でもまあ節子も、私と同じく口数が多い人でした。
その節子の声を耳から聞くことができないのが、やはり辛いですね。
幻聴でもいいのですが、もう一度、節子の声を聞きたいです。

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2009/10/13

■前原国土交通相を見直しました

前原国土交通相の一貫した姿勢にとても共感を持ちます。
私は前原さんの政治姿勢には極めて批判的でしたが、閣僚になってからの彼の言動は実にさわやかで共感できます。
やっと政治が機能しだしたとさえ感じます。

八ッ場ダムの住民の意識調査が新聞に出ていましたが、こうした意識調査は設問の仕方で全く変わります。
要するにマスコミは、政府の姿勢の変更を咎めるという一番安直な姿勢をとっているので、こういう調査をしてしまうのでしょうが、無駄な話です。

有名なマキャベリが「君主論」で書いているように、制度を変える場合、既存制度の利益を享受していた人々はすべて敵にまわります。
一方、新しい制度の受益者と思われる人々はすぐには味方にはなりません。
人間は変化に対しては過剰に懐疑心が働くからです。
新しい制度によって、実際に利益を手にするまでは信じないのが、主体性のない多くの人の本性です。
ダム建設工事をやめた方が良いに決まっていますが、これまでだまされてきた住民たちは、騙されることの方が安心できるのです。
それは何も彼らだけではありません。
私も含めて、ほとんどの人がそう思うはずです。
だから社会は続いてきたのかもしれません。

社会を変えるなどということは、本来引き合わないことなのです。
若者でなければ、そんなことはできません。
前原さんはまだ若者なのです。
いつも颯爽としているのも、好感が持てます。
嫌いになると袈裟までにくくなりますが、好感をもつとあばたもえくぼになるものです。
どうやら私も八ッ場の住民と同じようです。

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■節子への挽歌772:自利利他円満

仏教には「自利利他円満」という言葉があります。
昨日、お墓参りは誰のためかということを書いていて、思い出した言葉です。

自利利他円満。
この言葉にこそ、ブッダの教えの真髄があると、私は思っていますし、それこそが人が気持ちよく生きていく秘訣ではないかと思っています。
「自利(自分のため)」と「利他(人のため、社会のため)」は相反するもの、と考えている人も少なくないでしょうが、きちんと生きていれば、それらが通じていくことにつながります。
そして、それを前提にして行動すれば、必ず両者が通じていることに気づくはずです。
但し、若干の時間差がありますから、見えない人もいるかもしれません。
アダム・スミスの経済論で言われている「見えざる手による調和」の考えも、このことを根底にしていますし、わが国の商人道の真髄とも言われる「三方よしの経営」も、まさにこの考えに基づいています。
それは決して道徳の世界の話ではなく、経済や政治を含めた処世の理念でもあるのです。

ところで、私は発想する順番が大事だと思っています。
自利(自分のため)と利他(人のため、社会のため)との順番を間違うとおかしなことになりかねません。
この言葉の表現通り、最初にあるのは「自利」でなければいけません。
安直に「社会のため」などと自分でいう人は信頼できません。
社会貢献などという人や会社はもっと信頼できません。

私の信条と生き方は、利他の前に必ず自利があります。
自利は必ず利他につながっていることを確信しているからです。
もし利他につながっていない自利であれば、円満にはつながらず、結局、自利を壊してしまいます。
利他につながる自利を生きる。
これが私の長年の信条です。
このことを一番理解し、共感してくれていたのは節子です。
自利と利他の二元論で教え込まれてきた現代人には、言葉ではなかなか伝えにくいのですが、私のそうした生き方の結果を節子は心身で共有していたからこそ、同じ生き方を意識的にしてくれていたのです。
私にとって、節子はそういう意味での、信条における伴侶でもあったのです。

昨日の墓参りの話に戻れば、「自分のため」の墓参りには節子は喜んでくれるでしょう。
しかし、「節子のため」の墓参りであれば、もう来なくていいよといわれそうです。
事実、行かないことが「節子のため」になるのです。

節子という共感者がいなくなって、私の信条に揺らぎが出てきているのかもしれません。
胸を張って自利を追求する生き方を思い出さねばいけません。
最近少し姿勢が悪くなってしまっているような気がしてきました。
無理をして行動しているのではないか、だから疲れているのではないか。

自分を見直さなければいけません。

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2009/10/12

■ウイグル暴動の決着のつけ方

先日のウイグル暴動の引き金となった事件の裁判で、ウイグル族2人を集団で殴って死亡させたとして、傷害致死などの罪に問われた漢族の被告の一人が死刑判決を受けたという報道がありました。
小さな記事ですが、いろいろなことを考えさせられます。

処罰の対象は、ウイグル族ではなく漢族です。
何だか政治的意図を感じます。
そして判決は「死刑」。
傷害致死で死刑というのはちょっと過重な気もします。

ウイグル暴動について詳しく知っているわけではないので、判決の妥当性などは全く評価できませんが、なにやら国家との本質を感じます。
国家の本質は「カネと暴力」というのは、いささか不謹慎かもしれませんが、先日読んだ、萱野稔人さんの「カネと暴力の系譜学」をついつい思い出してしまいました。

萱野さんは、こう書いています。

「法に違反するということは、もともとはといえば、法を制定し布告する人間への挑戦を意味している。いいかえるなら、法は、それを制定した人間の意志や人格と切り離せない」

王国の場合、違法行為は正義への挑戦ではなく、国王への挑戦なのです。
そのため、見せしめのための公開処刑が行われた時代もありました。
国民主権国家の場合の違法行為は、やはり正義への挑戦ではなく、秩序への挑戦です。
しかし実際には、時の権力者への挑戦になるわけです。

新疆の自治区を抱え込んでいる中国の国家原理は、早晩、破綻するのではないかと思いますが、この判決の行方にはちょっと興味があります。
国家のあり方を考える上でいろんなことを気づかせてくれるような気がします。
「死刑」ということの意味を考える上でも示唆に富む判決です。

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■節子への挽歌771:お墓参りは誰のため

節子
適度に雲のある、さわやかな朝です。
久しぶりに、今日は出かけなければいけない用事が全くありません。
精神的にゆったりできそうです。
この数週間、心の余裕が少し損なわれていました。

節子がいた頃は、こんな日はどうしていたでしょうか。
もしかしたら、今日は筑波山にでも出かけていたかもしれません。
そういえば先週、お墓に行かなかったのでまずはお墓に行くことにしました。

毎週、お墓参りはしようと決めていたのですが、最近は隔週くらいになってしまいました。
まもなく月1回になってしまうのでしょうか。
最初思っていたのとは違い、だんだんと手を抜いていくようになりそうです。
毎朝の般若心経も、最近は時に簡略版になったり、光明真言で代替したりで、誠実さが欠けだしています。
まあこういうところに人間の本性が出てしまうのでしょうか。
節子は、私の本性をすべて知っていたでしょうから、こうなっても「やはりね」と笑っているだけでしょうが。

ところで、お墓参りは誰のためにするのでしょうか。
どうも節子のためではないようです。
自分のためです。
節子がいなくなった自分の心の穴を埋めるために、毎週行くことで心が静まっていたのです。
それが次第に、お墓参りに行かなくても耐えられるようになってきたのです。
そしていつかお彼岸やお盆だけになってしまうのかもしれません。
つまり、最初は「自分のため」だったのが、だんだんと「節子のため」になっていくわけです。

前に書きましたが、伴侶を失った悲しさは決して時は癒してくれないと思っていました。
最近、ちょっとその考えが揺らいでいます。
もちろん悲しさや寂しさは癒えることはありません。
それは未来永劫ないでしょう。
しかし、それにもかかわらず、心は立ち直っていきます。
そのことを「時が癒してくれる」と表現してもいいのかもしれません。
「時が癒してくれる」と言ってくれた方々に、むきになって、そんなことは絶対にありえません、と反発していた自分が、いささか恥ずかしいです。
素直に、そうですね、と気持ちよく受け容れておけばよかったです。
最近、ようやく、そういう心のゆとりができてきたように思います。
もちろん、心のどこかでは相変わらず反発している自分がいるのですが。

節子
これから娘たちと一緒に食事に行こうと思います。
誘ったらみんなめずらしくいいよというのです。
残念ながら、もちろん「私のために」しぶしぶ付き合うのでしょうが。

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2009/10/11

■オバマ大統領のノーベル平和賞

オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したというニュースに、とても複雑な気持ちになりました。私のノーベル賞のイメージはそれほど高くないですが、それにしてもと思いました。

核兵器のない世界を目指すと呼びかけた姿勢は共感できますし、それを応援し、期待を示すという意味で、ノーベル賞受賞は素直に喜ぶべきかもしれません。
しかし、受賞の直後にも、アフガニスタンに派遣する兵を増強すると言っている人と「平和」は私の中では全くつながりません。
それに、タリバン支援者はどう思うでしょうか。
タリバンも決して好きで戦っているわけではないでしょう。
言うまでもありませんが、オバマさんは他国への軍事行使をしている責任者なのです。

戦争と平和は同義語ではないかと、以前書いた気がしますが、ノーベル賞の選考委員のメンバーにとっての「平和」は、その反対側にいる人にとっては、決して「平和」ではないでしょう。
むしろ「平和賞」に相応しいのは、選考委員たちの反対側にいる人たちを支援している人なのではないかというのが私の素直な気持ちです。
戦争や「創られた平和」の現実を、写真などでしっかりと世界に示してくれている無名の写真家がいます。
少数民族のために生命をかけて、支援活動をしている人たちがいます。
難病で苦しんでいる人たちを誠実に支えようとしている人たちがいます。
どんなに悲惨な状況にあっても、笑顔を忘れない人たちがいます。
オバマ大統領よりも、そうした人たちにこそ、私は大きな尊敬の念を感じます。
ですから、ノーベル平和賞にはいつも違和感を感ずるのです。

もっとも今回のオバマ受賞への違和感は、私がオバマ大統領への信頼感をどうしても持てないからかもしれません。
平和に関しては、私はどうも「素直」になれないのです。
困ったものです。

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■節子への挽歌770:友人知人の世界も変わってきているような気がします

節子
湯河原のことを書いたら、湯河原に関わりのある読者から、湯河原の珈琲屋さんなどの紹介も兼ねたメールをいただきました。
宇治の天ヶ瀬ダムのことを書いたら、これも2人の方からメールをいただきました。
挽歌を読んでいてくださる方がいるのはとてもうれしいことです。
会ったこともないのに節子のことを、私たちのことを、知っていてくれる人がいる。
人のつながりは、こうしてどんどんと広がっていくのでしょう。

挽歌を読んでくれている人は、お会いしたこともない人でもなぜか親近感を持ってしまいます。
私の心の奥底まで知っていてくれるような安心感があるのです。
自分のことを知っていてくれる人がいると、人は安心できるものです。
もしかしたら、この挽歌は、そうした私の悲鳴のようなものなのかもしれません。

ところで、最近、私が付き合っている人たちが大きく変わってしまっているような気がします。
なぜでしょうか。
節子のいない私は、以前とは違うのかもしれません。
だからきっと友人知人が変わってきているのでしょう。
自分では、何も変わっていないと思うのですが、先日も書いたように心から笑うこともなくなりましたし、もしかしたら「付き合いにくい存在」になっているのかもしれません。

それだけではありません。
確信は持てませんが、節子がいなくなってから、私の内部に「節子的な要素」が大きくなっているような気がするのです。
うまく意識化できませんが、自分の心の中で、何かが変わってきているように思います。
節子だったらこうするだろうなというような意識の反復が、根づいてしまったのかもしれません。
どうも「修的」な友人よりも「節子的」な友人が増えているように思えてなりません。
これは、しかし、思い過ごしかもしれません。

友人知人が変われば、当然のことながら、私もまた変わっていくはずです。
人は、周りの人との関係性の中でアイデンティティを育てていくからです。
そう考えていくと、変わったことがいろいろとあります。

人は伴侶によって人生を変えていきます。
同じように、伴侶がいなくなると、人生はさらに大きく変わります。
これからどう変わっていくのでしょうか。
もう少し流れに身をまかせたいと思っています。

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2009/10/10

■節子への挽歌769:「価値ある仕事」

節子
急に肌寒くなってきました。
クロゼットを開けると、いつもその季節に合った服が用意されていた頃は、そんなことなど何も考えませんでしたが、今は、さて何を着ようかと考えないといけません。

これはほん一例に過ぎませんが、私が好きな仕事に思い切り取り組めたのは、節子が私の生活基盤を整えていてくれていたからです。
いささか大仰な言い方になりますが、男性が思い切り働いて収入を得られるのは、家庭という生活基盤がしっかりしていればこそです。
女性の社会進出などと盛んに言われて、専業主婦という言葉へのマイナスイメージが高まったことがありますが、その風潮が社会をこんなに壊してしまったのではないかと思います。

もっとも、節子もまた外で働きたいといつも思っていましたし、実際に時々働いていました。
私の給料が安かったこともあったかもしれませんが、それだけではありません。
給料が安ければ、つつましやかに暮らす方法はいくらでもあります。
実際に節子は、その文化をわが家に育ててくれました。
節子が働いたのは、お金のためではなく、働くことが楽しかったからです。
人はパンのためだけに働くのではありません。
そのことを節子は私に教えてくれたのです。

働くことは、本来、楽しくなければいけない。
これは私の考えでもありました。
それに、価値のある仕事とは、生命につながることだとも思っていました。
会社で難しい企画書をつくるよりも、家族が楽しく暮らせる場づくり、つまり「家事」のほうが、ずっと価値のある仕事なのです。
会社でいえば、社長の仕事よりも、お茶を出す女性社員の仕事のほうが価値があると私は思っていましたが、その「価値ある仕事」は最近なくなってしまいました。
それが、会社がおかしくなってきた一番の理由だと、私は思っています。

節子とは、こういう話をよくしました。
そのせいか、節子は、私がお金のためではない働き方に移ろうとした時にも、一言も反対せずに支えてくれたのです。
そして、私が気持ちよく、働けるように、生活基盤を整えてくれていたのです。
節子がいなくなってから、どれほど節子が私の仕事や活動を支えていたか、痛感します。

季節の変わり目には、節子への感謝の念が強くなります。
節子が元気だった時に、なぜもっと気づかなかったのでしょうか。
私の仕事を節子はとても高く評価してくれていたことを、節子がいなくなってから、節子の友人から教えてもらいました。
私が、節子の仕事をとても高く評価していることは、どうしたら節子に伝えられるでしょうか。
直接、自分の言葉で伝えられないのがとても残念でなりません。

節子
節子がいないので、活動量が大幅に落ちてしまっているよ。
もう一度、戻ってきてくれないか。

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■問題の立て方

問題をどう設定するかで、見えてくる世界は全く変わってしまうことは、前にも書いたことがあります。
世界を見る姿勢によっても、世界は全く違ったものになります。
そのことが、最近の動きを見ているとよくわかります。
政権交代や金融不況で、多くの人の問題の立て方や意識が揺らぎだしているので、新しい世界が生まれつつあるような気がします。
しかし、まだまだこれまでの流れが主流であることは間違いありませんが。

ダムに象徴される公共投資の凍結はいろいろな波紋を広げています。
変化には混乱はつき物ですから、波紋は大きいほどいいようにも思います。
公共投資の捉え方は2つあります。
生活環境整備のための公共投資と生活資金還元のための公共投資です。
平たく言えば、生活づくりか仕事づくりか、です。
仕事で稼いで生活を豊かにするのだから同じではないかと、マクロでは捉えます。
しかし、ミクロでは、つまり現実には、両者の対象は同じではなく、そこに「儲ける人」が入り込んできます。

話が小難しくなりましたが、大切なことは、その地域やそこで住む住民にとって何が大切かを考えることです。
ダムを造ること、公共投資の仕事を続けることは、手段でしかありません。
ダム工事をやめたら住民の生活基盤整備を止めるというのは、お上の発想であって、住民の発想ではありません。
問題が混在しています。いや、本末転倒しています。
意図的に混在させたり転倒させたりしている人がいるわけです。
住民にとって何が一番良いのか、と言う原点から話し合っていけば、問題は簡単に解決するでしょう。

今の日本では、何が一番大切か、という議論の原点が軽視されています。
その原点さえ明確にしておけば、問題は難しくはありません。
沖縄の基地の問題も例外ではないはずです。

問題の立て方を考え直さなければいけません。

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2009/10/09

■節子への挽歌768:ストイックに見える生きる

昨日はお昼近くからとてもいい天気になりました。
台風一過の中で、きっと富士山が素晴らしかったのではないかと思います。
湯河原にいたのですが、その秋晴のなかを東京に戻りました。
東京での約束は台風のために延期になっていたので、バスに乗れば1時間で富士山の絶景を見られたはずです。
そこまで行かなくとも、熱海のMOA美術館でもきっと素晴らしい景観を見られたでしょう。
そんな思いも頭をよぎりましたが、なんの迷いもなく、新幹線に乗って、まだ台風でダイヤが乱れている東京に戻りました。

帰路、なぜこうなってしまったのだろうかと思いました。
節子がいなくなったいま、「楽しさ」を味わうことへの拒否反応がどこかにあるのです。
ストイックになろうというつもりは皆無なのですが、正直、どんな時にも楽しめないのです。

もし私と節子の立場が反対だったらどうでしょう。
私は、節子が楽しんだり喜んだりしてくれることを心から望むはずです。
愛する人が喜んでいる姿は、思っただけでもうれしいものです。
おそらく節子もそうでしょう。
それはわかっているのですが、どうしても楽しむ気にはなれません。
おそらくそれは楽しめないからなのですが。

たとえば昨日、芦ノ湖まで行って富士山を見たとします。
感動するでしょうか。
間違いなくしないでしょう。
富士山の絶景が目の前にある、しかし感動できない自分に気づく。
その寂しさは、恐ろしいほどなのです。
みんなが楽しんでいる集まりで、時々、そうした落し穴に落ち込んでしまったときの惨めさは体験しないとわかってはもらえないでしょう。

愛する人と別れてしまったら、もう2度と心の底からのわらいは生まれないのでしょうか。
そんなはずはありません。
しかしなだしばらくは、節子の期待に反して、楽しみとは無縁の生活が続きそうです。
昨日に、あれほどの秋晴にさえ、私の心は揺れませんでしたので。
さていつになったら、この状況から抜け出せるでしょうか。

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2009/10/08

■忙しいと暇になれる

最近、時評が書けていません。
心に余裕がないと、時評も書けないことがわかってきました。
最強の支配原理は、忙しい状況をつくればいいことがよくわかります。
昨今の日本は、いたるところで、忙しさが蔓延していますが、それはこうしたことと無縁ではないでしょう。

最近、私自身もかなり忙しくなっているのです。
恥ずかしい限りです。
忙しさを口にするのは恥ずかしいことです。
しかし、忙しい人は、「心を失っています」から恥ずかしいなどとは思わないようです。
私にはまだ恥ずかしいという気が残っていますが。

忙しいとどうなるか。
なにか気になることがあっても、まあいいかということになります。
なにしろ忙しいのですから、考えている暇はありません。
そうして無関心の世界が増えていきます。
そして、いろんなことが気にならなくなります。
余計なことを考えなくてすみますので、忙しさも緩和されます。
なにしろただ目の前の与えられたことだけをやっていればいいのですから。
自分であれこれ考える必要はありません。
つまり「忙しい」と「暇」になれるのです。
「忙しいと暇になる」
これは目からうろこが落ちるほどの大発見です。
そう思いませんか。

要するに、忙しい人はみんな暇だということです。
こんなことを書いているお前はよほど暇だなと怒られそうですが、
それがまさにこの大発見が正しいということなのです。

久しぶりの時評がこれでは困ったものです。
でもまあ、この数日、暇だった、いや忙しかったものですから。
読んでいるみなさんもきっと暇ですよね、いや忙しいですよね。
なにしろ忙しい時代ですから。

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■節子への挽歌767:荒ぶる心のバランサー

節子
昨夜、茂さんたちと話していて遅くなったので、湯河原に泊まってしまいました。
青木が原の後、熱海の錦ヶ浦を見に来たのです。
ところが、台風のために電車が止まってしまい、閉じ込められてしまいました。
伊勢湾台風以来の強い台風のようです。

不謹慎ですが、私は台風が大好きです。
というか、自然の強い動きになぜか心が高揚するのです。
こういう話をするといつも節子に怒られました。
被害を受けた人の気持ちがわかっているの、というのです。
たしかにそうですが、心がうずくのはとめようもないのです。

近くの利根川の堤が決壊し、いつもは静かな田園風景が一面の水面になり、そのところどころに樹木が立ち上がっている風景には感動しました。
まさに不謹慎なのですが。
自然の威力によって秩序が破壊されることを、どこかで望んでいる魔性が、私の心の中にあるのです。
誰の心にも、そうした「荒ぶる心」や「破壊願望」はあるのだろうと思いますが、もしかしたら私の場合、それが少しだけ強いのかもしれません。
静かな空を見るのも好きですが、荒れ狂う空も好きなのです。
そこから聞こえてくる天の悲鳴にも心が動きます。

荒ぶる心、荒ぶる自然。
今日は午前中、風の吹きすさぶ音を聞きながら、荒ぶる自然に心をさらしていました。
無為に外を見ていたのです。
いろいろな思いが去来します。
そのせいか、なにかたまっていた心のわだかまりが消えたような気がします。

節子
時に夫婦喧嘩をしていたことの意味がなんとなくわかったような気がします。
あれが私たちの、いえ、私の心のバランサーだったのかもしれません。

晴れてきました。
新幹線も通常に戻ったようです。
東京に戻ることにしました。
節子と一緒だったら、もっとゆっくりできたのでしょうが。

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2009/10/07

■節子への挽歌766:「死んだらあかん、死なせたらあかん」

節子
昨日に続いて、東尋坊の茂さんたちと一緒に、自殺が多発する場所を回っていますが、今日は青木が原樹海に行きました。
ここではいま、山梨県の渡邊さんを中心にして、「自殺の場所」から「元気をもらう場所」に転換しようという取り組みを進めています。
私たちが取り組んでいる自殺のない社会づくりネットワークと方向は同じです、
渡邊さんには半年前にもお会いしましたが、順調に進んでいるようです。

ところで、東尋坊の茂さんがいつもいうのは、次のような言葉です。

死んだらあかん、周りの人がどんなに辛い思いをするか。
死なせたらあかん、死に向かっている人を放っておくのは不作為の犯罪だ。
実は、茂さんのこうした言葉は、節子を見送った直後の私には辛い言葉でした。
私と節子が責められている気さえしたからです。
しかし、その一方で、その言葉に込められた意味には心から共感できます。
節子を通して、人のいのちが、あるいは「生きていること」が、どんなに深くつながっているか、支え合っているか、それを毎日、実感させられています。

茂さんたちと話していて、なぜこの問題にこんなに関わってきているのだろうかと、ふと思いました。
節子のことがなければ、たぶん、これほどにはコミットしなかったでしょう。
節子との体験がなかったら、茂さんとの接点もこれほどまでにはならなかったでしょう。
節子が後から押しているのかもしれません。
しかし、時々、急に立ち止まりたくなることがあるのはなぜでしょうか。
人の生死に関わることの難しさを、いつも感じています。

こういう時こそ、節子の支えがほしいです。
節子は、時に考えすぎてしまって動けなくなってしまう私に、救いの手を差し伸べてくれましたから。

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2009/10/06

■節子への挽歌765:今日は書きなぐりです

節子
どうも最近時間管理ができていません。
過剰にいろいろな約束をしてしまったようで、ますます「心を失う」忙しさに陥ってしまいそうです。
返事ができないメールと手紙がたまってしまいました。
次の土日も約束がありますが、何だか気が重いです。
こういう時こそ、節子にいて欲しいですね。
いるだけで、何だか支えられていましたから。

今日は自殺が多いといわれる宮が瀬ダムに行ってきました。
同行した人から、ここは以前、若者たちに「心霊スポット」と言われていたと聞きました。
虹の大橋と言うのがあるのですが、たしかにその真ん中から下流を見ると、吸い込まれるような風景が開けています。
橋のたもとに、花が添えてありました。
その後、周辺の市町村の行政の人に集まってもらい、話し合いをさせてもらいました。
いろいろと考えさせられました。

帰路の電車で、今日は節子に何を書こうか考えていたのですが、疲れていたせいか寝込んでしまい、乗り過ごしてしまいました。
疲労が重なるとますます疲労する状況になっていきます。
自殺を思い立つ人も、もしかしたら同じなのでしょうね。
やり忘れてこと、やらねばならないこと、そんなことがどんどん積もっていく感じで、不安が募ります。
あまり良い状況ではないです。

霊感のある友人が、自殺のある場所めぐりでおかしなものを背負ってこないようにしろ、と心配してくれていましたが、もう十分に背負ってしまっているのかもしれません。
しかし、節子のおかげで、たぶんどんなに背負っても大丈夫でしょう。

最近の私は、彼岸も此岸も同じように感じますし、いずれもとってもあったかなのです。

集まってくるのは、しかし、重いものだけではありません。
昨日もNHKの人が突然やってきました。
若いディレクターでしたが、自殺に関する思いに通ずるものがありました。
今日も、思いをもって取り組もうとしている人に会いました。
若い僧とその友人が、私の活動を手伝ってくれるといってきました。
動き出すと、思いや人もあつまってくるのです。

節子
今日は書くことが思いつかなかったので、こんなことしか書けませんでした。
明日も早朝から出かけて、青木が原に行きます。
また書けないかもしれませんが、でも節子のことは忘れることはありません。
毎日、何回かは必ず心の中で節子に話しかけています。
聞えていますか。
いえ、聴いていますか。

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2009/10/05

■国民の自由な声を抑圧する国家とは何なのか

読まれた方もあるかもしれませんが、昨日、このブログに寄せられたコメントにこんな文章が書かれていました。

>本当のことを言うと、このコメントはウェブ上に公開されてしまいますので、
>ちょっと怖い気がしたのですが、敢えて小さな声として発信します。

みなさんはどう思われるでしょうか。
考え過ぎではないかと思う人もいるかもしれません。
でも、そう思っている人も少なくないでしょう。
実際にこのブログを読んでくださっている人から、私信としてそういう思いを伝えられたこともありますし、ネットでの発信はすべてチェックされているから注意した方がいいといわれたこともあります。

以前書きましたが、私が友人に送ったメールを読んだ警察の人から電話があった時にはさすがに私もゾッとしましたが、後でそれは友人の遺品の中のパソコンから読み取られたものであることを知って少し安心しました。
しかし、実際にはネット上でのやりとりは、おそらく監視されているのでしょうから、その気になれば、権力をもつ人はいかようにも利用できることは否定できません。

一時期、共謀罪が話題になっていましたが、最近はどうなったのでしょうか。
今の情報環境で共謀罪が成り立つようになれば、映画「マイノリティ・レポート」の世界が現出しかねないと危惧していましたが、実は既にもうそういう社会は実現しているのかもしれません。
私たちはいまや見事に自己規律化されてきているのです。
オーウェルの「1984年」やザミャーチンの「われら」の世界は、すでに現実のものになってきているのです。

しかし、意見を素直にいうことが「怖い」社会は決して健全ではありません。
そうした「会社」が、問題を起こして破綻してしまった実例を、私たちは最近、何社も見てきていますが、「社会」そのものがもしそうなっているのであれば、これは由々しき問題です。
社会が壊れだしているとしかいえません。

そんな社会で、どう生きていけばいいのか、悩ましい話です。

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■節子への挽歌764:もっと生きることに誠実であってほしい

節子
まだ若い政治家がまた生命を落としました。
いろいろな不祥事のため、今回の選挙で落選した中川昭一元外相(56歳)です。
死因不明と発表されていますが、本人が生命を大事にしていなかったのではないかという気が強くします。
節子が聞いたら怒るでしょう。
私もまたいささかの腹立たしさがあります。
事故であろうと病気であろうと、本人はもちろんですが、なぜ周りの人はもっとケアできなかったのか。

昨日、「自殺のない社会づくりネットワーク」準備会の集まりがあったのですが、それに出かける直前に知ったニュースでした。
中川さんの父親のこともあったので、最初に感じたのは「自殺」でしたが、それもあって、身体が震えそうなほどの、えも言われぬ寂しさを感じました。
最近少し疲れていたこともあったと思いますが、全身から気力が奪われる感じで、歩けないほどでした。
娘に駅まで自動車で送ってもらいましたが、事務所に着くのがやっとでした。
途中で同じ集まりに出る福山さんに会いましたが、彼女も私の疲労感を心配してくれたほどです。
外からもわかるほどだったようです。

直接会ったこともない中川さんの死が、なぜこれほどまでに私の心身に影響を与えたのでしょうか。
自分でもわかりません。
最近、さまざまな問題に囲まれて、心身が少し萎えていることは間違いないのですが。

みんななぜ生きることを大事にしないのか。
できるならば節子を追いかけたいと思う私でさえ、懸命に生きようとしています。
もっと生きることに誠実であってほしい。
最近、そう思うことが少なくないのです。

節子との別れを体験して以来、人の生死にかかわる事件や事故への感じ方が変わりました。
多くの場合、あまりに「安直な死」であることに哀しさを感じます。
この死で、どれだけ多くの人の人生が変わってしまうのだろうかと、ついつい思ってしまうのです。
死者よりも、残された人たちのことがすごく気になります。
この挽歌でも書いたことのある「インドラの網」や「生命の連続性」を感じ、自分自身の生命にまで届いてくる微かな風さえ感じます。
節子は、そうした「生命のつながり」を私に実感させてくれました。

私ももっと誠実に生きなければいけないと思いますが、それはけっこう疲れます。
しかし、節子は最後まで誠実に生きました。
節子を裏切ることはできません。
誠実に生きることを大切にする社会に戻ってほしいと、つくづく思います。

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2009/10/04

■緑字決算表

環境経営が話題になりだした頃、私も各社の環境経営に関する実態を知るために、各社の環境報告書を取り寄せて読ませてもらったり、各社の環境経営のトップにインタビューさせてもらったりしました。
もう10年以上、前のことです。
それを踏まえて、日本能率協会の環境経営提言の策定にも参画させてもらいました。
その時の感想を正直に書かせてもらえれば、形だけの対応が多いなという感じでした。
環境報告書もIR向けのものばかりで、作成の意図を疑いたくなるものばかりでした。
その後、環境報告書はCSR報告書に発展してきていますが、あまり実態は変わっていないように思います。
基本姿勢が間違っていると思えてなりません。

そうしたなかにあって、最初から共感できる会社がありました。
宝酒造です。
同社は「緑字決算」という概念を創りだし、それを軸にして、とてもわかりやすく実効性のある報告書と活動を続けています。
先週、今年度の「緑字企業報告書」が送られてきました。
感心するのは、年々、実践活動の内容が進化していることです。

環境経営に関心のある人にはぜひ読んでほしい報告書です。
宝酒造のホームページから読めます。
冊子が入手したければ同社に申し込めば送ってくれます。

緑字報告書は1998年から始まっています。
同社の吉田さんという若い課長から情熱的にその思いを聞かせていただいたのを今でも思い出しますが、とても残念なことに吉田さんは若くして急逝してしまいました。
もし吉田さんが健在だったら、私はもう少し環境経営に関心を持ち続けられたかもしれません。
しかし、宝酒造以外の環境報告書は私には退屈で、その後は読む気もしませんでした。

今回、久しぶりに緑字報告書を読ませてもらいました。
ちょっと化粧が濃くなったかなという気がしないでもありませんが、吉田さんの蒔いた種が順調に育ってきているようなうれしさを感じました。

温室ガス25%削減が話題になっています、その実現のヒントはこの報告書の中にたくさんなるように思います。

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■節子への挽歌763:「それをやったらどうなるの」

節子
この2週間ほど、もしかしたら忙しさに落ち込んでしまっています。
「時間破産」は以前よく起こしていました。
しかし最近の「忙しさ」は、それとちょっと違うのです。
時間は決してないわけではないのです。
何が問題なのだろうかと昨夜考えてみたのですが、どうも問題を先延ばししているために、問題が自己増殖し、余裕がなくなり、思考する心がなくなっているのかもしれません。

私は子どもの頃、「探偵小説作家」になりたかった時期があります。
まだ推理小説などという言葉が生まれる前です。
子どもながらに「完全犯罪」を考えたりしていました。
幸いに思いつかなかったので、犯罪に手を染めることはありませんでしたが、問題を創ることと解くことが大好きなのです。
私は名刺に「コンセプトデザイナー」と書いているのですが、それは「問題をつくる」ことをミッションにするという意思表示なのです。
言い換えれば「謎解き屋」なのです。
めったにその意味を訊かれることはないのですが。

ですから、問題を立てて、それを解くという「思考」が大好きなのです。
ちなみに、問題をつくることと問題を解くことは、私には同じことなのです。
ところが最近、それが億劫になってきたのです。
なぜでしょうか。
もしかしたら、謎づくりと謎解きについて、話し合う相手がいないからかもしれません。
ホームズでいえば、ワトソンがいないのです。
謎づくりも謎解きも、私は話しながら進めるタイプなのです。

そういえば、節子との会話の中で、お互いに「それをやってどうなるの」というやりとりがよくあったように思います。
「それをやったらどうなるの」
「それをやることにどんな意味があるの」
そういわれると、問題の原点に返れるのです。
その問いかけがないのが最近のスランプの原因かもしれません。
的確な問題設定をすれば答は自然と見えてきますが、あいまいな問題設定をしてしまうと、ただただ疲れるだけになりかねません。
少し問題整理をしなければいけないのかもしれません。

発想次元の違う節子との雑談が、とてもしたいです。

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2009/10/03

■政権交代と検察の動き

政権交代で私が一番関心を持っているのは、検察の動きです。
西松事件は誰が何と言おうと「政治性」を背景にした政権による捜査だと思いますし、検察や警察が権力のために動いていることは明らかです。
新聞に載っている事件だけでも、整理分析したら、そんなことはすぐに実証されるでしょう。
権力に楯突けば、どんな小さな事件でもいくらでも膨らませられますし、冤罪をつくることなどそう難しい話ではありません。
コラテラル・ダメッジは、社会の秩序を維持するためにはなくすことなどできません。
フーコーは法は戦争と言っているようですが、法と暴力は同根であり、法によってひどい目にあうことは当然あるわけです。
秩序とは誰かの犠牲の上にしか成り立たないのですから。

以前も書きましたが、違法行為は必要に応じて黙認されますし、合法的ではない暴力もまた黙認されることはよくあります。
近代法の本質は、その解釈の多義性にあります。
カフカが示唆したように、ある日、突然、わが家に警察がやってきて、私を犯罪者にすることは簡単なことであり、実は私たちはそうした危険性と隣り合わせに暮らしているのです。
それが法治国家です。
足利事件の菅谷さんのようなことは、いつだれに起こってもおかしくないのです。

処罰の対象となる違法行為や非行性は、時代によって、状況によって変わっていきます。
違憲行為ですら、時の権力者が行えば許容されます。
行政に寄生している日本の司法は、違憲判決を出しても、その行為を正すことさえできません。
つまり正式の裁判によって「違憲」とされた犯罪行為も黙認されるのも、法治国家の特徴です。

法治国家において権力の核にあるのは「正義」ではありません。
フーコーは「非行者は法の外にいるのではなく、法の中心そのものに位置している」とさえ言っていますが、その非行者と検察や警察はつながっています。
念のためにいえば、だからダメだというつもりはありません。
その自覚や理解がないことが問題なのだす。
アメリカのサスペンス映画では、まさにそうした構造がテーマになっているものが少なくありませんが、権力を監視する目が社会の中にどれだけあるかがとても重要です。

鳩山首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」をめぐる虚偽献金問題で、東京地検特捜部が動き出しました。
どう展開するのか興味がありますが、西松事件も含めて、検察のあり方に政治がメスを入れていってほしいと思います。
験され正されるのは、検察自身ではないかと思っています。

八ッ場ダムの建設中止も、補正予算ストップも大事ですが、検察の本性を暴きだすこともとても大事だと思います。
抗っている非行者たちをなだめるために、検察を正さなければいけません。
マスコミにはあまり出てきませんが、権力に翻弄されているおかしな事件は山のようにあります。
政権交代によって、そうした事件がもっと見えるようになってほしいと思っています。

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■節子への挽歌762:「空の青さの、あまりの深さに、思わず死んでしまった」

節子
今日はとてもよい天気です。
ホテルから緑が遠くまで続いており、遠くには秩父連山の山並みがはっきりと見えています。
うるさいほどの鳥の声です。

節子も知っているように、私は空を見ているのが好きです。
湯島のオフィスから見る東京の空もなかなかよかったです。
「智恵子は東京に空が無いという」とは、高村光太郎が書いた「あどけない話」の書き出しです。
智恵子にとっては、阿多多羅山の山の上の空が本当の空であり、たぶん、東京の空の向こうに阿多多羅の空を見ていたのでしょう。
実は、私もほぼ同じような感覚で、東京の空の向こうに、節子と一緒に見たエジプトの空を見ていました。
地球を覆っている空を見ていると、世界中の空が見えてくるのです。
千畳敷カールを歩いてからは、その空がエジプトの空に変わりました。

彼岸にもし、空があるのであれば、この空ともつながっているでしょう。
学生の頃、書いた詩に

空の青さの、あまりの深さに、思わず死んでしまった
という1行詩があります。
かなり気にいっていた詩だったのですが、節子はなんの共感も持たなかったので、以来、忘れていました。
今日の空の青さはあんまり深くないので、この詩の気分にはならないのですが、なぜか数十年ぶりに思い出しました。
この頃の「死」は、どちらかといえば、「生」と同義語でした。
そんな気がします。

死んでもいいほどの生の躍動。
空は、人の心を揺さぶります。
この空の向こうはどこにつながっているのでしょうか。
彼岸でしょうか。未来でしょうか。

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2009/10/02

■節子への挽歌761:辛いことを乗り越えると強く明るくなるのかもしれません

今日は熊谷の森林公園のホテル・ヘリテージに来ています。
企業の経営幹部の人たちの研究会の合宿に参加しています。
いつもは箱根なのですが、今回は場所が森林公園です。
箱根は節子のことを思い出すので辛いのですが、実はこのホテルも節子の思い出と無縁ではないのです。
一緒に来たことがあるわけではありません。

節子は闘病中に歩行が難しくなりました。
その時にある人の勧めで、官足法というのを教えてもらいました。
この挽歌でも以前書いたかもしれませんが、足裏マッサージです。
それをやってもらったら、小さな奇跡が起きたのです。
節子が歩けるようになりました。
それを教えてくれたのがこのホテルでマッサージをされていた岡山さんでした。
湯島に来てもらい、レクチャーを受けました。
そしてその足裏マッサージを、私が毎日していたのです。

節子がいなくなった後、岡山さんにはお会いしていません。
今回、もしかしたらお会いできるかもしれないと思ったのです。
残念ながら、岡山さんは今はここではなく池袋で仕事をされているそうです。
半分がっかりし、半分ホッとしました。
会いたいようで会いたくない、そういう人が少なからずいます。

岡山さんはいつも明るく、私たちに希望を与えてくれました。
ご自身もいろいろとご苦労のあったことをお聞きしていましたが、そんなことを微塵も見せなかった方でした。
人は辛いことを乗り越えると、強く明るくなるのかもしれません。
その明るさの底にある悲しさや辛さは拭い去ることはできないでしょうが、逆にそれがあるからこそ、強く明るくならなければいけないのかもしれません。
いまはそんな気がします。
私もきっと、そうなってきているのかもしれません。

昨日、ある集まりで、「佐藤さん、元気になりましたね」といわれました。
こういう言われ方は、あんまりうれしいものではありません。
でも素直に喜びましょう。
最近、そういう気持ちになってきました。

夜、温泉に入りました。
大きなお風呂場に私一人でした。
久しぶりにゆっくりとつかっていました。
もう旅行で温泉を楽しむことはないかもしれない、そんな気がしました。
節子は温泉が好きでした。
だから、もう行きたくないのかもしれません。
本当はまだ強くはなれていないのです。

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2009/10/01

■日本航空再建への懸念

前原国土交通相の迅速な対応で、JAL再建に向けて専門家らによる特別チーム「JAL再生タスクフォース」が設置されました。
まず徹底した資産査定を行い、早急に再建計画の骨格を固めるという動きは私にもまあ納得できるものです。
しかしタスクフォースのメンバーや基本姿勢には、少し違和感があります。

タスクフォースのメンバーには、旧産業再生機構OBがずらりと並んでいます。
産業再生機構はカネボウ、ダイエーなどの再建に取り組んだチームですが、このブログで私はかなり酷評した記憶がありますが、彼らはいったい何を「再生」したのか、要するに金融工学と権力を駆使して、かたちを整えただけではないかという気がしてならないのです。
カネボウもダイエーも再生したでしょうか。
「企業再生」ではなく「産業再生」だというのかもしれませんが、産業再生とは一体なんでしょうか。
要するに彼らは私欲のためにしか働かなかっただけではないのか。
庶民にとってはかなり巨額なお金が動きましたが、そのかなりに部分はかなり不透明で、いろいろと裁判まで議論されたほどです。
またカネボウやダイエーで誠実に働いていた人たちの多くは、かなりの苦労を強いられたはずです。

私もほんのささやかにですが、少しだけそうした実態を垣間見る機会がありました。
なぜ彼らがあれほど評価されるのか。
そこにこそ、大きな問題があるようにさえ思います。
彼らは要するにこれまでの新自由主義経済の掃除屋なのではないのか。
その存在を否定するつもりはありませんが、つまるところ、今のような社会をつくってきた考えの申し子たちなのです。
その掃除の仕方は「友愛」精神とは無縁のものです。
彼らにとっての価値は「お金」です。

真の再生ができるには、その現場にいる人たちだけです。
もちろん現場の人、つまり当事者だけでは再生はできないでしょうが、再生の中心に当事者がいなければ、再生などは意味のないことです。
再生せずに、新しいものをつくればいいのです。
企業の再生とは、企業の機能の存続とそれを支えている人たちの生活の持続が目的でなければいけません。
企業の再生は、そう難しい話ではありません。
徹底した資産査定という場合、その「資産」には何が含まれるのでしょうか。
そこが問題ですが、企業にとっての最大の資産はいうまでもなく「そこで働く人」ではないかと思います。
しかし旧産業再生機構OBたちには、そんな発想は微塵もないでしょう。
お金のことしか関心のない人たちですから。

いささか極端に書きましたが、JAL再生タスクフォースには民主党の経済政策理念が象徴されているとしたら、これまでの自民党の経済政策理念と全く同じなのかもしれません。
新しい経済理念は、やはり次の政権の仕事なのかもしれません。

ちなみに、前原さんの言動を批判するつもりは全くありません。
むしろとても好感をもっていますが、これはそうした次元を超えた話です。

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■節子への挽歌760:掃除をしていないのが節子は気にいらないようです

節子の夢を見ました。
寝室の掃除をしてくれていました。
それも大掃除で、よくわからないのですが、寝室に水をまいてデッキブラシで大掃除です。

そういえば、節子がいなくなってから、寝室の掃除をあまりしていないのです。
ベッドはそのまま置いていますが、その上には私の衣服が乱雑に放置されがちです。
節子がはいていたスリッパもそのまま置かれています。
時々、入り口界隈だけ掃除機をかけますが、あまりていねいではありません。
ベッドだけは、娘がきちんとケアしてくれていますが、掃除機くらい自分でかけなければいけません。
節子が夢に出てきて、そう注意してくれたのかもしれません。

そういえば、湯島のオフィスもこの2年、2回しか掃除機をかけたことがありません。
集まりがあると、最近は節子がいないせいか、参加者がみんなで片付けてくれますので、散らかってはいないのですが、やはり節子に怒られそうです。

私の場合、伴侶がやってくれていたことの多くは、同居している娘たちがやってくれます。
ですから私の場合は、その後もなんの不自由もなく暮らせています。
しかし伴侶であればこそできたこともあります。
生活を共にしていることから感性も目線も同じくなり、見える世界が同じくなると、まさに「以心伝心」になるのです。
節子の掃除はあまりていねいとは言えませんでしたが、私の目線にはぴったりとあっていました。
とてもうれしくなるような隙間に、小さな花や小物が置かれていたりしていたからです。
私たちの空間は、私たち2人でつくっていたといっていいでしょう。
そしてそのことが一緒に生きる価値観を育てていたのかもしれません。

さて、節子の目線を思い出して、時間が寝室の掃除をしましょう。
湯島の掃除もしましょう。
掃除をしないと、また夢で節子と会えるかもしれませんが、夢の中で掃除の手伝いをさせられるのはあんまりうれしくありませんね。
せめて夢の中で会えるのであれば、もっと楽しい出会いにしたいものです。

さて今度はどんな夢を見るでしょうか。

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