■節子への挽歌780:冷静にうろたえ、うろたえながら冷静に
節子
南田洋子さんがくも膜下出血で緊急入院しました。
夫である長門裕之さんの記者会見は見るのが辛かったのですが、見てしまいました。
長門さんのお気持ちが伝わってきます。
彼は冷静にうろたえ、うろたえながら冷静でした。
私もそうでした。
「もしも、洋子に何かあったら、次の日から俺はどうやって生きればいいのか、と。見当もつかない。」
長門さんには、まだ「何かあった」のではないのです。
その感覚も、全く同じでした。
だから冷静でいられる。
いえ、何かあっても冷静でいられるのです。
起こったことを信じられないから、実感できないからです。
実際には、未来永劫、起こらないのかもしれない。
起こってしまったら、どうやって生きればわからないから、起こったことなど信じたくないのです。
長門さんもたしか「不条理」という言葉を発していましたが、人の死は「不条理」です。
カミユの異邦人を思い出します。
不条理の渦中では、生きていくことさえもが無機質になってしまうのです。
世界から色彩が消えていく、そんな感じです。
昨夜、いろいろと考えさせられましたが、
もしかしたら、なくなるのは「個々の生命」ではなく「関係」なのではないかと思い至りました。
そう考えるといろいろとまた世界が違って見えてくるような気がします。
今日は、そのことを書くつもりでしたが、長門さんの顔が目の前を覆ってしまいました。
お2人の平安を祈ります。
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