« ■節子への挽歌761:辛いことを乗り越えると強く明るくなるのかもしれません | トップページ | ■政権交代と検察の動き »

2009/10/03

■節子への挽歌762:「空の青さの、あまりの深さに、思わず死んでしまった」

節子
今日はとてもよい天気です。
ホテルから緑が遠くまで続いており、遠くには秩父連山の山並みがはっきりと見えています。
うるさいほどの鳥の声です。

節子も知っているように、私は空を見ているのが好きです。
湯島のオフィスから見る東京の空もなかなかよかったです。
「智恵子は東京に空が無いという」とは、高村光太郎が書いた「あどけない話」の書き出しです。
智恵子にとっては、阿多多羅山の山の上の空が本当の空であり、たぶん、東京の空の向こうに阿多多羅の空を見ていたのでしょう。
実は、私もほぼ同じような感覚で、東京の空の向こうに、節子と一緒に見たエジプトの空を見ていました。
地球を覆っている空を見ていると、世界中の空が見えてくるのです。
千畳敷カールを歩いてからは、その空がエジプトの空に変わりました。

彼岸にもし、空があるのであれば、この空ともつながっているでしょう。
学生の頃、書いた詩に

空の青さの、あまりの深さに、思わず死んでしまった
という1行詩があります。
かなり気にいっていた詩だったのですが、節子はなんの共感も持たなかったので、以来、忘れていました。
今日の空の青さはあんまり深くないので、この詩の気分にはならないのですが、なぜか数十年ぶりに思い出しました。
この頃の「死」は、どちらかといえば、「生」と同義語でした。
そんな気がします。

死んでもいいほどの生の躍動。
空は、人の心を揺さぶります。
この空の向こうはどこにつながっているのでしょうか。
彼岸でしょうか。未来でしょうか。

|

« ■節子への挽歌761:辛いことを乗り越えると強く明るくなるのかもしれません | トップページ | ■政権交代と検察の動き »

妻への挽歌04」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌762:「空の青さの、あまりの深さに、思わず死んでしまった」:

« ■節子への挽歌761:辛いことを乗り越えると強く明るくなるのかもしれません | トップページ | ■政権交代と検察の動き »