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2009/10/10

■節子への挽歌769:「価値ある仕事」

節子
急に肌寒くなってきました。
クロゼットを開けると、いつもその季節に合った服が用意されていた頃は、そんなことなど何も考えませんでしたが、今は、さて何を着ようかと考えないといけません。

これはほん一例に過ぎませんが、私が好きな仕事に思い切り取り組めたのは、節子が私の生活基盤を整えていてくれていたからです。
いささか大仰な言い方になりますが、男性が思い切り働いて収入を得られるのは、家庭という生活基盤がしっかりしていればこそです。
女性の社会進出などと盛んに言われて、専業主婦という言葉へのマイナスイメージが高まったことがありますが、その風潮が社会をこんなに壊してしまったのではないかと思います。

もっとも、節子もまた外で働きたいといつも思っていましたし、実際に時々働いていました。
私の給料が安かったこともあったかもしれませんが、それだけではありません。
給料が安ければ、つつましやかに暮らす方法はいくらでもあります。
実際に節子は、その文化をわが家に育ててくれました。
節子が働いたのは、お金のためではなく、働くことが楽しかったからです。
人はパンのためだけに働くのではありません。
そのことを節子は私に教えてくれたのです。

働くことは、本来、楽しくなければいけない。
これは私の考えでもありました。
それに、価値のある仕事とは、生命につながることだとも思っていました。
会社で難しい企画書をつくるよりも、家族が楽しく暮らせる場づくり、つまり「家事」のほうが、ずっと価値のある仕事なのです。
会社でいえば、社長の仕事よりも、お茶を出す女性社員の仕事のほうが価値があると私は思っていましたが、その「価値ある仕事」は最近なくなってしまいました。
それが、会社がおかしくなってきた一番の理由だと、私は思っています。

節子とは、こういう話をよくしました。
そのせいか、節子は、私がお金のためではない働き方に移ろうとした時にも、一言も反対せずに支えてくれたのです。
そして、私が気持ちよく、働けるように、生活基盤を整えてくれていたのです。
節子がいなくなってから、どれほど節子が私の仕事や活動を支えていたか、痛感します。

季節の変わり目には、節子への感謝の念が強くなります。
節子が元気だった時に、なぜもっと気づかなかったのでしょうか。
私の仕事を節子はとても高く評価してくれていたことを、節子がいなくなってから、節子の友人から教えてもらいました。
私が、節子の仕事をとても高く評価していることは、どうしたら節子に伝えられるでしょうか。
直接、自分の言葉で伝えられないのがとても残念でなりません。

節子
節子がいないので、活動量が大幅に落ちてしまっているよ。
もう一度、戻ってきてくれないか。

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