« ■緑字決算表 | トップページ | ■国民の自由な声を抑圧する国家とは何なのか »

2009/10/05

■節子への挽歌764:もっと生きることに誠実であってほしい

節子
まだ若い政治家がまた生命を落としました。
いろいろな不祥事のため、今回の選挙で落選した中川昭一元外相(56歳)です。
死因不明と発表されていますが、本人が生命を大事にしていなかったのではないかという気が強くします。
節子が聞いたら怒るでしょう。
私もまたいささかの腹立たしさがあります。
事故であろうと病気であろうと、本人はもちろんですが、なぜ周りの人はもっとケアできなかったのか。

昨日、「自殺のない社会づくりネットワーク」準備会の集まりがあったのですが、それに出かける直前に知ったニュースでした。
中川さんの父親のこともあったので、最初に感じたのは「自殺」でしたが、それもあって、身体が震えそうなほどの、えも言われぬ寂しさを感じました。
最近少し疲れていたこともあったと思いますが、全身から気力が奪われる感じで、歩けないほどでした。
娘に駅まで自動車で送ってもらいましたが、事務所に着くのがやっとでした。
途中で同じ集まりに出る福山さんに会いましたが、彼女も私の疲労感を心配してくれたほどです。
外からもわかるほどだったようです。

直接会ったこともない中川さんの死が、なぜこれほどまでに私の心身に影響を与えたのでしょうか。
自分でもわかりません。
最近、さまざまな問題に囲まれて、心身が少し萎えていることは間違いないのですが。

みんななぜ生きることを大事にしないのか。
できるならば節子を追いかけたいと思う私でさえ、懸命に生きようとしています。
もっと生きることに誠実であってほしい。
最近、そう思うことが少なくないのです。

節子との別れを体験して以来、人の生死にかかわる事件や事故への感じ方が変わりました。
多くの場合、あまりに「安直な死」であることに哀しさを感じます。
この死で、どれだけ多くの人の人生が変わってしまうのだろうかと、ついつい思ってしまうのです。
死者よりも、残された人たちのことがすごく気になります。
この挽歌でも書いたことのある「インドラの網」や「生命の連続性」を感じ、自分自身の生命にまで届いてくる微かな風さえ感じます。
節子は、そうした「生命のつながり」を私に実感させてくれました。

私ももっと誠実に生きなければいけないと思いますが、それはけっこう疲れます。
しかし、節子は最後まで誠実に生きました。
節子を裏切ることはできません。
誠実に生きることを大切にする社会に戻ってほしいと、つくづく思います。

|

« ■緑字決算表 | トップページ | ■国民の自由な声を抑圧する国家とは何なのか »

妻への挽歌04」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌764:もっと生きることに誠実であってほしい:

« ■緑字決算表 | トップページ | ■国民の自由な声を抑圧する国家とは何なのか »