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2009/10/03

■政権交代と検察の動き

政権交代で私が一番関心を持っているのは、検察の動きです。
西松事件は誰が何と言おうと「政治性」を背景にした政権による捜査だと思いますし、検察や警察が権力のために動いていることは明らかです。
新聞に載っている事件だけでも、整理分析したら、そんなことはすぐに実証されるでしょう。
権力に楯突けば、どんな小さな事件でもいくらでも膨らませられますし、冤罪をつくることなどそう難しい話ではありません。
コラテラル・ダメッジは、社会の秩序を維持するためにはなくすことなどできません。
フーコーは法は戦争と言っているようですが、法と暴力は同根であり、法によってひどい目にあうことは当然あるわけです。
秩序とは誰かの犠牲の上にしか成り立たないのですから。

以前も書きましたが、違法行為は必要に応じて黙認されますし、合法的ではない暴力もまた黙認されることはよくあります。
近代法の本質は、その解釈の多義性にあります。
カフカが示唆したように、ある日、突然、わが家に警察がやってきて、私を犯罪者にすることは簡単なことであり、実は私たちはそうした危険性と隣り合わせに暮らしているのです。
それが法治国家です。
足利事件の菅谷さんのようなことは、いつだれに起こってもおかしくないのです。

処罰の対象となる違法行為や非行性は、時代によって、状況によって変わっていきます。
違憲行為ですら、時の権力者が行えば許容されます。
行政に寄生している日本の司法は、違憲判決を出しても、その行為を正すことさえできません。
つまり正式の裁判によって「違憲」とされた犯罪行為も黙認されるのも、法治国家の特徴です。

法治国家において権力の核にあるのは「正義」ではありません。
フーコーは「非行者は法の外にいるのではなく、法の中心そのものに位置している」とさえ言っていますが、その非行者と検察や警察はつながっています。
念のためにいえば、だからダメだというつもりはありません。
その自覚や理解がないことが問題なのだす。
アメリカのサスペンス映画では、まさにそうした構造がテーマになっているものが少なくありませんが、権力を監視する目が社会の中にどれだけあるかがとても重要です。

鳩山首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」をめぐる虚偽献金問題で、東京地検特捜部が動き出しました。
どう展開するのか興味がありますが、西松事件も含めて、検察のあり方に政治がメスを入れていってほしいと思います。
験され正されるのは、検察自身ではないかと思っています。

八ッ場ダムの建設中止も、補正予算ストップも大事ですが、検察の本性を暴きだすこともとても大事だと思います。
抗っている非行者たちをなだめるために、検察を正さなければいけません。
マスコミにはあまり出てきませんが、権力に翻弄されているおかしな事件は山のようにあります。
政権交代によって、そうした事件がもっと見えるようになってほしいと思っています。

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コメント

佐藤さん

ご無沙汰しております。
毎日拝見していたはずのCWS priveteも、
気付いたら、少しご無沙汰になっていました。

MLでは農業の話題が盛り上がっており、楽しく拝見いたしておりました。
私も農業(特に自然農法と半農生活)には大いに感心があるので、
サロンに参加したいなぁと思いつつ、行動が着いて行けずにおります。
すみません。

ところで昨日、副島隆彦さんと植草一秀さんの対談本である
『売国者たちの末路―私たちは国家の暴力と闘う』
という今年7月に発刊された書籍を読み終えました。
経済音痴な私がこの手の本を読むことは稀なのですが、
やはり最近の、私のような一般市民にもわかる、
あからさまな検察による国策捜査などは、
大変目に余るものがあると感じておりましたので、
この本はとても参考になりました。

植草さんが最初に警察沙汰になったとき、
「あぁ、情けない。所詮エリートと言ったって・・・。」
くらないにしか思っておりませんでした。
今思えば、国の実情も経済のことも
ほとんど浅いことしか知らない自分が大変恥ずかしく、
植草さんにも申し訳ない気持ちでいっぱいです。
今まで事件そのものについても、
あまり感心もなく全く詳細は知りませんでしたが、
ふと気になり始めたのです。

植草さんの本によると、中川元大臣はアメリカの政策対して、
「日本の金を、そう勝手に使われては困る」
という主旨の意見表明を繰り返したいたそうですね。
副島さんの言葉を借りれば、
アメリカにお金を貢ぐ係の財務省のトップとしては
好ましくない発言をしていたことになります。
そうすると、あの事件ももしかすると・・・。
そして今回の死。

私も今回の選挙では政権交代を心から望んでいた方ですが、
政治や経済の中心にいる人たちはある意味命がけな、
大変な仕事をしているんだな、ということは何となくわかり、
コントロールの効かない、目に見えぬ巨大な力の前に、
うかつに本心を明かせなかったり、
その本心さえも見失っている状態なのではないかと
一種の同情すら感じます。

それから副島氏は本の中で、このように紹介して下さいました。

―「本当の法」とか「正義の法」というのは、
黒人運動家のマーティン・ルーサー・キング牧師たちが、
黒人運動の中からつくった理論です。
「本当の法」を発見することが法学の目的であり、
社会を穏やかに規律し、支配するルールのことだとする考え方です。―
と。

私はこのような考え方なら心から支持できます。
学生の時、一般教養で仕方なく受講した法学の授業は眠くて眠くて仕方がなかったですが、
このような理念に沿った学問なら、学ぶ価値があると、
今なら思えます。

植草さんは本のあとがきで、
「私は天に誓って無実潔白である。」と断言しています。
但し被害に遭ったとされる女性の証言については
調べていないので、幾分偏った見方であるかもしれませが、
いずれにせよ、彼のように鋭い目を持った人が、
こうした事件で辱められ、
社会的に抹殺されようとしていること自体が
残念を通り越して、恐ろしいことだと感じます。

本当のことを言うと、このコメントはウェブ上に公開されてしまいますので、
ちょっと怖い気がしたのですが、敢えて小さな声として発信します。

投稿: 渡邉りよ | 2009/10/05 10:55

渡邉さん
ありがとうございます。

私も単なる噂話レベルの話なのですが、いくつかの話を聞いています。

植草さんに関しては、彼を知っている友人が、彼はそんなことをする人間ではないはずなのにと言っていました。

中川さんに関しては、酔いどれ会見は同行した財務官僚の謀略だという話を、これまた事情通の友人から聞いたことがあります。

いずれも事件発覚後の直後でしたが。

私には判断能力はありませんが、あってもおかしくないとは思います。
ただ私はお2人とも全く接点のない人で、その言動にはどちらかといえば、否定的でした。

渡邉さんも忙しそうですね。
またお時間が出来たら、湯島に遊びに来てください。
いろいろとお話もお聞きしたいと思っていますし。

投稿: 佐藤修 | 2009/10/05 11:06

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