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2009/10/06

■節子への挽歌765:今日は書きなぐりです

節子
どうも最近時間管理ができていません。
過剰にいろいろな約束をしてしまったようで、ますます「心を失う」忙しさに陥ってしまいそうです。
返事ができないメールと手紙がたまってしまいました。
次の土日も約束がありますが、何だか気が重いです。
こういう時こそ、節子にいて欲しいですね。
いるだけで、何だか支えられていましたから。

今日は自殺が多いといわれる宮が瀬ダムに行ってきました。
同行した人から、ここは以前、若者たちに「心霊スポット」と言われていたと聞きました。
虹の大橋と言うのがあるのですが、たしかにその真ん中から下流を見ると、吸い込まれるような風景が開けています。
橋のたもとに、花が添えてありました。
その後、周辺の市町村の行政の人に集まってもらい、話し合いをさせてもらいました。
いろいろと考えさせられました。

帰路の電車で、今日は節子に何を書こうか考えていたのですが、疲れていたせいか寝込んでしまい、乗り過ごしてしまいました。
疲労が重なるとますます疲労する状況になっていきます。
自殺を思い立つ人も、もしかしたら同じなのでしょうね。
やり忘れてこと、やらねばならないこと、そんなことがどんどん積もっていく感じで、不安が募ります。
あまり良い状況ではないです。

霊感のある友人が、自殺のある場所めぐりでおかしなものを背負ってこないようにしろ、と心配してくれていましたが、もう十分に背負ってしまっているのかもしれません。
しかし、節子のおかげで、たぶんどんなに背負っても大丈夫でしょう。

最近の私は、彼岸も此岸も同じように感じますし、いずれもとってもあったかなのです。

集まってくるのは、しかし、重いものだけではありません。
昨日もNHKの人が突然やってきました。
若いディレクターでしたが、自殺に関する思いに通ずるものがありました。
今日も、思いをもって取り組もうとしている人に会いました。
若い僧とその友人が、私の活動を手伝ってくれるといってきました。
動き出すと、思いや人もあつまってくるのです。

節子
今日は書くことが思いつかなかったので、こんなことしか書けませんでした。
明日も早朝から出かけて、青木が原に行きます。
また書けないかもしれませんが、でも節子のことは忘れることはありません。
毎日、何回かは必ず心の中で節子に話しかけています。
聞えていますか。
いえ、聴いていますか。

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