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2009/11/10

■企業が変わりだす予兆

昨日、経営幹部の方々を対象としたあるフォーラムで少しお話をさせてもらいましたが、かなり過激な話だったので、おそらく中には反発を感じた方もいるでしょう。
まあ、いつも私が話していることではあるのですが、今回は「金融資本の跋扈」などという、言わなくてもいい表現までついつい言ってしまいました。
金融関係の企業の人も少なくないので、いささか刺激的過ぎたかもしれません。
しかし、最近はこうした私の発言も少しずつですが伝わるようになりました。
同世代の知人たちは、ますます遠のいていくような気配は感じますが、まあそれも仕方がありません。

昨日の集まりは、経営道フォーラムという、25年前からの活動の発表会でした。
発表会の冒頭に少し話をさせてもらい、そこでもまた余計な一言を言ってしまいました。
バブル期の企業のあり方に危惧を持ってはじめたこの経営道フォーラムも、残念ながら成功していない、と言ってしまったのです。
私がやっているわけではなく、山城経営研究所というところがやっているのですが、考えようによっては大変失礼な発言です。
しかし、25年も企業経営者に「経営道」(経営の心と道)を訴える活動をし、既に1000人を超える受講生が出ているのに、日本の企業は決してよくなっていませんから、私の評価には反論できないでしょう。
しかし、折角の努力を否定するような発言はよくないかもしれません。

なぜ成功しないか。
私にはもちろん理由はわかっています。
それも事務局には何回も言っています。
要するに講師が悪いのです。
これまでの経済を支えてきた経営者を講師に呼んでいる限り、経営道などは身につきません。
私はそう考えています。
変革は辺境から起こる、その基本を忘れてはいけません。

1980年代ころから、日本の企業は変質しだしました。
「財テク」という言葉が生まれた時代です。
私が会社を辞めたのは、1989年です。
時代に抗して、会社で起こした企業文化変革活動は残念ながら挫折しましたが、そのおかげで会社を辞める決断ができました。

以来、20年、外部から見ている日本の企業の変質には大きな失望があって、仕事をするモチベーションが起きないまま、今になってしまいました。
しかし、もしかしたら、ここに来て、日本の企業は変わりだすのかもしれない。
昨日の集まりで、そうしたわずかな予兆を感じました。

このブログでも、そうしたことを少しずつ書こうと思います。
やはり企業がどう動いていくかが、社会の状況を変えていくことは間違いありませんから。

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