« ■節子への挽歌794:コモンズ空間 | トップページ | ■節子への挽歌796:夫婦喧嘩では絶対に謝らなかった節子 »

2009/11/05

■節子への挽歌795:私の世界はしぼみだしていることに気づきました

昨日、モダンバレーの発表会のことに言及しましたが、それを書いた後、思い出したことがあります。
フラメンコの発表会に行ったことです。

山形でフラメンコをやっている人が東京で発表会をやるのでといって招待券を送ってきました。
節子が行きたいというので、私は気が進まなかったのですが、行きました。
彼女はその後結婚して渡米しましたので、翌年は行かずにすみました。
私は、フラメンコもあまり興味が無いのです。

会社を辞めてから、さまざまな人たちとの付き合いが広がりましたので、いろいろな人からいろいろな案内が届きました。
正直に言えば、興味のあるものもあれば、腰が引けるものもありました。
でも2人のどちらかが行こうといえば、私たちは原則として2人で行きました。
会社を辞めて、もう一度、2人での生活を創りあげようと思っていたからです。
今から思えば、私が無理やり節子を誘ったほうが多かったかもしれません。

東京郊外の工場跡地を舞台にした前衛劇「リア王」の誘いを受けたことがあります。
湯島のサロンにやってきた前衛劇に取り組んでいた鈴木さんという演出家からの誘いでした。
これはもう全く訳がわからないだけではなく、一緒にいった娘は見ている途中で気持ちが悪くなってしまったほどでした。
真面目な節子にはいささか刺激が大きすぎたかもしれません。

ある新興宗教が主催した僧侶たちが後楽園ドームで読経するイベントなどがあります。
これは節子も喜ぶだろうと思いましたが、節子どころか私も退屈しました。
演出が全く悪かったのです。

節子も私も感動したのは、サントリーホールで聴いたベルリン・フィルの「運命」でした。

私は、どんなイベントも一人で参加できないタイプでした。
仮に行っても、途中で帰りたくなるのです。
そうした性格のため、節子は本当にいろんな集まりや催しに同行させられました。
今から考えると、もう少し節子好みのものに連れて行けばよかったと思います。
しかし、節子のおかげで、私は実にさまざまな場を体験できました。

節子がいなくなってから、イベントやコンサート、美術展に参加する機会が激減しています。
娘のユカが時々、私の好きな展示会に誘ってくれますが、一人ではまだとても行く気にはなれません。
私の世界は急速にしぼんでしまってきています。
まあ、それは自然の成り行きなのかもしれませんが。

|

« ■節子への挽歌794:コモンズ空間 | トップページ | ■節子への挽歌796:夫婦喧嘩では絶対に謝らなかった節子 »

妻への挽歌04」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌795:私の世界はしぼみだしていることに気づきました:

« ■節子への挽歌794:コモンズ空間 | トップページ | ■節子への挽歌796:夫婦喧嘩では絶対に謝らなかった節子 »