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2009/11/28

■節子への挽歌818:遺族はすべて同じ

節子
今日は湯島で「自殺のない社会づくりネットワーク」の交流会をやりました。
なんと19人の人たちが集まってくれました。
東尋坊の茂さんも、わざわざ来てくれました。

重いテーマだからこそ、明るく語りたいと私は思っていますが、明るく語ることは結構難しいのです。
私自身も時々重くなってしまいます。
節子とのことを思い出してしまうからです。

死を克服したつもりでも、いざ生々しい話が出てくると、後悔の世界に陥ってしまいます。
節子は自殺ではなく病死でしたが、残されたものにとっては、同じことなのです。
自死遺族だけが特別なのではない、と私は思います。
遺族はすべて同じです。

闘病中の節子にしてやれたことがたくさんありました。
なぜその時、気づかなかったのでしょうか。
みんなの話を聴いていていまさらながら、自分のだめさ加減を思い知らされるのです。
だからこの交流会には参加したくないのですが、逃げるわけにはいきません。
私に課せられた罰なのかもしれません。

できることなら、もう一度、節子と一緒に病魔に立ち向かいたい。
今度は、前のような間違いを犯すことはしない。
そう思っても、それは叶わぬ話です。
人生をやり直せないことが、無性に悔しいです。

今日はちょっと元気が戻ってきません。

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