■節子への挽歌810:「またひとつ、修との思い出ができた」
また熊谷のヘリテージホテルに合宿できています。
ホテルの部屋から見える浅間や妙義の山波、ライトアップされた庭園。
節子はここには来たことはないのですが、窓から見ているとなぜか一緒に見ていたことがあるような気がしてきます。
「またひとつ、修との思い出ができた」
節子と一緒に旅行に行って、とても感動的な景色を見たり楽しい体験に出会うと、時々節子はそういいました。
その時はただ、そうだね、と答えていたのですが、最近その意味が少しわかってきた気がします。
節子はそうやって、私に自分を移していっていたのです。
もちろん同時に、私は節子に自分を移していたのでしょう。
生活を共にし、苦楽を共にするということは、そういうことなのだと、最近思えるようになったのです。
利己的な遺伝子という話があります。
生命体は遺伝子の乗り物でしかない、という考え方です。
遺伝子を魂と読み替えれば、節子の心身も私の心身も「乗り物」なのかもしれません。
私たちの魂はお互いに、乗り物をシェアしだしていたのです。
先に逝く魂は、そうして自らの一部をほかの乗り物に残していく。
そうやって、魂はつながっているのかもしれません。
個体を意識することによって、人間は「死」の観念を発見しましたが、
生命をそうしたつながりで捉えれば、死といい観念は、そもそも発生しないのです。
死がなければ生もないのかもしれません。
「永遠の生」という言葉はありますが、永遠であれば、それはあえて言葉などにする必要はないでしょう。
間違いなく、人は生まれ死んでいきます。
しかしそれは、頭の髪の毛が抜け落ちていくのと同じなのかもしれません。
そう考えると、生も死も、そう大きな違いはないのかもしれません。
それに、節子がいなくなったときに感じた、半身を削がれた感じも納得できます。
最近、気づいてみると節子と同じような言動をしている理由もうなづけます。
いま見ている山波を、節子と一緒に見ている気持ちも、まさに一緒に見ているからなのかもしれません。
なにを「たわごと」をと思うかもしれません。
しかし、そんな「たわごと」がとても実感できるのです。
節子の魂は今私の心身に一緒にいるとしたら、もしかしたら、今なお節子との共体験を重ねているのかもしれません。
先日、コメントくださったmasaさんが、私の戸惑いにアドバイスしてくれましたが、それも納得しながらも、こんな思いも強まっているのです。
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