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2009/11/27

■節子への挽歌817:京阪電鉄石坂線

節子
滋賀県の大津でさまざまな地域活動に取り組んでいる福井美知子さんから2冊の本が届きました。
「おもわずありがとうといいたくなった大津のちょっとええ話」と「電車と青春+初恋」の2冊です。
いずれも福井さんが主宰していたグループの活動の成果です。
2冊の本が生まれた場は、いずれも京阪電車です。
といっても、ほとんどの人には聞いたこともない名前でしょう。
でも私たちにとっては、実に懐かしい名前です。

私たちが一緒に暮らし始めたのは、滋賀県大津市の石山です。
紫式部が源氏物語の構想を練ったという石山寺や壬申の乱の最後の決戦場となったとされている瀬田の唐橋が近くにあります。
とてもいいところです。
そこから京都に出るのに一番便利なのが京阪電車なのです。
石山寺から大津を通って、京都の三条まで出るのに、私たちはよくこの京阪電車を使いました。
節子と一緒に何回乗ったことでしょう。
いつも話に夢中で、外の景色はあまり記憶がありません。

2冊の本にはいずれも、その京阪電車の写真が最初に出てくるのです。
内容もさることながら、その写真を見ていると、節子とまだ一緒になる前のことを思い出しました。
当時、節子はまだ人を愛するなどということさえも知らない幼子だったような気がします。
まじめだけがとりえの節子に、私が惚れてしまったのが始まりでした。
しかもいささか普通でない惚れ方でした。
節子には大きな戸惑いがあったでしょう。
そして気がついたら同棲してしまっていた。
これが私たちの始まりだったのです。
今のような時代ではなく、しかも東京ではない、人の噂の強い地方での話です。
私たちはいったいどんなふうにみんなには写っていたのでしょうか。
いまから考えると汗が出てしまいます。

結婚して石山に住んでいたのは1年ちょっとでした。
最初は6畳と3畳の借家から始まり、家具も全くない生活でした。
私の貯金は8万円しかありませんでした。
私たちは最初からお金とは無縁な生活だったのです。
冬になっても暖房機もなく、2人で震え上がっていたこともあります。
しかし、その頃の生活は実に幸せで、思い出しただけでも心が温かくなります。
当時、節子は私には「ローマの休日」に出てくるヘップバーンよりも魅力がありました。
生活もおそらくあまり常識的ではなく、夢のような生活でした。
休みの日には、私の好きな奈良や京都を歩きました。

京阪電車の写真は、そんな昔の私たちのことを思い出させてくれました。
大津は私たちにとっては、思い出深い場所なのです。

その本にこんな文章がありました。

「買い物に行くと、いつも主人が重いほうの荷物を持ってくれます」
思わず書いた人の名前を見てしまいました。
50代の女性でした。
節子ではありませんでした。
ちょっと涙が出そうになってしまいました。

福井さん、ありがとうございました。

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