■節子への挽歌833:年賀状を書くのが好きだった節子
節子
年末になるといろいろとしなければいけないことが出てきます。
節子が元気だった頃はすべて節子に任せていました。
節子に任していたら、無事に年が終わり、新年が来る。
そんな生活をしてきました、
今年も余すところ半月です。
年末には何をしなければいけないのか。
節子と違って、年中行事や季節の変化には無頓着なためにどうもうまく予定が組めません。
節子がいなくなってから、もう3回目の年越しなのですが。
節子がいたら、たぶん今頃は年賀状を1枚1枚考えながら書いていることでしょう。
節子が年賀状を書くテンポは、驚くほどゆっくりでした。
楽しみながら、思いを込めながら書いていました。
それを見て、ああ年末なのだと私も実感できました。
まあ内容はたいしたものではなく、これ1枚書くのにそんなに時間がかかったのといいたくなるようなスピードでした。
節子の年賀状書きは、その1年を振り返る時間だったのです。
私の生き方の速度と節子のそれとはかなり違っていたのです。
でもなぜかそれが混乱もせずに同伴できていたことは、今から考えると不思議です。
そうした風物詩的光景もわが家から少しずつなくなってきています。
そのため、ますます季節感覚もなくなってきているようです。
やらなければいけないことはそれなりにわかっているのですが、どうも身体が動きません。
いつもと同じように、無意味な週末を過ごしてしまっています。
風邪はどうやらよくなったようですが、なんだか心身の倦怠感が残っています。
これはしかし、風邪のせいではないようです。
私は節子がいなくなってから、年賀状は年が明けてから書くようになりました。
いただいた年賀状に、気が向いたら返事を書くという程度のわがままな態度です。
節子がいたら怒られそうです。
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