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2009/12/30

■節子への挽歌850:「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」の出発点

今年は、生と死、あるいは愛について、いろいろと考える機会がありました。
これもすべて節子のおかげです。

「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」も立ち上がりました。
このネットワークの立ち上げに節子が深く関わっているとは誰も思ってもいないでしょう。
しかし節子がこのネットワークの推進者だったように私には思えます。

東尋坊で活動している茂さんからメールが届いたのが昨年の10月でした。
そして、私の中に自殺水際相談所ネットワーク構想が生まれたのが10月17日。
最初はコムケア活動として取り組むつもりでした。
ところが、12月になって、なぜか1回しか会ったことのない、ライフリンクの福山さんから食事を誘われました
伴侶を亡くした私を元気づけようと誘ってくれたのです。
それでメンバーがそろいました。
つなげてくれたのは、茂さんも福山さんも知らないでしょうが、節子だったのです。

実際に動き出したのは、年があけた今年の3月でした。
茂さんが東京に来る機会にみんなに湯島に来てもらいました
そして翌月に緊急集会を開催する決意をしたのですが、この後押しをしてくれたのも節子でした。
節子との最後の旅で、もし茂さんや川越さんに会わなかったならば、このネットワークは生まれていなかったと思います。
そしてこの1年、私は仕事を一切止めて、ネットワークの立ち上げに取り組みました。

そのネットワークも茂代表と福山事務局長のもとに推進体制が整い、活動は軌道に乗りつつあります。
そろそろ中心から抜ける予定ですが、自殺の問題は私にとっては今年の最大テーマだったのです。
私にはもっとも縁遠いところにあるテーマのはずなのですが。

ところが、今年もあますところ4日という一昨日、思わぬメールが届きました。
昨日の挽歌で触れましたが、愛する人を自死で失った人からの長いメールです。
なぜ「自死」なのか、そのメールを読んだ時、あまりの符牒の一致に身体が震えました。
考えすぎだと言われるかもしれませんが、物事には偶然はありえないと考える私にとっては、あまりに見事なメッセージの一致なのです。
その人は、愛する人の死の悲しみから抜け出すために、セルフカウンセリングに取り組んでいるようですが、それに関して、私に少し質問してきたのです。
そのやりとりはまた、私に生と死、そして愛について、新たなテーマをもたらしました。
自死の持つ新しい意味と言ってもいいでしょうか。
それにしても、天の意地悪さにはいつものことながら驚かされます。
今度は、何をさせるつもりでしょうか。
節子はまた加担しているのでしょうか。
いずれにしろ、現世を超えた大きな力が働いているような気がします。

それを感知したかのように、先ほど、東尋坊の茂さんから、ご自慢のお餅が届きました。
このお餅を食べてしまうとまた現世に引き戻されそうですが、ついつい食べてしまいました。
タブーを破って現世に戻れなかったイザナミを思い出します。

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