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2009/12/14

■相談には乗ってくれないのですか

湯島にある私のオフィスを「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」の事務局に提供しています。
電話も事務局に使ってもらっています。
事務局といっても普段は誰もいません。

そこで私がいるときには私が電話に出ます。
電話はお金がないので私のオフィスとも共有していますので、最近は何と言って電話に出ればいいか迷います。
いまは「佐藤です」と電話に出ます。
一瞬、相手が戸惑い躊躇する雰囲気が伝わってくる場合があります。
それが「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」事務局あての電話なのです。
そこで、「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」事務局と言い直します。
電話口の向こうから、ホッとしたような安堵感が伝わってきます。
電話は声だけではなく、気持ちもしっかりと伝えるものだと最近わかりました。

「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」事務局は、自殺に関する電話相談は受けていません。
中途半端な相談はマイナスだというのが理由ですが、実際は相談を受けるまで私自身が腹を決めていないだけかもしれません。

今日もオフィスで仕事をしていたら電話がなりました。
友人からの電話を待っていたので、彼からだろうと電話に出ました。
違いました。すぐにわかります。

自殺に関する相談は受けていません。
相談であれば、こういうところに電話したら相談に乗ってくれるかもしれません。
そう答えます。
いや、そう答えていました。
相手はそれでもとても感謝してくれます。
しかし、電話を切った後、いつもとても自己嫌悪に陥るのです。
これこそ中途半端ではないか。

今日の電話は緊迫感がありました。
自殺しようという電話ではありません。
不思議なのですが、相手の気持ちはなぜか伝わるのです。
それだけ相手は真剣だということなのでしょう。
今日の電話の相手はたぶんDVがらみではないかと思いますが、シェルターを探していました。
つまり身を隠すところです。

私が紹介した場所の多くには彼女はもう既に電話したようです。
行政にも相談に行っているようです。
そして、そのすべてに失望感を持っていることが伝わってきました。
彼女と話していて、シェルターを紹介してくれるかもしれない人を思い出して伝えました。
すぐに電話するといいました。
ともかく切迫しているのです。
電話が切れなくなりました。
さてどうするか。

余計なことを言ってしまいました。
死のうなどと考えてはいけない、必ず道は見つかりますよ。
思わず出てしまった言葉ですが、話しながら自分の気持ちが動き出しそうなのがわかりました。
出来ることなら、相談にいってあげたいという気持ちです。
相談者としては失格なのかもしれません。
それをこらえて、何かあったらまた電話してください、と言いました。
その言葉が出るまでに少し間がありました。
そのため、相手の人は話が終わったと思い、電話を切ったのです。
相手の人にその言葉が伝わったかどうか、微妙です。

たかだか数分のやりとりでしたが、終わった途端にまた自己嫌悪に襲われました。
もし私が電話の向こう側にいる立場だったらどうだったか。
そう思うと心が痛みます。

この1か月で、こういう電話を何回受けたでしょうか。
電話などで見ず知らずの人にではなく、近くの人になぜ相談することができなくなってしまったのか。
こういう社会はどう考えてもおかしいです。
近くにちょっと様子のおかしい人がいたら、声をかけましょう。
そうしたら自分がそうならずにすむはずです。
それに支えあいながら解決策を考えたら、必ず道は開けるはずです。

そう思うのですが、最近はあまりに問題が多すぎます。
テレビの自殺関係の報道番組には、わたしはとても違和感があります。
自殺対策への基金もできたようですが、現実はそんなに悠長ではないのです。
現場は本当に切迫しているのです

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