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2010/01/02

■節子への挽歌853:墓石には一緒に名を刻んでいます

節子
今日は私の友人からの年賀状の話です。
会社時代に一度、あるセミナーの受付で15分だけ立ち話をしただけのMさん(受付でした)はなぜか私には心のつながる雰囲気を持った人でした。
それで会社を辞めた事を伝える気になったのですが、湯島のオフィスのオープンの一週間にわざわざやってきてくれました。
あの一週間は、100人を超す人たちが湯島に来てくれたので、節子は顔も覚えていないでしょうが、Mさんの来訪は私にはとりわけ印象に残りました。
以来、なかなかお会いできませんが、どこかで気になっている人の一人です。
あまりに長くお会いしていないので、私も顔は忘れましたが、年賀状は毎年届きます。
その年賀状を読んで、ハッとしました。

今年もまだ淋しい新年をお迎えのことと拝察いたします。
小生の方は5月に妻の七回忌。
墓石には一緒に名を刻んであります。
Mさんは7年前に奥さんを見送っていたのです。
この年賀状を読むまでその認識がありませんでした。
お知らせをいただいていたのではないかと思いますが、なぜか記憶がありません。
7年前はまだ私もまだ年賀状を書いていたはずですが、どうして気づかなかったのか。
当時は1000通を越す年賀状を毎年書いていましたから、年賀欠礼の訃報も多く、ついつい見落としてしまったのかもしれません。
もしそうであれば恥ずべきことであり、Mさんのお気持ちを踏みにじったおそれがあります。
こうした非礼を私は重ねてきたのではないかと心配になります。

そういえば、数年前、Mさんからの年賀状に今度訪問したいと書かれており、心待ちしていたことがあります。
結局、Mさんは訪ねてきませんでした。
あの頃、奥さんとの別れがあったのかもしれません。
私がもう少し感度がよければ、Mさんの痛みを分かち合えたのかもしれません。
自分がその立場になって、初めてそうした感度を持つようではどうしようもありません。

そんなにたくさんの年賀状を書いてどうするの。
節子はいつもそう言っていました。
その意味をもっとしっかりと考えるべきでした。

Mさんは、墓石に一緒に名を刻んだそうです。
節子とふたりだけのお墓をつくればよかった、そんな気がしてきました。
Mさんに比べれば、私の節子への愛はまだまだだと思い知らされました。

今年はMさんにきっとお会いできるでしょう。
そんな気がしています。

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