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2010/01/12

■節子への挽歌863:こたつにもぐりたいほど寒いです

節子
昨日から震え上がるような寒さです。
地球は温暖化しているのではなく、寒冷化しているという指摘に、むしろ賛成したい気分になるほどです。
午前中、自宅のコタツで丸くなっています。
こういう寒い日は、節子があったかい甘酒やおしるこをつくってくれたものです。
節子がいる生活は、王侯貴族よりもずっと快適でした。
何もいわなくとも、私が何を考えているかお見通しで、それに適度に対応してくれていたからです。
そういう快適な暮らしの余韻は今も残っています。
娘たちが、その文化をわずかばかり継承しているからです。

もっとも節子はコタツがあまり好きではありませんでした。
コタツにはいると何もできないというのです。
節子はともかく動いているのが好きで、コタツにじっとしているのは不得手でした。
いつも何かしていないと落ち着かない人でした。
テレビでドラマや映画を観ていても、何もしないでただ観ているのは時間がもったいないといって、必ず何かをしはじめるのです。
だから長時間拘束される映画などは好きではなかったのです。

私はコタツが大好きでした。
ですから秋風が吹き出すとそろそろコタツを出そうよといっては、節子からまだ早いと駄目出しをいつももらっていました。
その駄目出しをする節子もいなくなったので、昨年も比較的早く和室にコタツを出しました。
和室には節子の写真と節子が書いた書が掲げられています。
ですからそこにいると、何か節子と一緒にいるようになって落ち着くのです。
節子のことを思い出すといささか感傷的になるので、この部屋ではできるだけ思い出さないようにしていますが、この部屋には節子の記憶が山のように詰まっています。
その記憶につつまれながら、コタツの幸せを感じています。
日本にはたくさんの豊かな文化があるのです。
コタツはともかく、節子はそれが大好きでした。
そんな節子が、私は大好きだったのですが。

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