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2010/01/17

■検察は正義なのか

小沢幹事長をめぐり、検察と政権が全面対決に向かっています。
根底にあるのは私怨でしょうか、変革でしょうか。
最近これについて毎日書いていますが、今日も書きます。

民主党大会で鈴木宗男さんが、「検察が正義と思ったら大間違い」「狙われたら、誰でもやられますよ」と話しました。
この言葉の意味を私たちは良く考えなければいけません。

今回の検察のやり方を見ていると、こうしてかつての日本は戦争に向かい、ドイツはナチ化したのだろうなと思います。
鈴木さんがいうように、検察は決して「正義」ではありません。
単なる体制の守護者です。
しかもその体制は国民でも政権でもないことは今回の事件で明らかです。
ロッキード事件にしても、その意味は問い直さなければいけないように思います。
私がそう思ったのは、昨年末の検察の行動に対する堀田元検事の発言からです。
堀田さんも単なる権力の走狗だったと確信しました。
誰が誰を落とそうとしているかは、なかなみえてきません。

法治国家だから検察に任せるべきだと発言していた人もいます。
法治国家とは法や制度が最優先するということではありません。
法が判断の基準になるというだけであって、法に支配されるわけではありません。
ましてや西部劇ではあるまいし、「俺が正義だ」などと思う検察官がいたら、とんでもありません。
ヒトラーでさえ、そんなことは思わなかったでしょう。

小沢さんの説明責任について国民の8割は納得していないといいます。
私は数少ない2割の一人ですが、そもそも説明責任とはなんでしょうか。
堀田さんはそうではないと言いましたが、説明すべきは権力側でしょう。

私も昨年、湯島の交番の警察官に犯罪者視された経験があります。
まあたわいない話ではありましたが、乗っている自転車が自分のものであることを問われたのですが、皆さんはどう答えられますか。
これは私の自転車ですと言っても説明責任は果たしていないとでもいうのでしょうか。
鈴木さんがいうように、誰でも犯罪者にできるのです。
それが国歌の制度的暴力ということです。

検察との対決よりも、国民性活のための予算の方が大切だから、小沢さんは幹事長を辞めたほうがいいという人もいます。
それは、要するに検察の横暴を認め、加速させることです。
国民生活にとって大切なのは、予算ではありません。
安心して生活できる社会です。
核開発問題よりも拉致問題事件が重要なのと同じく、検察やマスコミの暴力こそを正すべきです。
私たちは、パンとサーカスの社会から抜けなければいけません。

あまりにたくさんのことを言いたくて、また支離滅裂になりました。
そういえば、昨日は読者から論理が粗雑過ぎると怒られました。
今回の特捜部や昨年の堀田さんよりは論理はまともだとは思うのですが、まあ私の独りよがりでしょうね。

勝ち目のない戦いに踏み出した小沢さんと鳩山さんにエールを送りたいです。
そして、検察の横暴さと政治関与には異議を申し立てたいです。
権力は一の場合も醜いです。
小沢さんも権力ですので醜いですが、検察に比べればかわいいものです。

さてさて、この記事は勢いで書いてしまいましたが、後日読んだらきっと後悔するでしょう。
しかし人間の第一印象は大事にしなければいけません。
その意味で、あえて自らの記憶のために書かせてもらいました。
すみません。

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コメント

一国の行方を左右する政権政党しかも、暫定税率の例で判るように総理の意向を覆えす幹事長の説明責任はあなたの自転車の例とは較べものにならないのではないですか。報道によれば、4億円について国会議員の資産届けの中に記載されていないそうで事実とすれば紙袋に入れた4億円はどこからでて来たのか、の疑問は当然でしょう。また、問題になっている世田谷の土地の他に複数の土地建物を陸山会で所有しているとのことですが、政治団体の資金管理団体がなぜそのように不動産を所有
しなければならないのか全く判りません。10億以上の金を「子供手当」でもらっていてなにも「しらなかった」という総理。4億円がどこからでたのかなにも説明せずに検察の不当を唱える幹事長。政治資金の透明性を強く主張している民主党
のトップ2人が透明性を疑わざるをえないような事態を放置することは如何なものでしょう。

投稿: 佐藤 静一 | 2010/01/17 15:14

非常に共感しました。

誰かの「欲望」や「体制保持」のために、検察が動いているのでしょう。
だからこそ、「欲望」第一主義の行き過ぎた資本主義が最近、諌められているのです。

これは政治も企業活動も一緒な気がしてきており、
日本が機能不全に陥っている根源だと思います。

4億円だから、政治家だから説明責任を求める…などという小さな事に終始せず、
大きな志に対して、事の本質を見極める人間でありたいと思います。

投稿: 矢辺卓哉 | 2010/01/17 19:07

矢辺さん
いつもありがとうございます。

矢辺さんのような若い世代からコメントをもらうと元気が出ます。
「欲望」第一主義の行き過ぎた資本主義を推進してきた世代としては、この流れを変えるために小さな一歩でも続けなければと思っています。

投稿: 佐藤修 | 2010/01/26 21:40

佐藤静一さん
ありがとうございます。

私の自転車騒動とは確かにまったく違いますね。
でもだからこそ、私は不気味さを感じています。

投稿: 佐藤修 | 2010/01/26 21:41

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