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2010/01/30

■節子への挽歌881:石本さんのパジャマ

昨日の続きを書きます。
石本さんの頼みを断ってしまった話です。

節子の病気が発見され、手術することになりました。
それを知った石本さんが、入院中のパジャマを作らせてほしいと言ってきたのです。
石本さんはそういうことがとても得意なのだそうです。
ともかく病院中で話題になるような楽しいパジャマを贈りたいというのです。
私たちはその申し出を受ける余裕がありませんでした。
派手のパジャマは着たくないという節子の思いもあって、せっかくの申し出を断ってしまったのです。
後で後悔しました。
もしかしたら石本さんのパジャマを着ていたら、節子は元気をもっともらえていたかもしれなかったからです。

その話は、その後、節子とも石本さんともしたことはありませんが、私自身はずっと気になっていることです。

ケアとは何だろうか、というような話を時々させてもらうことがあります。
ケアとは「お世話し合うこと」ですが、お世話の仕方は一方向ではありません。
世話されることと世話することは同じことなのだと思います。
石本さんからのせっかくの申し出を受け入れなかったことは、石本さんをケアできなかったことであり、とても非礼であるばかりか、人間性に欠けるとさえ思えます。
その反省を踏まえて、最近は誰かからの好意はすべて素直に受け入れることにしています。
しかも受け入れることが、その人をケアしていることなのだという思いを持ってです。

実はこうした発想を教えてもらったのも、節子からです。
節子は自らが辛く苦しく、希望を見失いがちな闘病生活の中でさえ、友人を気遣っていました。
最初は何と心やさしいことかと思いましたが、そうではなかったのです。
他者を思いやることこそが、自らを元気づけ、自らの生の支えになっていたのです。

他者の親切は、できるだけ受け入れなければいけません。
負担に感ずることなどありません。
人は必ず、その時がくれば誰かに同じようなことをする局面が巡ってくるからです。
巡ってきたら、惜しみなく他者への親切を行いましょう。
他者への親切は必ずまた自分に戻ってきます。
もしかしたら今生ではなく来世かもしれませんが。

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妻への挽歌05」カテゴリの記事

コメント

そんなこと、気にかけていただいてたんですか?
と聞いて驚いたんですがーー。

私は佐藤さんとある種、同類の人間でして、頭の中でアイデアを思いついたら、それでほぼ作業の9割が完成してるんです。

節子さんのパジャマも、「作ります」と申し出た段階で頭の中で完成していて、さらに、それを着て微笑んでいる節子さんの姿も見てしまいました。

水色とすみれ色の中間くらいの色のパジャマで、胸に紺色のバラの刺繍が施してあって、とってもよくお似合いでしたよ~。←我ながら妄想癖が強いのかなと心配になることも。

てなわけで、私の中では、節子さんにはパジャマをお贈りして、たいそう喜んでいただいたことになっていて、「そういえば、実際には作ってなかったんだな」と、佐藤さんに言われて気がついた次第です。

投稿: イシモト | 2010/01/31 01:50

「そんなこと、気にかけていた」んですよ。
まあ人が気にすることはさまざまです。

でもパジャマができていて、節子がそれを着ていたことを知って、ホッとしました。
ありがとうございました。

投稿: 佐藤修 | 2010/01/31 07:21

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