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2010年2月

2010/02/28

■節子への挽歌910:ジュンの結婚パーティ

節子
今日はジュンの結婚お披露目パーティでした。
会場は何と結婚相手の峰行さんのやっているお店です。
柏のイタリアン・レストランのエヴィーバです。

家族関係だけはちょっと早目にスタートでした。
ユカと2人で参加しました。
まあ最初の雰囲気は気楽なホームパーティの雰囲気です。
すべて手づくりなのです。
節子がいたら大喜びで、一緒に楽しんだことでしょう。
ともかく私(たち)好みのスタイルです。
それに、常連のお客様でも、通りすがりのお客様でも参加自由です。
これも実にいいです。
人を差別も区別もしない、これがわが夫婦の文化です。

なにしろ花嫁花婿が自ら料理をつくり、司会をし、会場を設営し、というスタイルですから、まあかなりの忙しさです。
その様子は、エヴィーバジュンのスペインタイルのホームページで紹介されるかもしれませんし、節子も写真参加しましたので、様子はわかっているでしょう。
それにしても節子がいたらどんなにはしゃぐことでしょうか。
そんなカジュアルなパーティ(?)でした。
節子と一緒にやっていたオープンサロンを思いだしました。

そのうちに、三々五々、いろんな人たちがやってきました。
私の知った顔もいくつかありました。
ジュンは良い人たちに囲まれて、とても良い人生を送れそうです。
なによりいいのは、経済的にあまり余裕がないだろうということです。
人生においてお金に余裕がないことは、たぶんとても幸せなことです。
お金のないところに集まる人に悪い人はいません。
これは、私自身が身をもって体験していますから、間違いない真理です。

娘の結婚で涙を出す父親は多いようですが、涙などまったくでない気持ちのいいパーティでした。
こうしたスタイルにしてくれたことを感謝しなければいけませんが、2人は私のためにそうしてくれたわけではなく、それがジュンたちの文化だからです。
私たちの文化は、少しだけ継承されたのかもしれません。

節子
これで一安心です。
ジュンはきっと節子よりもいい伴侶を見つけたようですよ。

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2010/02/27

■節子への挽歌909:河津桜が咲きました

節子
今朝、気づいたのですが、わが家の河津桜がもう咲いています。
先週末見た時にはまだ咲く予兆はなかったのですが、今週はとても暖かでしたから、パッと咲いたようです。
例年よりかなり早いです。

この桜は、節子と一緒に5年前に河津から苗樹を買ってきたものです。
桜は満開でしたが、とても寒い日でした。
Sakura2010_5

節子がいなくても桜の花は咲きます。
まあ当然なのですが、そんな時こそ、さびしさを感じます。
そういえば、節子が好きだったシュスランももうじき咲きそうです。
これから節子が好きだった花の季節になってきますが、私にとってはどんな百花繚乱の世界よりもたった一人節子のいる世界のほうが幸せでした。
花を見るたびに節子を思い出すのは、それなりに辛いものです。

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2010/02/26

■コミュニケーションとは新しい関係性の中で自らを変えていくこと

コミュニケーションとは新しい関係性の中で自らを変えていくこと」というのが、私のコミュニケーションを考える時の出発点です。
しかし、どうも世間では反対のようで、「コミュニケーションとは相手を変えること」と受け止められているようです。
しかしそれでは、コミュニケーション不全は広がる一方でしょう。

たとえば、最近話題になりだしている厚労省元局長村木厚子さんの事件ですが、部下の元係長が発言は当初の捜査段階の検察調書に関連して、こう述べていると新聞に出ています。

上村元係長は、昨年5月に大阪地検特捜部に逮捕された後の取り調べ状況を問われ、「検事は紳士的だったが、自分の判断でやったと説明しても調書に書いてくれなかった。厚労省の組織犯罪にしたかったのでは」と主張。〈朝日新聞2010年2月25日夕刊〉
「自分の判断でやったと説明しても」、検察は受け容れなかったのです。
つまり自分の想定している内容でない情報は受信しないというのが、彼らのコミュニケーションの姿勢です。

これはなにも大阪地検特捜部だけの話ではありません。
私が知る限り、ほとんどの人のコミュニケーション姿勢がこのパターンです。
みんな自分の見たい世界、見える世界しか見ようとしないのです。

小沢さんや鳩山さんの説明責任はどうでしょうか。
マスコミはほぼ例外なく、大阪地検特捜部スタイルです。
国民のほとんども同じです。

しかしこれは、今に始まったことではありません。
たぶん近代の始まりと共に、あるいは近代国家の成立と共に始まった文化なのでしょう。
あるいは共同体を形成するということは、そういうことなのだと、今読んでいる「近代政治の脱構築」の著者エスポジトは書いています。
もちろん明示的に書いているわけではありませんが。

たしかにさまざまな人の言うことを聴いていたら、身が持ちませんし、動きが取れなくなりかねません。
そこで発達した防衛機制は、相手の話も聞かない代わりに、自らの意思も持たないという方策です。
そこで近代国家の国民は主体性を放棄し、思考を停止して従順な幸せに逃げていくわけです。
ますますコミュニケーションは形式化してしまいます。
そうなるといよいよITの出番です。
形式化した情報は機械処理ができるからです。
情報に関して一番わかっていないのは、IT関係者ではないかと私は少しひがんでみています。
私が非情報化革命というのはそういうことです。

それにしても、と私は思います。
もう少し相手の話に耳を傾けると、世界は広がり、人生は豊かになるのに、と。

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■節子への挽歌908:愛されただけ愛せるようになる

昨日の話を少し違った視点で続けさせてもらいます。

「人を愛することができるようになるためには、自分が愛されうる存在であると感じさせてもらわなければならない」。
ゲイリンという人の言葉です。

最近、テレビで「シャッフル」という映画を見ました。
もし1週間がシャッフルされて進行するとしたらどうなるか、という発想でつくられたサスペンス映画です。
夫が交通事故で死んだということを聞かされた女性が、それを契機に、曜日が入り乱れて、過去に戻ったり未来に行ったりする話です。
そのトリッキーな構成が面白いのですが、夫の浮気を止めさせたのは妻の愛であり、しかしその愛が逆に夫を交通事故に遭遇させるという、いささか考えさせられる話です。
妻の「ケア」の心が、夫を迷いから覚まさせるのです。
まあこういう映画を観ていても、どこかで「愛」とはなんなのだろうかと考えている自分に気づくことが最近多いのです。

ゲイリンは、愛するためには愛されることが必要だと言います。
子どもを愛して育てなければ、子どもからは愛されません。
それは子どもが、愛するという能力を育てられなかったからだというのです。
保育園の園長を長くやっていた新澤さんは、最初にお会いした時、子どもには「愛のシャワー」を浴びせないといけません、と言いました。
それが、私が保育に興味を持った理由でした。
その言葉を忘れたことはありません。

夫婦はどうでしょうか。
愛されるには愛することが必要だと思いがちです。
私の節子への愛が10だとすれば、節子の私への愛は、その半分の5だったような気がしていました。
しかし、ゲイリンの言葉を知って、私が節子を10も愛せたのは、節子が私を20も愛していたからかもしれないと思えるようになりました。
まあ、そもそも愛を数字で表すなどということは不謹慎なのですが、愛とはまさに双方向的に育ち合っていくものではないかということです。

この挽歌を今もなお書き続けられているのは、それだけの愛を節子から私がもらっていたということなのかもしれません。
節子は本当に私を深く愛していてくれたのだと、つくづく思います。

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2010/02/25

■大量殺戮は医学倫理の存在のひとつの結果

昨日、このブログを読んでくれている人から「佐藤さんは社会を難しく考えすぎているのではないか」といわれてしまいました。
どちらかというと私は物事をシンプルに、言い換えると、そのままに受け容れるようとしているのでいささか意外だったのですが、まあそう感じられるとしたら、それもまた事実なのでしょう。
複雑さとシンプルさは、時に同じものでもありますから。

ところで、今日はまた、社会をますます難しく考えているといわれるような話です。
一昨日、エスポジトの「近代政治学の脱構築」に触れました。
それが契機でいま読み直しています。
前と違って、今回はかなりスムーズに頭に入ってきます。
といっても、なにしろ近代史や哲学の素養がないものには、かなり難解ではあります。

それを読んでいるうちに、とても強烈なメッセージに出会いました。
ナチズムと現代社会に関する記述です。
今の社会状況にあっては、ナチスが展開した「生の保護と死の生産の結合」が世界的に構造化されているというのです。
舌足らずで申し訳ないのですが、こういうような文章が出てきます〈一部表現を変更しています)。

ナチスは、ドイツという国家の健康を気遣うあまり、医師たちは死をもたらす切開手術を、その肉にほどこしたのだ。つまり医師たちは、公衆衛生の促進にとって不必要で有害だと見なされる人物たちの死刑執行人となったのだった。
そして、大量殺戮は医学倫理の存在のひとつの結果だった、というのです。
この文章だけ読むと理解しづらいと思いますが、そのことがとても説得力を持って語られています。

この文章に出会って、いろいろなことを感じました。
医療問題への根本的な問いかけであると同時に、これは福祉問題への取り組みへの根本的な問題提起でもあり、私たちと国家との関係への鋭い切り込みでもあります。
いわゆるコラテラル・ダメッジの世界なのです。
コラテラル・ダメッジは、決して国家の専有物ではなく、個人の生き方においてもそこからは逃げられないものであることに気づきました。
そう思って、自らの生き方を少し考えてみると、なんとまあ都合のいい生き方をしていることか。
藁ながらやはり嫌悪感がでてきます。

ナチスはまだ終わっていないことに気づかされました。
水俣病が終わっていないのと同じように。

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■節子への挽歌907:ケアの意味を教えてくれた節子

「ケアを受けることは、人間存在の発達に対してばかりでなく、その人間存在のケアをする能力の発達にとってもまた本質的な意味を持っている」。
昨日の挽歌の続きです。

付き合い出した頃、たぶん節子は私と結婚することなど思ってもいなかったと思います。
私もそうです。
それぞれに付き合っている人もいましたし。
私たちの付き合いの始まりは、そういうものではなかったのです。
とても無邪気で、ちょっとゲーム的で、節子の友人はきっと節子にあまり深入りしないようにと忠告していたはずです。
たしかに当時の私は、いささか危ない存在でした。

にもかかわらず、いつの間にか結婚することになってしまいました。
私のプロポーズの言葉は、「結婚でもしてみない」でした。
よくまあ、あの真面目すぎるほど真面目な、謹厳実直な節子が受けたものです。
そして、節子の両親宛のメッセージを吹きこんだテープを節子に渡しました。
BGMは、当時大好きだったオスカー・ピーターソンの「カナダ組曲」でした。
呆れてものが言えません。いやはや。
それを聴いた節子の両親は私に会いに飛んできました。
どこの馬の骨かしらないが、なんという「たぶらかし方」だと思ったとしても決しておかしくありません。
何しろ節子は、世間のことをほとんど知らない、清純で無垢な女の子だったのですから。
しかし、私もまた、世間のことを何も知らない無邪気な男の子でした。
慌てて飛んできた節子の両親は、なぜか私と会うと納得してしまいました。
人生は不思議なものです。

犯罪が成立するためには「犯意」が必要ですが、この詐欺行為事件には残念ながら「犯意」が不在でした。
なにしろ行為を仕掛けた当の本人が、一番、はまってしまったのですから。
そして、いつの間にか私は節子に、これ以上ないほどに惚れこんでしまったのです。
節子の私への惚れこみ方は、実はたいしたことはありませんでした。
いささか口惜しい話ではあるのですが、

今日もまた、昔話になってしまいました。
すみません。
実は次のようなことを言いたかったのです。

私は節子の全面的な「ケア」を受けることによって、成長したのです。
そして、私のケア・マインドもまた豊かになったのです。
「ケアを受けることは、人間存在の発達に対してばかりでなく、その人間存在のケアをする能力の発達にとってもまた本質的な意味を持っている」。
この言葉にとても共感できたのは、そういう昔話があったからなのです。

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2010/02/24

■節子への挽歌906:結婚詐欺にあった節子

しつこくもまた、ケアの話です。

節子は滋賀の出身でした。私の両親は新潟です。
日本では、西日本人と東日本人の通婚率は1割程度だと言います。
おそらく文化が違うのです。
私と節子の育った環境はかなり違います。
とりわけ人のつながりが強く、信仰心の強い節子の故郷の文化は、東京とは違いました。
その東京の文化さえ、学生時代の私には古くさくて陳腐なものでした。
若い頃の私は、理屈だけの理想主義者でした。
まあ今様に言えば、つっぱっていたのです。中途半端に、ですが。

なぜその私が、節子に惚れてしまったのか。
大学卒業後、入社した会社での配属が滋賀でした。
そこでこれまで知らなかった「文化」に触れました。
理屈で生きてきた「跳ね上がった若者」は、たくさんのことに気づかされました。
そこから人生が変わったのかもしれません。
向上での4年間は、新しい発見の連続でした。
そのうちに、学生の頃から付き合っていた女性にも見事に振られました。
あんまり東京に戻らなかったからかもしれません。
そんな時、出会ったのが節子でした。

節子のどこが他の女性と違っていたのか、よくわかりませんが、たぶん私たちは「文化」の違いを直感的に理解しあいました。
そして、今から考えればですが、お互いに in-living な関係になったのです。
これもまたおかしな話ですが、当時、私はSF(空想科学小説)にはまっていました。
工場にあった企業内学校で産業心理学を教えさせてもらったのですが、そこで話していたのは超能力の話でした。
現実主義者の節子には、全く理解できない世界です。
しかし、その節子の世界の極にある私の世界に、節子は誠実に対応してくれました。

節子は、後になって「あの頃の修さんの話は、どこまで本当で、どこから嘘なのかわからなく、信じていいのかどうかわからない話ばかりだった」と言っていました。
しかし、同時に「私が嘘をつけない」こともすぐ実感してくれていたようです。
つまり私の話の、「嘘のような」話も含めてすべてを、そのまま素直に心で受け入れたのです。
つまり、私をケアしてくれたのです。
長々書きましたが、私が「ケア」を意識した最初は、節子の私への対応だったのです。

そして、理解できないままに、節子は私との同棲を始めてしまったわけです。
私は当時、形式的な結婚に反発して同棲にあこがれていたのです。
まあ、悪く言えば、節子は「結婚詐欺」にあったようなものでした。

ケアの話のつもりが、「昔話」になってしまっていますね。
実は今日の書き出しの時に考えていたのは、「アクト・オブ・ケアリング」に出てくる次の一文です。

ケアを受けることは、人間存在の発達に対してばかりでなく、その人間存在のケアをする能力の発達にとってもまた本質的な意味を持っている。

この文章で思い出したことを書きだしたのですが、なかなかそこまで行きません。
行きついたのは、「結婚詐欺」も「ケア」には勝てないという話です。
ケアは、メイヤロフも言っているように、人を成長させるのです
長くなるので、続きは明日にまわします。

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2010/02/23

■自由と共同体

私よりも少し年長の方から電話がありました。
少し混乱した様子が伝わってきました。
いろいろと問題が集中して起こったようです。
年齢と共に、人生にはいろいろなことが起こります。
そして、次第にそれに的確に対応できなくなっていく。
それが人生なのかもしれません。

難解なので途中でダウンしている本があります。
ナポリの哲学者ロベルト・エスポジトの「近代政治学の脱構築」です。
解説文を読んで感動して読み出しましたが、歯がたちません。
途中で読むのを中断していますが、そこに書いてあったことを思い出しました。
よく理解できていないので、間違っているかもしれませんが、エスポジトは自由の語源は「愛情や友情」につながっていて、もともと共同体的な意味を含んでいるというのです。
もしそうであれば、個人の自主性だとか自律性とかは自由の本質ではありません。
彼は、そうしたことは自由とは正反対のものだと書いています。
そして、今では自由は所有権と同一化してしまい、自分に帰属するものの所有者である人こそが自由であるとされていることに、彼は危機感を持つのです。

何となくわかるような気もしたのですが、消化できずにいました。
私の得意な「大きな自由」論を使えば、すんなりと納得できるのですが、この発想は濫用してしまうと妥協できてしまうので、実践スキームではあるのですが、学習スキームではないのです。

ところが、今日の電話でなんだかすっきりできたのです。
一人だと解決できないことはたくさんあります。
その人はいろいろと友人が多いので、いろいろと相談をし、問題解決に取り組んでいるようですが、今回はあまりにいろんなことが起きたため、私にまであふれてきたわけです。
電話が終わった後、私にもしそういう状況が起こったらどうなるだろうかと考えました。
私も友人知人は決して少なくないのですが、果たして電話をかけられるだろうか、と悩んでしまいました。
やはり、そうした状況は起きた時に一緒に考え行動してくれる家族や近隣社会があるかないかで、全く違う状況になるでしょう。
自由に生きるとは、結局は人のつながりを大事にして生きることではないかと改めて気づいたのです。
その「つながり」も半端では役に立たないかもしれません。

もう一度、「近代政治学の脱構築」に挑戦してみることにしました。
それにしても日本では政治学者がしっかりと政治に関わる仕組みがないのが残念です。
いまの国会は、とてもとても「政治」などといえるものではありません。
私は今でも鳩山首相を高く評価してはいますが。

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■節子への挽歌905:愛は関わりつつ生きること

神学者トーマス・デュペイは、「愛はケアをすることである」と言っているそうです。
また、ケアすることは「関わりつつ生きること(in-living)」とも言っているそうです。
いずれも昨日、紹介した本「アクト・オブ・ケアリング」で知ったことです。
この二つをつなげるとこうなります。
「愛は関わりつつ生きること(in-living)」

in-living。
この言葉が示す意味はなんなのでしょうか。
ネットや辞書で調べましたが、わかりません。
相手の生に入り込むような感じでしょうか。
もしどなたかそのニュアンスをご存知の方がいたら教えてください。

生の大きなつながりを感じることが、私のケア(ケアリング)理解の基本です。
そうした意識があれば、あえてケアなどという言葉を使うまでもなく、気がつくと周りにあるすべてのものがいとおしく感じられます。
しかしそうした「愛」の広がりは、時に世界を平板に感じさせ、自分の存在を希薄にします。
愛が相対化されて、実感できなくなるのです。
そうした時には、無性にある一点を強く愛したくなり、時には愛されたくなります。
その相手が、節子でした。
そうした時、節子は何の説明もなく、全面的に受け入れてくれました。

私自身は昔から「愛されること」にはあまり関心はなかったのですが、自らが愛されていないと他者を愛することは難しいことも、節子から教えられました。
節子から強く愛されていればこそ、私は周りのすべての存在を愛することができていたのかもしれません。
節子がいなくなってから、私の周辺への愛は、間違いなく萎えています。
愛が萎えると気力も弱まります。

私が今なお、さまざまなことに関わって生きているのは、節子の愛の余韻なのかもしれません。
節子とお互いに「関わりつつ生きた日々」が、いまの私の生を支えています。
強く愛された記憶は、そう簡単には消えません。
強く愛した記憶は、それ以上にいつまでも残るでしょうが。
「愛は関わりつつ生きること(in-living)」、私もそう思います。

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2010/02/22

■現場から学ぶことに気づくことの大切さ

昨日の朝日新聞に、水俣病に取り組む原田正純教授のインタビュー記事が掲載されていました。
とても共感できる内容で、出来るだけ多くの人に読んでほしいと思い、ネットに掲載されるのを待っていましたが、この種の記事は掲載されないようなので、私が共感した部分だけでもと思い、引用させてもらいました。

ご存知の方も多いでしょうが、原田さんは熊本大学時代にいち早く水俣病に取り組み、とても誠実な対応をされてきた人です。
私はお会いしたことも、講演をお聴きしたこともありませんが、原田さんの書かれたものを読んで水俣病への関心を持たせてもらった一人です。

発言のいくつかを引用させてもらいます。
私の勝手な解釈は不要でしょう。

「日本では、国の裁判対策として研究費を研究者に出し、都合のいい研究が行われてきました。大半の裁判が終わり、政治決着すると、研究費はがばっと削られました」

「(昨年9月、原田さんたちは不知火海沿岸地域の住民を検珍しましたが)140人の医師が1日半かけて約千人を診ましたが、四肢末端の症状の割合は約8割あった。この程度の調査すら国はしていません。最近、潮谷前熊本県知事から『知事時代、不知火海沿岸住民の健康調査を環境省に求めたが、患者の掘り起こしになるからと言われ、拒否された』と聞きました」

「医学が進歩しても治らない病気はある。それを前に医者は何ができるのか。治らない病気こそ、なすべきことがいっぱいあると知りました。水俣病事件の反省は、きわめて社会的、政治的事件なのに、医学だけで解決しようとしたところにあります」

「その反省から、今の大学で水俣学を始めました。足尾鉱毒事件の田中正造の谷中学がヒントです。住民を指導しようと現地に入った田中は、自分が学ぶことの方が多いと気づいた。だから谷中学をすると。これは私のことだと思いました。水俣学はいろんな分野の研究者の知恵をもらい、患者さんから学ぶ学際的・総合的な研究です」

「住民を指導しようと現地に入った田中は、自分が学ぶことの方が多いと気づいた」
学ぶのはいつも専門家のほうなのです。
そして「現場」にこそ解決のヒントがある。
このことがあまりに忘れられています。
水俣病の話ではありません。
今の社会、そして私たちの生き方の話です。

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■節子への挽歌904:節子の生を継ぐ者

節子
最近、「ケア」ということを改めて考え直しています。
この世界に導いてくれたのは節子ですが、節子との辛い体験は私にそれまでとは違ったケアの世界を広げてくれたように思います。

最近、読んだ「アクト・オブ・ケアリング」という本は、これまでの私の生き方を元気づけてくれる本でしたが、その本のことを数回、書きたいと思います。
いつも節子のことを思い出しながら読んでいました。
ちなみに、この本を読む気にさせてくれたのは最近出会った看護学の教授です。
その人は、まさにナーシングの象徴のような人で、不思議な人です。
なぜこの人が私の前に現れたのか、これも不思議な気がしています。

その本に、あるカトリック神学者の言葉が出てきます。

「信仰を持つものにとって、死は決して不条理な生の無意味な終焉を意味するわけではない。信仰を持つものにとって、この生の意味は決して純粋な内在性のうちに達成されるものではなく、常に超越的世界に向けて信仰者を導くものである。従って、死は決して最終的な崩壊ではなく、究極的な実現であり、望みのない不条理ではなく、生の意味の決定的な開示なのである」。
私はキリスト教には大きな違和感をもっていますが、この言葉は心に響きました。
「死は最終的な崩壊ではなく、究極的な実現であり、望みのない不条理ではなく、生の意味の決定的な開示である」。
難解なメッセージですが、何となく最近、私もそんな気がしてきていたからです。
しかし、この文章の主語である「信仰を持つもの」とは誰なのでしょうか。
例えば、節子なのか私なのか。
節子も私も、キリスト教ではありませんでしたが、信仰を持っていたといえると思います。
時評にも書きましたが(できれば読んでください)、私は日本人の多くは信仰心が厚いと思っています。

節子にとって、しかし死は「不条理」な出来事だったことは間違いありません。
節子にはやり残したことがあまりに多かったでしょう。
愛する家族や友人と会えなくなることも、さびしかったに違いありません。
にもかかわらず、私は節子が見事に生き抜いたことを最近少しだけ感じるようになれました。
そして私に、生きることの意味を改めてしっかりと気づかせてくれたのです。
しかし、その気づきについて話し合える伴侶が私にはいません。
おそらくその気づきは、長い時間をかけてケアしあってきた伴侶であればこそ話し合えることなのです。

「究極的な実現としての、そして生の意味の決定的な開示としての死」を分かち合える伴侶が、私にはいないことがとても残念です。
私にできることは、節子の生の意味をもっともっとしっかりと受け止めることなのかもしれません。
節子の生を継ぐ者は、娘たちではなく、私なのですから。
そしてたぶん節子の生を終わらせられるのも、私なのでしょう。

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2010/02/21

■日本人は無宗教なのか

この頃、どうも「時評」をする気になかなかなれません。
政治も経済も、マスコミで話題になるのは私には全く興味のないことばかりだからです。
話題の国母事件にしてもテレビの報道の仕方や関係者の発言には、「おいおい」といいたい気分です。
そこで今日はちょっと大きな話題です。

いろんな集まりで、日本人は無宗教だという発言に時々出会います。
私は、日本人ほど宗教心の厚い国民は世界には少ないのではないかと思っている人間ですので、そうした発言を聞くと反論したくなるのですが、おそらくそれは「言葉の定義」の問題ですので、黙って聞き流すようにしています。

欧米はどうでしょうか。
神が死んだと言われて久しいですが、形式的には宗教教団の支配はまだかなり残っています。
神が死んだ宗教は「管理教団」でしかないと、私は思いますが、それに比べると日本の仏教界の組織はどうでしょうか。
葬式仏教と言われるほどに、運動面は弱いと批判されています。
しかし、葬式仏教で何が悪いのかとも思いますし、教団活動がないことが悪いわけではないでしょう。
ここでも私たちは、近代西欧の発想に呪縛されています。
仏教界がやれることは多いと思いますが、だからと言って政治の世界に出てくるような教団には、私は信仰や宗教性は感じません。

私は、自分の宗教心や信仰にはそれなりの自負があります。
でもだからといって、とりわけ何かをしているわけではありません。
ただ、生命のつながりを感じ、お天道様に怒られないようにさほど悪いことはしない程度の生活ですが、宮沢賢治に共感し、隣に気になる人がいれば気にするようにし、自分にできることはできるだけやろうとしています(やっているとは限りません)。
それになによりも、天の摂理を信頼し、霊的な存在にも心を通わせています。
来世も信じていますし、過去生の思い出もそれなりにあります。

神のために死のうとは思いませんし、神のために生きようとも思いません。
しかし与えられた自らの生は、誠実に生きようとしています。

私のような生き方をしている人は決して少なくありません。
私が地方や現場にこだわるのは、そこにはそうした人たちがたくさんいるからです。
私には、その信心深さにおいて足元にも及ばない誠実な人たちと出会えるからです。
そのうえ、たくさんの清浄な霊にふれあい、自らが浄化されるからです。

日本人の信心深さ、宗教心の豊かさに出会うたびに、日本に生まれたことをうれしく思います。
その日本の文化が、壊れてきていることが、とても寂しく哀しいのですが。

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■節子への挽歌903:高次の世界への目に見えない入り口

一昨日の音楽の話の続きを書きます。

ベートーベンは、「音楽は高次の知識の世界への目に見えない入り口である」と語っていたそうです(コリン・ウィルソン「アトランティスの遺産」)。
その言葉を紹介している、ウィルソンは、「高次の知識の世界」に挑んだことで有名ですが、彼は「高次の知識とは、魂の深みからわき出てくる知識、特定の「方法」に頼らずに得られる知識」だとしています。
人の心に直接入り込んでくるような知識です。
それは辞書や文献で調べられるものでも誰から教えられるものでもありません。
自らが直接に会得するものです。
「秘儀的」といわれるものがその典型的なものですが、「秘儀」などいう仰々しい言葉を持ち出す必要もなく、私たちの日常生活においてもしばしば体験するものです。
ただ多くの大人たちや近代教育に洗脳された人たちには、気づかれることは少ないかもしれません。

ウィルソンはまた、ベートーベンは、音楽が知識を表わしているということには何の疑いも持っていなかった、と書いています。
たしかにベートーベンの「田園」や「運命」を聞いていると、さまざまな物語が目の前に展開されると同時に、強いメッセージを感じます。

私が遺跡に感じるのも同じようなことです。
絵画や彫刻もそうかもしれません。
そうしたものとの出会いの中で、人は現世を超えたものと出会っているのかもしれません。
寺院や教会、神殿や神社はそうした出会いの場なのかもしれません。

しかし仕組みや媒体があっても、肝心の私たち一人ひとりに、そうした感受性や受容の姿勢がなければ、見えるものも見えなくなります。
単に「音楽的な感動」で終わってしまうかもしれません。
音楽が開いてくれた「彼岸への入り口」から、自らを超えた魂の世界を感じられるように、もっともっと心を研ぎ澄ませないといけません。
雑事の中で、なかなかそうはならないのですが。

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2010/02/20

■人はいつまでもつながっているのですね

「佐藤先生ですか。覚えていますか、新潟の加藤です」
電話に出ると突然に、訛りのある、そんな言葉が飛び込んできました。
不覚にもすぐに思い出せませんでしたが、たぶんあの時に会った人だなとわかりました。
講演で新潟を訪ねた日、それを主催した人の友人たちと夜を徹して話したことがあったのです。
もう20年ちかく昔の話です。
もちろんそれ以来、その人たちとは会ったことがありませんし、「加藤さん」のことも記憶にありません。

電話の加藤さんは、こう続けました。

あのとき、先生から波乱万丈の生活だね、と元気づけられました。
おかげさまで、なんとかで(聞き取れませんでした)世界1になり、その本部まで招待されました。
その夜の私の言葉が加藤さんの記憶に残っていたようです。
何を話したのでしょうか。
それはともかく加藤さんは、その後、見事に成功したようです。
今度、いなかに1000坪の土地を買って、そこにイタリアンレストランを開きました。
先生に、わざわざ来てくれとは言いませんが、お知らせしたくて電話しました。
パンフレットも送りたいのですが、住所を教えてくれませんか。
その言葉はちょっとうれしいです。
20年も前のことを覚えていてくれていて、電話までしてきてくれる。
一度会った人とのつながりは消えることがない、と私は思っていますが、こうしたことがあるととても元気がでてきます。

そういえば、今日もまた、10年以上会っていなかった友人からメールが突然来ました。
どうもこの挽歌を読んでくれているようです。

自分では気づかなくても、人のつながりは決して途切れることはないのです。

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■節子への挽歌902:節子はいつも主役でした

昨日、いささか奇妙な挽歌を書いてしまったのですが、真夜中に目が覚めて気づいたことがあります。
3年前、家族みんなで房総に旅行したのが今日だったのではないか、と。
ホームページで調べてみたら、やはりそうでした。
もしかしたら、昨夜の音楽からメッセージは節子からだったのかもしれません。

3年前の今頃は、家族はみんな精神的に少しダウンしていました。
そんななかで一番元気だったのは、おかしな話ですが、たぶん節子でした。
節子のすごさは、どんなときにも元気なことです。
私もややそうなのですが、これは私たち夫婦の特徴かもしれません。
2人ともかなり楽観的なのと先のことをあまり考えないタイプなのです。

当時、私もたぶん元気だったと思いますが、少し疲れていたかもしれません。
節子に比べたら、私はあんまり根性がなく、すぐ疲れるのです。

南房総では2月になれば、もう花が満開です。
それで南房総が選ばれたのですが、節子も花を満喫する旅になりました。
その旅で買ってきた花が今も咲いています。

節子はそのころはもうかなり身体が不自由でしたし、食事はあまり食べられませんでした。
それでも旅の主役はいつも節子でした。
どこにいってもはしゃいでくれました。
鴨川シーワールドではかなり辛そうでしたが、家族みんなと一緒に水族館も見て回りました。
食事も食べられないの、節子が主役でした。
ともかく節子は、わが家での行事ではいつも主役なのです。

その節子がいなくなって、わが家の行事も最近はいささかさびしいです。
いつも陽気で笑っていて、ちょっとお茶目な節子がいないと、世界はこんなにも変わってしまうものかと思います。

あの、夢のような南房総の旅から3年目。
あの時は、まさかそれが最後の家族旅行になるとはだれも思っていませんでした。
人を愛してしまうと、見えるものまで見えなくなってしまうのかもしれません。
でもたぶん、私とは違い、節子はそれが最後の旅だと知っていたのでしょう。
だからあれだけ明るく振舞ってくれたのです。

ほんとうに最高の女房でした。

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2010/02/19

■地獄への道は善意の絨毯で敷き詰められている

「地獄への道は善意の絨毯で敷き詰められている」とは有名な言葉です。
最近、その事をまさに実感させられる体験を、2つもしています。
一つはNPO関係で、一つは企業の世界で、です。
あまりに生々しいので、具体的には書けませんが、善意とは何だろうかと考えてしまいます。

私は「大きな」という形容詞が大好きです。
別に拡大志向や成長志向があるわけではありません。
例えば、もう大昔ですが、1970年代に女性の社会進出が話題になっていたころ、女性は論理的ではないというような論調が広がったことがあります。
そうした議論で私が主張していたのは、「大きな論理性」でした。
女性の論理の組立は男性のそれとは違うだけであって、むしろ女性のほうが大きな視野で考えると男性よりも論理的だという主張でした。
だれからも指示されませんでしたが。

10年ほど前に始めたコムケア活動というのは「大きな福祉」を標榜しました。
福祉に大きいも小さいもないと怒られましたが、これは今では共感してもらえる人が増えてきました。

平和論でも、大きな平和を私は目指しています。
隣の人と仲良くすることから始める平和です。
人からはそれこそ「小さな平和」ではないかと笑われています。
でもとなりの人に声をかけることから、平和は始まるのだろうと思っています。

さて「善意」です。
今週、そうした「善意」の人やその善意の人に関わる「善意」の人に何人か会いました。
全く別の分野の人で、もちろん取り組んでいる課題は全く違います。
しかし、そうした人たちと話していて、共通のものを感じました。
ああ、これは「小さな善意」なのだということです。
ややこしいのですが、「小さな善意」「小さな親切」の大切さがよく言われます。
私もそうしたことに大賛成なのですが、どうもそこで語られる「小さな」とは別の「小さな」がありそうです。
もう少し整理しなければいけませんが、その善意がどこまでの世界の広がりを感じているかが大切なのです。

最近、「うれしい話」を少し書いてきましたが、そうした事例から「大きな善意」を読み取ってもらえるとうれしいです。
「善意」は両刃の剣なのです。

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■節子への挽歌901:天上の音楽

たとえばCDで音楽を聴いていると、突然に「落ちる」ことがあります。
音楽は突然に人を現実とは全く違う世界に引き込みます。
「情」の世界に入り込んでくるので、防備しようがありません。
突然に節子のことを思い出して、時間の流れが止まるのです。

普段はそうした世界に迷い込まないように、思い切り前を向かって進みます。
できるだけ寄り道はしない。
余計な情を起こさない。
ともかく「知の世界」と「論理の世界」を踏み外さないようにしています。
もちろん「情の世界」もたくさんありますが、その世界はいつも「対象としての情の世界」あるいは「知としての情の世界」です。
最近は、それを使い分けることができるようになってきました。

節子がいなくなってからの私の世界は、砂漠のような感じです。
それに気づいたのは1年以上経ってからです。
砂漠だから情がないわけではありません。
でもちょっとこれまでの緑の世界とは違うのです。
ただ一面の砂なので座標もないし、道もない。
寄り道しようにも寄り道できない。
ただ前に向かって、歩くしかない。
そんな感じです。

突然にまた、おかしなことを書き出したと思われそうですが、先ほど、ある音楽が心に深入りし過ぎてきてしまったのです。
それにしても、音楽はどうしてこうも心に響くのか。
驚くほどです。
「天上の音楽」という言葉がありますが、まさに天上界につながっているのかもしれません。
節子がいたころとは、その聴こえ方が全く違ってしまった。
そのつながりが、私にも感じられるようになったのかもしれません。
現世の歓びを感じさせるものから彼岸を感じさせるものへと変わったのです。

私の心の世界が広くなったからでしょうか。
感度が高まったからでしょうか。
とても懐かしく、とても哀しく、心を揺さぶります。
節子と一緒に聴いていたころは、全く違った音色だったはずなのですが。
アンドレ・ギャニオンのCDです。

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2010/02/18

■節子への挽歌900:雪化粧

今日は雪です。
時評にも書きましたが、わずかな雪が積もるだけで世界の風景が一変します
節子も私も雪が好きでした。
なんだかとてもわくわくするからです。
それに、雪の思い出もいろいろとありました。
節子が育った滋賀の湖北も、雪がよく降りました。

節子の父の葬儀も雪の降る寒い日でした。
節子の姉の結婚式も雪が降っていました。
湖北の文化になじんでいなかった私は、節子の言うままにそうしたいろいろな体験をさせてもらいました。
文化の豊かさを教えてもらったのも、いつも節子からでした。
節子はいつも私が恥をかかないように、気をつかってくれました。
ですから不案内な状況に置かれても、節子が近くにいる限り、私はいつもどおりの気楽さでいることができたのです。
私にとっては、節子は実に心強い伴侶でした。

あまり意識はしていませんでしたが、今になってはっきりわかるのですが、そうした体験の中から私の節子への過剰な信頼感が生まれていたのだろうと思います。
どんなことがあっても、節子がいれば大丈夫、だという信頼感です。

しかし現実の節子は、実は頼りない存在でした。
アドバイスだって、かなりいい加減だったのです。
でも不思議なことに、そんな頼りない2人が一緒になると双方共に自信が持てるのです。
人はやはり、その文字の通り、2人でセットなのかもしれません。

外の雪景色を見ていると、節子と歩いた大山や猪苗代や奥入瀬渓谷を思い出します。
しかし、なぜか細部が思いだせません。
みんな夢のような思い出で、本当にあったことかどうかさえ危ういような思い出です。
節子は、本当に実在したのだろうか。
そんな気さえしてしまいます。

彼岸も雪でしょうか。
寒がりだった節子を温めてやりたいと、心から思います。

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■わずかな雪で世界が変わりました

雪が積もりました。
家から見える風景が一変しました。
わずかな雪が積もるだけで世界の様相は一変します。
私はいつもこのことに感激します。
みんながちょっと意識を変えるだけで、社会は変わるということを、それは示唆しているからです。

そう思う人が増えてくると、社会はきっと、もっともっと「あったかい世界」に変わるでしょう。
それに気づかないでいると、いつか天から何かが降ってくるかもしれません。
ノストラダムスが予見していたように。

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2010/02/17

■節子への挽歌899:時間は愛の関数

節子
先日、お餅をあられにしたものをユカが炒ってくれました。
それを食べていたら、突然、歯に衝撃が走りました。
何が起こったかわからなかったのですが、少しして歯が真っ二つに割れてのに気づきました。
歯医者さんにいって、処置してもらいながら、不幸は思いもかけずに突然やってくるものだと思いました。

節子との別れも、突然でした。
客観的には決して突然ではなく、予想されていたことでしょうし、医師にとっては突然どころか予想以上に延びていたかもしれません。
私たち家族も、そうしたことは知っていました。
しかし、にもかかわらず「突然」だったのです。
愛する人との別れまでの時間を、無限に長く設定してしまっていたのです。
そんなことはありえないからこそ、無限の時間になるのですが。

節子と一緒の時間は、驚くほど速く過ぎました。
愛する人との逢う瀬は、いつも短く感ずるものです。
現在も過去も、愛する人との時間の進み方は速いということになります。

こういうことです。
愛する人と共有する時間は、過去と現在は速く過ぎ、未来は無限にゆっくりしている。
愛は時間を変化させるのです。

また訳のわからないことをと節子に言われそうですが、時間は愛の関数なのかもしれません。
もしそうであれば、時間はコントロール可能なものになるからです。
愛が深ければ時間は短くなる。
時間を長くするには愛を押さえればいい。
愛のない時間は確かにゆっくりと進みます。

節子がいなくなってから、時間の経過があまり感じられないのは、愛が具現化されていないからかもしれません。
愛がゼロなら時間もゼロというわけです。

なんだか少し混乱してきました。
しかし、愛と時間の関係はもう少し考える価値がありそうです。
まあ、こういう話は節子の好みではなかったのですが、それでもよく話し相手にはなってくれました。
生活を長年共にしていると、夫婦は言葉以上のものをコミュニケーションしあえるようになります。
言葉は、その一部でしかありません。
言葉ではわけのわからない話をしていても、きちんと何かが共有でき、何かが生まれるのです。
コミュニケーションもまた、愛の関数なのかもしれません。

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■収入がなくてどうやって暮らせるのか

私がどうやって暮らせているのか不思議がる人もいますが、私はそれなりに豊かに暮らしています。
昨日の夕食はなんと新鮮な「関さば」と「関あじ」の刺身の食べ放題でした。

「関さば」「関あじ」は、福岡の蔵田さんが自分で釣って送ってきてくれたのです。
蔵田さんとは最初は仕事の関係で知り合えたのですが、仕事が終わった後もいろいろとお世話になりっぱなしです。
たぶん私の生き方があまりに頼りないので心配なのでしょう。
無上の善人の蔵田さんは、伴侶を亡くした私の暮らしをいつも心配してくれていて、自分で作った野菜や海産物を折りあるごとに送ってくれるのです。
蔵田さんは、定年で会社を辞めた後、故郷に戻り見事に農的な暮らしに転身したのです。
いつも貰いっぱなしなのですが、まあお返しは来世でと思っていますので、気楽にご好意を受けています。
おそらく蔵田さんはかなりの散財だと思いますが(奥さんの話では蔵田農園の野菜はどうもコストがかなりかかっているようです。もちろん完全無農薬ですが)、私は一円もお金がかからないのです。

お金ではなく友達とコミュニティ。
本当にそう思います。

都市圏での生活では、しかしお金もいろいろとかかります。
湯島に小さなオフィスを持っていますが、その維持費もそれなりにかかります。
ところがそこもみんなが心配してくれるのです。
ですから今でも何とか維持できているのです。

周りの人たちに支えられて、私はいつもとても「あったかい」のです。
友達さえいれば、お金がなくても安心です。
まあそれでも困る時はあるでしょう。
その時は、その時に考えればいいでしょう。
誠実に生きていれば、あったかく生きていける。
そんな世の中にしたいです。
今は、私のような存在は幸運な例外としか言えないかもしれません。
それが残念でなりません。

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2010/02/16

■本当の安全はお金ではなく、友達とコミュニティだ

不思議な友人がいます。
鈴木さんという、私よりはたぶんふた回り以上若い友人です。
その鈴木さんから、手紙と「アエラ」の記事のコピーが送られてきました。

勝手に手紙を引用します。

今週の「アエラ」におもしろい記事があったのでお送りします。
1年間まったくお金を使わないで生活してみたイギリス人青年の話です。
最後の方に、「本当の安全はお金ではなく、友達とコミュニティだ」とありました。
いまの日本はそこが危うくなっているのかもしれません。
それでますますお金に依存しようとしているのでしょう。
このイギリス青年の行動には共感はしませんが、彼が気づいたことはよかったです。
「本当の安全はお金ではなく、友達とコミュニティだ」
サルでもわかることなのですが(サルの世界にはお金はないので当然ですが)、そんなことさえも今ではほとんどの人が忘れているのです。
そのことを忘れさせることで、経済が発展してきたともいえるのですが。

こういう話は、最近、私のオフィスでやっている、支えあいサロンや農的生き方を考えるサロン、時にはオープンサロンでよく話題になります。
友達や仲間がいれば、そして土とのつながりがあれば、お金など本当に僅かあればいいのです。
そもそもお金とはそういうものだったはずなのですが。

ちなみに、手紙を送ってくれた鈴木さんは、そうしたお金に依存しない生き方を私に意識させてくれた私の師なのです。
もっとも最近は、私の方が多分お金離れできていると思うのですが。
そうですよね、鈴木さん。

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■節子への挽歌898:タッタ

昨日は「心を対象に入れ込む」ということを書きました。
それこそが「住地解脱」への第一歩だと考え出したからです。
対象の向こうに広大無辺な彼岸が見えてくるかもしれません。
まだまだその心境には程遠いですが、そこで思い出したのが「タッタ」です。

タッタは、手塚治虫の作品「ブッダ」に登場してくる人物です。
タッタは手塚治虫が創りだした架空の人物ですが、この作品の方向づけをするほどの重要な役割を果たしています。
彼はインドではカーストからさえも外されたバリア(不可触賎民)の出で、人間というよりも動植物の中で育ったためか、子ども時代には動物に乗り移ることができました。
どんな動物とも顔を見合わせることで、相手の心の中に入り込めるのです。
私ももしかしたらできるのではないかと思い、わが家の犬のチビタに何回か試みましたが、成功しませんでした。
やはり人間の世界に長くいるために生命が閉ざされてしまっているのでしょう。
タッタも、成長するにつれて自分を自然と一体のものとみなすことができなくなり、その力を失ってしまいます。

このタッタの能力がナラダッタの悲劇を生み出します。
ナラダッタも架空の人物ですが、タッタの友の生命を救うために、タッタの能力をつかって動物を酷使し、殺生をしてしまいます。
そのため、師である聖人アシタは、ナラダッタを畜生道に追い落とし、一生をかけて罪を償わせるのです。
人間の視点から考えると、畜生道ですが、子どものタッタの視点に立てば、そこは豊かな理想郷かもしれません。
ナラダッタが、そこで自然の一部であることに気づくのであれば、畜生道とは理想郷にほかなりません。
仏教には大きな矛盾が至るところに込められていますが、それは後世の無妙な僧侶たちが余計な粉飾を付け加えたからだろうと思います。

タッタの話は、いろいろなことを考えさせてくれます。
人が成長するとは自然の存在であることを捨てることなのか。
天真爛漫で天使のような無垢の子どもが、なぜ小賢しい大人になっていかねばいけないのか。
人の一生とは、「解脱」とは全く逆のベクトルをもっているのではないか。

時評編で昨日書きましたが、今、エレン・ケイの「児童の世紀」を読み出しました。
解脱のヒント、社会変革のヒントは、「子ども」にあるのかもしれません。

挽歌のつもりが、なんだか違う方向の内容になってしまいました。
まあ節子は許してくれるでしょう。

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2010/02/15

■競争したら負けるから競争はしないんです

また「あったかい話」に戻ります。
なにしろ「寒い毎日」ですから。

小宮山さんから、テレビの「夢の扉」でコミーが放映されるよ、という連絡がありました。
コミーの社長の小宮山さんはよくテレビに出るので、もういいかと思っていましたが、今度は自信作がまた登場するからというのです。
今度の話題は絶対に割れないミラーでした。
でもそれが今日の「あったかい話」のテーマではありません。

「競争したら負けるから競争はしないんです」
小宮山さんがいつもいう言葉が、今回も語られていました。
何回聞いても「いい言葉」です。
競争は負ける人がいるから嫌だというのではありません。
競争すると私は負けるんですよ、という小宮山さんが私は好きなのです。
最初から勝とうとなどは思っていない。
だから小宮山さんには競争がないのです。

企業の経営幹部の人たちと話していて、「愛」や「支援」がテーマになることが増えてきていますが、競争からは抜けられません。
競走はいいですが、競争はなくてもいいように思うのですが。
でもそういう私自身が企業の人を相手にすると、「競争戦略」と「成長戦略」が大事だなどとついつい言ってしまっているのです。
困ったものですが、現に企業を経営し、毎年きちんと利益をあげている小宮山さんには競争など眼中にないのです。
見事というしかありません。

競争しなくても、会社のみんなも、お客様も、みんな幸せになれる会社。
小宮山さんの生き方を学ばなければいけません。

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■節子への挽歌897:無明住地煩悩から住地解脱へ

勝鬘経に、「一切の煩悩は、皆無明住地を因とし、無明住地を縁とす」とあります。
住地とは、ある特定の対象に心を止めることです。
心を止める結果、それに束縛されて心身は自由を失います。
そのため、生きている世界が見えなくなってしまう。
つまり、そこから煩悩が始まります。
無明とは「明になし」、つまり迷いです。

江戸初期の沢庵禅師が武道の極意を語るのに、この言葉をつかったようです。
刀で立ち向かうとき、相手の切太刀見て、それに合わそうとすると、肝心の自分の太刀裁きができなくなってしまい、結局は相手に主導権を取られてしまうということです。
相手の動きに対応しようとすれば、決して主導権はとれません。

特定の「一事」にこだわらずに生きる。
これが私の目指す生き方の一つです。
それはとても難しいことで、なかなか実現できませんが、できるだけそうありたいと考えています。
そのために専門性もなければ、成果もあがらないというわけですが、自分としてはまあそれなりに納得できる生き方です。

ところが先日、改めてこの言葉に出会いました。
私にとっては全く別の次元だと思っていたのですが、私もまた「節子」に心を止めすぎて、世界が見えなくなっているのではないか、と思い出したのです。
結論を先に申し上げれば、決してそんなことはないのですが、無明住地煩悩とどこが違うのかを、自分なりに納得しておきたいと思い出したのです。

華厳経にインドラの網という話があります。
インドラの網とは「場所的にも時間的にも遍在する、互いに照応しあう網の目」のことで、現代風にいえば、ホロニックな世界観です。
それらを組み合わせると、こういう言い方ができます。
ある特定の対象に焦点を合わせると、そこから世界が見えてくる。

ここで重要なのは、「心を止める」のではなく「心を対象に入れ込む」ことです。
「入れ込む」ことの難しさは、私はこれまでも何回か失敗的に体験しています。
しかし、もしかしたら、今回は成功しそうな気もしています。
「節子」に心を入れ込んで、無明煩悩から抜け出ることができそうな、そんな気が最近しだしています。
まさに「住地解脱」です。

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■「児童の世紀」

友人が、いま私が取り組んでいることに関連して、エレン・ケイの「児童の世紀」を読むといいと本を貸してくれました。
これもシンクロニシティなのですが、つい最近読んだ本田和子さんの「それでも子どもは減っていく」(ちくま新書)の中の次の文章が記憶に残っていました。

スウェーデンの女流思想家エレン・ケイが「児童の世紀」と称えたこの世紀は、未来志向的な明るい光に照らされて、子どもが輝いて見えた時代だったのである。

お恥ずかしい話ですが、私自身はエレン・ケイを知りませんでした。
ただ20世紀は「子どもが輝いていた時代」として始まったのだということが印象的で、その原典を読んでみようと思っていたのです。

その人から「エレン・ケイって知ってますか」と訊かれた時に、すぐに思い出せなかったのですが、お借りした「児童の世紀」を読み出して、「なんだ、この本を読もうとしていたんじゃないか」と気がついたわけです。
私の記憶力や思考力もかなり危うくなってきているようです。

ところで、「児童の世紀」の冒頭に、訳者の小野田信さんが本書の解題をしているのですが、そこにこんな文章がありました。

「工業化の進むに従って、児童からの労働搾取が、ますます激しくなっていった。働く青少年の躾は全く顧みられず、彼らは若さを失っていじけた大人のように振舞うようになった。」

この文章を読んで、すぐ思いついたのが、次の言い換えです。

「市場化の進むに従って、児童からの時間搾取が、ますます激しくなっていった。顧客になった青少年の躾は全く顧みられず、彼らは若さを失って飼い慣らされた大人のように振舞うようになった。」

20世紀は「児童」に光をあてることにより始まったようですが、21世紀は「児童」をどう扱おうとしているのでしょうか。
19世紀と同じように、「児童」を食いものにしている人が少なくないように思います。
食いものにされた児童が大きくなったら、高齢者を食いものにすることは目に見えています。

子どもをどう捉えるか。
少子化論議よりも、そのことのほうが喫緊の問題のような気がします。

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2010/02/14

■節子への挽歌896:「アタラクシア」

先日、スピノザのことを書きましたが、スピノザの哲学は「喜びの哲学」です。
彼のメッセージは、決してストイックではなく、むしろエピキュリアンを感じさせます。

エピキュリアンは、時に「快楽主義者」と訳されるために誤解されがちですが、エピキュリアンにとっての「快楽」は「心の平穏」です。
魂(心)の平穏を意味する「アタラクシア」こそが、エピキュリアンの目標でした。
元祖エピキュリアンの、古代アテネのエピキュロスは、感覚による瞬間的な快楽は後に苦をもたらす。真の快楽とは苦痛をもたらさない状態であり、魂の安らぎ(アタラクシア)がそれである、としたのです。

彼らにとっての最大の敵は「死」だったといいます。
「死」は、不安を与え、心を乱すものだったのです。
エピキュロスも、その例外ではなかったようです。
そこで彼は、「万物が原子で構成されている以上、死もその分解過程にすぎない」というという原子論的自然観を受け容れることで、死への不安を克服したといいます。

心がかき乱されることなく、穏やかさを保持するためには、どうしたらいいでしょうか。
世事から遠のくのがいいかもしれません。
事実、エピキュロスは、隠れて生きることを志向したようです。
つまり、ストア派以上にストイックな生活をしたわけです。

竹宮惠子さんのSF漫画に『地球へ…』という作品があります。
物語は1000年以上未来の惑星アタラクシアから始まります。
この作品では、「アタラクシア」はかつての地球の植民惑星の名前です。
『地球へ…』を読んだのは、もう30年近く前のことです。
女性漫画家のスペースSFの時空間感覚は男性作家のそれとは違い、極めて想像的です。
それが私には魅力的でした。
もっとも私が読めたのは竹宮さんと萩尾さんの作品だけでしたが。
私が「アタラクシア」という言葉を知ったのは、その作品でした。

アタラクシアでは、人の人生はコンピュータによって完全に管理されています。
つまり主体性のない家畜のような人生です。
そこにあるのは間違いなくアタラクシア、つまり「心の平穏」です。
その状況を脱するべく、一人の若者がたちあがります。
後はよくあるストーリーです。

立ち上がった若者には「心の平穏」はあるでしょうか。
『地球へ…』は、アタラクシアからテラに向かう物語なのです。
いいかえれば、「心の平穏」から「生きる喜び」へ、です。

節子を見送って以来、私はそのいずれをも目指せずにいます。
アタラクシアとテラの間に、何かがあるような気がしてはいるのですが。

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■「お互い様応援団基金」

独り暮らしの友人が病気になってしまいました。
何か出来ることはないかと考えたのですが、考えがまとまりません。
悩んでいるうちに、その人の友人からメールが来ました。
みんなでその人を応援するために「○○さん応援団基金」を創りたいというのです。
とても心があったかくなりました。
みんなで少しずつお金を出し合えば、その人の医療費や生活費の不足分を補えるかもしれないということもありますが、それ以上にその人には「安心感」を与えるのではないかと思ったからです。
その人の性格から考えると、そうした資金的な支援は好まないかもしれませんが、この応援団基金は、むしろ「みんなが応援しているよ」というお守りのようなものになるでしょう。
そう思って、私も参加させてもらいました。

その基金のメールをもらう前に、私は全く別の理由で、基金を創ろうかと思っていました。
数十万の金額で動きづらくなっている人たちが私の周りにいます。
私も以前はそういうこともありました。
数十万円のお金を融通しあうような、自分たちの基金を創って、いざと言う時にお互いに使い合える仕組みが作れないかと思ったのです。
20人が毎月1万円ずつ積み立てれば、5か月で100万円たまります。
その100万円を短期の資金繰りに困った人が使えるようにしたらどうだろうという話です。
しかしいろいろと考えましたが、あまり現実的な効用が生み出せません。
それでストップしていたのです。

「○○さん応援団基金」をヒントに、「お互い様応援団基金」が創れないかと思い始めています。
お金に余裕がある人が基金に寄付し、それを効果的に使える人が効果的に借用し、うまくいけば利子までつけて返却する仕組みです。
でもこれもあまり現実的ではありません。

そこで決めました。
4月から私が少しがんばってお金をもらえる仕事をして、100万円ためて、そうした基金をスタートさせようと思います。
その基礎はすでにあるのです。CWS基金です。
ミスター DAX という人から寄付までもらっているのです。
CWSコモンズ村という仕組みもあります。
そうしたものも含めて再考しようと思います。

お金もうまく活かせば、きっと役に立てるのでしょう。
今年はそれを少し目指してみようと思います。

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2010/02/13

■節子への挽歌895:伴侶がいなくなることの戸惑い

湯島のオフィスはいま、「自殺のない社会づくりネットワーク」の事務局になっています。
そのため、時々、知らない人から電話がかかってきます。
先日、電話に出た途端に押し殺すような女性の声が耳に入ってきました。
搾り出すような声で、同じ状況の人と話したい、というのです。
自死遺族の会のことをお伝えしました。
その方は電話されたでしょうか。
いつもこうした電話を受けた後は心が残ります。
いっそ、ここで相談対応をしたいという気にもなりますが、その自信はありません。
電話してくる人の気持ちが痛いほどよくわかり、引き込まれそうになりますから、相談者にはたぶん向いていないでしょう。

節子
伴侶を失うことの辛さは、その原因によらず、たぶん歩き方がわからなくなることです。
彼岸と此岸の違いはあっても、節子もそうだったかもしれません。
逝った者と逝かれた者とは、つねに相似的な関係ですから。

原因が何であろうと、またたとえ離婚などで相手が元気であろうと、伴侶との別れの辛さは変わらないのではないかという気がします。
但し、名実共に伴侶になっていた場合のことですが。

原因の所在がどちらにあろうと、意味を持っているのは「伴侶がいなくなった」という、その一事だけだからです。
しかし原因が「自殺」の場合は、突然すぎるために、歩けないどころが「じっとしていられなくなる」のかもしれません。
数人からの電話しか受けていませんが、そんな気がします。
にもかかわらず、最初の一声を聞いただけで、何か通ずるものを感じるのは不思議です。
時間がたつと余裕ができてくるためか、自分をカバーできますが、その直後は素直な反応がそのまま出てしまいます。
だから、声の表情の後ろが感じられるのです。
人の脆さ、人の哀しさ、人の優しさ。
それはたぶん体験した者のみが、改めて覚醒させられる、人間の本質かもしれません。
その心身が維持できる社会であれば、みんなどんなに幸せに過ごせることでしょうか。
それこそが、まさにユートピア。

そうした電話のたびに、私の心身は震えます。

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■みんなを幸せにするお金

福岡のハーモニカのストリートパフォーマー、西川さんの話は以前、書いたかもしれません。
その生き方に私はいろいろと教えられています。
西川さんから来るメールは、いつも「うれしい話」で、元気がもらえます。
実名を出してしまったので、あまり詳しくは書けなくなってしまいましたが、その片鱗は西川さんのブログ(たとえば「素敵なプレゼント」)を読むと少し味わえるかもしれません。

ここでは以前からお聞きしていた、実にうらやましい話を一つだけご紹介します。

西川さんは毎年ある会の総会で、ハーモニカ演奏をしています。
その会のメンバーは、西川さんの演奏を心待ちし、その価値を高く評価しています。
ですからそのギャラはとても高いのです。
多額のギャラを払っても西川さんの演奏をぜひ聞きたいということで、会の財政が傾くくらいのギャラを払うのです。
西川さんはとてもうれしいでしょう。

ところが話はそれで終わりません。
西川さんは、その会の活動に共感しています。
それで、いただいた多額のギャラをいつも全額その会に寄付するのです。
そのおかげで、その会の財政は傾くことなく、健全性を維持できるのです。

西川さんは、
「金の論理」を超えていくための、私たちの小さな試みの一つです。
と言っています。
とてもあったかいお話です。
こういうお金は、みんなを幸せにします。
お金はこうであってほしいです。
お金まで味方にしてしまう。
まさに西川さんらしい、しなやかでしたたかな生き方です。

ちなみに、西川さんはさまざまな問題も抱えています。
幸せな人はみんなそれぞれに「さまざまな問題」をかかえているものです。
私も、それなりに「幸せな人」ですが、「問題」はそれなりに抱えています。
神様はとても「公平」だと私はいつも感心しています。
でも、問題を抱えていればこそ、「豊か」で「幸せ」になれるのかもしれません。

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2010/02/12

■節子への挽歌894:「死」が表情を持ち出した

節子
こちらはとても寒いです。
昨日は和室でコタツに入っていても、手がかじかむ感じでした。
父の命日だったので、お墓参りにいくつもりでしたが、あまりの寒さにやめました。
まあ薄情な息子です。
節子がいたら間違いなく行ったでしょうが、一人だとどうも怠惰さに負けてしまいます。

父の葬儀の日もとても寒い日でした。
父が亡くなったのは、昭和62年の2月11日。
13年前の今日が通夜でした。
とてもとても寒い日でした。

私たちは途中からの同居でしたが、節子は私の両親にとてもよくしてくれました。
実の息子の私よりも、両親は節子を信頼していたでしょうし、心安かったでしょう。
私はあまり良い息子ではありませんでした。
私の娘たちにもそう見えていたようです。
しかし私にとっては、自分よりも妻が両親に好かれていることはとてもうれしいことでした。

父を見送った時、私はどんな思いだったか、今では全く思い出せません。
高齢者の「死」に対しては、どちらかというと素直に受け入れられるタイプでした。
人は生まれ、生を営み、死んでいく。
そうした自然の流れに自らも身を任せていましたし、死に対する拒否感はありませんでした。
薄情なのかもしれませんが、今も心のどこかにそうした「冷淡さ」があるような気がします。
自己弁護的に少し良くいえば、「大きな生命」を感じているので、個々の死にはさほどの意味を感じていなかったのです。

しかし、父の死は私にいろんなことを教えてくれました。
人はつながりの中で生きていることを改めて実感したのも、そのひとつでした。
またこの頃から、私の節子への傾倒は強まったような気がします。
そしてその1年後に会社を辞める決意を固めました。

そうした私の「死」に対する感覚を変えたのは、身勝手なのですが、節子との別れです。
「死」と「別れ」は違うものかもしれませんが、節子を見送ってから、「死」の感じ方も変わったように思います。
「死」が表情を持ち出したと言ってもいいかもしれません。

節子は私の両親と何を話しているでしょうか。
まあだいたい想像はできますが。

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■「金の切れ目が縁の始まり」

時評ではいつもかなり「怒り」の内容が多いのですが、私の生活にはむしろ「怒り」よりも「うれしさ」が多いのです。
今年はそうした「あったかい話」を書こうと年初に予告しましたが、それが実現できていません。
しばらくそうした話を書こうと思います。

先ずはこの数日に起こった話です。
3月に大阪で小さな集まりをやりたいと思いつきました。
しかし大阪で会場を取るのが難しい。
そこで関西の友人たちに会場を紹介してくれないかとメールを出しました。
そうしたら早速2人の友人から連絡がありました。
自分が関わっている施設を無償で貸してくれるというのです。
やるかどうか、ちょっと迷っていたのですが、決断ができました。

いずれも、コムケア活動の仲間です。
おそれぞれお会いしたのはもうだいぶ前ですし、お会いしたのも一度か二度です。
その後もネットではつながっていましたが、こんなに速く会場提供をしてくださるとは思ってもいませんでした。

コムケア活動にはいくつかの理念があります。
そのひとつが、「金の切れ目が縁の始まり」です。
コムケア活動は最初、NPOに対する資金助成プログラムから始まりました。
住友生命が資金を提供してくれました。
単なる資金助成活動には、私自身大きな違和感がありましたので、資金助成はあくまでも「入り口」とし、それに応募してくれた人たちとの「つながり」を育てることを考えました。
それで、応募した人たちの交流や支えあいの支援を行うことにしました。
そのおかげで、今は全国に、ゆるやかなネットワークができています。
今回の会場探しは、そうした仲間からの提供でした。

私は金銭への依存度をできるだけ減らす生き方を目指しています。
ですから「物々交換」や「事々交換」を大事にしています。
そうはいっても首都圏での生活はお金がかかります。
しかし、そうしたなかでもお金依存を減らしていくことは可能です。
そうした生き方を目指していると、お金以上に大きな「ごほうび」があることに気づきます。
今回の会場提供にしても、お金が節約できたという話ではありません。
お互いに「支えあい」ができる「うれしさ」を共有できたという話です。
とっても気持ちがあったかくなるのです。
こういうことが毎日のようにあります。
ですから私の生活は「怒り」よりも「うれしさ」が多いのです。

ちなみに、私も東京の湯島に10数人なら集まれる場所があります。
東京で小さな集会をしたい人がいたら、可能な範囲で開放したいと思っています。
気楽に声を掛けてください。


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2010/02/11

■若い世代への期待

石川議員が民主党から離党しました。
その会見の模様をテレビで見ました。
とてもさわやかな顔をしていました。
私は、石川議員は離党も辞職もする必要はないし、してほしくないと思っていたので残念ですが、石川さんにとってはきっと一番良い決断なのだろうと思います。

会見で、石川さんは「これからも地域や国のために尽くしたい」と言っていました。
その言葉は石川さんの本音でしょう。
大人と違って、若者はこの種の発言では嘘は言いません。

実は、昨日、別の若者から同じ言葉を聞いたところでした。
「支えあいサロン」をやったのですが、そこで仕事の目的のような話になりました。
それを受けて、ある若者が「国のためかなあ」といいました。

(修正)
コメントにあるように、私の記憶違いでした。
正確には「日本のため」でした。
すみません。

私を含めて「大人たち」は、「よく考えていくと必ず具体的な誰かがいるはずだ」と言いました。
しかし彼は最後まで意見を変えませんでした。
そのやりとりで、むかし、同じことを聞いたことを思い出しました。
調べて見たら、正確には「日本のために働く」でした。

私は、国のためとか社会のためとかというのが嫌いです。
というか、理解できないのです。
私の生き方は、つねに「誰かのため」でした。
人生も、仕事も、活動も、すべてそうです。
そこには必ず具体的な個人がいます。
このブログでも、「みなさんは誰のために生きていますか」という問いかけをしたこともあります。

しかし、昨日、今日と「国のため」という言葉を聞いて、もしかしたら若者たちのほうにこそ、真実があるのではないかという気がしてきました。
真実を見抜く目は子どもにありますが、もしそうであれば、社会で「汚染」された大人よりも、若者の方がずっと真理に近いはずです。
大人たちは自らのためを生き、若者は社会のためを生きる。
そういっていいのかもしれません。
まことに、子どもや若者は「社会の宝」です。

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■節子への挽歌893:黄泉と常世

昨日の続きです。
彼岸の節子が私の中に入ってきたために、夜が明るく感じられると書きました。

彼岸は日本では「黄泉(ヨミ)の国」といわれていました。
古事記には黄泉の国のことが出てきますが、あまりイメージはよくありません。
しかし、「ヨミ」とは「ユメ」、つまり「夢」のことだという説もあります。
死が「夢の世界への移住」だと考えると、なんだかとても安堵できるかもしれません。
もっとも私の見る夢は、サスペンスやSFものが多いので、夢の中で安堵出来ることは少ないような気もしないでもありませんが。
私の夢は不思議な夢が多いのです。
彼岸に向かう列車の駅の夢も時々見ます。
それが実にライブなので、目覚めた時にその駅名が実際にないかどうか、ネットで調べたことさえあります。
銀河鉄道に乗ったこともあります。

「ヨミ」は「ヤミ(闇)」からきたのだという説もあります。
そうなると夜は彼岸への入り口です。
感じとれる人には、彼岸からの導きの光が感じられるかもしれません

「ヨミ」は「ヨモ」(四方)からきたという説もあるようです。
生活圏外を表わすという解釈だそうです。

彼岸につながる言葉には、もう一つ「常世(とこよ)」があります。
概念的には、このほうが彼岸に重なります。
常世は、永久に変わらない世界であり、そこには因果律も時間軸もないとされます。
移ろいやすい「現世」に対峙する世界です。
「常世」は「常夜」とも表記されます。
夜の状態でしかない世界であり、そこから、「常世」は死者の国や黄泉の国とも同一視されるわけですが、折口信夫は、「常世」こそ海の彼方、または海中にあるとされる理想郷だとしました。
それらは別に食い違っているわけでもなく、彼岸を理想郷と考え、夜(暗闇)を心の平安を与えるものと考えればいいだけの話です。

しかし私たち、現世を生きるものには「闇の光」を体感できないためか、「夜」の「闇」は不安を与えるものです。
なぜそうなのか、それを考えていくと、生と死に秘められた謎の一端が見えてくるような気がします。

この挽歌も、なんだか小難しくなってきていますが、彼岸が垣間見えたような気がしている私にはいささか書きたい気分のテーマではあるのです。
でも今回は、こんなところでやめておきます。

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2010/02/10

■ニュースにおける事実と解説

政治関係のテレビのニュースを見ていて、いつも感ずるのですが、あきらかに「事実」ではないものの報道が多すぎます。
「・・・と思われる」「・・・という意見がある」「・・・とみられる」というような表現が多いということです。
それが誰の意見かはわかりませんが、ニュースを見ている人は「事実」だと受け止めやすいです。

「事実の映像」だけを使っても、まったく正反対の表現ができることはよく言われることです。
どの場面を、どの順番で放映するかで、視聴者へのメッセージは大きく変えられます。
その段階ですでに「事実」というものが危うくなってきますが、それに輪をかけて、編集者の憶測をいれてしまうのが報道です。

最近はニュース以外の報道番組が増えていますが、せめてニュースではできるだけ「事実」にこだわって、勝手な憶測解釈は入れないで欲しいと思います。
最近のニュースには、憶測が増えてきているのが気になります。
私たちの、ニュース報道を読み解く姿勢が求められているように思います。

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■節子への挽歌892:「夜がこんなに暗いとは」

「愛」と映画の話になると、いくらでも書けますが、次第に話題が節子から遠のいてしまいそうです。
でも私にはすべてがつながっています。
今日は「アラモ」です。
ジョン・ウェイン監督・主演の大駄作の西部劇大作ですが、3か所だけ私の好きな場面があります。
一つは前に書きましたが、アラモの指揮をとるトラヴィスがサンタアナ軍に宣戦布告する場面です。
もっと感動的なのが、アラモの陥落が時間の問題になり、義勇軍たちはアラモから出て戦おうということになるのですが、そのことを一番主張していたジム・ボウイが残って戦うというトラヴィスに同調する場面です。
言葉では書けませんが、ここは何回観てもあきません。
実に感動的で、この場面を見るために私は何回か映画館に足を運んだほどです。

残りの一つは「見せ場」ではないのですが、最初観た時から心に残った場面です。
ジム・ボウイが妻の死を知らせる手紙を受け取った後の、クロケット、そしてトラヴィスとのやりとりです。

「夜がこんなに暗いとは」
ジム・ボウイの言葉です。
なぜか学生の頃、この映画を観て以来、この言葉だけははっきりと覚えています。
もちろんその意味など、わかろうはずもありません。
ただただ心に残ったのです。

ところで、私の場合です。
節子がいなくなってから、夜が明るいのです。
前にも書きましたが、夜が不思議に明るく感ずるのです。
節子のせいだと思わざるを得ないほど明るいのです。
但し自宅にいるときだけです。
夜道ではそう感じたことはないのですが、自宅では夜もなぜか明るく感じます。
彼岸の節子が私の中に入ってきたために、夜の帳(とばり)が閉じなくなったのではないかというのが、私の受け止め方です。

この続きは長くなりそうなので、明日また書くことにします。

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■もう一つの閑話休題:小市民のいじましい生活ぶり

昨日はいささか品のない閑話休題を書いたので、もう一つの閑話休題を書きます。
小市民的な話で、そんな暮らしをしている人間に、偉そうなことをいわれたくないと思われそうですが、事実は隠せませんから。

先日、テレビで森永卓郎さんが、カードをうまく使うかどうかで、経済的には大きな違いが出ると話していました。
森永さんの無邪気な笑顔が私はとても好きなのです。
それに、300万円生活を提唱しているらしいので(私の勘違いかもしれません)、私と同じ世界の人のように感ずるのです。
だとした、彼の生活術は学ばなければいけません。
テレビの前に座ってしっかりと見ていたのですが、要はたくさんカードを使い、それを二重三重に重ねて使うと良いのだそうです。
私にはやはり無理かなと思いましたが、とりあえず、あるスーパーのカードを申し込みました。
遅ればせながら、これからは私もカード生活者です。
これまでは、スイカしか使いこなしていなかったのですが。
そのスイカにしても工夫するといろいろメリットがあるというのです。
この時代は、いろんなことを知っているかどうかで経済的にはだいぶ違うようです。
それって、あまりフェアな社会ではないと思いますが、そういう話を聞くと、ついつい自分も得をしたくなるのが、私のいやしいところですね。

ところで、スーパーのカードをネットで申し込むと何かのポイントがもらえるのだそうです。
今日は自宅で仕事をしていたのですが、その合間にネットで少しそのあたりのことを調べてみました、
森永さんは言いませんでしたが、実にいろいろとあります。
朝日新聞の購読をネットで申し込むとANAのマイルがもらえるようです。
それでついつい申し込んでしまいました。
ところがそれは新規購読者だけだというのです。
わが家はずっと朝日新聞を購読していますので、そのサービスの該当にならないと配達所から電話がかかってきました。
それでついつい、それでは朝日新聞を一時購読中止にします、と答えてしまいました。
欲に目がくらむとはこのことです。
そんなわけで来月からわが家は朝日新聞から違うものになります。
ところが他の新聞にはあまりメリットはないのです。
いまさら朝日新聞のお店に配達は頼めません。

そうこうしていたらドアフォンが鳴り、出てみたらマーケティング会社の郵送アンケートに協力してくれないかという人が来ていました。
是非といわれましたが、朝日新聞のこともありましたのでお断りしました。
しかし、1回答えると1000円の図書カードがもらえるのだそうです。
ちょっと残念なことをしました。
その代わりに、ネットのアンケートをすることにしました。
いろいろやって10ポイントほど獲得しました。
これは10円相当なのでしょうか。
ネットのくじもやってみました、
3つやったら一つがアタリでした。
喜んだのですが、もらえたのはわずか1ポイント。

楽をして生きていくのは、やはり大変です。
しかし、1円単位で生活を考えるのは、それなりにわかりやすくていいものです。
みなさんもやってみませんか。
そんな暇はないでしょうね。
すみません。

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2010/02/09

■村木厚子さんの反省

小沢事件での東京特捜部の「犯罪」と同じような事件は、繰り返し繰り返し行われているようです。
しかしみんな当事者にならなければ、それに気づきません。

障害者団体向け郵便制度悪用事件に絡み、逮捕された厚生労働省の村木厚子さんの事例はどうでしょうか。
あまりテレビでは取り上げられませんが、これもまた大阪地検特捜部の「犯罪」ではないかという声が少なくありません。
たとえば、市民メディアのJanJan newsの記事を読んでください。
私もあまり知らなかったのですが(なにしろ被疑者が厚生労働省の官僚だったので、興味を持ちませんでした)、あるメーリングリストで現状を知りました。
それからいろいろと調べてみました。
実に疑わしい話です。
被疑者が、でなくて、検察が、です。

私が関心を持ったのは、保釈された村木さんが1月22日に行った記者会見での次の言葉です。

「今までは、誰かが逮捕されたというニュースを見聞きすると『悪い人が捕まった』と感じていたが、今ではすべての『逮捕というニュース』を、これは間違いではないか、大丈夫か、と気に掛けるようになった」

詳しくは次のサイトを見てください。
プロップステーションの竹中ナミさんのブログです。
関連情報が集められています。

ちなみに、上記の言葉を紹介している記者は、「起訴された人=悪人」という決め付けがなくなるように願うと書いていますが、小沢事件に関しては、国民の9割近くが、見事にこの構図にはまっているわけです。
そんな国民に民主主義を語る資格はありません。
国民みんなが起訴されないと、この状況からは抜け出せないのでしょうか。

この事件の大阪地裁での公判傍聴記は、「村木厚子さんの裁判を見守り支援する部屋」のサイトで順次報告されています。

こうした事件は、氷山の一角でしかありません。
日本の検察の実態を、私たちはもっときちんと知るべきです。
そしてそれに迎合しているマスコミの現状も。
自分が罠にかけられてからでは遅いのです。

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■(閑話休題)報道ファッショ

いつも以上に暴言なので、それに冗長なので、よほど暇な人だけ読んでください。
最近の「報道ステーション」を見ていると、完全に大政翼賛会的報道に切り替わったように思います。
昨年までは、私にはそれなりの批判精神を持っていたように思いましたが、いまはもう基軸のない単なる宣伝機関に堕してしまった感があります。
やはり企業などからお金を出してもらっていることの限界なのでしょうか。

ではNHKはどうか。
私のホームページに毎月投稿してくれている武田さんから最近よく電話があります。
武田さんは最近のNHKの解説委員の発言に怒りを感じているのです。
武田さんとNHKのやりとりは先月掲載しましたが、その続編を載せました
もし時間があればお読みください。

私は、武田さんと違って、NHKは「国民の放送局」ではなく「国家の宣伝機関」と考えています。
ですから武田さんの議論は、サルに喧嘩を売っているような話に感じます。
あまり良いたとえではありませんが、相手を間違っているということです。

NHKは「御用情報局」ですから、ある権力の意向を斟酌して偏った世論を作るのがミッションなのです。
100年近く前に、国民を戦争に駆り立てたのはまさにそうした御用情報局でした。
まあそのことをみんな忘れてしまっている国民の寛容さは驚くほどです。
政治を良くしようと考えていた小沢さんと鳩山さんの政府は、無知蒙昧な世論によって壊されようとしています。
まあみんなでまた破局に向かうのも良いでしょう。
まさにアメリカ資本の望むところでしょう。

ここまで書いてしまうと、さらに書きたくなりました。

「御用情報局」と書きましたが、そもそもすべての存在は「御用的な」存在なのかもしれません。
学者の主流はすべて「御用学者」です。
大学は、詰まるところ「御用学者の宣伝機関」でしかありません。
国民を洗脳するのが彼らの役割です。
豊かに、幸せに暮らしていた人々を、働き蜂に育てるためにこそ近代の学校はつくられました。
寺小屋や私塾のような「学びの場」とは流れを異にしています。

学者が好む統計はもちろん「管理」のための手段です。
統計の原語は“statistics”ですが、これは “state”(国家) の“ist”(信奉する人)の “ics”(学)というわけです。
つまり国家体制を実現するための「御用学問」として出発しています。
そこから派生したのが、経済学、さらには経営学です。
彼らは生まれついての御用学者なのです。

念のためにいえば、そうしたことが悪いということではありません。
熊本水俣病で事実を隠した清浦某教授などはれっきとした犯罪者だと私は思いますが、彼にしても国家のために、産業発展のためにやったことです。
おそらく主観的には、「私利私欲」など無縁だったでしょう。
そこが恐ろしいところです。
ちなみに、今回の小沢さんの疑惑事件も、もしあったとしても、おそらく同じように、小沢さんにとっては「私利私欲」ではなく、国家のためのことだったと私には思えます。

検察や裁判官は何をやっても先ず罰せられませんし、元検事の堀田力さんが恥じらいもなく表明しているように、彼らには説明責任などは無縁なのです。
彼らは「超法規的」な存在なのですから。
報道機関も同じようなものです。
不正な報道はもちろん罰せられますが、いちど報道されてしまえば、それが事実であろうと事実無根であろうと関係なく、報道効果は実現できます。
ですから、報道機関もまた「超法規的」な存在といっていいでしょう。

石器時代は、豊かで幸せだったという人もいます。
つまり人間よりもサルが幸せだということです。
そのサルに喧嘩を売っては、勝負は目に見えています。

なんだかとんでもない「落ち」に行きつきました。
何しろこの時評は、書きながら考えているものですから。

長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。
また私の評価はきっと落ちてしまったでしょうね。

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■節子への挽歌891:女性は男たちの人生を変えてしまう

一昨日、テレビで映画「トロイ」をやっていました。
最後の10分くらいを観ただけですが、いろいろと思い出しました。

古代史劇を私が好きになったのは、高校生のころ観た「トロイのヘレン」でした。
そのリメイクが制作されたというので、私としてはめずらしく一人で映画館に観に行きました。
その前に節子を「ロード オブ リング」などのCG作品に誘ったため、もともとあまり映画が好きでなかった節子の映画嫌いは決定的になってしまい、その種の映画には付き合いたくないといわれていたのです。
たしかにCGが入りだしてからの映画は、私にも退屈になってしまいました。
「トロイ」はホメロスの「イリアス」を下敷きにした作品ですが、陳腐な筋書きになってしまっていました。

節子とのトルコ旅行でトロイ遺跡に行きました。
私のイメージとは全く違っていましたし、不思議なことにあまり「気」を感じられませんでした。
遺跡に立つと、いつもはそこから声が聞こえてくるのですが、一切聞こえてきませんでした。
それに、私の想像していたトロイ遺跡に比べて、あまりに狭かったのです。
シュリーマンを疑いたくなるほどでした。
トロイに限れば、楽しんでいたのはむしろ節子でした。

まあそれはともかく、トロイ戦争もまた「愛の物語」です。
時はいまから3000年以上前の地中海。
当時の覇者はトロイでした。
そこに挑んだのがギリシアです。
そしてこのトロイ戦争を機に、地中海はギリシアの世界になっていくわけです。
ここまでは「史実」ですが、ホメロスの「イリアス」はそれを愛の物語にするのです。
「イリアス」によれば、トロイ戦争の直接の引き金はトロイの王子パリスとスパルタの王妃へレンが愛し合ってしまうことです。
しかし、その背後には神々の愛の争いが描かれています。
人の世界だけではなく、神の世界もまた、愛によって動いているのです。

節子はヘレンのような美女ではありませんでしたが、私にとってのヘレンでした。
パリスがそうであったように、私は節子に出会って人生が決まりました。
それは、やはりパリスの場合がそうであったように、神々によって定められていたのでしょか。
女性は男たちの人生を変えてしまうために神様がこの世に送った存在かもしれません。
節子は、その存在によって、そしてまた、その不在によって、私の人生を大きく変えてしまいました。
男とは、所詮は女性の付随物なのかもしれません。

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2010/02/08

■情報社会では「思考」は必要か

各新聞社による内閣支持率が出ました。
この数字を見ていると、各紙の報道姿勢がわかるような気がします。

ところで、元検事の郷原信郎さんが、日経ビジネスオンラインで2月2日から2回にわたって、「検察の「暴発」はあるのか」を書いています。
この問題に関心のある方にはぜひお読みいただきたいと思います。
その記事の中で、郷原さんは自著『検察の正義』(ちくま新書)の中で述べたことを紹介しています。
私はまだ同書を読んでいませんが、とても共感できることなので、引用させてもらいます。

検察の危機の根本的な原因は、社会的価値判断が不要な一般的刑事事件中心の刑事司法において「正義」を独占してきた検察が、社会が複雑化・多様化し、複雑化・多様化する中で、様々な分野における法令違反行為に対する健全な制裁機能を果たすことを求められているにもかかわらず、組織の閉鎖性、硬直性ゆえに、社会の構造変化に対応できず、大きく立ち後れていることにある。
これはなにも検察だけの話ではありません。
司法界全体にいえることでしょうし、それ以外の分野でも、「組織の閉鎖性、硬直性ゆえに、社会の構造変化に対応できず、大きく立ち後れている」ところはたくさんあります。
個人もそうです。
「組織」を「思考」と置き換えてみましょう。
「思考の閉鎖性、硬直性ゆえに、社会の構造変化に対応できず、大きく立ち後れている」。
まさにそれは私たちの現実を示しているように思います。

検察の今回の行動は、内閣支持率を低下させただけでなく、国の再建に向けての出鼻をくじきました。
マスコミは、明らかにそれに加担しています。
情報社会という時代状況の恐ろしさを感じます。

情報リテラシーなどという言葉が使われていますが、そういう言葉を使う人に限って、大きな価値観がありません。
ただただ情報技術の「使い方」をリテラシーなどという言葉で語っているだけです。
馬鹿とはさみは使いよう、という言葉がありますが、私が感ずる限り、情報リテラシーを語っている人で「馬鹿」でない人にお目にかかったことはありません。
つまり、「情報をつかう」のではなく「情報につかわれている」という意味です。
情報は、人を馬鹿にするのかもしれません。

情報社会にはそもそも「思考」など不要なのかもしれません。
私もたぶんすでに「馬鹿化」しているのでしょう。
悲しい話です。

郷原さんの記事はぜひお読みください。

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■節子への挽歌890:お茶席での失態

節子
昨日、京都で、伝統文化のテーマに取り組んでいる濱崎さんがやってきました。
濱崎さんのことは覚えているでしょうか。

もう10年近く前になりますが、まだ東大大学院の学生だった濱崎さんは、もう一人の友人と一緒に「伝統の知恵ネットワーク」をつくり活動していました。
その活動にささやかに関わらせてもらったのが、濱崎さんとの出会いでした。
その伝統の知恵ネットワークが中心になって、東大の駒場キャンパスで「伝統の知恵を拓く」という公開シンポジウムを開催しました。
そのプログラムの中に、沖縄の西表島の染織家の石垣昭子さんと京菓子「老松」の太田達さんの話し合いがあり、その司会を引き受けたのです。
節子も関心を持っていたので、2人で参加させてもらいました。
駒場キャンパスは私には思い出深いところです。

会場には小さなお茶席と和菓子づくり実演の場がつくられていました。
お茶席はちょっと高い席に作られていました。
つまりみんなの前でお茶を頂戴する仕組みです。
私はお茶の作法は全く知りません、
どちらかといえばむしろ反発を感じていたほどです。
ところが濱崎さんは、私たち2人を最初のお客様に選んだのです。
あまりに勧め方が鮮やかだったのか、断る暇もなく、私たちは壇上でお茶をいただくことになりました。
先ずは私からです。
濱崎さんは作法など気にせずに、ともかく楽しく味わってくださいといいました。
その言葉を「字義通り」受けて、私は個人流に味わってしまいました。
みんなの目線を受けながらです。
その後、濱崎さんが茶さじの説明をしてくれました。
どこにでもある耳掻きのような茶さじでしたので、ついつい手に取ってしまいました。

帰り道で節子に怒られました。
先ずはお茶の器の持ち方がひどかったといわれました。
茶さじをもった時にはひやひやしたと言うのです。
歴史のある高価なものだといわれました。
私には100円ショップで売っているものと変わりはなかったのですが。

まあこうしてお茶席では大きな恥をかいたのですが、その後も濱崎さんは私と付き合ってくれています。
そして節子の闘病中には、たぶん老松の太田さんの作品と思われる、節子が食べられそうな夏菓子を贈ってきてくれました。

節子
濱崎さんはいま、太田さんと一緒に「壮大な」プロジェクトに取り組み出そうとしています。
今度は恥をかかないようにして、私ができることで応援しようと思います。
節子がいたら、もっと心強かったのですが。

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2010/02/07

■節子への挽歌889:「喜びとはより大なる完全性へ移行すること」

「神に酔える無神論者」ともいわれたスピノザは、汎神論者でした。
汎神論と無神論は、結局は同じことです。
そのスピノザの関心は、自己の心身の能力を拡張することでした。
スピノザにとって、「喜びとは人間がより小なる完全性からより大なる完全性へ移行すること」だったそうです。
逆に、人間の身体および精神の状態が限定されることを「悲しみ」と呼び、それを極力避けることを勧めたと言います。

以上は、最近読んだ竹沢尚一著「社会とは何か」(中公新書)からの受け売りです。
「完全性」ということが何を意味するか、この文章からだけだとわかりませんが、汎神論者にとってのそれは、存在そのものを素直に受け入れるはずですから、たぶん、すべての存在に完全性を見出していたはずです。
私はスピノザについてほとんど知識はありませんが、「喜びとは人間がより小なる完全性からより大なる完全性へ移行すること」という考えには、すごく親しみを感じます。

もう一つ、心に響く言葉がありました。
「人間身体は本性を異にするきわめて多くの部分から組織されている」というのです。
この文脈からいえば、「きわめて多くの部分」はまたそれぞれに「完全な存在」でなければいけません。
本書の著者の竹沢さんはこう言います。

スピノザには、個人が一個の身体のなかに閉じ込められているという発想は存在しない。人間の身体にしても精神にしても、多くの異なる個体から構成される一全体であり、それぞれの個体は外部からさまざまな仕方で刺激されつつも、全体として一貫した本性を保つことができるとかれは考えるのである。
そしてこう続けます。
もし人間が周囲の物から切り離されておらず、しかもたがいに影響しあう多くの個体から構成されているとすれば、なおのこと人間は他の人間から切り離されていないであろう。スピノザにとっては、人間が社会を組み立てるのは自然なことであり、しかもそれを通じて、各人はより大なる喜びを実現できるとする。「もし二人の人間が一致して力を合わせるなら、二人はともども、その単独である場合よりも一層多くをなしえ、したがってまたともども一層多くの権利を自然に対して持つ」(スピノザ「エチカ」)。
これはまさに、私の生き方の基本においている考え方です。
なぜ若い頃にズピノザに出会わなかったのでしょうか。
不勉強を反省しなければいけません。

節子がいなくなってからの「悲しさ」の正体がわかったような気がしてきました。
そして、今なぜ生き続けられているかも。

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2010/02/06

■企業はなぜ同じ間違いを繰り返すのか

「プリウス」のブレーキ不具合問題でのトヨタの対応の遅さが問題になっています。
こうした問題は、これまでも何回も起こっています。
危機管理問題として、かなり話題になった時期もありますが、どうもトヨタはそこから何も学んでいなかったのではないかという気がします。
私は1980年代から90年代初めに書けて、企業のコミュニケーション戦略に、企業の内外で少し関わってきましたし、経済広報センターに提案して日本広報学会の立ち上げにも関わりました。
そのころから何が変わったのか、私にはわかりませんが、少なくとも「進化」していないことは確かです。
私が大企業のコミュニケーション戦略に失望して興味を失ったのは1990年代の後半ですが、以来、状況は退化しているように思います。

今回の問題で昨日、トヨタの社長が記者会見しましたが、そこで次のような発言をされました。
「できる限り早く対応できる方法を検討するよう社内に指示している。決まり次第、順次報告する」
がっかりしたというか、驚きました。
トヨタには何人か友人知人がいますが、あまりにもひどい発言だからです。

どこかひどいか。
「検討するように指示」
「決まり次第」
そこには当事者意識と瀬金意識が全く感じられません。
企業がいかに壊れてしまっているかを如実に示しているのです。
社長であれば、こう言うべきでしょう。
「私が中心になって対応策をすぐに検討し、決定次第すぐに発表します」
しかし社長の記者会見のタイミングはあまりに遅かったのです。
おそらく取り巻き連中の慮(おもんばか)りでしょう。
創業者一家への主体的な経営に期待したのは間違いだったようです。

前にも書きましたが、トヨタの業績急変は、おそらく経営戦略参謀の不在の結果ですが、トヨタにはCIO(情報戦略参謀)も不在のようです。
広報戦略の基本が全く守られていないのです。

トヨタにかぎりませんが、大企業の企業文化に関する取り組みも、いろいろとお聞きしていますが、1980年代の取り組みに比べるといかにもお粗末な気がします。
基本はスタッフの不勉強と内部だけでの閉鎖的な取り組みのためではないかと思います。
1980年代にはもっとみんな真剣でした。
日本の大企業の時代は間違いなく終わったように思います。

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■節子への挽歌888:別れのワイン

節子
久しぶりに「刑事コロンボ」をテレビで観ました。
節子とも一緒に観たこともある「別れのワイン」です。
ワインをあまりに愛してしまったワイナリー経営者のエイドリアンの物語です。
エイドリアンを演ずるのは、一度見たら忘れられないドナルド・プリゼンス。
「大脱走」を観て以来、私は彼のファンです。

「別れのワイン」は「愛」がテーマです。
主役のエイドリアンが愛したのはただひとつ、ワインでした。
自分のワイナリーの前で、エイドリアンがこうコロンボに話す場面があります。
「全生涯を通じて、私が真に愛したのはここだけだった」。
皮肉なことに、そこが彼の犯罪を明らかにする場所になってしまうのですが。

ワインに対する異常なほどのエイドリアンの愛情はいたるところに出てきます。
愛したワインは大事にされなければいけないのです。
ワインを大事に扱わないことは、彼には許されないことです。
その彼の愛の強さが、コロンボにも伝わりますが、同時にそれが彼の犯罪を立証することになるのです。

ワインへの愛に比べたら、人の愛などエイドリアンにはわずらわしいだけです。
自分の犯罪を見抜いたコロンボに彼はこう言うのです。
「刑務所は結婚よりも自由かもしれない」
彼の犯罪を知った秘書が、エイドリアンを守るための嘘を言い、代わりに彼に結婚を求めたのです。
私なら刑務所よりも結婚を選びますが、エイドリアンが愛したのは美人の秘書ではなくワインだったのです。

犯罪に絡んで、エイドリアンはワイナリーの空調を2日だけ切ってしまいます。
不幸にもその間、とても暑い日があり、彼の大事なワインは無残にも暑気にさらされます。
それによって味が変わったとしても、それに気づく人はいないでしょう。
しかしワインをこよなく愛するエイドリアンには、その味の変化が許せません。
それに気づいたエイドリアンは、愛するワインを海に捨てに行きます。
愛するものとの別れの辛さ。
しかし愛するものがいない世界では、どこにいても同じなのかもしれません・

「別れのワイン」のストーリーは退屈ですが、エイドリアンとコロンボの会話がとても心に響きます。
最後のやりとりは、何回観てもあきません。
ワインについて勉強したコロンボにエイドリアンがいいます。
「よく勉強されましたな」
それを受けて、コロンボはいうのです。
「ありがとう。何よりもうれしいおほめのことばです」
そして2人は車の中で、コロンボが用意した「別れのワイン」を飲むのです。

愛はいつも別れと同席している。
そのことを、この映画は教えてくれるのです。

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2010/02/05

■起訴された時点で議員辞職するということの意味

石川議員の件で、自民党の大島幹事長は「自民党なら起訴の時点で(辞職)やむなしとなる」と記者団に述べたといいます。
これまでなら何となく読み流していたのですが、最近、私自身の感度がいささか過剰に作動しているせいか、この発言が気になりました。
検察に起訴されたら議員辞職。
これって少しおかしいような気がします。
それでは、国王ならぬ、検察に隷属した存在のような気がします。
自民党はそうした政党だったのだと改めて気づいた次第です。

国会議員は選挙という仕組みを通して、国民が選びました。
検察を担う検事は一つの職業でしかありません。
検事という仕事には社会性はありますが、実際にその使命を果たす個人としての検事は、国民が選んだ存在ではありません。
これまでもおかしな事件を起こした検事は決して少なくありません。
その偶然選ばれた存在でしかない検事が、取り立てて公開されているわけでもないプロセスを通して、国民が実際に汗をかいて選んだ議員を起訴したら、その罪の軽重にさえ関係なく、しかも裁判を受ける前に辞職するという論理は、どう考えてもおかしいでしょう。
それでは裁判などいりません。

私の感覚がおかしいのでしょうか。
そうなのでしょうね、きっと。
いやな世の中を生きているような気になってきました。

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■政治と金

返す返すも残念なのは、政権交替で動き出した日本の建て直しが、見事に検察とマスコミの連携で躓かせられたことです。
本来であれば、建設的な議論がなされる可能性があったにもかかわらず、マスコミは自民党と癒着してきた財界や官僚(検察官僚も含まれます)と結託して、そうした創造的な動きを壊してきました。
シロを黒にすることにおいては、これまでも何回も実績のあるマスコミは、見事にそうした役割を果たしてきました。

政治と金の問題が叫ばれますが、そもそも政治とは金と深く結びついています。
そうした政治状況を発展させてきたのは官僚主導の自民党政権でした。
行政の中心はいうまでもなく税金を使うことです。
その基本原理は、企業と同じく金銭です。
それを忘れてはいけません。

むかしは政治とお金の問題はなかったのでしょうか。
明治政府を思い出せばいいでしょう。
政治はもともとお金とつながっているのです。
そんなことは誰でもわかっているはずです。

それに、例えば報道ステーションの古館さんや朝日新聞の星さんは(それ以外のキャスターは論外ですが)、4億円がとても巨額な金額で、それを自宅に長年保管していることなど考えられないと盛んに言います。
私にとっては、4億円などは些少な金額にしか思えません。
野球選手の年俸を知っているのでしょうか。
官僚が無駄遣いしている金額を知らないのでしょうか。

たしかに庶民の生活レベルから考えれば、4億円は縁遠い金額ではあります。
私の年収は200万円程度ですので、1億円の十分の一のお金ですら見たことはありません。
しかし政治の世界では4億円など小さな金額です。
問題を特別視させる報道ステーションには違和感があります。
古館さんの個人資産はいくらくらいでしょうか。
気になります。

たとえば、テレビで意味もなくはしゃいでいるタレントにとっても4億円は身近な金額かもしれません。
今やそういう状況にしてしまったのです。
政治家は個人で何兆円のお金でも無駄遣いできることは、つい最近、定額給付金で体験したはずです。
政治の世界の金額と庶民の生活の金額とを混同してはいけません。

政治と金を切り離したいのであれば、今とは違った経済システムと政治システムを構築すべきです。
政治とは「金の分配」であり、経済とは「金儲け」というような状況の中で、政治と金の問題をいくらさわいでも何も解決しないように思えてなりません。

解決策はお金の流れの透明化であり、それができれば制度や規制など不要なように思います。
企業の政治献金がなぜ悪いのか、私にはなかなか理解できません。

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■節子への挽歌887:「死別した人は未婚」

節子
ある企業関係のアンケートに答えていたら、属性の所で「あなたは結婚していますか」という項目があり、そこに、「死別した人は未婚」と答えてくださいとありました。
ちょっと抵抗がありますね。
企業関係のアンケート調査では、伴侶がいるかどうかが問題なのでしょう。
個人の個別事情を消去して量(数)で考えるのが産業の発想です。
すべての人間は「消費者」として扱われるのです。

そんなわけで、私は最近「未婚者」というわけです。
なんだか奇妙な気もしますが、そもそもが「既婚・未婚」という言葉で人の属性を区分するところに問題がありそうです。

「結婚」は一時の体験でしかありません。
そこから始まる生き方は実にさまざまです。
結婚しても何も変わらない人もいれば、結婚によって人生が全く別のものになる人もいます。
「家制度」があり、社会の単位が「個人」ではなく「家」だった時代には、結婚に大きな意味がありました。
しかし昨今の日本の状況では、結婚はさほどの意味を持っていないのかもしれません。
節子と私にとっても、たぶん「結婚」は大きな意味を持っていなかったのです。
意味を持っていたのは、二人で新しい生き方を創りだすことでした。
今様の言い方をすれば、自立かもしれません。
それぞれの親の文化の中で生きてきた人生を、自分たちの人生に変えたのです。
それには「結婚」が不可欠だったわけではありません。
ただ私の場合は、結婚がその大きな契機になったということでしょうか。
あまり考えることなく、結婚を所与のものとして受け止めていた気がします。
それは節子においてもそうでした。
節子も私も、あまり「結婚」にはこだわっていなかったような気もします。
その結果、娘たちには申し訳ないのですが、おそらく「少し変わった家族」になってしまったのです。
娘たちはそれぞれ友だちから、わが家、とりわけ私のことを「少し変わっている」と言われていたようです。
そんなに接点はなかったはずですが、本質を見抜く子どもたちには、わが家の「おかしさ」が感じられていたのかもしれません。

私たちにとってはあまり「意味」を感じていない「結婚」でしたが、結婚した結果、実際には私たちの人生は一変してしまったのです。
結婚する前とした後の私は、ほぼ全く別の人間といえます。
節子がいなくなっても、そういう意味では、何ひとつ変化はありません。
今もなお私は、節子の伴侶であり、節子は私の伴侶なのです。
まあ少し困ることはあるのですが。

またなにやらわけのわからないことを書いてしまいました。

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■横浜事件と小沢事件

昨日は出張していたのですが、夜帰宅して、横浜事件と小沢不起訴・石川起訴のニュースを知りました。
同じ日にこの2つが伝えられたのは、またまた何かの意味を感じます。

横浜事件は前にも書いたように「免訴」などというおかしな扱いを受けていましたが、刑事補償が認められたので、少しは司法への信頼が戻ってきました。
権力を扱う者は、間違いを正す姿勢を常に持たねばいけません。
もっとも「権力」は「無謬性」、つまり間違いを犯さない存在なのです。
権力は人を殺しても犯罪にはならず、事実無根で犯罪者に仕上げることもできる存在なのです。
国家権力は「正義」なのです。

横浜事件を企図したのは、いわゆる「特高」です。
今でいえば、「特別捜査部」、いわゆる「特捜」です。
両者には「同じ血」がながれています。
自らが「正義」だと思う発想です。

横浜事件を起こした「特高」権力は、日本を壊しました。
多様な意見は封じられ、一部の権力者の私欲を満たす戦争へと向かったわけです。
それを国民は応援しました。
マスコミが応援するように仕向けたからです。

小沢事件と横浜事件を並べて語るのは、あまり適切ではありませんが、私はどうしてもその両者に共通点を感じます。
そこに「検察の闇」を感ずるのです。
辞任すべきは小沢幹事長ではなく、検事総長であり東京特捜部長です。
もちろん担当した担当責任検事は裁かれなければいけません。
もしやましいところがないのであれば、テレビの前ではっきりと説明すべきです。
真の犯罪者はいつも顔を見せません。
国を壊した責任をどうとるのか。

書きすぎであることは承知していますが、これくらい書かないと気が収まりません。
日本の司法の恐ろしさは、「起訴」されただけで犯罪者扱いされ、政治生命も社会生命も奪われてしまうことです。
いえ、正確には、起訴のうわさをながすだけで、人を殺すことができるのです。
私が大学で学んだ法理論とは全く違います。

起訴するにはそれなりの理由があると思うかもしれません。
たしかにそうですが、その「理由」はいくらでもつくれます。
別件逮捕はその典型例ですが、なにも別件にしなくても、可能です。
手続法を完全に守っている人など、おそらくいないでしょうから。

せめて私たちは、「起訴」の意味を理解すべきです。
起訴されて「連行」されたら、どうなるか。
多くの事件がそれを教えてくれていますが、だれも自分のこととして、その恐ろしさを考えることはないのでしょう。
石川議員の孤独に同情します。

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2010/02/04

■節子への挽歌886:東寺

今日は節子の65歳の誕生日なのですが、大阪に出かけていました。
いま帰りの新幹線です。
節子がいなくなってからしばらくは、新幹線にも乗れなかったのですが、最近はあまり抵抗なく乗れるようになりました。

節子と最初に新幹線に乗ったのは結婚前でした。
今で言えば、婚前旅行でしたが、行き先は私の両親の家でした。
以来、何回新幹線に乗ったでしょうか。
しかし、東海道新幹線には「仕事」のイメージが強すぎて、あまり好きではありません。
会社時代は、多いときは週に何回か往復することさえありました。
私は新幹線に乗っている時間の使い方が下手でしたので、一人で新幹線に乗るのがいつも苦痛でした。

それに比べて、節子と一緒に乗る新幹線はとても楽しかったです。
節子はいつもおやつを用意していて、頃合よくそれを出してきましたし、話も途切れることがありませんでした。
今から考えるといったい何を話していたのでしょうか。
どうせたいした話ではないでしょうが、話は途切れることはありませんでした。
2人とも小食でしたから、一つのお弁当を2人で分け合って食べたことも少なくありません。
それもまた今となっては思い出の一つです。

京都に着きました。
左手に東寺が見えています。
実は、この東寺はいつか節子と行こうと思いながら行けなかったお寺の一つです。
もう行くことはないでしょうが、そこには空海の曼荼羅配置の須弥壇があるというので、行かずに終わったことがとても残念です。
まあいけばいいだけの話ですが、節子と行こうと思っていて行けなかったところには、行く気が起きてこないのです。
世界を変えてしまうような気がするからです。

話がそれました。
まもなく列車は大津を過ぎて、瀬田川を渡ります。
ここにも思い出が山のようにあります。
私たちがいっしょに暮らし始めた瀬田の神領の家の周辺が、新幹線から見えるのです。
あの頃が私たちの一番輝いていた時代だったのかもしれません。
奔放に、気ままに、少し社会から逸脱して、生きていました。
わずか1年ほどでしたが。

こんなように書き続けていったら、東京まで続けなければいけません。
でもこれから新幹線は琵琶湖沿いに走ります。
ここには思い出が多すぎで、この新幹線の速度では書くのが追いつきません。
それに書き出すと、もしかしたら寂しさがつのりかねません。
このあたりで、今日の挽歌はお終いにして、後は節子と一緒に車窓を楽しもうと思います。
いまは5時少し過ぎです。
自宅に帰ってからブログにアップします。

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2010/02/03

■節子への挽歌885:良い伴侶がいればこその良い仕事

節子
今日は大阪で、「孤独死対策」に取り組んでいる松本さんに会いました。
松本さんは私のホームページ(CWSコモンズ)には度々登場しますが、その熱意に引き込まれて、何か出来ることがあるはずだと思って、お付き合いしていますが、なかなか役立つ方策が思いつきません。
それで時々、大阪や東京でお会いして、話し合いをしているわけです。

一昨日、無縁社会のことを報道しているNHKのことを書きましたが、無縁死はともかく、孤独死を防止するためにNHKができることはたくさんあるように思います。
無縁の生を生きている人もそうですが、多くの独居老人はテレビにつながっているからです。
そんな努力は何もせずに、ただただ観察者として無縁社会を物語化するマスコミに、私はとても腹を立てているのです。
語るよりも、何か実際にできること考えてほしいものです。
そんなこともあって、今回、大阪に来る機会があったので松本さんにお会いしたのです。

松本さんのライフワークは「生活の安全」を守ることです。
松本さんは、松下幸之助さんの奥様のむめのさんから絶大なる信頼を得ていた人です。
そしてまた、むめのさんからたくさんのことを学んできた方です。
松本さんがおそらく一銭のお金にもならない「孤独死対策活動」に取り組んでいるのは、そのためなのです。
残念ながら「現代風の事業感覚」が不足しているために、持ち出しの生活を続けているはずです。

松本さんは明らかに「亭主関白」です。
奥様には私は一度しか会っていませんが、とてもいい方で、この奥様がいればこそ、松本さんは自らの信念に基づいて、納得できる人生を送れているのだと納得しました。
松本さんは、実に良い伴侶を得たわけです。
もっとも奥さんにとって松本さんが良い伴侶だったかどうかはわかりません。はい。
これは、以前、お2人と話をした後で、私と節子のことに重ねながら、感じたことでした。
つまり、節子は私には良い伴侶でしたが、私が節子にとって良い伴侶だったかどうかは確信がもてないということです。
節子が元気で、お2人に会う機会があったなら、おそらく奥さんとは気が合っただろうと思います。

松本さんには応援してくれる伴侶がいる。
それがとてもうらやましく、まあ応援しなくてもいいかと思いたくもなりますが、松本さんと話していると、やはり何かしなくてはとも思います。
さて何ができるでしょうか。
節子に相談したらヒントが見つかるかもしれないのですが。

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■安治川親方の行動がとてもうれしいです

日本相撲協会の理事選挙で、所属する立浪一門の候補者ではなく貴乃花に投票したと公表した安治川親方の言動は、実にさわやかです。
今朝、最初に見たテレビ報道がこれでしたが、おかげで今日は気分よく起きられました。

立浪一門の事前の会合では、現職理事だった大島親方に投票する約束だったと見られ、そうですが、彼は悩んだ結果、「角界を変えて欲しい」という思いで、尊敬する貴乃花に投票したのだそうです。
しかし、一門に迷惑をかけたけじめとして、今日、協会に退職届を出すつもりだといいます。
私にはとても感動的な話です。

今でもテレビでは、貴乃花が何を改革したいのかわからないなどといっているコメンテータが少なくないですが、この一事をもっても、改革することの内容は明白です。
説明責任という言葉が流行っていますが、ビジョンや価値観のない人にはいくら説明してもわからないはずです。
しかし安治川親方にはわかっていたのです。
状況をよく知っていれば、わかるはずなのです。
説明責任は、同時に理解責任を必要としています。
その議論はまったくありませんが。

わが家には15歳の老犬がいます。
彼は時々、無闇に吼えるのですが、吼えると近所迷惑なので吼えないように諭しますが、一向に聴く耳をもちません。
老犬のため、耳も悪いのです。困ったものです。
あんまり的確なたとえではありませんが、犬やサルにどんなに丁寧に説明してもわからないことがあるのです。
日本の国民が犬やサルほど賢いとは思いませんが、最近の日本の国民は「説明責任」と吼え続けていて、私にはうるさくて仕方がありません。

間違いました。
日本の国民が犬やサルほど馬鹿だとは思いませんが、「説明責任」というのであれば、もう少し自らも理解する努力をするべきかもしれません。

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2010/02/02

■節子への挽歌884:伴侶の役割は暇を一緒に楽しむこと

節子
佐藤さんは暇なのか忙しいのかわからないとみんなから言われます。
節子からもよく言われた言葉です。
無責任ですが、私自身もそう思っています。
ただ「忙しい」というよりも、正確には「時間不足」ですが。

私の実感は間違いなく「暇」なのです。
時間がポコポコと隙間だらけという感じがするのです。
実際にやることのない手持ちぶさたに陥ることも少なくありません。
ところがその一方で、時間がなくて困ることもあるのです。
仕事もしくは「やること」に繁閑があるということではありません。
いつもほぼ同じ状況で、暇と時間不足が同居しているのです。

今も目の前にメモがあり、そこにはやるべき課題が20項目くらい書かれています。
すでに締め切り(約束)を過ぎたものもありますし、締め切り間際のものもあります。
いずれも早くやらなければいけないので、カードにしっかりと書き込んでいるのです。
そうしたことにきちんと取り組んだら、暇などないはずです。
ですが、繰り返しますが、やるべきことをたくさん背負いながら暇をもてあそぶ、おかしな時間を私は生きています。

そうした課題に取り組むのが嫌なのではありません。
みんな自発的に引き受けた課題であり、お金をもらって引き受けた課題ではありません。
いずれも「義務」ではなく「権利」なのです。
それに、取り組めばそれぞれにみんな面白いし、充実感もあるのです。
でも取り組めない自分がいます。

暇と時間不足ですが、最近、その暇のほうの過ごし方がどうもうまくないのです。
変な言い方ですが、むかしは「暇」を楽しめたのに、最近は「暇」の時間を過ごすとなんだか損をした気分になるのです。
その理由は明らかです。
節子がいないからです。

伴侶の役割は、暇を一緒に楽しむことだったのだと、最近気づきました。
節子がいない今、暇の時間はもう不要なのかもしれません。
働き蜂のように、時間不足にならないように、「合目的的」に時間を過ごすべきでしょうか。
いえ、それがいやだから47歳で会社を辞めてしまったのですから、いまさら「合理的」な生活は無理でしょう。
節子がいない暇な時間をどう過ごすか。
さてさて悩ましい問題です。

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2010/02/01

■冤罪支援者の民主党七奉行

小沢さんの秘書逮捕で民主党がやはり腰砕けになってきました。
検察とマスコミの思う壺です。
しっかりしているのは鳩山さんだけです。

管理社会の中で管理依存に浸っている人たちには、鳩山さんのリーダーシップなどは全く理解できないでしょう。
管理依存型の人生を送っている人たちには、管理型のリーダーシップしか理解できないのです。
石原新太郎のような人がリーダーシップを持っていると思っている人は、ヒトラーもリーダーとして受け入れるはずです。
そうした管理型のリーダーが必要な組織や状況もあります。
しかし、時代の変わり目にはそうしたリーダーシップは危険でもあります。
おそらくこれは一般的な常識とは反対でしょうが、私はそう確信しています。

最近の状況を見ていると、民主党議員の多くは、小沢さんや鳩山さんをリーダーだとは思っていないようです。
大きな志がなかったというべきでしょうか。
小さな正義感は大きな正義を壊すこともあるのです。
もちろんその逆もありますが。

黄門様などとおだてられたボケ老人の渡部恒三さんによって選ばれたといわれる民主党七奉行の何人かが、小沢批判を始めましたが、いつの時代も敵は内部にいることの現れです。
しかしこれしきのことで、それまでリーダーとしてきた同志の弱みに付込む輩が、次の民主党を担うのだとしたら、この党は寒々としています。
私自身は野田さんや枝野さんの評判をむかしから少し聴いていたので、これまで信頼してきましたが、今回の同志を後ろから撃つ卑劣さには失望しました。
彼らには「疑わしきは罰せず」という民主主義は通用しないようで、検察に調べられたらもう有罪という冤罪支援者だといって良いでしょう。

なんだかとても空しいです。
みんな卑しすぎます。
信念を持って、大きな政治に取り組む人はいないのでしょうか。
小賢しい正義など、時代の変わり目には要りません。
もちろん個人の生活の話をしているのではありません。
念のため。

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■節子への挽歌883:無縁社会

節子
今日は雪が降るそうです。
空が寒々としています。
そのせいでもないでしょうが、とても深刻な相談が朝から寄せられてきて、ようやく元気が出そうになったのに、重い気分に襲われています。
人はどうして世界を見ようとしないのでしょうか。
私もそうなのかもしれませんが、自分の世界観で見える世界しか見えていないようです。
自分だけの世界で生きるのであれば、生きる意味はないようにも思うのですが。
それに、自分の世界だけで生きられるはずがありません。
そういう錯覚をつくりだしたのが、工業社会や情報社会なのかもしれません。

最近、NHKは「無縁社会」をテーマにした報道番組を繰り返し放映しています。
昨日は無縁死の特集でしたが、昨年は3万人を超える無縁死があったそうです。
3万人などとまたいつものように数で処理するのかと腹立たしくなりますが、そこからNHKは何をしようとしているのでしょうか。
まだ懲りないのでしょうか。
最近のテレビは問題提起だけで終わっていますから、問題を拡散するだけの役目しか果たしていません。
それは彼らもまた「無縁社会」の中を生きているからです。
とまあ、こんなことを書いていると挽歌ではなく時評になってしまいますね。

今日、書こうと思ったのは、そうした報道への怒りではありません。
その番組を見ていて、私は全く違ったことを考えていました。
縁とはなんだろうか。

前にも書きましたが、因縁、縁起は世界の創造原理です。
因縁は「存在の関係性」を表していますが、仏教によれば、すべての事象はそれ自体、孤立して存在するのではなく、相互に依存しあって存在しています。
色即是空の世界です。
縁起は「運動の関係性」で、私たちの生でいえば、自分の中にある「因」と世間の中にある「縁」の触発の結果、さまざまな人生が展開するわけです。
縁がないはずがないのです。
孤立死もまた縁によるものであり、無縁仏などはあり得ようはずがないのです。
神に支えられているキリスト教と違い、仏教では人は世界に支えられているのです。

なにやら小難しくなってしまいましたが、
昨日テレビを見ながら、いま欠けているのは「人のつながり」ではなく、「つながりを確信できる文化」ではないかと思ったのです
そして、当然のことながら、節子とのつながりを考えたわけです。

私と節子のつながりはどうでしょうか。
節子はもう現世にはいませんから、私が息を引き取る時には節子はいません。
しかし節子とのつながりを確信していたら、そこに居るかどうかは関係ないことかもしれません。

縁とは「あるもの」ではなく「確信するもの」。
昨日の無縁社会の番組を見ていて、それが私の感じたことです。
「無縁社会」などという言葉を、もっともらしく広げていってはいけないと思いました。

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■デフレスパイラルはもしかしたら新しい経済への入口です

デフレは結局は自らの首を絞めることだといわれます。
私もそう思っていました。
しかし、最近、考え直しました。
デフレは金銭至上主義経済からの脱却に繋がるのではないかという気がしてきたからです。
相当めちゃくちゃな話なのですが、一応、書いてみます。

商品の価格が安くなると企業は利益を上げられなくなる。
そこで労働コスト、つまり働く人の賃金を減らす。
収入が減少した労働者は、消費力も低下させ、安くなった商品さえ買えなくなる。
商品を売るために価格をさらに安くする。
つまりデフレスパイラルです。

デフレスパイラルは経済活動を低下させます。
もし人間の生が経済活動のためにあるのであれば、それは止めなければいけません。
しかし人間は経済活動のために生きているのではなく、生きるために経済活動も必要だというのが正しいでしょう。
そんなことは当然だといわれそうですが、この当然のことを忘れている人が多すぎるように思います。
少なくとも私の周りにはほとんどいません。
人間は経済活動などなくしなくても生きていけるのですが。

デフレスパイラルの話に戻ります。
価格が安くなり、者を作ることは利益ではなく損失を生むようになる。
そのため生産活動が減少する。
従業員は解雇され、お金がないので生活が困難になる。
どうしましょうか。

お金がなくても暮らせる方法はないのか。
そんな方法などあるはずがないと思うかもしれませんが、いくらでもあるのです。

10年ほど前に長崎県の小値賀島に行きました。
最近、この島は話題になっていますが、私もずっと気になっていた島です。
本当から見えるところに無人島「宇々島」がありました。
その島は「再生島」と言われていたそうです。
生活を破綻させた家族はすべての税や役務を免除されて、その島に移住したのだそうです。
島には畑や放牧場のほか住居用の家もあり、お金とは無縁の自給自足の生活ができました。
その上、周囲の海で採れる海産物を出荷し収入を得ることもできたので、数年すると蓄えもでき、生活を再建して本島に戻ってこられたのだそうです。
少し前までの日本には、そうした仕組みがさまざまな形であったのです。

お金がなければ暮らしていけない、という強迫観念を植え付けることで資本主義は発展し、お金がお金を生みだす仕組みが大きくなってきてしまったのです。
デフレスパイラルは、そうした金銭依存スパイラルから抜け出すチャンスかもしれません。
スパイラルを反転させる辛さはありますが、反転させてしまえば、状況は一変するかもしれません。
お金などなくても、豊かな暮らしができるようになる、新しい経済システムの始まりにできるかもしれません。

わかりにくいでしょうか。
一度、こういうテーマでの話し合いの場を湯島で開きたいと思います。
関心のある方はご連絡ください。

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