■節子への挽歌890:お茶席での失態
節子
昨日、京都で、伝統文化のテーマに取り組んでいる濱崎さんがやってきました。
濱崎さんのことは覚えているでしょうか。
もう10年近く前になりますが、まだ東大大学院の学生だった濱崎さんは、もう一人の友人と一緒に「伝統の知恵ネットワーク」をつくり活動していました。
その活動にささやかに関わらせてもらったのが、濱崎さんとの出会いでした。
その伝統の知恵ネットワークが中心になって、東大の駒場キャンパスで「伝統の知恵を拓く」という公開シンポジウムを開催しました。
そのプログラムの中に、沖縄の西表島の染織家の石垣昭子さんと京菓子「老松」の太田達さんの話し合いがあり、その司会を引き受けたのです。
節子も関心を持っていたので、2人で参加させてもらいました。
駒場キャンパスは私には思い出深いところです。
会場には小さなお茶席と和菓子づくり実演の場がつくられていました。
お茶席はちょっと高い席に作られていました。
つまりみんなの前でお茶を頂戴する仕組みです。
私はお茶の作法は全く知りません、
どちらかといえばむしろ反発を感じていたほどです。
ところが濱崎さんは、私たち2人を最初のお客様に選んだのです。
あまりに勧め方が鮮やかだったのか、断る暇もなく、私たちは壇上でお茶をいただくことになりました。
先ずは私からです。
濱崎さんは作法など気にせずに、ともかく楽しく味わってくださいといいました。
その言葉を「字義通り」受けて、私は個人流に味わってしまいました。
みんなの目線を受けながらです。
その後、濱崎さんが茶さじの説明をしてくれました。
どこにでもある耳掻きのような茶さじでしたので、ついつい手に取ってしまいました。
帰り道で節子に怒られました。
先ずはお茶の器の持ち方がひどかったといわれました。
茶さじをもった時にはひやひやしたと言うのです。
歴史のある高価なものだといわれました。
私には100円ショップで売っているものと変わりはなかったのですが。
まあこうしてお茶席では大きな恥をかいたのですが、その後も濱崎さんは私と付き合ってくれています。
そして節子の闘病中には、たぶん老松の太田さんの作品と思われる、節子が食べられそうな夏菓子を贈ってきてくれました。
節子
濱崎さんはいま、太田さんと一緒に「壮大な」プロジェクトに取り組み出そうとしています。
今度は恥をかかないようにして、私ができることで応援しようと思います。
節子がいたら、もっと心強かったのですが。
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