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2010/02/05

■横浜事件と小沢事件

昨日は出張していたのですが、夜帰宅して、横浜事件と小沢不起訴・石川起訴のニュースを知りました。
同じ日にこの2つが伝えられたのは、またまた何かの意味を感じます。

横浜事件は前にも書いたように「免訴」などというおかしな扱いを受けていましたが、刑事補償が認められたので、少しは司法への信頼が戻ってきました。
権力を扱う者は、間違いを正す姿勢を常に持たねばいけません。
もっとも「権力」は「無謬性」、つまり間違いを犯さない存在なのです。
権力は人を殺しても犯罪にはならず、事実無根で犯罪者に仕上げることもできる存在なのです。
国家権力は「正義」なのです。

横浜事件を企図したのは、いわゆる「特高」です。
今でいえば、「特別捜査部」、いわゆる「特捜」です。
両者には「同じ血」がながれています。
自らが「正義」だと思う発想です。

横浜事件を起こした「特高」権力は、日本を壊しました。
多様な意見は封じられ、一部の権力者の私欲を満たす戦争へと向かったわけです。
それを国民は応援しました。
マスコミが応援するように仕向けたからです。

小沢事件と横浜事件を並べて語るのは、あまり適切ではありませんが、私はどうしてもその両者に共通点を感じます。
そこに「検察の闇」を感ずるのです。
辞任すべきは小沢幹事長ではなく、検事総長であり東京特捜部長です。
もちろん担当した担当責任検事は裁かれなければいけません。
もしやましいところがないのであれば、テレビの前ではっきりと説明すべきです。
真の犯罪者はいつも顔を見せません。
国を壊した責任をどうとるのか。

書きすぎであることは承知していますが、これくらい書かないと気が収まりません。
日本の司法の恐ろしさは、「起訴」されただけで犯罪者扱いされ、政治生命も社会生命も奪われてしまうことです。
いえ、正確には、起訴のうわさをながすだけで、人を殺すことができるのです。
私が大学で学んだ法理論とは全く違います。

起訴するにはそれなりの理由があると思うかもしれません。
たしかにそうですが、その「理由」はいくらでもつくれます。
別件逮捕はその典型例ですが、なにも別件にしなくても、可能です。
手続法を完全に守っている人など、おそらくいないでしょうから。

せめて私たちは、「起訴」の意味を理解すべきです。
起訴されて「連行」されたら、どうなるか。
多くの事件がそれを教えてくれていますが、だれも自分のこととして、その恐ろしさを考えることはないのでしょう。
石川議員の孤独に同情します。

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