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2010/02/06

■節子への挽歌888:別れのワイン

節子
久しぶりに「刑事コロンボ」をテレビで観ました。
節子とも一緒に観たこともある「別れのワイン」です。
ワインをあまりに愛してしまったワイナリー経営者のエイドリアンの物語です。
エイドリアンを演ずるのは、一度見たら忘れられないドナルド・プリゼンス。
「大脱走」を観て以来、私は彼のファンです。

「別れのワイン」は「愛」がテーマです。
主役のエイドリアンが愛したのはただひとつ、ワインでした。
自分のワイナリーの前で、エイドリアンがこうコロンボに話す場面があります。
「全生涯を通じて、私が真に愛したのはここだけだった」。
皮肉なことに、そこが彼の犯罪を明らかにする場所になってしまうのですが。

ワインに対する異常なほどのエイドリアンの愛情はいたるところに出てきます。
愛したワインは大事にされなければいけないのです。
ワインを大事に扱わないことは、彼には許されないことです。
その彼の愛の強さが、コロンボにも伝わりますが、同時にそれが彼の犯罪を立証することになるのです。

ワインへの愛に比べたら、人の愛などエイドリアンにはわずらわしいだけです。
自分の犯罪を見抜いたコロンボに彼はこう言うのです。
「刑務所は結婚よりも自由かもしれない」
彼の犯罪を知った秘書が、エイドリアンを守るための嘘を言い、代わりに彼に結婚を求めたのです。
私なら刑務所よりも結婚を選びますが、エイドリアンが愛したのは美人の秘書ではなくワインだったのです。

犯罪に絡んで、エイドリアンはワイナリーの空調を2日だけ切ってしまいます。
不幸にもその間、とても暑い日があり、彼の大事なワインは無残にも暑気にさらされます。
それによって味が変わったとしても、それに気づく人はいないでしょう。
しかしワインをこよなく愛するエイドリアンには、その味の変化が許せません。
それに気づいたエイドリアンは、愛するワインを海に捨てに行きます。
愛するものとの別れの辛さ。
しかし愛するものがいない世界では、どこにいても同じなのかもしれません・

「別れのワイン」のストーリーは退屈ですが、エイドリアンとコロンボの会話がとても心に響きます。
最後のやりとりは、何回観てもあきません。
ワインについて勉強したコロンボにエイドリアンがいいます。
「よく勉強されましたな」
それを受けて、コロンボはいうのです。
「ありがとう。何よりもうれしいおほめのことばです」
そして2人は車の中で、コロンボが用意した「別れのワイン」を飲むのです。

愛はいつも別れと同席している。
そのことを、この映画は教えてくれるのです。

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